第69話 砂浜の出逢い2
少し寒さを感じる、静かな砂浜。
絶対権力者のシュトラー王と、見知らぬ老人と、小さな女の子、それに自分たちしか、いない。
常に、自分たちの周りにいる侍従や、ボディーガードの姿がなかった。
海に来る際も、限られた人数でしか来ていなかった。
そして、海に到着すると、他の者たちをおいて、三人でここまで足を運んだのである。
女の子が、首を傾げ、二人を見下ろしていた。
「じいじ。誰? この子たち」
「紹介していなかったな。少し大きいのがアレス、小さいのがラルムじゃ。リーシャと同じ歳だ。仲良くしてやってくれ」
小さいと言われ、少し自尊心を傷つけられるラルム。
同じ年のアレスより、身長が低いことを気にしていたのだった。
「私は、リーシャ」
ニコニコと笑ったまま、状況が飲み込めない二人に挨拶した。
「一緒に、遊ぼう」
「三人で、遊ぶといいだろう」
目尻が下がりっぱなしのシュトラー王。
抱き上げていたリーシャを、優しく降ろした。
降りると、すぐに二人に近づき、両手を差し出したのである。
「遊ぼう」
「……うん」
戸惑っていたのは、一瞬だけのラルムが手を取った。
けれど、警戒心が強いアレスは、差し出した小さな手を眺めているだけだ。
落ち着きある行動を取りなさいと、母親に言われていた。
だから、純粋に差し出した手を、取ることができなかったのである。
「遊ばないの?」
沈んだ声音で尋ね、少し悲しげな顔をリーシャが滲ませていた。
「……」
口を固く結んでいる。
いっこうに手を取らない姿に、嫌われたのかと、寂しさを膨らませていた。
「遊んできなさい」
頑ななアレスに向かい、シュトラー王が命じた。
「……はい」
おじい様の言うことは絶対だった。
渋々ながら、手をつなぐ二人の後に、アレスがついていった。
幼い孫まで、命令口調を使う姿に、リーシャの祖父であるクロスが呆れてしまう。
貴族と言う身分を、若い時に捨て、一般の庶民として暮らしていたのである。
リーシャの両親も、元貴族だったことを、知らない状況だった。
息子夫婦に内緒で、密かに親友のシュトラー王と会い、時に幼いリーシャを会わせていたのである。
「孫に、命令口調はないだろう? もっと優しく接しられないのか」
「優しいぞ。ちゃんと……」
窘められ、不貞腐れている姿を、目を細め、クロスが見据えている。
何かを逡巡しているクロスに、若干たじろぎ始めていた。
「……孫にも、こういう態度と言うことは、息子たちの時は……」
ハッとして、シュトラー王が言い繕うとしている。
目の前にいるクロスに、嫌われるのがいやで。
「大丈夫だ。ちゃんと成人して、やっているだろう?」
ジト目で、慌てている姿を捉えていた。
そして、信用していいものか、どうか思案を巡らしている。
これまでの流れを見てきても、信じられなかったのだった。
「心配するな。大丈夫、ちゃんとやっている」
「そうは、思えないが?」
焦っているシュトラー王に、性格が昔から、直らないと、嘆息を吐いた。
言い訳を巡らせるが、すぐさまに視線を外してしまう。
「気をつける……」
しゅんと落ち込み、渋々認めた姿に、小さな笑みが零れた。
二人の間に、静寂が流れ始める。
そっぽを向いたまま、横目でクロスの様子を窺っていた。
まだ怒っているのか、不安だったのだ。
笑っている様子に、ホッとひと安心する。
怒って、もう会わないと言われたら、どうしようとかたじろいでいたのだ。
「三人を会わせたいなんて、バレたら、どうする?」
「大丈夫だ。自分たちが王族だと言わないように、口止めしておいたから。愚かな真似をするような孫たちではない」
胸を張っているシュトラー王だった。
どこから、そんな自信がくるのだろうと抱きつつ、その姿に、それを言った際の光景が、ありありと脳裏に浮かび、頭を抱え込んでしまう。
幼い孫相手に、威圧して脅かしたことが、手に取るように映っていたのである。
「どうした?」
「いや、何でもない」
改めるようにと諭しても、常に傍にいられない、クロスに難しいことだった。
(傍にいることが、できないからな。余計なことは、言わずにおこう)
二人が話している場所から、少し離れたところでは、幼い子供たちが砂山を作って、遊んでいたのである。
リーシャとラルムは、すぐに打ち解けたが、警戒心が強く、すぐに馴染めることが、できないアレスだけが、二人から僅かに離れた場所から、遊んでいる様子を窺っていたのだ。
その表情は、不快なもの見る眼差しで、降ろされている手が、ギュッと握り締められている。
(面白くない)
「ねぇ。なぜ、お山作らないの?」
一緒に、作ろうとはしないアレスを心配し、誰とでも仲良くなりたいリーシャが、声をかけた。
周りに、遊ぼうと声をかければ、みんなで楽しく遊ぶのが、当たり前だった。
だが、それが目の前にいる、新しい友達となったアレスだけ違っていたのだ。
いつになっても、遊ぼうとはしないので、どうしてなんだろう?と、不思議に感じていたのである。
遊んでいた手が止まったので、一緒に作っていたラルムの手が止まる。
「手が汚れる」
そっぽを向いたまま、アレスが吐き捨てた。
促され、自分の手を窺う。
海の水が混じった砂をいじっていたせいで、小さな手は泥だらけだ。
「後で、洗えば?」
「汚れるのが、いやだ」
「楽しいよ」
首を傾げ、一緒に遊びたいと言う眼差しを送っている。
「僕は、楽しくない」
「じゃ、違う遊びしよう」
友達となったら、みんなと一緒に、楽しく遊びたかったのだ。
砂遊びがいやなアレスに合わせ、違う遊びを提案したのである。
「いやだ」
「どうして?」
「……汚れる」
「遊ぶと、汚れるよ」
「だから、遊ばない」
「……」
自分を見ようとはしないアレスに、段々と悲しくなっていく。
(嫌われちゃった……)
うっすらと翡翠の瞳に、涙が溜まりかけていた。
二人の話を、傍観していたラルムが、口を開く。
「アレスは、見ているのが好きなんだよ。だから、続きをしよう、僕と一緒に」
沈んでいくリーシャを気遣い、泥だらけの手を取った。
小さな泥だらけの手が、ギュッと同じように、泥だけの手を握り締めたのだ。
「……うん」
微笑むラルムに、微笑みで返した。
そんな二人のやり取りを、気づかれないように、窺っていたのである。
小さな胸に、ムカムカするわだかまりが生じた。
これまでに、感じたことがない感情だった。
(いつもは、僕と遊んでいるのに。何で、こんな知らない、チビと遊ぶ?)
いつもアレスとラルムは、二人だけで遊んでいた。
王宮の中には、他に同じ年頃の子供が、いなかったのである。
たまに、王宮に訪れる子供たちは、二人よりも年上の子供たちが多かった。
(汚れるだけじゃないか……)
自分も遊びたいと言う心も、僅かに存在していた。
けれど、会ったばかりの女の子と、遊ぶことに抵抗感があった。
それに、すんなりとラルムが遊んでいる姿も、許せなかった。
いろいろな感情が、複雑に絡んで、渦巻いていたのである。
最終的に、母親に言われている、王族としてのプライドを常に持って、物事をしっかり考えてから、行動を取るようにと言う教えが、競り勝って、リーシャたちと遊べず、傍観者と言う立場になったのだった。
しばらく、砂遊びした後、祖父たちのところへ、戻ることになった。
大好きなクロスの元へ、駆け寄ろうとし、リーシャが勢いよく前に転んでしまう。
突然の出来事に驚き、瞬時に動けない二人。
転んだまま、立ち上がろうともしないリーシャ。
あまりの痛さに、動けないのかと、幼い二人が連想する。
そんな様子を見ていたクロスと、シュトラー王も、すぐさまに動けずにいた。
我に戻ったシュトラー王が、身体を動かそうとすると、クロスがそれを制する。
「動くな」
その声に、駆け寄ろうとしたアレスとラルムも、止まってしまう。
金縛りにあったかのように、三人が動けない。
転んだまま、動かなかった。
視線を傾け、穏やかの中に、揺るぎないものを感じさせるクロスが声をかける。
「一人で、立ち上がりなさい。できるね、リーシャ」
我慢強く、何らかの反応を示すのを待っていた。
徐々に、砂浜に顔まで浸かっていた顔を、ゆっくりとクロスの方に上げる。
その砂だらけの顔に、痛いのを我慢している表情が滲んでいた。
「……おじい……」
泣きそうな声が消え入りそうで、最後まで聞き取れない。
祖父のクロスは、決して動こうとしない。
おろおろと、シュトラー王はどうしたものかと、交互に二人の顔を窺い、狼狽えているだけだ。
「大丈夫、立ち上がりなさい」
優しく、問いかけるように、クロスが語りかけた。
「……」
じっとクロスを見ていたリーシャ。
コクリと、頷く。
「よし。では、立ち上がって、汚れを落としなさい」
促されるがまま、緩慢とした動きで立ち上がり、砂の汚れを落とした。
その間、ゆったりとした足取りで、リーシャの前まで辿り着き、穏やかな表情のまま、腰を下ろし、目線を合わせた。
「ケガは、していないか?」
ケガの具合を確かめる。
多少、両足が擦りむいた程度だった。
「大丈夫だったか?」
「うん。平気」
先ほどまで泣きそうな顔が、笑っていた。
シュトラー王やアレスたちは、二人の下へ駆け寄っていく。
ほのぼのとした二人の様子を、じっと傍観していたのだった。
「ホントに大丈夫? 痛くない?」
「大丈夫」
心配しているラルムの問いかけに、笑顔でリーシャが答えた。
路面や、硬い石畳みとは違い、軟らかい砂の上で、転んだから、大したケガはしていないだろうと見込んで、クロスが自力でリーシャを起き上がらせたのだった。
身体のあちらこちらに、ついた砂を落としたのである。
思い出の記念として、三人で写真を撮ることになった。
けれど、砂浜に立つ三人の空気に、微妙な匂いが流れ込んでいる。
アレスだけが笑わず、ブスッとしたままで、立っていたからだ。
最終的に、そのままの表情で写真を撮った。
また、三人でしばらくの間、遊ぶことになり、シュトラー王たちを置いていってしまう。
馴染めないアレスは、どこかに一人で行こうとする。
その後を、二人が続いていった。
ずっと一緒に遊ぼうとしないアレスのことが、気になっていたのである。
背後から、リーシャが声をかける。
「三人で、遊ぶように、言われたよ」
「一人になりたい」
追ってくる二人から、離れようとして、突っぱねた。
でも、必死でアレスの後をリーシャがついていき、そのリーシャを追っかけ、ラルムがついていったのだった。
「ねぇ、一緒に遊ぼう」
無視するアレス。
「遊ぼうよ、一緒に」
声を何度もかけるが、聞く耳を持たず、ずんずんと足を進めていく。
二人より身長がある分、歩く幅が長い。
段々と、二人から距離が離れていった。
「楽しいよ、三人で遊ぶと」
二人から、逃げ惑うアレス。
楽しげに遊んでいる二人の姿が、面白くなかったのだ。
だから、見てられず、一人になろうと、離れようとしていた。
三人は、大きな岩の塊がある岩場まで、来てしまう。
ついてくるのをやめないリーシャ。
追い払うために、駆け出そうとするが、途中で後方の二人に、気を取られていたために、下にある石ころに気づかず、勢いよくアレスが躓いてしまった。
後を追いかけていた二人が驚き、立ち止まる。
転んだことが恥ずかしいアレスが、痛みを堪え、すぐに立ち上がった。
その顔は、痛みで歪んでいる。
左膝から、流血していたのだ。
手のひらも擦りむき、血が滲んでいる状態。
先程のリーシャの擦り傷よりも、アレスの傷の方が深かった。
「大丈夫? あっ、血が出ている」
ケガしていないのに、今にも泣きそうな表情を、リーシャが覗かせている。
「血が出ているよ、アレス」
心配顔で、ケガしている部位を、ラルムが窺った。
「平気だ。痛くない」
痛みを我慢し、何でもないと言う顔をしてみせた。
そんなアレスの強さに、リーシャが驚く。
ゴソゴソと、ポケットから一粒のキャンデーを、アレスの前に差し出した。
「元気が出るキャンデー」
「?」
「これを舐めると、元気になるよ」
「こんなもので、傷が治る訳ないだろう」
のん気に振舞う姿に、呆れて吐き捨てた。
手のひらに乗っているキャンデーは、リーシャが元気がない時や、ケガをした際に、クロスが元気が出るキャンデーと言って、渡していたものだった。
それを、痛みを我慢しているアレスに、あげようとしていたのだ。
受け取らない態度に、強引に手のひらに握らせる。
無理やり渡し、満足なリーシャに、ラルムが問いかけた。
「僕には?」
「一粒しかないの」
ポケットに一粒しか残っておらず、最後の一粒を、気丈に振舞っていたアレスに、あげてしまったのだった。
一粒しかないと聞かされ、落ち込むラルム。
自分の分しかないと知って、あっという間に、強引に握らされたキャンデーを、ポケットに仕舞い込んだ。
アレス自身が驚くほど、無意識のうちに。
読んでいただき、ありがとうございます。




