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輪廻転生  作者: 香月薫
第4章
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第67話  不機嫌なアレス

 仕事の一つである会議を終え、アレスは自分の部屋に戻ろうと、筆頭秘書官ウィリアムと、ボディーガードを引き連れ、廊下を歩いている。


 頭脳明晰で、容姿端麗なアレス。

 ヨーロッパにある王制君主であるアメスタリア国の、国王シュトラー王の孫で、次期国王であり、国民にとってはアイドル的でもあった。

 それが表の顔だった。


 実際は、無言の圧力で周囲を黙られ、不機嫌さを振りまいていた。

 飄々と歩く姿に、疲れた表情が出ていない。

 大の男でも、音を上げるほどの、ハードスケジュールである。

 心身に疲れは、溜まっていたのだった。


 連日のパーティーや、公務の出席など、いろいろな行事が重なり、分タイムで動き回り、疲労が蓄積していたのである。

 冷静沈着の切れ者と称され、感情を表に出さない、どこか冷たい印象を、凭れることが多かったのだった。

 だから、そんな状態に陥っても、誰にも気づかれない。


 自分の部屋に近づくにつれ、仰々しく歩くことに辟易していた。

 毎日のこととは言え、相当な疲れが、蓄積されていたのだ。

 そのせいもあり、ほとほと誰かを連れ添って歩くことから、解放されたかった。


 先頭を歩いているアレスが、突如、立ち止まる。

「もういい、下がれ」

「ですが……」

「いいと、言っている」


 部屋まで着いていこうとするウィリアムたち。

 言葉と、態度で制した。

 そして、苛立ちを、振りまいてだ。


「……わかりました。では、失礼します」

 さすがに長年仕えていることもあり、アレスの性格を把握していた。

 どこへ行こうと、ついてくるウィリアムと、ボディーガードが下がっていく。

 下がったことも確かめず、歩みを進めた。


 宮殿では、たくさんの人がいて、監視カメラが設置されていたので、一人っきりになると言うことが難しいのである。

 誰に見られているとも限らないので、表情はそのままで、心の中で一人になったかと、溜息を零した。


 視界の斜め上に、しっかりと監視カメラが作動していたのだ。

 幼少の頃より、周囲に誰かしらついていることに、うんざりしていた。

 けれど、王太子としての立場で、許される訳がなかったのだ。


 自分の部屋の前に辿り着き、ゆっくりと扉を開く。

 僅かに、瞠目し、その場に踏み止まってしまう。


「おかえり」

 のん気な声で、アレスに声をかけた。

 妻となったリーシャが、無断でアレスの部屋でくつろぎ、帰ってきたアレスを出迎えたからだった。

 夫婦とは言え、互いに高校生の学生でもあるので、部屋が別々にあった。

 勝手に、部屋に入り込んでいたのだ。


 部屋はリーシャ一人だけで、専属の侍女の姿が見えない。

 冷たい眼差しを、ソファに佇む姿に降り注ぐ。

 そんな態度を気にする様子もなく、自分のペースで話し始める。

「随分遅かったね。よくわからないけど、会議って、大変なんでしょ?」

「……」

 ムッとした顔を崩さない。


「朝も、昼も、いなかったけど、食事は取ったの?」

「……」

 新婚の二人に、甘い雰囲気がない。


 二人が通う、クラージュアカデミーは休みで、アレスは朝から、執務や会議などの仕事をこなし、美術科を専攻しているリーシャは、課題の絵を描いたり、王太子妃としての教育を受けていて、朝から顔を合わせていなかったのだ。

 二人のスケジュールが合わず、顔を合わせない日が、これまでたびたびあった。

 時間を見計らい、アレスの部屋を訪ねたのである。


 朝も、昼も、一人で取る食事が味気なく、少しでも顔を見たかった。

 そして、話をしたかったのが、本音だった。

 無邪気に話しかける姿が、徐々に消えていく。


「?」

 いつもに増して、様子がおかしかったからだ。

 それどころか、表情が不機嫌になっていった。


 語りかけようとするリーシャに、近づいていく。

「出て行け」

 冷たい一言だけ、放った。

 開きかけていた口が、静かに閉じられ、渋面を滲ませていた。

 冷たい眼差しは、いつものことだったが、いきなり出て行けに、ムカついたのだ。


 抱きかかえていたクッションに、力が入り込む。

 そんな仕草を、憮然とアレスが見据えていた。

 出て行こうとはしない態度に、さらに言い募る。

「さっさと、出て行け」


 目の前にいる顔を、見たくなかった。

 朝の食事に用事を作り、食事の席につかなかったのである。

 わざと、顔を合わせないように、仕組んでいたのだった。

 昨日のある出来事を目にしてから、苛立ちが止まらなかったせいだ。

 その張本人とも言えるリーシャと、会いたくなかった。


 その出来事とは、学校にいる際に、リーシャといとこのラルムが、楽しげに一緒にいる現場を目撃したことである。

 実際に、二人だけでいた訳ではない。

 友人のナタリーたちも、傍で語らっていた。

 けれど、アレスの視界に、二人だけしか映っていなかったのだ。


 これまでに、そういう場面に何度も遭遇し、そのたびに理由もわからず、不機嫌になっていった。

 だからこそ、避けていたのだった。

 脳裏に、微笑むラルムの姿があった。


 理不尽な不機嫌さに、怒りたい気持ちを我慢し、リーシャが深呼吸する。

 眉間のしわを、無理やりに戻していった。

 引きつる口を、一生懸命に押さえ、何気ないように装う。


「今日ね……」

 言葉を遮り、冷ややかにかぶせる。

「出て行け」

「……」


(もう、無理。絶対に無理。何で、出て行けしか言わないのよ。それ以外に、言葉を知らないの? コミュニケーションを取る気がない訳? 私は、取りたいのに。私はアレスを知ろうとしているのに、なぜアレスは、私を知ろうとはしないの? 私の顔は、見たくなかったの? 私は見たかったのに。信じられない!)


 悶々とした怒りが、込み上がっていく。

 同時に、哀しみも、襲っていたのである。

 少しずつだが、距離が縮まり、仲良くなれたような気がしていたのだ。

 秘密の約束を通じて。

 けれど、非常な一言で、ひびが入ったような気がした。


 時間が過ぎれば、仲良くなれると抱いていたが、こんな状況では、とても仲良くなれるとは思えなかった。

 時間が解決してくれるから、大丈夫と言う両親の言葉が、脆くなりかけている心を必死に支えていた。


 湧き上がる気持ちをぶつけようとした。

 だが、これではいつもの口ケンカと変わらないと、思い直したのである。

 アレスの部屋に来る前に、今日こそは、口ケンカをしないで話すと決め、ここに訪れたのだった。


 ふと、机に飾ってあるクリスタルの置物に、視線が止まる。

 机に、透明のクリスタルの置物が、いくつも飾られていたのだ。

 イルカや白鳥、天使など、様々な形が、綺麗に並べられていたのである。

 呼ばれるように、クリスタルの置物に吸い寄せられていった。


「可愛い。それに凄く綺麗、透明で、よく見える……」

 翡翠の瞳を近づけ、クリスタルの置物越しに、部屋をぐるりと見渡す。

 怒っていたことも忘れ、許可なしに、クリスタルの置物に触れていた。

 アレスが美術系に興味がないと、思っていたので、意外だったのだ。

 そして、同じ共通項を見つけ、その心は人知れず、はしゃいでいた。


 突如として、はしゃぎだした光景を、疑問に抱きながらも、表面上に出さず、イライラしながら眺めている。


(出て行くのではなかったのか? 呆れたものだ)


 他の者たちだったら、すぐさまに退散していた。

 不穏なものを感じ取れば、誰もアレスから離れていった。

 これまでの誰とも、似ていなかったのである。

 初めて経験することで、戸惑いが拭えない。


「これ、どうしたの?」

 視線の先は、持っているイルカの造形したクリスタルの置物だ。

 不純物がない、透き通っているクリスタルに、キラキラと輝かせる翡翠の瞳を注ぎ込む。

 他のものは、入らないようだった。


 そんな姿に、自分を無視されたような感覚を憶える。

 そして、それは自分のものだと、感情が湧き上がった。

 無言で、見入っているリーシャに近づく。

 持っているイルカの置物を、乱暴に奪い取った。


 瞬く間な出来事に、目を見張り、呆然とアレスの顔を見上げる。

「僕のものだ。勝手に触るな」

「ごめん。でも、触るぐらい……」

「ダメだ」

 はっきりと、吐き捨てた。


 頑ななアレスの態度に、拒絶されたような錯覚を憶える。

 これまでのリーシャだったら、すぐさまに反論したが、勝手に触った自覚があったので、何も言えなくなってしまう。

 それに、目の前に立っている姿が、とても怖い雰囲気で、口を噤んでしまった。


「じゃ、それ、どうしたの? 買ったの? それとも貰ったの?」

「ウィリアムが、飾った」

「ウィリアムが? アレスの趣味じゃないの?」

「趣味か、趣味じゃないかは、関係ないだろう」

 答えるのが、面倒だと言う態度を匂わす。


「関係あるじゃない。趣味なら……」

「関係ない!」

 はっきりと言う物言いに、二の句が出てこない。

 辛うじて頑張っていた欠片が、一つ落ちてしまった。


「ウィリアムが飾ったものだが、ここに置いた時点で、僕のものだ。だから、勝手に触ることを許さない。二度と触れるな」

「……」

 鋭い視線で、フリーズしているリーシャを見据えている。

 何度か、開きかけようとした唇が、硬く閉じられてしまった。


 二人の間に、長い沈黙が流れた。

 伏せられていた顔が、上げられる。

「もう、二度と触らないわよ! アレスのバカ!」


 勢いよく、リーシャが部屋を飛び出した。

 気持ちが乱れているアレスが、後を追うような真似をしない。

 ただ、後ろ姿を眺めていただけに過ぎない。


(何が、バカだ)


 姿が消えても、しばらくドアを眺めていたアレス。

 奪い取ったクリスタルの置物を、元の位置に戻す。

 ずれてしまった、他の置物の位置も直した。


 いつの間にか、沈んでしまった心が晴れない。

 それどころか、どんどんと雲って、雨が降り始めてしまったのだ。

 一人っきりの部屋で、嘆息を吐いた。


(やり過ぎたか……)


 原因が、わからない。

 少しだけ、自分に非があるのかもしれないと抱く。

 出て行った際に、涙を堪えている顔を巡らせ、気持ちがズシンと沈んでいった。


 からかって、怒らせて楽しむことをしても、泣かせようとは思っていない。

 ただ、いつもは気持ちのコントロールができるのに、最近はそれができないことが多くなっていた。

 涙を出させるまで、咎めるつもりがなかったのだ。

 けれど、現実に、そこまで追い込んでしまった。


 不意に、古い箱の存在が脳裏に浮かぶ。

 それは、ラルムから、三人は出会っていたと、話を聞いた時に思い出し、その後、こっそりと、思い出の品を仕舞い込んだ箱を、見つけ出していたのである。

 その古い箱を、他の誰にも知られないように、机の引き出しに入れていた。


 引き出しから、古い箱を取り出す。

 箱自体は、大きくはない。

 元々、白かった箱が黄ばんでいた。


 箱には、三人で撮った写真の他に、ラルムが持っていない透明な包みに、包まったキャンデーが、一粒入っていたのである。

 古い写真は、ラルムが持っている写真と、同じものだ。

 当時、写真にも、キャンデーにも、興味がなかったが、捨てることができず、なんとなく、箱に仕舞い込んでいたのである。

 それを、ラルムに写真や話を聞き、忘れていた遠い昔の過去が、すっかり蘇っていた。


「元気が出るキャンデーか……」

 光に翳して、一粒のキャンデーを見つめる。

 色褪せることなく、キラキラと輝いていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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