第68話 砂浜の出逢い1
幼いアレスとラルムが、王宮の庭で、次は何をして遊ぼうかと話し込んでいる。
少し離れた位置に、不測の事態に備え、侍従やボディーガードたちが、万全の態勢で控えていたのである。
二人は生れてから、数える程度しか、王宮の外に出たことがなかったのだった。
王宮の中にいて、守られていたのだ。
そこへ、堂々とした立ち振舞いでシュトラー王が、近づいてきたのである。
控えていた侍従や、ボディーガードたちが、静々と下がっていった。
ある程度離れた場所で、侍従やボディーガードたちが控えている。
常に、威厳があるシュトラー王は、普段と違う格好で身を包んでいた。
二人は、異変に気づく。
僅かに、首を傾げ、呆然と眺めていたのだ。
幼い子供である二人の孫にも、ほとんど和やかな顔を見せたことがない。
そんな祖父だから、いつもとは違う装いに、どこか戸惑っていた。
近づくにつれ、二人の背筋が伸びていく。
「ラルム、アレス。私についてきなさい」
幼い子供に対しても、有無を言わせない口調だ。
きょとんとした表情で、それぞれ、表情を変えないシュトラー王を見上げる。
「はい、おじい様」
アレスよりも、少し身長が低いラルムが先に口に出した。
その表情に、口角が上がっている。
素直に、一緒に出かけられる喜びが、溢れていたのである。
無邪気に喜ぶラルムと、同じようにアレスの中でも嬉しさがあった。
だが、どこへ行くのか?と言う疑問が、小さな胸の中で湧き上がっていたのだった。
「どこへ、行くの? おじい様」
「王宮の外だ」
思ってもみない言葉に、二人が絶句している。
これまでシュトラー王と、王宮の外に行くことがなかった上に、小さい二人が、ほとんど王宮の外に出たことがなかったからだ。
なかなか、外へ出ることが難しい二人。
王宮の外に、強い憧れ的な思いを、密かに二人が抱いていたのである。
「ホントに?」
「外に、出られるの?」
二人が、好奇心旺盛な瞳を輝かせていた。
満面な顔で喜ぶ二人に、目を細める。
互いに、行きたいところや、見たいところを、話そうとすると……。
すっかり目の前の存在が、消えていたのだった。
「ああ。だが、誰にも、話してはいけない。エレナや両親にもだ。約束を守れると言うなら、外へ連れて行ってやる」
小さな子供相手に、威圧する強い口調で語りかけた。
怯えながらも、コクリと二人が頷いた。
小さいながらも、圧倒的な存在の力を感じ取っている。
祖父の言葉が絶対だと言うことが、幼いながらも理解していたからだ。
「では、行くか」
さっさと、身体の向きを変えた。
楽しげな表情を一変させ、シュトラー王に対してアレスが問いかける。
「着替えてきます」
「着替えはいい。このまま行くぞ」
二人は同時に、目を丸くする。
王宮の外に出る時は、着替えていた。
時間が惜しいと抱くあまりに、着替えさせる時間を与えなかったのだ。
「で、でも……」
「行くぞ」
「は、はい……」
有無を言わせない仕草に、声が萎んでいった。
急かすシュトラー王に連れられ、戸惑いながら、アレスとラルムが、穏やかな海に来ていた。その車中、窓から見える光景に、二人がはしゃいでいたが、それを咎めることはしなかった。
シュトラー王の頭は先のことを想像し、浮き足立っていたからだ。
暖かい時期を外れていたために、海辺に人影がなく、どこか寂しさを漂わせていた。
実際に、初めて目にする風景に、二人はそんな思いがない。
底知れぬ海の広さに、ただ、ただ驚嘆していたのだ。
テレビとか、本でしか、見たことがなかったのである。
「凄い。海だ」
素直に、喜びを表現するラルム。
身体全体で表すラルムに対し、呆然としているアレス。
「海って、大きいね。おじい様」
「そうだ」
興味ないといった顔を覗かせている。
言葉を発することも忘れ、海の広さにアレスは圧倒されていた。
そんなこととも知らず、シュトラー王とラルムが話を続けていたのである。
歓喜溢れるラルムの姿に、自分が祖父であることを思い出す。
ふっと、軽く息をシュトラー王が吐いた。
そして、はしゃぐラルムに、顔を和ませながら言葉をかける。
「もっと、もっと、海は広いぞ」
「ホント。じゃ、おじい様のように、アメスタリア国や、広い海を、僕も守る」
面白いことを言うなと、目を細める。
幼いラルムの瞳に、漲る闘志のようなものが滲んでいた。
(さすが、ターゲスの息子か……)
「英雄だったおじい様のように、僕ね、ハーツパイロットになる」
「そうじゃな、二人とも、いい数字を出していたな」
孫二人のデータを、頭に巡らせていた。
その顔は、祖父でなく、国王となっていたのだ。
(そこそこ見込みがある程度だ。……これから次第だな)
孫のデータを、冷静に分析していたのである。
幼いながらも、国の威信を賭けたデステニーバトルに出るために、ハーツパイロットの訓練を受けていたのだった。
幼い子供に、ハーツパイロットの訓練は、早過ぎるのではないかと言う周囲の声を無視し、訓練をさせていたのである。
そして、冷静に自分の孫と言うこと、年齢のことも無視し、ただ単純に数字がよかったことを、無意識に口にしただけだった。
ただの一パイロット候補生になるか、ならないか、見ていただけに過ぎない。
そうとは知らず、祖父シュトラー王に褒められ、無邪気にラルムの顔が綻ぶ。
幼いラルムに、父ターゲスは、シュトラー王に認められるように頑張るのだぞと、常に口にしていた。
その祖父から、褒められたことが、素直に嬉しかったのだ。
めったに顔を合わせることができない父も、喜んでくれると思うだけで、さらに嬉しさが倍増していくのだった。
「はい。もっと、もっと頑張ります」
「ああ」
そんな思いも知らず、簡素に答えただけ。
視界の先は、海に注がれていたのである。
(早く、逢いたい。どこら辺にいるんだ? もしかして、もう帰ったのか?)
祖父と話しているラルムとは違い、口数が少ないアレス。
ただ、アレスは海を眺めているだけだ。
二人のやり取りも、耳に届いていない。
広い海を目にし、もっと、もっと、いろんなところを見てみたいと言う感情が、溢れるばかりで、他に何も見えず、聞こえなかった。
「少し、歩くか」
シュトラー王の言葉で、三人が歩き始めた。
しばらく砂浜を歩いていると、アレスとラルムが遠くの方で、老人と小さな女の子の姿を視界に捉える。
「誰だろう……」
素直に、呟くラルム。
ふと、二人がシュトラー王の顔を見上げた。
「おじい様……?」
見上げた先に、今まで見たことがない、柔らかな表情があった。
その優しげな視線の先に、老人と小さな女の子がいたのである。
孫の自分たちにも、見せたことがないような表情だった。
衝撃的な事実に、目が奪われ、身体がフリーズしてしまう。
砂遊びをしていた小さな女の子が、シュトラー王たちの存在に気づく。
「じいじだ!」
聞き慣れない呼び方に、離れた場所にいた二人が、目を丸くしている。
喜び勇む声に、引き寄せられるように、二人は小さな女の子に視線を移した。
間違いなく、自分たちを指差していたのである。
じいじと称されるのは、ここにいる三人の中で、シュトラー王しかいない。
指差した先が、シュトラー王だと気づくと、幼いながらも、二人の中で不安が込み上がっていった。
国で一番偉い人に指差すなんて、アレスたちの常識になかったのだ。
怒っていないかと、心配になって、再び恐る恐る窺うように見上げた。
すると、怒っている気配もなく、和やかに目じりを下げている。
ありえない光景に、目の前に立っている人が、本当に普段目にしているシュトラー王なのかと、疑ってしまうほどだった。
小さな女の子が、手を振ると、それに習うように、シュトラー王も手を振った。
自分たちが知っている光景ではない。
「おじい様……」
アレスが呟いてしまった。
けれど、その呟きは、シュトラー王に入っていない。
意識が先にいる二人に、注がれていたのだった。
にこやかに、微笑んでいるシュトラー王。
振っていた手を下ろし、幼い孫二人を見下ろす。
その視線は、小さな女の子に傾けるものとは違い、いつもの威厳ある眼差しだ。
二人は、同時に変わり身の早さに、少しばかり心を痛めてしまう。
女の子と、自分ではどこが違うのだろうかと。
「いいか、二人とも。先に見える女の子に、自分たちが王族だと言うことを、知られてはいけない。できるな、二人とも」
普段、王族としての立場を重んじるようにと、教えられてきた。
それが今日に限って、知られてはいけないとは、なぜだろうと巡らせるが、祖父の言葉が絶対だと、幼心に身に沁みている二人が、瞬時にその疑問を封じたのだった。
「はい……。おじい様」
萎むように、ラルムの声が小さくなっていた。
返事をしないアレスに、視線を投げかける。
冷たい眼差しだった。
その眼差しを、幼いながらも嫌っていた。
(怖い……)
「……はい。おじい様」
理由を言わないことに、不服そうな顔を滲み出していたのである。
まだ、子供だった二人に、感情をコンロールできるはずがない。
不満だと抱いても、それをあえて無視した。
小さい子供を相手にしているほど、暇ではなかったのだ。
「では、行くぞ」
老人と小さな女の子が、すでにこちらに向かって、歩みを進めていた。
互いに、距離を詰め合い、立ち止まる。
「遅くなるのかと、思っていた」
見知らぬ老人が、シュトラー王に向かい、軽口を叩く姿を、初めて垣間見た。
アレスやラルムの周りにいる大人たちが、シュトラー王に対し、恭しく頭を下げていたからだ。
それが全然なされない上に、シュトラー王も怒る気配が、どこにもなかった。
それよりも、笑っていたのだった。
今まで見たことがない光景に、驚愕している二人。
誰もが、シュトラー王に、下賜ついていたからだ。
「遅くなるものか」
「無理をさせたんじゃないのか」
「大丈夫だ」
老人が驚いている幼い二人に、視線を下ろした。
優しげに微笑んでいる老人が、自分たちを案じていたことを把握する。
「いい目をしている、二人とも」
「そうか」
大人の話が、つまらないようで、小さな女の子が腕を広げる。
「抱っこ」
「そうか、そうか」
老人に向け、広げていた身体を、勝手にシュトラー王が抱き上げてしまう。
小さな女の子が剥れる様子がなく、喜んでいたのである。
そんな様子から、抱き上げて貰うのに、慣れているようだった。
互いに、自分たちは、何回抱き上げて、貰ったのだろうと、心の奥底で数えた。
そんなことをしているとは気づかず、抱き上げて重さを確かめる。
「少し大きくなったかの」
「大きい?」
「ああ。大きいぞ」
「大きい、大きい」
下がった目尻のままである。
何が楽しいのか、ゲラゲラと笑っている。
呆然と、二人は今まで見たことのない光景を、眺めているしかない。
読んでいただき、ありがとうございます。




