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輪廻転生  作者: 香月薫
第1章
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第7話  決められた結婚

 自分の部屋に戻ったアレスは広い部屋にこもっていた。

 部屋の中には誰もいない。

 休まる部屋ではなかった。

 人の出入りがひっきりなしにあるからだ。

 一日中、監視されているようなものだ。


 鳳凰の間を出て、まだ四時間ぐらいしか経過していなかった。

 その間、自分の部屋から外へ出ることはない。

 それは国王が部屋から出ることを許さず、誰とも連絡することも禁じられ、軟禁状態となっていたのである。


 机を人差し指でコンコンと叩く。

 いくつか残っていた執務の書類に目を通して、時間を潰していたが飽きてしまった。

 音楽を聴くか、それとも雑誌でも読むか、DVDでも見るかと巡らすが、まったく何する気にはなれず、時間だけが無駄に過ぎていく。


 座っている椅子を回転させて、身体を窓側に向ける。

 窓に映る空には雲一つなく、澄み渡る碧空が広がっていた。

「……」

 しばらく綺麗な碧空を眺め、テーブルの上に無造作に置いてあったリーシャのデータが記載されている書類を手に取ろうとする。


 一瞬躊躇い、気を取り直して手にした。

 もう一度、目を通す。

「信じられん。こんな数字、打ち出すとは」

 長ソファにスヤスヤと横たわり眠っていた娘を思い起こす。

「……」

 起き上がったと思ったら、勘違いな言葉を並べていた姿にふと口角が上がった。


 どう思い出しても、こんな驚異的な数字を出す人間には見えない。

 どこにでもいるような娘に負けているのかと思うと、今までやってきたことは何なんだと自虐的に思わずにはいられなかった。


「どんなことをすれば、こんなバカげた数字があんなやつから出るんだ。……そう言えば、名前何て言ったっけ」

 名前も顔もぼんやりとしか憶えてない。

 名前が書かれている欄に視線を戻した。

「リーシャ・ソフィーズ……」


 ウィリアムがお茶を持って、アレスの部屋に姿を現わした。

 どこにも行くことができないアレスを気遣い、甘めのお菓子を添えて、少しでも気を紛らわせることができればと思ったウィリアムの僅かなばかりの心配りだった。


「いつまでだ」

 こんな状況がいつまで続くのかと端的に尋ねた。

 無駄なことは言わない。言ったところで変わらないと知っているからである。


 アレスの問いかけにお茶とお菓子を置き終わっていたウィリアムは返答に困ってしまう。

 書類から目の前にいるウィリアムに視線を傾ける。

「構わない。はっきり言ってくれ」

「……了承するまでだそうです」

「そうか」

 答えを聞かずとも、返ってくる返答がわかっていた。


「今に始まったことでもないか」

 興味が失せたと、手に持っていた書類をテーブルに投げ捨てた。

「いつ、結婚する」

「二人が了承されましたら、すぐにでも国民に発表して、挙式を上げる予定です」

「だいぶ前から、計画があったらしいな。その場の思いつきでは、ここまでやることは不可能に近い」

 あまり表情がないアレスは自嘲気味に笑っている。


「その不可能を可能にさせたようです」

「どういうことだ?」

 ウィリアムの返答を聞き、珍しく顔をしかめる。


「ラ=メイディランド伯爵によりますと、一年後に予定させていたことを、ラ=メイディランド伯爵とラズミエール子爵には話を通さずに前倒しで、陛下お一人でことを進めていったようです」

 意外な話に、少しだけ眉を潜める。

「それは本当か?」

「はい」


「まったく今日のことは知らなかったのか? あの二人は?」

「そのようです。お二人ともさぞかし驚かれたことでしょう」

「寝耳に水か。面白いと言うべきかな」

 ラ=メイディランド伯爵とは総司令官ソーマのことで、ラズミエール子爵とは副司令官フェルサのことを指していた。ウィリアムは二人とも親しくしているがファーストネームでは呼ばない。


 シュトラー王一人で話を進めていたと聞いて、アレスは驚くがそれを面には出さなかった。けれど、その内側ではかなりの動揺があった。これまでだったらどちらかが国王の傍らにいて、身内である自分たちよりも、ことの仔細に詳しかったからだ。側近中の側近ソーマとフェルサの二人は、シュトラー王に成り代わり影で動いている節があった。

「珍しいこともあるものだな。大概はどちらかが知っているだろう?」

「はい」

「総司令官と副司令官も知らないとはな……」


(二人に知らせていなかったと言うことは、急に話を進める何かあったと言うことか。それは一体何か……)


「殿下? どうかされましたか?」

「何でもない。……一年後には降りかかっていた訳だ。それが少しばかり早まっただけか。ウィリアム、お前は知っていたのか?」

「いいえ。存じ上げませんでした」

 アレスの筆頭秘書官を務めるウィリアムも、ソーマやフェルサのように若い頃より、シュトラー王の近くに仕えていた一人だったからだ。アレスが王太子と決まった日より、ウィリアムは国王からアレス付きの筆頭秘書官になることを命じられたのである。


「二人も知らないぐらいだ。何を考えているのかわからない陛下が話す訳がないか」

「申し訳ありません」

「気にするな」

「ですが、どちらかの王子の妻にと言う話は、以前から聞いておりました。付け加えさせていただくと、そのお話は陛下の身近な者でしたら、承知している話でございます」


「どちらか……」

 アレスはウィリアムの顔を見る。

「はい」

「……そうか。ウィリアム、陛下に面会を」

「承知しました」

 アレスの言葉を受け取ると、ウィリアムは早々に部屋を後にした。

 立ち上がり、窓から綺麗な碧空を眺める。




 天蓋つきの豪華なベッドの中で、リーシャは深い眠りから目覚めた。

 夢うつつで、奇妙な夢を見ていたとぼんやりと思いながら、眠っていたベッドからモゾモゾと起き上がる。


 身体が前後に揺れ、安定していない。

「……」

 段々と視界が広がっていった。

「……」

 夢は夢ではなく、現実のものだった。


 見たこともない綺麗な部屋にいると言う現実。

 儚い願いは脆くも潰されてしまった。

 頭の中が冴えてくるとシュトラー王との出来事が鮮明に蘇ってくる。


「夢じゃなかった……」

 長い息を吐く。

「やっぱり、ここは宮殿? だよね、こんな綺麗な部屋見たこともない」


(ピンクの薔薇……)


 甘い香りに誘われて、視線を向けた先にピンクの可愛い薔薇が飾られていた。ピンクの薔薇を眺めながら、脳裏に誰がこれを生けてくれたのだろうと思いを馳せる。

「可愛い」

 手を伸ばし、ピンクの薔薇に触れる。

「おはよう。ピンクの薔薇さん」

 不安だらけだった表情から柔和な表情へ変わっていく。


「そう言えば、どれくらい、ここにいるの?……」

 ベッドから這い出し、カーテンが締め切っている窓のところまでヨタヨタと覚束ない足取りで歩く。

 可愛らしい淡いピンクのカーテンを開くと、大きな窓が出現した。

 その大きい窓に紅と紺の夕空が鮮やかに広がっていた。

「もう、そんな時間……」

 今日と言う日の大半を眠っていた感覚がない。


「パパとママ、心配しているだろうな……」

 朝に別れて、それっきり会っていない両親の顔が窓に浮かび上がる。そして、朝に会うことができなかったユークの姿も浮かび上がった。


 心の中に切なさが舞い込み、顔を歪ませた。

「ユーク、心配してるかな? それとも私がいなくなって喜んでいる? ……きっと、心配してるか。私、一体どうなっちゃうの」

 ため息を吐く。


「!」

 スマホを探す。

 スカートのポケットにないと知る。

 次に自分が今日持っていたピンクのカバンを探した。


「あれ? どこ?」

 ベッドの周囲や辺りを見渡すが、今日持っていたピンクのカバンが見当たらなかった。そして、別のことが気になり始める。


「どうしよう……。宿題半分も終わってないのにって、今日提出なのに! 先生に怒られる……残されちゃう。どうしてくれるのよ、本当に!」

 嘆息を零した。

 しょんぼりしょげていると、ナタリーたちと朝に約束していたことを思い出す。


「! どうしよう。ナタリーたちに電話してない」

 思わずスマホを探すが、すぐに自分の手元にスマホがないことを思い返す。

「もう! どうしたらいいのよ!」

 泣きたい気分でいたら、扉が開く音に気づく。


「誰?」

 その先に視線を傾けると、一人の女性が部屋へ入ってきて、途方に暮れているリーシャに近づいて行った。

「初めまして、リーシャ様」

 深くお辞儀する女性に合わせて、同じようにお辞儀をした。綺麗な女性だと思いながら見惚れていると、女性の方から自己紹介をする。


「リーシャ様のお世話をさせていただくことになりました、ユマと申します」

「お世話?」

「はい。本日より、リーシャ様のお世話をさせていただきます」

「なぜ?」

「セリシア様より、申しつかりました」

「セリシア様? ……?」

「王太子アレス殿下のご生母でいらっしゃいます。そして、セリシア様はご病弱な王妃エレナ様の代理を務めていらっしゃいます」

 リーシャの疑問に的確に答えていった。

「ああ。そう言えば、そんな名前だったっけ」


 表情一つ変えずに、国王一家の名前を忘れがちなリーシャを見つめている。

 現国王シュトラー王の妻である王妃エレナは、病弱であまり公務の表舞台に立っていなかった。その代理として次男の嫁で、王太子の生母セリシアが王妃エレナの代わりに王妃の仕事を一手に行っていた。国民にも知れ渡っている話だった。


 まっすぐに自分を見ているユマの視線を感じ、その視線の痛さを感じ始め、何でそんなに自分を見ているのか?と首を左右に傾けながら考える。けれど、その理由に見当できずにぎこちない笑顔を作り、ユマにその理由を素直に尋ねる。


「リーシャ様。お言葉には気をつけてください」

 眉一つ動かさず凛としているユマに、ようやく気づき両手で自分の口を塞ぐ。

「すいません」


「いえ。出過ぎた真似をいたしました」

 怒られないと安堵した。

 次からはちゃんとしなきゃと心掛け、クールビューティなユマに次々に質問をしていった。


「一つ聞いて……窺っていいですか?」

「はい。何なりと申しつけてくださいませ」

「家に帰っていいですか?」

「こちらの部屋に、ご滞在なさってください」

「でも、パパとママが」

「大丈夫でございます。ご連絡済みでございます」

「それじゃ、あの話も……。ホントの話、……ですか?」

 結婚と言う言葉をはっきり出すには抵抗感があった。


 言葉を濁していたが、ユマはリーシャが何を聞きたいのか把握した上で口を開いて適切な答えを述べていったのである。

「私はそのように承りました。詳しくお知りになりたいのでしたら、陛下に直接お確かめくださいませ。いつでも、陛下は会われるそうです」

 事務的に話すユマに、会えと言われても……、会いづらいと言う言葉を飲み込んだ。


「そうですか……」

「はい」

 目の前にいるユマを綺麗と思う半分、怖そうとも感じる。


「……いつまで、ここに?」

「それは私にはわかりかねます」

「……学校には?」

「休みの連絡はしてあります」

「私のスマホは?」

「預かっております」

「返して貰いますか」

「申し訳ございません。それは返さぬようにと承っております」

「……じゃ、私はここに?」

「はい。部屋からは出ないように、お願いします」

 窮地に追い込まれ、逃げ場を失ったことを悟り、その場に呆然と立ちすくんでしまった。



読んでいただき、ありがとうございます。


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