第71話 釈然としないリーシャと不機嫌なアレス
瑠璃の間でのお茶会を終え、楽しいひと時を満喫したリーシャが、一人で部屋に向かって歩いていたのである。
侍女を呼ぶのを断ったのだ。
フラフラと、陽気に歩みを進めている。
二人だけの語らいの中身は、若い時のクロスの話や、普段の何気ない日常の話だった。
短い時間が、瞬く間に消えてしまった。
いつも傍らに、ユマやバネッサ、ボディーガードがついていたのである。
一人で帰っている理由は、部屋の主であるシュトラー王の他に、入室が認められているリーシャ一人しか入れず、専属の侍女ユマたちが、部屋の前の廊下に控えているか、別室に控えていることになっており、そういった状況が心苦しく感じ、下がるように命じたのだった。
普段だったら、帰る際に、廊下に控えている侍従の人たちに、連絡を頼み、迎えに来て貰っていたのである。
でも、今回は一人で帰りたい気分だったので、連絡を断り、一人で戻ってきたのだ。
心のどこかで、アレスとの件が、引っかかっていた。
だから、一人になって考えたかった。
(何で? ケンカしちゃうんだろう……)
このところの尽きない悩みだった。
ケンカしたくないのに、見下すような上から視線に、腹を立て、結局、いつもケンカして終わってしまうパターンの方が多かった。
(あの目が、いけないのよ。人を蔑むような、冷たい眼差しが)
廊下を歩きながら、自然と嘆息が漏れてしまう。
せっかく楽しかった気分も、台無しだった。
悶々とした迷宮に、入り込んでしまう。
(いつか、仲良くなれるのかな……)
伏せ気味だった視線を上げ、悩みの種であるアレスが、一人で自分の方へ向かって歩いていたのである。
つい先程ケンカしたばかりの光景を巡らせ、身体が硬直し、そのまま立ち止まってしまった。
何も言わず、立ち止まっている前で、憮然とする顔で立ち止まる。
思わず、怪訝な顔で、アレスを見上げた。
黙って、自分の前を素通りすると、思っていたからだ。
瞬く瞳を覗かせているリーシャを、口を結んだ顔で見入っている。
ご褒美を自分の口で伝えようと、リーシャを捜していた。
部屋を訪ねても、姿がなかったので、侍従たちを使わず、自分の足で捜し回っていたのだった。
「部屋にいなかった。どこにいた?」
機嫌悪い様子で、唐突に尋ねた。
すぐさまに、答えられない。
それほど、衝撃が大きかったのである。
アレス自身が、自分を捜すなんて考えられなかった。
答えない様子に、機嫌の悪さが増す。
「どこにいた?と、聞いている」
「……瑠璃の間」
その一言だけで、瑠璃の間で何をしていたか、察することができたのである。
自分が入れない未知の領域で、逆らえないシュトラー王と、談笑したことは明白だった。
面白くないものの、それを表情に出ない。
憮然としたままの表情だからだ。
(陛下と二人で話す! 面白くない、面白くない)
じっと、きょとんとしている顔を、見下ろしたままだ。
そんな眼差しに、居た堪れなさを感じ始める。
(何で怒ったような目で、見たままなのよ)
釈然としないが、アレスの視線が、痛くて堪らない。
(謝るべき? でも、何で、私が謝らないといけないのよ。納得できない!)
互いの思いに気づかず、それぞれに視線を交差させていた。
ご褒美の件を、口にできない。
面白くない気持ちを味合わせる態度に、素直に喜ばせることが、できなかったのである。
瑠璃の間で、シュトラー王と話していたと巡らせるだけで、頭の中から、ご褒美の件を伝えるために、捜していたことが、脇に追いやられてしまったのだった。
「何?」
いっこうに、口を開かないアレスに問いかけた。
問いかけても、アレスの口が開かない。
「聞いているんだけど?」
「……」
冷めた視線しか、投げかけない。
(何のために、話しかけたのよ!)
「聞こえなかったの?」
一方的に怒っているアレスに、険が帯びた声になってしまった。
「……聞こえた。お前と一緒にするな」
「それ、どういうこと?」
「言った意味、そのままだ」
思いっきり、眉を潜める。
(ケンカした後に、またケンカ?)
「しっかりと、講義を受けているはずなのに、まともに、マナー一つできないだろうが。それに、未だに、名前を間違える」
シラッと、以前リーシャが、失敗した話を持ち出した。
唇を噛み締めるしかできない。
語ったことは、すべて当たっていたからだ。
憶えが悪いために、公式な行事やパーティーで、マナーを間違えたり、王族や貴族の人たちの名前を、瞬時に出なかったり、間違ったりを繰り返していた。
「いつになったら、できる? それとも、講義を聞いていないのか?」
「聞いているわよ。ちゃんと」
言い返すのが、精いっぱいだ。
「そうとは思えない、有様だな」
バカにしたように、優雅に微笑む。
まさに、こうするんだと言うばかりに、微笑んでみせたのだ。
完璧な微笑みに、圧倒され、見惚れてしまう。
「……私だって、……頑張っているもん……」
細い声が、萎んでいった。
あっという間に、演じてみせるアレスに、自信が喪失していったのである。
一生懸命に、笑おうとすればするほど、ぎこちなくなってしまうのだった。
努力しているが、それが身についていない。
「よく言えるな。だったら、その成果を見せてみろ」
「……言われなくっても、そうしてやるわよ!」
声を張り上げ、宣言してみせた。
はっきりといって、そんな自信、どこにもない。
ただの強がりでしか、なかったのだ。
「それは楽しみだな」
ほくそ笑んだ。
「えぇ。楽しみにしててね」
完璧とは、まだ程遠いが、微笑んでみせた。
「勿論だ」
「じゃ、ね」
そそくさと、アレスの前を、通り過ぎてしまった。
背後を振り向こうとせず、アレスも用件を伝えず、ただ前に足を進めた。
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