第66話 上院議員の抗議
今日から第4章に入ります。
国民から選出された上院議員のグリフィスが抗議のために、シュトラー王の執務室に来ていたのである。彼は五十代前半とは言え、若い頃から上院議員を務めているので、上院議員の中でも、ベテランの域に入っていたのだった。
広い室内に、グリフィスとシュトラー王、ソーマの三人しかいない。
他の秘書官たちを、事前にソーマが下がらせていたのだ。
やや顔を赤め、機関銃のように、止めどなく喋る様子を、面倒臭そうにシュトラー王が眺め、その背後に、傍観している立場でソーマが控えている。
(こいつ、いつになったら、止まるんだ?)
十分以上、一人で喋っていたのだ。
ただ、必死さが伝わっていたのである。
それをシュトラー王と、ソーマが冷めた視線で、眺めていたのだった。
国王の仕事の代理を務めているアレスから、承認を受け、執り行うはずの事業を、突如としてシュトラー王が破棄した。そして、現在、それに対する抗議が、行われていたのだった。
この事業に、グリフィスが深くかかわっていたからだ。
勿論、多くの金も、注ぎ込んでいた。
それらに関しても、シュトラー王たちは把握していたのだ。
ようやく、喋りが止まる。
不満を言い終え、グリフィスの息が荒い。
その姿に、バカなやつと、冷ややかな眼差しで、ソーマが見据えている。
(知らないとは、恐ろしいことだな)
アレスが承認した数件の案件を破棄し、すべてをなかったことにしたのだった。
携わっていた事業を、突然、破棄され、納得がいかず、グリフィス一人だけが抗議のため、シュトラー王の元に訪れていたのである。
「言いたいことを、終えたのか」
平坦な声音で、シュトラー王が問い質した。
破棄したことを、破棄しない様子に、グリフィスの双眸が細められる。
それに対し、落ち着き払った顔を、シュトラー王が覗かせていた。
(おい、おい。このバカ、睨んでいるぞ。ホント、バカなやつ)
全然、顔に出さないが、嫌悪する顔を素直に滲ませる姿勢に、ソーマが感心している。
「破棄だ。この決定は、覆らない」
僅かに、声音が低くなっていた。
そんな状況下に陥っても、グリフィスが気づかない。
逆に、ヒートアップしていったのである。
「陛下! この事業は、先ほども申し上げましたが、もうすでに着工しているんですよ。アレス殿下が、承認もしているんです!」
顔や言動から、この耄碌ジジイと言うニュアンスが読み取れる。
(ほぉー。これで引き下がらないとは。知らないと、ここまでできるのか、ある意味、凄いことだな)
注がれているソーマの視線に、気づいていない。
目の前にいる国王しか、視界に入っていなかったのだ。
微かに、口角が上がっているだけで、シュトラー王の顔色に変化がない。
ただ、イライラしているグリフィスを、見上げているだけだった。
その間も、グリフィスは抗議する手を休めない。
(ああ。あちこちに唾が飛んでいるぞ。後で、掃除が大変そうだな)
ゆっくりと、シュトラー王の口が動く。
「この国のトップは、誰だ?」
「……」
若干、唇を開くが、言いよどんでしまう。
王太子であるアレスは代理で承認しているだけで、決定権を持っていなかったのだ。
「答えぬのか? それともアレスと、答えるのか?」
口の端が上がっているのを、グリフィスが捉えていた。
その顔は、相手をバカにしたようなものだった。
「……陛下です」
苦虫を潰したような顔を、滲ませていた。
「そうだ。その私が、破棄だと決めた」
「お言葉ですが、陛下はアレス殿下に、任されたのでは?」
僅かに、不快感を漂わせているシュトラー王。
食い下がらない様子に、ますます欲の面が厚いと、何でもできるんだと、さらに感嘆しているソーマだった。
「任せただけに過ぎない。私が納得しなければ、それは認められない」
いつになく、冷静にシュトラー王が対応していく。
「陛下。事業は七割がた終えているのです。それを突然破棄するなんて……」
事業の進行が、七割がた終わっていた。
破棄することで、グリフィスに入るお金も、信用も、がた落ちになる可能性が大きく、グリフィス自身としては必死なるのは当たり前である。
そのことは、すでにシュトラー王にも、報告済みだった。
それでも、破棄したのだ。
「それが、どうした?」
先ほどよりも、やや威圧するオーラを纏った。
すると、突然の変貌振りに、思わず気圧されてしまう。
(ようやく気づいたか。バカなやつ)
何も答えず、口を閉ざしている相手を見上げている。
徐々に、グリフィスは顔色を悪くしていった。
「それが、どうしたと、問うたが?」
相手を窺うようなゆっくりとした口調だった。
視線の先は、ずっとソワソワし始めたグリフィスに傾けられたままだ。
「……そ、そ、それは……」
視線を彷徨わせ、グリフィスが口籠もっていた。
上院議員に成り立ての頃に、先輩議員から、アドバイス貰っていた言葉を巡らせていたのである。
シュトラー王を、決して怒らせるなと。
段々と、放つオーラに飲み込まれていく。
「この事業で、そちの見返しは、どのぐらいある?」
「な、な、な」
絶句し、唇が震えていた。
クスッと、不敵な笑みを漏らしているシュトラー王だ。
そして、追い討ちを掛ける。
「それに、貴族院の誰の元で、動いている?」
スッと目を細め、まっすぐに相手を見据えていた。
「そ、そ、そのような」
ずっと、あたふたとしているグリフィスを、捉えたままだった。
居た堪れない姿に、ソーマが可哀想にと呟くが、耳に入らない。
だが、その口元が、小さく笑っていた。
貴族院のダンペール子爵と、繋がっていたのを、二人はすでに承知していたのだ。
把握していた上で、泳がせていたのである。
「その者に伝えよ。あまり図に乗ると、痛い目に会うぞと」
「……」
愕然と、立ち尽くしていた。
指一本も、動かせない。
「私からは以上だ。立ち去れ」
さらに、威圧を加え、気後れさせた。
獰猛な眼光に射抜かれ、震え出す。
何も言い返すことができない。
ただ、唇を噛み締めながら、執務室から退散していった。
その滑稽な姿を見送ってから、クククと笑いながらソーマが、気だるげなシュトラー王の前に立つ。
「知らないと、随分と、怖いことができるんだな」
軽口を叩くソーマを半眼する。
けれど、臆しない。
「お前に、楯突くんだからな」
ムッとした顔を、シュトラー王が滲ませていた。
煩わしいことをさせるなとだ。
グリフィスがシュトラー王のところまで来ずとも、ソーマのところで、止めることもできたのである。あえて、シュトラー王のところへ、行かせるように仕向けたのだった。
ある意味、ソーマがシュトラー王に対する意趣返しだ。
「人のことは、言えぬだろうが? お前だって、俺に楯突くだろう」
不機嫌さを、さらに醸し出している。
「俺は、窘めているだけだ」
ケロッとした顔を覗かせる。
「どちらも、変わらない」
「変わるさ。それと、掛かった金とか、どうする気だ」
国で補填するのかと、さっさと仕事の話をソーマが始めた。
愚痴を聞くのが、面倒だった。
怪訝な表情を、シュトラー王が滲ませている。
早急に、片づけようとするソーマが気に入らない。
据わった目を注いでも、飄々としているソーマだった。
「その事業で、上手い汁を吸っているやつらから、回収するに決まっているだろう」
当然と言う顔に、嘆息を吐いた。
(厄介ごとを、増やしやがって)
「揉め事を、増やすな」
「決定だ。ダンペールに対する証拠も、上がっているんだろう」
「ある」
はっきりと即答した。
「だったら、それを使え」
「揉めるぞ」
眉間にしわを寄せ、肯定しない。
国で補填した方が、面倒ごとが少なく済んだのだった。
それを行わず、あえて罰することを選ぶ。
「構わん」
「シュトラー」
「今までゆるくさせていたんだ。これからは、徐々に締め付けていく」
眼光に、妖しげな光が宿っている。
悦を窺わせていたのだ。
息を吐くソーマ。
最近、やる気になっているシュトラー王だった。
悪い虫たちの排除に。
「いいのか? 目立つぞ」
ここ数年は、目立つことを避けていた。
いろいろなことに、目を瞑ってきていたのである。
まとめて、事を一掃させようとしていたのだった。
「貴族院の首を切るつもりはない。ただ、金だけ出させろ。後、軽い罰もな」
「面倒だな」
これからのことを思うと、気が滅入っていく。
(……どこから、攻めるかな)
「責任は、アレスに取らせろ」
「いいのか?」
訝しげな視線を、シュトラー王に注いでいる。
自分がするものだと、巡らせていたのだ。
まさか、アレスにさせるとは、思ってもみなかったのだった。
「ああ。安易に承認するから、こんなことになったんだ。その責任を取らせる」
揺るぎない意志がみえた。
手厳しいシュトラー王に、さらに顔を渋面する。
甘い汁を吸う者だけではなく、それをわざと見逃したアレスにも、憤っていたのだった。
そんな姿に、強張っていた肩を落とす。
「周囲の状況を鑑みて、汚職の臭いがしても、承認したんだろうが」
年若いアレスの弁明に回った。
強硬な手段を使わず、小さなことに目を瞑って、周囲との調和を図っていたのである。
綺麗事だけでは、国は成り立たないのだ。
昔とは違うと抱くが、どうせ理解しないだろうと押し黙る。
「周囲? 笑わせるな、こんなことを認めていたら、国が腐っていくぞ」
「わかっているが。上手く回すために……」
眼光鋭く、咎める視線に、決まり悪くしている。
「あれは優秀だ。もっと上手く、立ち回れたはずだ」
「だが、まだ十五だぞ」
食い下がらないソーマに、徐々に苛立ち始めた。
(いい加減、こいつの面倒は疲れる)
「十五だろうと、何だろうと関係ない。あれは本気を出していない」
「シュトラー……」
窘めても、引きそうもない様子に、ほとほと呆れ、誰に頼むかと、頭を掠めていた。
長年仕えていたので、こういう顔つきをしている時は、頑として意見を曲げないことを、把握していたのである。
(エレナ王妃、いや、無理か。フェルサか……。国を離れているクロスに、頼むのは……)
逡巡しているソーマに、さらにシュトラー王が言い募る。
「優秀な能力があるにもかかわらず、その力を発揮せず、周囲ばかり気にして、力を発揮しない」
手抜きをしているアレスに対し、相当鬱憤が溜まっていたのだ。
いつになっても、本気をださないことに。
「それは、シュトラーのせいでも、あるんじゃないのか」
咎める視線を傾けてくる。
それにも平然としているシュトラー王だった。
「言い訳に、過ぎない」
「厳し過ぎるんじゃないのか?」
「厳しい? いずれは私の後を継ぐんだ」
「わかっている。だが……」
「他国も、騒がしくなっている、アレスには、本気になって貰う」
頑ななシュトラー王の態度に、溜息を漏らす。
読んでいただき、ありがとうございます。




