第62話 カーラ、カジノで交渉を行う
匿っていたリーシャたちを帰した直後、綺麗に身支度を整えたカーラ。
強面の数人の男を引き連れ、二人が問題を起こしたカジノへ、出向いていたのである。
まだ準備段階で、店自体が開かれていない。
端整なカーラが踏み入った途端、店の雰囲気ががらりと変わった。
驚愕と緊張が入り混じっていたのである。
誰もが手を止め、裏街でも名の知れたカーラを見入っていた。
美しさに見惚れている上に、めったに表に出ない人間が出張ってきているからだ。
狼狽えている店の男たち。
そんな男たちに、妖艶な微笑みを振りまいている。
芳しい香りも匂わすカーラを先頭に、カジノを仕切っている男が酒を飲むカウンターへ、ゆったりとした歩調で歩み寄っていた。
(なぜ? 彼女が?)
カジノを仕切っている男が、店の男たちに微笑みを振りまく姿を、ずっと視線で追っていたのだ。
余裕を見せつつ、飲んでいたグラスを置く。
歓迎する表情とは違い、内心は何しに現れたのか?と、訝しげていたのだ。
「珍しい人が、顔を出しましたね」
「久しぶり。とても賑わっていたようね」
まっすぐに、互いに視線を合わせる。
その視線が、揺らぐことがない。
「あなたのところまで?」
動揺しているが、表情に出さなかった。
「えぇ。何でも入るのよ」
艶やかな唇が微笑む。
ゾクリとしてしまう。
ライトで、七色に唇が輝いていた。
連れてきた強面の男たちとは対照的だ。
裏街で、有名なカーラの元に、裏街のすべての情報が入ってくるのであった。
カーラの顧客は、裏街を仕切っているボスから、政財界、金融界など著名人ばかりだった。
噂だけだが、大物貴族の名前も顧客に入っていると囁かれている。
だから、裏街でカーラを知らない者がいないほどだ。
「耳汚しをしましたね」
厄介だと抱いても、顔に出さない。
出した時点で、負けだからだ。
「お話が、あるの? いいかしら?」
穏やかな口調だった。
「何でしょ。あなたの頼みを断る人間なんて、この裏街に存在しませんよ」
優雅な微笑みを携えているカーラに対し、余裕な態度を窺わせている。
だが、その内側で、切羽詰ったような焦りを生じさせていたのだ。
男の方が見た目では年上だったが、まるで仰ぐように話している。
この裏街の中で生きる者で、カーラに対し、敬意を払わない者がいない。
それほど、影響が大きかったのである。
「追っている男女に、目を瞑ってほしいの」
ちょこんと首を傾げ、壮麗な眼差しで相手を窺っているカーラ。
店に出ていない男たちが総出で、血眼になってアレスやリーシャの行方を、未だに追っていたのである。
この時間になっても、怒りが収まらず、部下たちに捜させていた。
二人がカーラたちの手引きによって、裏街をすでに出ているとも知らずにだ。
目の前にいるカーラの一言で、すべて飲み込む。
裏街の中で、若い男女を見かけたと言う情報が、あちらこちらで錯綜していた。
情報が多過ぎて、精査できずに、振り回されていたのである。
「……あなたが?」
男の眼光が、優雅な立ち振舞いを覗かせているカーラを見据えていた。
そこに、怯えた表情がない。
ただ、鋭い双眸を微笑みで、受け止めているだけだ。
「えぇ、そうよ」
否定しないカーラ。
ムッとしている男が立ち上がった。
それに、促されるように背後に控えていた男たちが動く。
前に出て、カーラの盾となろうとしたが、それを手で制したのだ。
二人は対面したまま、ずっと見つめ合っている。
低い、脅すような声音だ。
「だとしたら、出して貰いましょうか」
「お断りするわ」
さらに、男の目に殺気がこもった。
険を帯びた双眸が、妖美なカーラを捉えたままだ。
「あなただって、掟ぐらい知っているでしょ?」
「知っているわ。それを伏して、お願いしているの」
飄々としたまま、カーラの表情が変わらない。
「メンツを潰されたのに?」
「手を引いてほしいの。あなたたちに」
屈託のない表情に対し、揺るがない強さを滲ませている。
「断る。聞きたいこともあるので」
「あなたが言ったのよ、私の頼みを断る人間なんていないって」
動じる素振りを見せず、淡々と話を続けていた。
徐々に、カーラの言動に動じていく。
降ろしてある拳が、きつく握られたままだ。
(決して、譲れない)
どうにか、その場を収めようと必死だった。
頭をフル回転させる。
目の前で微笑みを絶やさないでいるカーラに手を出した人間で、生きているのはいないと囁かれるほどだった。
矜持が邪魔し、頷くことができない。
微かに、男の唇が震えている。
「……それと、これとは違います」
「違いはないわ。手を引いて」
自分に牙を剥こうとしている男に対し、ニコッと微笑んでいる。
「あなたの頼みでも、これは……」
「あの二人は、カジノに、もう顔も出さないし、問題はないと思うわ」
穏やかに頼み込む姿勢だ。
だが、男の背筋に冷たい汗が流れている。
「ダメです」
「そう、残念ね」
僅かに顔を伏せた。
でも、醸し出すオーラが、さらに増大していく。
「……」
「あなたが、ここの売り上げを、少しばかり自分のポケットに入れていること、知ったら、どうなるのかしらね」
妖艶さを漂わせた微笑み。
勝ちは自分の方だと言わんばかりだった。
「……」
断った男の身体が、フリーズしてしまう。
ボスに内緒で、カジノの売り上げを、少し自分の懐に仕舞い込んでいたのだ。
そのことを把握しているカーラに、驚きと戸惑い、そして恐怖が隠せない。
周囲にいる部下たちが、瞠目している。
店側で働く男たちも、誰一人として、知らない事実だったからだ。
「小さいことに、目を瞑ってくれれば、私だって、小さいことに目を瞑っているわ」
「……」
透き通るような白い陶磁のような肌をしたカーラを、驚愕に見開いている双眸に捉えている。
「あなただって、まだここで商売したいのでしょ」
穏やかな顔で、店内を見渡すカーラ。
頼み込むのをやめ、取引交渉へ入った。
できれば、穏便にことを進めたいと願って、男の弱みを出さないつもりでいたのである。
(残念ね。せっかく出さないでいてあげたのに。きっと、ボスに知られるでしょうね、ここにいる人たちを黙らせるのも、完全にできやしないのだから)
「知ったら、怒るでしょうね。顔に似合わずに、潔癖な人だから」
「……わかりました。あの二人に二度と、ここに顔を出さないように、伝えてください」
瞬時に、決断を下した。
苦虫を潰した顔で、唇を噛み締めている。
「ありがとう」
「ところで、あなたが出張るほど、あの二人は?」
「ただ、気に入ったの。あの二人のことが」
「気に入った?」
胡乱げに、眉間にしわを寄せている男。
「だって、あなたたちの子飼いの男たちを倒したのよ。面白いじゃない?」
無邪気な子供のように、微笑んだ。
それに対し、不愉快さを全面に覗かせている。
「……なかなかのようですね」
「だからよ。じゃ、お願いね」
「あなたに、逆らえない」
「あなたのボスは、強情な人よ。なかなか、私の頼みだって、聞いてくれないことだってあるし」
「結構、聞き入れていると、思いますよ」
ふふふと、妖艶に笑うだけだ。
店を出ると、背後にいた男たちに、自分たちの仕事に戻るように伝える。
非力そうなカーラの元に残ったのは、たった一人だけだった。
スキンヘッドで、左側の眉と目の近くにナイフで切られた跡が残る男だ。
「後のことは、任せるわ」
「わかりました」
慣れたように、スキンヘッドの男が返事をした。
歩き始めたカーラ。
不意に、一人の男が目にしているものに、視線を巡らす。
古ぼけたポータブルテレビだ。
そのポータブルテレビに、視線を注ぐと、王太子夫妻の特集を放送していたのである。
「王太子夫妻ね。そういえば、結婚したのよね」
最近、結婚した事実を思い出していた。
さほど、興味を憶えないこともあり、盛大に行われた結婚式の中継を見ていなかったのである。
どんな顔をしているのかしら?と、興味を抱き始めたのだ。
「若いのに結婚。大変ね」
「はい」
「人生は長いのに、勿体ない」
「はい」
ポータブルテレビの小さな画面に映っている、王太子夫妻の映像を食い入るように見つめる。
二人の顔が、アップになっていたのだ。
先ほどまで、一緒にいたアレスとリーシャの顔が映っている映像と、瓜二つだと抱く。
(あれ? 似ているのね……)
二組の顔が重なった途端、全身に衝撃が走っていた。
「……」
微かに、目を見張るカーラ。
怪訝そうに、スキンヘッドの男が声をかける。
これまでになかった光景だった。
「カーラさん。どうかしましたか」
「映像を見て、御覧なさい。可愛らしい二人だから」
スキンヘッドの男が声をかけた際に、すでにいつもの穏やかな表情に戻っていた。
促されるように、手を振る映像を食い入るように覗き込む。
カーラよりも、動揺が隠せない。
冷静な強面の表情からは、想像できないほどの動転ぶりだ。
「やっぱり面白いわね。でも、残念。もう来てくれそうもないわね」
悲しい呟きが漏れた。
王族の身分では、こんな場所に出入りできる訳がないと感じたからだ。
「……そうですね」
「もっと、話がしたかったのに。残念」
「……」
「……でも、来る予感があるのよね。もし、来たら、二人のこと、お願いね」
裏街の中で、様々な人間を見てきたカーラだった。
また、訪ねてくると言う予感めいたものが、ずっと胸でくすぶっていた。
だから、血眼になって捜しているカジノの男たちに、手を引かせ、訪ねやすくしようと、めったに表に出てこないカーラが出てきたのである。
「はい」
リーシャたちの正体を知って、来ないかもしれないと抱いたけれど、来ることに賭けてみたいと思ったのだった。
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