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輪廻転生  作者: 香月薫
第3章
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第60話  カーラ

 助けてくれた女性の案内で、一軒の小さな家に、二人が入り込む。

 歩く道すがら、女性はカーラと名乗り、裏街で娼婦を生業していると話した。

 娼婦と耳にし、当初リーシャは驚いたものの、優しく、それに気軽に話すカーラの姿勢に、普通に接し始めていたのである。


 家に、数人の男女がいたのだ。

 その数人の男女が、一緒に暮らしている様子がない。

 広いワンルームのような造りの部屋に、ベッドが一つしか置いておらず、一緒に暮らしているとは思えなかったのだ。

 その男女に、軽い指示を送ると、二人の女性を残し、すーと家の外へ消えていった。


「ここに、朝までいれば、大丈夫。私はちょっと出てくるけど、心配はいらない」

 緊張し、強張っているリーシャに、優しい微笑みを覗かせる。

 カーラと歩いていても、どこか落ち着かなかった。

 けれど、家の中へ入って、僅かに緊張の糸が解けたのである。

「ありがとう」

「……」

 微笑みを残し、カーラが家の外へ出て行った。


 窓から、三人の男を引き連れ、歩く姿を二人が見送っていたのである。

 憮然とした表情で、アレスは何も答えない。

 自分たちを、面白がるカーラを洞察していたのだった。


 ここに来る間に、なぜ自分たちを助けたのかと投げかけた。すると、カーラが面白い男女が入り込んで、カジノの男たちに、追い回されていると耳に挟んだから、ただ見にいって、面白そうだから、助けただけと答えたのだ。

 だから、ずっと憮然とした表情でいたのである。


 テーブルもなく、フカフカのマットが敷かれている場所に、直に座った。

 それも、憮然としている要因の一つだ。

 王族の人間として、育ったアレスが、直に座ったことがなかった。


 部屋は、殺風景で一つのベッド、一つのソファ、最低限の家電の一式、明かりの弱いランプが置かれているサイドテーブルがあり、小さなキッチンと浴室、トイレなどがあるシンプルな家だった。

 露骨な視線で、狭い家を巡らせている。

 どう逃げ道を作って、どこから出ようかと、逡巡していたのだ。

 あくまでも、一時しのぎに過ぎないと、考えていたのである。


 どこか、安心しきっているリーシャとは違い、油断することなく、次の次まで思考を巡らしていた。

 ずっと、そんな視線を巡らしているアレスを、気にすることなく、若い女性の二人が、飲み物を用意し始め、それぞれに動いていたのだ。


「どうぞ」

 残った若い女性が、二人の前に飲み物を置いた。

 直に置かれる飲み物に、鋭い眼光を投げかける。

 濃度が高いオレンジジュースだ。

「ありがとう」

 直に置かれたのも気にせず、それに何も疑うこともしないで、飲む姿に呆れる。


(客を、もてなす態度か、これが)


 カジノでも、飲み物が飲めず、その上走って、逃げ回っていたせいもあり、リーシャの喉はカラカラに渇き、ずっと飲み物を欲していたのである。

 ゴクゴクと、一気にオレンジジュースを飲み干した。


(よく飲めるな。こんなところに置いたものを。それに何が入っているか、わからないのに……。教育係のユマは、何を教育していたのか)


 呆れ顔で、飲む様子を眺めていたのである。

 慎重なアレスは、カジノでも、ここでも信用していない。

 グラスに何か仕込まれている可能性も、拭えない以上、何も口にする真似が、できなかった。


 若い女性も、そんなアレスの思考を把握しても、口角が上がっているだけで、怒ることも、機嫌を損ねることも、しなかったのである。

 ただ、意味ありげに、笑っているだけだ。


 疑う視線を収めようとしない。

 ずっと、至るところに、神経を張り巡らせていた。


「お酒の方が、よかったかしら?」

「結構」

 からかいが含まれていると気づくが、素知らぬ顔でやり過ごす。

 相手の出方を、見定めるためだ。


「お酒も、あるの?」

 どこか、無邪気にお酒を探している。

「いろいろと、あるわよ。飲んでみる?」

 目を輝かせ、好奇心が疼く。


「……いいの?」

「ダメだ」

 鋭い視線と共に、口にした。

 威圧する視線に、怖くなって俯いてしまう。

 いつもにまして、鋭さが増していたのだ。


 さすがに、口答えもできない。

 この仕草に逆らえるものなんて、早々いないと掠めるリーシャだった。

「……やっぱり、いいです」

「そう。お代わりは、いかが? ジュースの」

 憮然なアレスから、足りなさそうなリーシャに、視線を傾けていた。


「いただきます」

 ニコニコと、微笑んでいた。

 無邪気な反応を楽しむように、おいしい?と尋ねながら、若い女性が、新たなオレンジジュースを注ぐ。


「焦らないでも、大丈夫よ。ここにいれば」

「……」

 なぜ? そんなことが言えると言う顔つきで、若い女性を窺う。

「ここが、カーラさんの家だから」

「保障が、できない」

 きっぱりとアレスが言い捨てた。


 けれど、相手は機嫌を損ねる様子がない。

 逆に突っぱねる姿に、小さく笑っているほどだ。


「頭が固いし、ここに来たのは、今日が初めてでしょ?」

「答える必要がない」

「そうね」

「ちょ、ちょっと……」

 親切にしてくれる人に対しての、態度じゃないと、隣に座っているアレスの袖を、思いっきり引っ張った。

 ここを追い出されたら、大変と肝を冷やしていたのだ。


「大丈夫。カーラさんが追い出さないうちは、私たちは、追い出さないから。何を言われてもね」

 アレスの性格を見据えた発言が、飛び出した。

「よかった……。ところで、カーラさんって?」

「この裏街で、誰でも顔を知っている存在かしら。人望も厚く、ここを牛耳っているやつらでも、簡単には、手を出せない。カーラさんが黒と言ったら、黒となるかな」


「……一番偉いってこと?」

「ちょっと、違うかな」

 素直なリーシャの捉え方に、笑っていた。

 背後からの声に、リーシャが振り向く。

 用事を済ませたカーラが、壁に寄りかかっていたのだ。

 落ち着きを取り戻したリーシャが、カーラが身体の線が出る服を着ていることに気づく。


(綺麗な身体……)


 くっきりと浮かぶ身体の線に、思わず頬が赤く染まる。

 その上、一つ、一つの仕草も美しかった。

 目のやり場に困り、視線が定まらない。


「後は、いいわ」

 短い言葉で、すべてを理解したように、残っていた二人の女性が散ってしまった。

 家に残されたのは、カーラとリーシャ、アレスの三人だけとなる。


「随分と、カジノを賑わしたようね」

「調べたのか」

 胡乱げな視線を滲ませている。

「えぇ。状況を把握しておかないと、匿えないでしょ?」


(喰えない女だ)


「まだ、お礼がまだでした。助けていただき、ありがとうございます」

 真摯に、リーシャがお礼の言葉を伝えた。

 屈託のない行動に、カーラは目を見張る。


 一番偉いと答えた姿に、単純な子と抱き、面白いと感じさせたが、娼婦の自分に対しても、礼儀を忘れない仕草に驚かされ、ますます気に入るのだった。

 一人で逃げろと言われたのに、いやだとごねた姿に、興味を感じ、それにアレスの強さにも惹かれたので、匿うことにしたのだ。


「さっきも私、言ったけど娼婦よ。娼婦相手に、そんなに、かしこまらないでよ」

「関係ありません。助けてくれたんだもん」

 純粋な笑みに、逆にカーラの口角が上がっている。

「んっ?」

 何で、笑っているのかわからない。


(つくづくバカだ、お前は。幼い子供だって、警戒するぞ、こういう場合。それをこんなに信じきって。どうしたら、お前は、警戒心が養えるのか)


 首を傾げているリーシャ。

 それを横目で、チラッとアレスが窺っていた。

 僅かに、苛立ちを露わにしている。


「ところで二人は、恋人? 初々しいわね、仲がよくって」

 話しながら、カーラがソファには座らずに、同様に直に腰を下ろした。

「違……」

「違います! 友達です」

 二人は同時に口にし、アレスが途中で止まってしまった。

 否定するリーシャの姿に、圧倒されたからだ。


 冷静に、二人の立場を話そうとしたアレスとは違い、身を乗り出して否定したリーシャ。

 思いっきり、眉を潜め、アレスが見上げている。


(友達だと……。僕たちは夫婦だ!)


 否定し続けている姿に、無言で噛み付いていた。

 人の前で、取り乱してはいけないと教え込まれていたのだ。

 思考が飛んでいる間も、リーシャは口角で笑っているカーラに、恋人ではなく、友達と必死に説明していたのである。

 その必死さに、訳のわからない感情が、吹き上がっていたのだ。


「どこをどう見ても、友達です。アレスとは、恋人な訳ないじゃないですか」

「そう? 可愛らしい恋人同士に、見えたけど?」

「絶対に、違います。ただの友達です」


 顔を真っ赤にしているリーシャを楽しんだ後、優雅な微笑みのまま、さらに憮然とした顔をしているアレスに視線を巡らせた。

 哀れみが混じっていた顔を覗かせていたのだ。

 ムッとし、口を閉じているアレス。


「そうなの? 恋人ではない?」

「ほら、そうでしょ、カーラさん」

 同じ意見と勘違いし、二人の関係に、興味ありげなカーラに後押しを加えたのだ。

「でも、納得していないみたいよ」

「へぇ?」

 隣にいるアレスに、視線を傾ける。


 両膝で立っているリーシャを、見上げていた。

 友達だと、取り繕うことに必死で、アレスの顔を見ていなかったのだ。

 見たことのないほどの不機嫌さで、睨んでいる。


「夫……」

「あー」

 叫び声を上げ、アレスの声を掻き消す。

「気にしないでください。私たち、ただの友達です」

 満面の笑みを作って、場を濁した。


 アレスの腕を取って、目の前にいるカーラに、聞こえないように背中を傾ける。

 互いに顔をつき合わせ、話し始めた。

 それも小声で、いつもの口ケンカを始めたのである。


「ちょっと、何考えているのよ」

「それは、こっちのセリフだ」

 機嫌が悪いアレスを窺う。

 怯みたかったが、無事に帰りたい思いで踏み止まった。


「僕たちは夫婦だ。その脳みそは、もう忘れているのか」

「……忘れてないわよ」

「それは、よかった」

 言葉とは違い、納得も、機嫌も、よくない。

 理解して貰うと、リーシャも、必死だ。

「変じゃない? 私たちが結婚してるなんて。十五だし、普通あり得ないでしょ? 凄くまれだよ。怪しまれて、ここを追い出されたら、どうするのよ」


(大体、僕たちが十五だって、見た目だけじゃ、はっきりわからないだろうが)


「でも、事実だ。改正されて結婚できるようになった。結婚していても、おかしくないだろう。れっきとした夫婦だ」

「おかしいって。とりあえず、ここでは友達。変なこと言わないでね。追い出されたら、困るのは、私たちなんだからね」

 ぐだぐだ言いそうなアレスを、無理やりに言い含めた。

「……」


 口を閉じたアレスを見て、体勢を元に戻す。

 何もわかってないと顔が言っていたが、無視を決め込むことにした。


「失礼しました」

 コソコソとするやり取りを、楽しげに窺っていたカーラ。

 二人の言動が、新鮮だった。

「終わったようね。で、友達でいいのかしら?」


「はい」

 満面な笑みだ。


 友達ではないと抱くが、カーラはそれ以上の追求をしない。

 ただ、単に純真無垢なリーシャのことを、気に入ったからだ。


「そう。名前は?」

「リーシャです」

 即決だった。


(怪しまれる以前の問題だろう。名前を隠さないなんて!)


 頭を抱え込みたい衝動を抑える。

「で、あなたは?」

「名乗る必要がない」

「そう。では、リーシャちゃんのお友達さんって、ことで」

 眉を潜め、茶化すカーラを睨む。


「名乗らないのは、あなたよ」

「好きにすればいい」

 やけくそだった。


「私、リーシャちゃんのこと、凄く気に入っちゃった」

 自分を受け入れてくれるカーラに、無条件で微笑んだ。

「……」

 二人の和やかな話が、しばらくの間続いたのである。

 話を耳にしながら、警戒心を解かないアレスが、カーラと言う人物を探ろうとしていた。

 いい顔を装って、近づいてくる人間を、幼い頃より見てきたからだ。


「朝まで、まだ時間があるわね。少しベッドで、仮眠を取るといいわ、リーシャちゃん」

 自分のベッドを促した。

 つられるように、ベッドに視線を巡らせる。

 キングサイズのベッドが置かれていた。


(ここで、ことがなされている?)


「……いいです」

「いや? 私のベッド」

「へ、あの……、さすがに……」

「まだなの?」

 ズバリな発言に驚嘆し、身体がフリーズしてしまう。


(さすがに、これは理解できたのか)


 まっすぐに優雅な微笑みを、強張っている姿に傾けたままだ。

「キスは?」

 反応を示さない。


「可愛い。無垢のままなのね」

「……」

 言葉も、言えない有様だ。

 隣にいるアレスが、呆れていた。


(だろうな。これまでの言動を、推察すると)


 出逢ってからの言動を、思い起こしていたのである。

「好きなところで、眠るといいわ」

「……ありがとうございます」

「で、リーシャちゃんのお友達さんは?」


「ベッドを使う。床で眠れるか」

「じゃ、使って。一人がいやなら、二人で一緒に寝る?」

 頭を何度も振って、強く否定した。

 アレスに向き直って、話しかける。

「一人で、使ってね」

 これまでのカーラの言動に呆れ、何も言えない。


 ただ、カーラの言動一つで、萎縮しているのに、どうしてカーラに対し、警戒心が芽生えないのか?と、余裕を取り戻した思考で、リーシャを眺めている。

 膝を抱え込んで、壁に身体を預ける体勢で眠り込んだ。

 緊張や走って逃げたこともあり、瞬時に眠りに落ちていったのである。


 まだ眠っていないアレスは、直に座ったままだった。

 そのまま寝るリーシャに、掛けるものを用意していたカーラが、すぐに眠りに落ちた姿に驚きつつも、毛布を掛けてから、ソファに座って、一人でお酒を楽しんでいたのである。

「まだ、寝ないの? 襲ったりしないわよ」


 胡乱げな視線を投げるだけだ。

 悪びれる仕草を見せないで、淡々と話を続けている。

「男に、不自由していないわよ」

「負けは、しない」

「そのようね。それに、リーシャちゃんが悲しむ顔見たくないし」


 逃げる際に、乱闘した件も、カーラが見ていたと把握する。

 リーシャたちを家に案内した後に、何をして、こうなったのか、詳細を調べていたのだ。

 油断ができないと、さらに警戒を深めていく。


「……何もない」

「そのようね」

「何で、わかる」

「商売柄かしら」

「……」

 露出の多い格好でいるカーラの商売を、思い出していた。


「あなたは、どうする?」

「ここに、いるわよ」

 ニッコリと、カーラが微笑んだ。


「いいのか? 仕事をしなくても?」

 何となく、アレスも気にはしていたのである。

 出て行った際、仕事か?と巡らせていたのだった。


「私は気に入った男しか、寝ないの。だから、平気よ」

「そういうものか」

「人、それぞれよ。お金がなくって、えり好みしないでする子もいるし、様々ね。言っておくけど、私は高いわよ」

 妖しげな視線に、惑うこともない。


(こういう目で、男をつるのか)


「興味ない」

 ただ、カーラが品よく笑うだけだ。

「陽の当たる場所にも、こんな純粋無垢な女の子、いないんじゃないの?」

「疑うことを、知らないようだ」

「大事にしないと」

「関係ない」

 不貞腐れ気味に、突っぱねた。


「そうね。でも、私はリーシャちゃんが、好きなの。だから、いじめちゃダメよ」

「……言ったはずだ。お前には、関係ないと。僕の好きにする」

 ふふふと笑うだけ。

 つかみ所がないカーラ。

 子供扱いされるアレスは、ずっと癇が触っていたのだ。


「自分が強い、自分にはできないことなんてないって、思っているでしょ? そういうの、傲慢って言うのよ、知ってる? それに、所有物扱いする男って、嫌われるから、気をつけなさい」

 露骨に、いやな顔を滲ませている。

 表情が乏しいアレスにとって、珍しいことだ。


 感情を表すことなんて、めったにしてこなかった。

 王太子として、立場を考えなさいと、教え込まれていたからだ。

 表情豊かなリーシャと出逢って、自分の感情を出すようになったことに、当の本人はまだ気づいてない。


「面白いわね。リーシャちゃんも、そしてリーシャちゃんのお友達も」

 海千山千のカーラと、渡り歩くのは無理だと巡らせた。

 これ以上、からかわれるのも腹立たしいと、無言のまま、カーラのベッドへ潜り込んだ。

 ベッドに向かう途中で、チラッと丸まって眠っている様子を窺う。


 近寄って確かめれば、何を言われるか、わからないと思ったからだ。

 ぐっすりと眠っているようで、安堵する。

 何があっても対応できるように、アレスは浅い眠りについたのだ。


読んでいただき、ありがとうございます。

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