第75話 初めての測定検査1
月二回行われることが決まっている、ハーツの適合率を測定する測定検査の当日。
リーシャとラルムは、午前中の美術科での授業を終えてから、測定が行われるホワイトヴィレッジに向かっていった。
無口気味なリーシャの足取りは、いつもより幾分重くなっている。
特進科の生徒たちは、月二回ハーツの適合率を測定することが義務化され、すでに何回も行っている、普段通りの日常だった。
常に、特進科の生徒たちは、厳しい洗礼を受けていたのである。
基準値以下になった生徒は、転科または転校、退学になって、華やかで名誉なハーツパイロットとしての退路を失うのだ。
二人にとっては、初めてとなる測定で、リーシャの緊張が、最高潮に跳ね上がっていた。
初心者のリーシャのために、特例で二人の測定が、今まで伸びていたのだった。
「緊張する」
「大丈夫だよ。ただ座っているだけだから」
弱々しく、声音が震えていた。
落ち着かない様子とは違い、普段と変わりなく、和やかな表情のままのラルム。
二人の表情が、朝から対照的だった。
「うん……」
「他に、何かある?」
煮え切れない態度が、気に掛かった。
躊躇いがちに、少しずつ話し始める。
「だって……、初めて、みんなと一緒だから……」
友達のラルムと、一緒に訓練して来たリーシャにとって、特進科の生徒と、一緒に訓練や測定するのは、初めてだった。
特進科の生徒たちと、顔合わせも、まだな状態だったのだ。
「ああ。そう言えば、そうだね。……言われると、緊張してくるな」
「ごめん。緊張させるつもりはなかったの」
「ダメだ。緊張が止まらない」
突如、ラルムの手が震え出す。
「えぇ、ど、ど、どうしよう……」
右往左往と狼狽える姿に、クスクスと笑ってみせる。
先ほどまで震えていた手が、止まっていた。
「ラルム? ……まさか……騙したのね」
「ごめん、リーシャ。誰だって、測定日は緊張しているよ、みんな同じなんだから。大丈夫、リーシャ一人だけじゃないから」
大丈夫と、力強く目でも訴えていた。
強い瞳に、引き寄せられるように、その瞳を見入る。
それだけで、大変なことでも、頑張れる気がしていた。
「……そうだね。みんな同じだよね」
励ましに、少しだけ不安だった思いが、薄まっていった。
自分で、自分を叱咤する。
(大丈夫。まだ、できる)
「楽しいことを思い出して、座っていれば、大丈夫だよ」
「楽しいことか……」
「そう、楽しいこと」
いろいろと逡巡し、楽しかった出来事を巡らしていた。
「そうだな、みんなと買い物をしたこととか、学校帰りに、みんなでクレープを食べたこととか、どうかな?」
「いいね。僕だったら……。授業中にリーシャが居眠りしているところ、思い出そうかな」
いたずらな笑みが零れていた。
「どういうこと」
頬を膨らませている。
「だって、気持ち良さそうな寝顔で、どんな夢見ているのかなって、いつも思うから」
「もう」
ふざけているラルムの腕を、小突く。
いつも立ち寄る休憩室に寄らず、それぞれの個人の更衣室に消えていった。
パイロットスーツに着替えた二人は揃って、測定が行われる測定室に、姿を現わしたのだった。
特進科の生徒たちは、冷ややかな眼差しで、測定室にのん気に話ながら、入ってくるリーシャの姿を、捉えていたのである。
室内の空気が、一気に変わった。
ある生徒たちは、お喋りをやめ、ある生徒たちは、話していた声が、より一層小声となった。
緊張感がある中でも、和やかだった空気が、ピリピリと凍える空気に変貌してしまった。
何の実力もない素人が、いきなり特進科へ、所属したことを、誰もいい顔をしていない。
そんな生徒たちの嫉妬の視線を読めず、遅く来た二人に、アレスが声をかける。
「遅い」
「ごめん。アレス」
「すまない。アレス」
三人で会話してても、注がれる視線は、ある一点だけだ。
王太子でもなく、戻ってきた王子でもない。
視線の中心は、キョロキョロと落ち着きがないリーシャである。
最近の特進科の生徒たちの中心の話題は、国王の権威で、ハーツパイロットの候補生になった、ど素人のリーシャだった。
誰もが、どれだけのものかと、嘲笑していたのである。
「余裕のお出ましですね、妃殿下は?」
三人が話しているところへ、アレスの友達ゼインたちが近づいてくる。
誰もが、貴族の息子や、大富豪の孫といったセレブである。
いきなり声をかけられ、すぐに口を開けない。
初めて自分たちの前に、姿を見せたリーシャに、成り上がり者と、失笑しているゼインたちは楽しみにしていたのだ。
パーティーなどで見かけても、周囲に夫人や息女の姿が多く、なかなか声をかけるタイミングが計れなかった。
だから、結婚して、だいぶ日にちが経つのに、ようやくこの時期に、声をかけられたのだった。
「当たり前だろう。国王陛下のお言葉で、いきなりアレスのパートナーに、指名された実力の持ち主なんだからさ」
「いや、楽しみだな。どれだけ、その凄さを見られるのか」
「これまでは、別メニューで、その実力も、見られなかったからな」
「……」
三人の嫌味に、周囲の様子に疎いリーシャも気づく。
(バカにして……)
悔しさを滲ませながら、黙って、ゼインたちの嫌味を、耳にしていた。
何気ないシュトラー王の思いつきで、ハーツパイロット候補生になっただけだと、抱いていたからだ。
一度も、測定をしていなかったし、以前に知らぬ間に、簡易的な測定されたことがあったが、その結果を、リーシャ自身知らなかった。
「ラルム・トラディスです。よろしく」
小バカにするような笑いを傾けているゼインたちに、柔和な笑顔で、飄々と挨拶し始めた。
その仕草に釣られるように、ゼインたちの視線が、固まっているリーシャから、気楽に話しかけてきたラルムに移ったのだった。
「パーティー以来だな」
「そうだね」
「こっちにも、顔を出せよ」
「ごめん」
何気ない会話をし始め、話ができなくなっている。
当惑しているリーシャから、視線を自分に反らしたのだ。
いくつかのパーティーなどで、ラルムとゼインたちの面識が、でき上がっていたのである。
うな垂れている姿に、これまで黙っていたアレスが、視線を降ろしていた。
(何をやっている。あれぐらいで……)
視線の矛先を、タイミングよく交わし、愛嬌のある顔で話すラルムへと傾ける。
(ラルムも、ラルムだ。何で……)
程よい調子で、取り留めない会話を終わらし、改めて所属することになった挨拶を述べる。
「今日から、僕とリーシャのこと、よろしく」
話していたゼインたちから、大丈夫と言う笑顔で、消沈していたリーシャに注ぐ。
勇気を貰い、深い深呼吸をしてから、ニヤニヤしているゼインたちと対峙した。
「初めまして。特進科に所属となったリーシャ・ソ……、……リーシャ・ロゼア=フェリシアです。よろしくね」
名前を間違えそうになったが、引きつったような笑顔を作って、挨拶した。
結婚して、姓が変わり、これまでに何回か、ユマに注意を受けていたのである。
内心、この場にユマがいなくて、セーフと安堵していたが、そんなことを知らない面々は、それぞれの思惑を抱いて、窺っていたのだ。
「ゼイン・サン=クランチェです」
「ティオ・アーヌルス」
「フランク・ラポール」
三人の顔に、何となく見覚えがあった。
(アレスの近くにいた、取り巻きのお坊ちゃまたちだ)
アレスのことも、その取り巻きの友達のことも、浅かった認知度ぐらいしか、結婚前はなかった。
結婚するようになってから、アレスに関しての認識を、深めていったのだ。
結婚する前は、顔と名前と、次期国王になる人だと言う、簡素な認識しかなかったのである。
深く追求すると言った気持ちも、それほどなかったのが、当時のリーシャの現状だった。
そんな認識しかなかった人を、たまに学校で見かけるたびに、王太子が学校に来ているのねと、漠然としか思わず、そしてその周囲にいる、ゼインたちのことは、顔とセレブの息子と言ううろ覚えな情報しか、備わっていなかったのだった。
六人の中に加わっていない生徒たちが、遠巻きで、その様子を密かに窺っている。
誰も、話題の人、リーシャのことを、気にならない訳がない。
遠巻きの生徒たちの中に、アレスの元パートナーだったステラが、ずっとアレスとリーシャの様子を眺めていたのだ。
注視している彼女は、特進科の一年生のクラスで、これまでは紅一点の存在だった。
入学に際して、クールビューティーのいでたちから、騒がれていたのである。
他の人たちは、目に入らない。
ただ、ひたすらに二人しか、瞳の中に映っていなかった。
生徒たちが、それとなく観察している最中、リーシャが測定する番となった。
話している間に、測定する出番となっていたのである。
それまでの測定の流れを見ておらず、あたふたとし、どうすればいいのかと、狼狽え始めてしまう。
「大丈夫、落ち着きて。あそこにあるハーツに入っていれば、いいだけだから」
「……う、うん」
落ち着き払った仕草で、まだ心配げなリーシャに、優しく背中を押してあげた。
何もせず、アレスはただ黙って、その様子をゼインたちと共に、見ているに過ぎない。
正面に見える、卵型のカプセルは、口を開けていた。
研究員の人間が、こちらに顔を傾け、立っている。
恐る恐る前へ、進んでいく。
ゆっくりとした歩調で、距離をつめていった。
どういう訳か、身体が拒否反応を示していたのだ。
開いている前で、立ち止まった。
ゴクリと、つばを飲み込む。
(シミュレーション用とは、少し違うな)
宮殿にあるものと比べ、形と色が少し違うことで、余計な不安が浮き上がってしまった。
好奇の目で、見られていることも気づかない。
ただ、卵型のカプセルに、怯んだような視線で、まっすぐ捉えていたのだった。
「頑張らないと……」
弱々しい呟きが、漏れた。
(他の人に、迷惑をかけられない……)
以前に、研究員たちに、迷惑をかけたことがあった。
ある事情から、アレスと二人で訓練する際に、せっかく騎乗できるように、整備してくれたのに、一度も乗ることなく、帰ってしまったことがあったのだ。
それを後から聞いた際に、研究員の人たちに、申し訳ない気持ちで、いっぱいとなって、素人同然の自分なのだから、できるだけ迷惑をかけないようにしようと、心に誓ったのだった。
ふと、アレスとラルムを、視線で捜した。
離れた位置に立っているラルムは、大丈夫と唇だけ動かし、笑顔を見せてくれた。
その呟きと、笑顔に励まされ、緊張で強張っていた顔が、自然と微笑んでみせたのである。
コクリと、小さく頷いた。
「……」
微笑み合っている仕草が、面白くないアレス。
同じ空間にいて、疎外感を抱く。
誰も、二人のやり取りに気づいてないのだ。
ただ、どんな失態をするかと、ほくそ笑んでいたのである。
ゆっくりとした動きで、測定用の卵型のカプセルであるハーツに乗り込む。
研究員たちが、何も把握しきれていないリーシャのために、補助しており、ベルトや器具の調整を行っていた。
それが終わると、開いていた口が、ゆっくりと、自動で閉じられたのだった。
閉じられるまで、緊張する視線が、ずっと閉じていく様子に、釘付けとなっていた。
閉じられると同時に、卵型のカプセルの上にあるモニターに、内部の様子が映っている映像が映し出され、挙動不審に視線を泳がせている姿が、流されていたのである。
シミュレーション用のハーツに、搭乗したことがあった。
けれど、そのハーツは開閉口がないタイプで、ほぼ本物のハーツと、同じものに搭乗するのが、初めてだった。
突然、目の前にあるモニターのスイッチが入り、身体がビクッと怯えた。
そんな怯えている姿の映像を見ている、生徒たちの中で、どっと笑いが起こっていた。
目の前にあるモニターにも、外のラルムたちの映像が、映し出され始めたのだった。
笑われていることにも気づかず、映像にアレスやラルムの姿を見つけ、ホッとして無邪気に手を振り始める。
緊張感のない姿に、更なる笑い声が湧き上がった。
そんな失笑の声を無視し、ラルムは笑顔で手を振り、アレスは冷ややかな眼差しを送るだけだった。
『始めます』
無線から流れる、司令管制室からの通信の声に驚く。
どこから聞こえるの?と言う顔で、探し始める。
そんな滑稽な姿も、映し出され、大爆笑されるのだった。
ハーツの頭上高い位置に、司令管制室があったことに気づいていない。
まだ探し続けている姿に、もう一度声をかける。
『……始めていいですか』
「あっ……はい……」
外の生徒たちは爆笑で、そんな状況になっていることに気づく。
ようやくモニターで、そんなところを目にし、ぎこちなく笑ってしまう。
『では、開始します』
開始と聞き、手持ち無沙汰な現状に、キョロキョロと視線だけ動かし、レバーや器具の多さに見入るしかない。
単に、何もやることがないのだ。
普通は、瞑想したり、身体を動かさず、じっとしているだけなのだが、測定の前に話をしていたために、どうやって行っているのか、前の人の状況を見ていなかった。
それに補助してくれた研究員が、簡単な説明をしてくれたが、緊張していたせいか、説明が右から左へと漏れていたのだった。
モニターに映っているリーシャは、好奇心のままに、レバーに触れようと腕を伸ばす。
『妃殿下、触らないでください』
「……すいません」
無線から注意を受け、しゅんと肩を落とす。
『一切、器具に触れないでください』
「……はい。そうします」
精神が安定しないまま、身体を動かしてしまったり、無線の声に向かって、話しかけたりして、落ち着きがなかったのである。
その状況を、モニターでアレスが静かに眺めていた。
(何をやっている、リーシャは。あれでは、正確な数字が出ないではないか。……あんな状態でも、数字はいいだろうがな。見物だな)
落ち着き払った様子で、モニターに映っている動き回る姿を、窺っていた。
生徒たちにも、結果がわかるように、モニターの脇のディスプレイに、測定の数字が出始める。
挙動不審な行動を笑っていた生徒たちが、次々に、その笑い声を止まっていった。
信じられないものを見るような目で、モニターに映っている、バカにしていたリーシャを凝視していたのだ。
「嘘だろう……」
「壊れているんだよ。器具が」
「測定の仕方が、甘いんだよ」
「……あんなやつに、負けているのか……」
「あんな数字出したことないぞ……」
それぞれに驚愕した思いが、隠しきれず、生徒たちが口にしていた。
ディスプレイに表示されている、ハーツの適合率の平均値は、79%を出していたのである。
身体を動かしたりし、数字は前後に激しく振れていた。
だが、大体79と言う数字だと、生徒たちの目に、止まっていたのである。
そして、最終的に79%のところで、落ち着いたのだった。
精神状態が乱れている中で、特進科の生徒たちの平均値より、ぐんと高い数字を出していたのである。
すでに測定が終わっていたアレスの結果は、いつもと数字が変わることなく、82%の数字を出していたのだ。
平均値の高い数字を目にしても、アレスの表情が変わらない。
驚愕している生徒たちを、冷静な視線で傍観していた。
微かに、その口角が嘲るように笑っている。
(こんな数字で驚いて、どうする? 以前に、90%以上の数字を出していたんだ。くだらない、陰口を言う前に、もっと訓練を積んでおくべきだったな)
結婚前に簡易的な方法で、測定した結果を、アレスは見ていたのである。
これまで触ったことがない、リーシャのハーツパイロットの適合性が、天才の領域で、生まれながらに、デステニーバトルのハーツパイロットとして、生を受けたような実力の持ち主だったのだ。
騒めく中で、始まった測定が、静かに幕を閉じた。
測定用のハーツから出てくると、目を見開いて、自分を見る目に、不思議がっている。
そして、いつもと変わらない笑顔で、ラルムが話しかける。
側近を使って、調べさせて、事前に驚異的な数字を知っていたのだ。
「大丈夫だっただろう?」
「うん。ラルムが言った通りだった。ところで……」
騒々しい周囲を窺うリーシャ。
「気にすることないよ」
「そう……」
「じゃ、次は、僕の番かな」
「ラルム、頑張ってね」
ラルムの測定の番となり、測定が始まった。
測定は、順調に進んでいき、81%と言う数字を、打ち出したのである。
数字の良し悪しを、よく把握しておらず、自分よりもいい数字を、出したラルムに驚き、凄いと自分の出した数字も忘れ、はしゃいでいた。
けれど、ラルムの数字に驚く生徒は大していない。
素人同然のリーシャが出した数字の方に、驚いていた生徒たちの方が多かったのだ。
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