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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第72話  待ちぼうけ

 お后教育を受ける専用の部屋で、予習を兼ね、リーシャはテキストを読んでいる。

 勉強している位置から、少し離れたところで、侍女のクララが控えていた。

 いつも、傍らに控えているユマの姿が見えない。

 講義の時間は、すでに始まっている時間帯だった。

 だが、始まる三十分前に、急に講義を行うユマが呼び出され、時間が過ぎても、姿を現わさなかったのだ。


 椅子に腰掛けたまま、大きく背伸びをする。

 普段、厳しい面持ちのユマが、近くにいたら、できない行為。

 いない分、悠々と羽を伸ばせた。

 控えているのがクララたちなら、そうした行為を、日頃から目を瞑り、知らぬ振りして、見過ごしてくれていたのである。

 年頃が近いクララたちは、リーシャのお願いの顔に弱ったのだった。


 腰を捻り、身体の向きを回転させる。

「遅いね、ユマ」

「窺ってきましょうか?」

「いいよ。もう少し、待ってみよう」

 砕けた口調で、真面目に仕事を遂行しているクララに話しかけた。

「かしこまいりました」

 軽く咳払いをし、注意を促される行為を、堂々としている。


 エヘへと、無邪気に笑う。

 厳しいユマを、決して嫌っている訳ではない。

 いつも、傍らに控えていて、サポートしてくれるユマに、感謝している。

 常に、控えているユマがいなかったら、すでに逃げ出していたかもしれない。

 ただ、少々厳しく、怖いだけだ。


「ヘレナは?」

「アイロン掛けをしております」

「そう」


 不慣れな王太子妃の専属の侍女が四人いる。

 筆頭のユマ、ユマと大体同年齢のバネッサ、年若いクララとヘレナだ。

 王宮の生活に慣れないリーシャの背後に控え、身の回りの世話をしていたのだった。

 他の侍女がついていない訳ではない。

 専属でついていないだけで、多くの侍女やボディーガードが、周囲を取り囲っていたのである。


「ママも、毎日していたな。私も、手伝ったことあるのよ」

「そうなんですか」

「そうよ。結構アイロン掛けって、難しいのよね。しわにならないようにって」

「はい」

「今度、私にもさせて、アイロン掛け」

 お喋りしていたら、無性に以前は面倒だとしか、感じなかったアイロン掛けをしたくなったのだった。


「そ、それは……」

 素直な問いかけに、クララの目が泳ぐ。

 期待する顔つきに、否定も、肯定もできない。

「私、ママに仕込まれたから、上手よ」

「……」

「大丈夫よ、本当に自信があるんだから」


 厳しいユマがいない間に出る、何気ない砕けた話し方に、クララやヘレナは慣れ始めていたが、当初はあたふたと戸惑っていた。

 優秀なユマのような、毅然とした対処ができず、何度か困りますと、訴えたことがあったのだ。

 だが、悲しいような、寂しいような顔を覗かされ、見て見ぬ振りをするようになっていったのである。

 それが、二人の精いっぱいの妥協点だった。


 さすがに次期王妃になる人に、アイロン掛けをさせることができない。

 侍女としての理性が動く。

 瞬時に、そんな決意が揺り動かさせた。

 けれど、哀愁漂う顔をされると……。


「お願い。少しだけ? ダメ?」

 上目遣いで、見つめられる。

 お願いモードで言われると、さらに分が悪い。

 目上の人に逆らえないし、ましてさせることができなかった。

 それに、今日は一人だ。


「……無理です」

 か細い声で、辛うじて紡いだ。

 ユマがするように、咳払いをする勇気さえない。


「バレないようにするから……」

「ユマさんに、怒られます」

「……」

 いっこうに視線を合わせてくれない姿に、ダメかと、嘆息を零した。

「……わかった。諦める」

 自分のワガママで、二人が怒られるのは忍びなかった。

 自分のせいで、他の人が傷ついたり、悲しんだりすることが、いやだった。


「ありがとうございます」

「ごめんね」

「謝らないでください。私たちに」

「だって……。それも、ダメなの?」

「うっ……」

 言葉が、詰まってしまった。


 突然、ノックが鳴る。

 瞬時に、ユマだと連想し、それぞれに姿勢を正した。

 決して、口頭でユマが、リーシャを怒る訳ではない。

 無言の鉄仮面が、降り注ぐのである。

 それが何より、口で怒られるより、怖かった。


「遅くなって、申し訳ありません」

「大丈夫よ、ユマ。それより、何かあったの?」

 愛想笑いをし、遅くなった理由を尋ねたのである。

 遅くなるのなら、誰か別な侍女たちに、その旨を頼んで知らせてきたからだ。


 瞬間的に、ユマは何かを感じ取る。

 チラッと、クララに視線を巡らせる。

 動揺をしているのが、ありありと身体から放出していた。

 水面のように瞳が揺らぎ、身体がソワソワと動いていたのだ。


(また、リーシャ様がしたようね)


 自分がいないところで、砕けた話し方をしていることを把握していたが、窮屈な思いばかりさせてはと抱き、気づかぬ振りをしていたのである。

 如何にリーシャが努力しているのか、知っていたし、まだまだ足りない部分が多いが、少しずつ成果が出てきたからでもあった。


「はい。メイ=アシュランス子爵邸に、一日ですが、滞在することが決まりました」

「メイ=アシュランス子爵? 滞在って、お泊りよね?」

 すぐに誰のことだが、判断がつかない。

 聞き慣れない貴族名を耳にするたびに、静寂の間が流れていた。


 首を傾げた状態で、考え込む。

 辛抱強く答えを導くのを、ユマたちが待っていた。


「メイ……アシュ……、あっ、もしかして、ユークのところ」

「はい。滞在する日は、リーシャ様のご両親も、滞在することになっております」

 ユマの話に、キラキラと、瞳を輝かせる。

 思ってもみない話に、ニンマリも止まらない。


「じゃ、一緒にいられるの?」

「はい」

 素直に喜ぶ姿に、僅かに口角が上がる。

「ホントに? 夢じゃないよね?」

「夢ではございません」

 喜び勇む問いに、冷静に答えた。


 嬉しさのあまりに、ユマの返答を聞いてない。

 時々覗かせるリーシャの癖に、嘆息を一つ零した。

 これまでに、何度か、促してきたのだが、一つのことを深く考えると、周囲に目を配ることが、疎かになってしまう傾向があったのだ。


(今日のところは……)


 椅子から立ち上がり、背後に控えていたクララの手を取って、喜び合う。

 時々、沈む顔をする姿を、気にかけていたので、歓喜にはしゃぐ姿に、よかったとクララが安堵したのである。

 突然、両手を取られ、飛び跳ねて嬉しさを表現する無邪気な行動に、戸惑ってしまう。

 冷静な行動を求められている侍女に、ない動作だった。


「リ、リー、リーシャ様……」

「聞いた? 会えるんだよ、ママやパパ、それにユークにも」

 掴む両手をブンブンと振り、ぴょんぴょんと、軽快に飛び跳ねる。

 そのたびに、クララの身体も、大きく揺れ動いた。


「は、はい……」

 跳ねる振動で、上手く発せられない。

 予想外な動きに、舌を噛みそうだ。


 咎めるような視線を感じるクララは、その矛先に傾けた。

 目を細め、口を固く結んだユマが、立ち尽くしていたのである。

 帰れることで、いっぱいなリーシャは、まだ気づいてない。


 どうしたものかと、身体で喜びを表している姿と、黙って立ち尽くし、こちらを窺っているユマを、交互に見比べている。

 この状況が、あまりよくないことを察していた。

 怒りの矛先が、自分の方へ向く前に、どうにかしないと……。


「あの……」

「ヘレナにも、教えないと。それにバネッサにも」

 そんな苦慮しているクララの仕草に気づかず、ふと思い浮かんだことを、そのまま口にした。


 自分たちだけで、喜び合うのではなく、この場にいない二人とも、喜びを分かち合おうと言う精神が、好ましいと感じる。

 だが、上に立つ人間が、自分の感情を出してはいけないと、ユマが密かに抱いていた。

 感情表現が豊かな部分を、直そうと心掛けているが、未だに感情が、そのまま顔や身体に表れていたのだった。


 純真無垢なリーシャの、それが利点でもあったが、最大の欠点でもあった。

 社交場では、決して好まれない仕草だ。


「二人とも、存じております。用意をするように、命じておきましたので」

「そうなの? ユマ」

 顔が満面のまま、身体の動きだけ止まる。

 ホッとしたように、クララが息を吐いた。


「はい」

「クララ、ふた……」

 軽く、咳払いをするユマ。

 紡ごうとした言葉を途中で止め、きょとんとした顔で、立ち尽くしているユマに、視線を移したのである。

 注意を受けた原因が、把握できずにいたのだった。


「リーシャ様。遅れてしまいましたが、本来でしたら、講義の時間でございます」

「……」

 はしゃぐ動きは止まったものの、しっかりとクララの両手を、掴んだままだったのだ。

「そうでした……」

 しゅんと肩を落とし、そそくさと席に向かう。

 席に向かう前に、目線だけで、ごめんねとクララに謝っておいた。


 着席し、脇に腰掛けるユマに、視線を注ぐ。

「ねぇ、ユマ。メイ=アシュランス子爵家って、昔からある家柄なの?」

 興味があるがままに尋ねた。


 弟ユークが養子になった家のことが、以前から気になっていたのだ。

 それに、元々は祖父クロスが継いでいたと知り、以前から興味を憶えていた。

 けれど、ずっと聞きそびれていたのだった。

 だから、いいチャンスだと思い、口をついたのだった。


「はい。家柄として、古くからあります。メイ=アシュランス子爵家は、もともと軍人を多く輩出している家柄でもあります」

「確か、おじいちゃんも、軍人で、ハーツパイロットだったわよね」

 うろ覚えの情報で、以前にシュトラー王から聞いた話を、そのまま口にした。


「はい。優秀な軍人だったと、聞き及んでおります」

「若い時から、軍人だったのかな?」

「クロス様のお父上や、そのお父上も、軍人と聞いております。代々軍人家系として、生まれた時分より、軍人としての訓練を、されていたのではないでしょうか」

「凄い。でも、あのおじいちゃんが?」

 純粋に、意外だった。

 優しい祖父の記憶しか、残っていなかったからだ。


「貴族と言う立場を、お捨てにならなければ、今頃は、陛下の右腕として、お傍に仕えていたかと存じます。それに、リーシャ様のお父上も、クロス様の後を、お継ぎになって、軍人になっておられたと存じます」

「パパが、軍人……」

 父親ポルタが、軍人になったところを想像してみる。

 笑顔で、優しいポルタが、軍人になったところが、想像できない。

 逆に、国の威信にもかかわると抱いてしまう。


「想像できない。絶対に、軍人になってないよ。だって、パパったら、ママには絶対に勝てないもん。いつも怒られてばっかりだし、怒られても、楽しいそうだもん。だから、絶対に、軍人にならないよ」

「「……」」

 どう返答していいものかと、ユマたちが逡巡していた。


「じゃ、当主の……、確かゲイリーさんだっけ? その人も、軍人なの?」

 そんな困惑している二人に気づかず、抱く疑問を、素直にぶつけた。

「いいえ。現在のメイ=アシュランス子爵様は、軍人ではありません。会社を経営されております。親戚の方で、現在も、軍人をしておられる方は、まだおられます」

 そうした情報は、リーシャの担当となると、決まってから話を聞かされていたのだった。


「へぇー」

 驚きの声を、漏らした。

 ユマの口から、メイ=アシュランス子爵家や、クロスの話をいくつか、その後も聞いたのである。


 時間がだいぶ過ぎてから、本題の講義へ入っていったのだった。

 当初の予定の時間よりも、講義が終わるのに、時間が掛かってしまう。

 アレスのスケジュールも把握しているユマに、時間を確認してから、両親や弟に会えることで、頭がいっぱいなリーシャが、アレスに会いに行った。


読んでいただき、ありがとうございます。

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