第73話 動向
貴族院のダンペール子爵が、スポンサーとなっている劇場に、ダンペース子爵と、待ち合わせをしている上院議員のグリフィスが、顔を出していたのである。
国王と面会した一件を、報告するためだ。
舞台上では、今まさに上演中だった。
専用の個室に、二人しかいない。
テレビモニターに、上映されている舞台が流されている。
二人とも、流されている舞台に、全然目もくれない。
正面に腰掛け、渋面しているダンペール子爵を窺っていた。
流れるような、美しい長い金髪を、後ろで束ねていたのだ。
自分より、やや年下の男に、グリフィンが従っていたのである。
よくない顔色に、自分の進退が、どうなるのかと穏やかではない。
「まさか、国王に面会するとは」
目を細め、勝手に面会したことを叱責した。
そして、わざと、大きな溜息を吐く。
さらに、グリフィスの身体が縮こまっていった。
事業が中止になると、耳にした途端、居ても立っても入られなくなり、軽はずみな行動を取ってしまったのだった。
それに関して、何も言えない。
「あれほど、行動に、最新の注意を払いなさいと、申していたのに」
「申し訳ありません」
さらに、眼光を鋭くし、半眼している。
真摯に謝罪しても、許す気配を窺えない。
ダラダラと、冷や汗や、脂汗が流れていた。
もっと前に、申し開きをしようと連絡した。
だが、ダンペール子爵と連絡が取れず、今になったのだった。
「国王は、私のことも、見抜いていたのですね?」
冷静な声音で、最も重要なことを確かめた。
「……たぶん」
グリフィスの視線が、揺らいでいる。
先ほどから、機嫌の悪いオーラに、気圧されていたのも原因だ。
「たぶんとは……随分と曖昧ですね」
「名は、申されませんでした。ですが、私の勘ですが、もうすでに、把握なされているのでは、ないのでしょうか?」
一つ息を吐き、思案に入っていくダンペール子爵。
(伝言を頼むぐらいですからね……。そこまで調べができていると、言うことでしょうね。私まで辿り着いていたとは……。驕りでもあったのでしょうか)
侮れないと巡らせ、これまで甘かったと、痛切に感じていた。
周囲、特にシュトラー王の近くに、気取られないように、様々な悪巧みを行っていたのである。
勿論、自分では手を出さず、グリフィスや他の者を使ってだ。
そして、その者たちが失敗すれば、すぐに手を切るようにもしていた。
今回の事業の中止も、様子を窺い次第では、グリフィスを切ろうと決めていたのである。
だが、自分の名前まで調べ上げられた以上、早急にグリフィスを切ることができない。
様子見のために、放置しておかなければ、ならなくなってしまったのだった。
(随分と、面倒ですね……)
切ってしまえば、すぐに自分の身に降りかかる恐れが、あったからである。
完全に、身動きが取れなくなってしまった。
まさか、自分のところまで、すでに調べがついているとは、思ってもいなかったのだ。
(予想以上の、タヌキでしたね)
今後の自分の動きをあぐねぐ。
「どうしましょうか?」
相手の顔色を覗くように、恐る恐るグリフィスが窺った。
「……このまま、様子見でしょうね」
嘆息を漏らしながら、言葉を出した。
シュトラー王周辺の、動きが掴めない以上、動きようがなかったのである。
性急に動いても、いいことはないと踏んでいた。
(他のところに、少し探りでも、入れましょうか)
このままと言うフレーズに、グリフィスの動揺が隠せない。
このままでは、何もかも、失う可能性があるからだ。
チラリと、正面にいる厄介事を起こした、人物に視線を注ぐ。
「納得できないようですが、私に内緒で多くの金を、つぎ込むからでしょう」
絶句し、何も言い返せない。
ダンペール子爵が指示した額より、多くの金を投資していたのである。
そのことを把握していたとは、気がつきもしなかったのだった。
「自業自得ですよ」
「ですが……」
狼狽え、必死に助けてほしいと懇願した。
頭を下げ、頼み込む姿に、少し溜飲が下がっていく。
(この男を切ることで、さらに自分に向けられては、溜まりませんからね)
目を細め、低姿勢のグリフィスを眇めている。
「……いいでしょう。今回だけは、援助してあげます」
「ありがとうございます」
脂汗を流し続けていたグリフィスに、ようやく安堵する表情が滲んでいた。
「ただし、次はありません」
「勿論です」
景気のいい返事を出した。
それをすべて、信じた訳ではない。
だが、今回はシュトラー王側の様子を窺うために、切らずにグリフィスを残していたのだった。
ただ、自分の身を守る駒でしかない。
「新たに、誰かを雇って、ラ=メイディランド伯爵と、ラズミエール子爵を探ってください」
ソーマとフェルサを探れと言う指示に、不安を覗かせている。
もっとも厄介な人物で、手を出すには危険すぎた。
「ですから、慎重に探ってください。相手だって、自分たちの動向を、窺っていることぐらい、察しているはずですが、変な行動を起こさなければ、見逃すはずです。あちらだって、忙しいのですから、そんな粗末なことに、手を出してくるはずがありません」
ニッコリと、ダンペール子爵が微笑んでいる。
有無を許さない顔だ。
「……新たになられた、妃殿下のことですか?」
「えぇ。妃殿下のことや、諸々のことで」
不敵な笑みを、ダンペール子爵が漏らしていた。
以前、評議会で持ち上がった話を、思い返していたのである。
それは、ソーマたちが妃殿下に対するいじめなどを、調査していたと言う話だ。
ダンペール子爵も、王太子アレスを取り込もうと、自分の近しい娘を近づかせようと、躍起になっていたが、シュトラー王が発したアレスの婚約、結婚の話で、一度、俯瞰して、周囲を窺おうと、近しい娘たちを引かせていたのだった。
それが上手く働き、ソーマたちの調査報告書に、載っていなかったのだ。
そのことに重きを置いているはずと巡らせ、自分たちが様子を窺っても、何かこちらサイドが、看過できないほどの振舞えさえしない限り、放置するだろうと見込んでいたのだった。
どこか不安が残るものの、金銭面で援助して貰う以上、ダンペール子爵の指示に、従うべきと、判断を下し、頷くグリフィスだった。
従う意思を見せたことで、ダンペール子爵の口の端が上がっていた。
同じ頃、レストランの個室では、貴族院のギムオーランド伯爵と、ベルナール伯爵、アズクロエが集まっていたのである。
ことが上手く運んでいることに、ほくそ笑んでいたのだ。
テーブルに料理が置かれているが、口をつけた形跡がない。
上機嫌で、お喋りをしていて、ワインばかり口にしていたのである。
自分たちの妹たちに、少し自重するようにと説き、周囲の様子を窺っていたのだった。
それでも、妃殿下に対する息女たちの嫌がらせが、終息する訳ではなかった。
パーティーなどで行われている、嫌がらせの類が、続けられていたのである。
親や周囲が、娘たちに注意を施すが、納得のできない多くの息女たちが、陰湿な嫌がらせを続行させていた。
「言った通りだったな」
感嘆する眼差しを、ギムオーランド伯爵に傾けている。
ここまで上手く働くとは、ベルナール伯爵自身、思ってもみなかった。
少し、疑心暗鬼を抱いていたのだ。
「信じていなかったのか?」
鷹揚な態度を、滲ませていたのだった。
上手過ぎるぐらいに、ことが運んでいることに、ギムオーランド伯爵の笑いが止まらない。
「でも、これで、ひと安心だな」
二人の顔を、見据えるアズクロエだ。
「ラルム殿下の方は、どうだ?」
もう一つ抱えている案件の進捗を、尊大な気分のままで、ギムオーランド伯爵が尋ねた。
「上手くいかない。上手い具合に、交わされるらしい」
「そうか……」
著しく顔を曇らせ、ギムオーランド伯爵が黙り込む。
この前のような失態を、繰り返したくないのだ。
だから、先ほどまでの上機嫌を捨て、考えに耽っていたのである。
「違うタイプを揃え、近づけさせてみては?」
安易な意見を、アズクロエが口にした。
「同じだろう。話によれば、いろいろな女が近づいていくが、ダメらしい。その点は、王太子殿下と、同じだな」
僅かに、渋面になっていくベルナール伯爵。
パーティーの際、アレスの周囲に年若い息女たちが、湧くように集まってくるが、同様にラルムの周囲にも、多くの息女たちが集まっていたのである。
いち早く、イケメンな王子たちに、取り入ろうとする息女たちが。
「一体、どんな娘なら、気に入るんだ?」
「さぁな。別なところでも、好みの娘を見つけられていないだろうな、この分だと」
周囲を窺いつつ、ベルナール伯爵がラルムの好みの娘を探ろうと、常にラルムの近くに控えていたのだった。
けれど、ラルムの琴線に、触れるような娘たちが、現れなかったのである。
いつも誰に対しても、優しい対応をしていたのだ。
「だろうな」
「もう少し、クラージュアカデミーで、探ればいいのだが……」
チラリと、ベルナール伯爵が、アズクロエを窺う。
すでに、以前知り合いだったジークとの接触が、失敗した旨を聞いていた。
「あのバカ」
どこか、苦虫を潰したような顔を、滲ませていたのである。
金や地位をちらつかせれば、すぐに落ちると見込んでいた。
だが、落ちなかったのだ。
その頑固さに、辟易していた。
「とにかく、もっと情報がほしいな……」
突如、黙り込んでいたギムオーランド伯爵が呟いたのだった。
「「確かに」」
情報が少なく、手を焼いている節があった。
伏せていた顔を上げ、それぞれの顔を窺うギムオーランド伯爵。
「些細な情報でもいい。とにかく情報を徹底して集めるんだ」
「「そうだな」」
頷く二人であった。
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