第56話 カジノ1
カジノだろうかと疑わしい店の前に、変装を施したいでたちで、対照的な表情を覗かせる二人が、立ち尽くしていたのである。
不遜な笑みを漂わせているアレス。
そして、落胆し、肩を落としているリーシャだ。
アメスタリア国で、一番ガラの悪いと、定評がある裏街に来ている。
普通の人ならば、決して足を踏み入れない場所だ。
街全体が悪評高く、荒んで、警察も、手を出し難かった。
裏街の奥に進んでいくと、男性の人相や、風貌が悪くなっていったのである。
トロンとした眼差しを傾けられ、リーシャがおどおどしていた。
思わず、身体を震わせ、颯爽と前を歩くアレスに、引っつくと言う一幕もあったほどだ。
電飾看板もない。
カジノだと、一見わからない造りになっている。
疑いの視線で、古ぼかしい建物を見上げた。
その隣では、大きい溜息を吐く、伊達メガネをかけたリーシャの姿がある。
チラッと、アレスを仰ぎ見た。
いつも通りに、それぞれの部屋に戻ってから、乗り気ではないリーシャが、渋々といった顔で、密かにアレスの部屋を訪れたのである。
その手に、変装用の衣服や小物などが一揃いとなって、用意してあったのだ。
アレス自身が、こっそりと用意した変装一式も揃っていた。
それらを持ち出し、侍従や侍女たちに、気づかれないように秘密の通路を使って、厳重警戒している王宮の外へ、簡単に二人が抜け出したのだった。
外の空気に慣れているリーシャの案内で、目つきの悪い男たちが、たむろっている裏街の鉄サビで、ボロボロの門を潜っていったのである。
ユマにばれたら、どうしようと初めのうちは、脳裏を掠めていたのだ。
だが、瞬く間に、そういった思考が霧散してしまう。
初めての場所で、ドキドキと高鳴る好奇心を押さえきれない。
フラフラと、違う場所へ行こうとするリーシャを捕まえ、カジノへ行けと、ラフな格好のアレスに促され、そんな些細なひと悶着を起こしながら、目的地に辿り着いたのだった。
「ここか」
「たぶん」
胡乱げな眼差しで、いやそうな顔を眺める。
お忍びで外に出るのであれば、リーシャなりに行きたい場所があった。
けれど、憮然としている表情で、行きたくはない、怖い場所と称されているところへ、真っ先に行かされたのである。
否応なしに、いやそうな表情を滲ませてしまう。
「たぶんとは、何だ」
「だって、こういうところって、地図とか載っていないし……」
あやふやに答える姿に、嘆息を吐いた。
カジノが、どこにあるのか、正確な場所を知らなかったのだ。
裏街の入口で、立っていた強面の男たちに尋ねて、ここに辿り着いた経緯があった。
声をかけるのをいやがるリーシャを、お前が調べないのが悪いと言って、人にものを尋ねたくないアレスが、無理やりに行かせたのである。
「調べておけ。事前にそういうのは」
後手後手に廻る姿に、冷ややかな視線を注ぐ。
徐々に、頬が膨らんでいった。
(こんなこと、したことないもん)
自分が負けたせいでも、恨みがましい視線を送ってしまう。
「準備が、悪過ぎる」
冷淡な視線が、続いたままだ。
「だって、どうやって」
「知るか」
素っ気ない態度に、段々と怒りが立ち込める。
(下調べしろって言ったって、できる訳ないでしょ! 足が出るから、ネットもダメ、聞くのも、ダメって。ダメダメ言っておいて、どうやって、下調べしろって、言うのよ。どれだけ、王様気分なの? この人はっ! ……実際に、次期王様だけど)
キィーと、睨めつける。
痛くも、痒くもないといった表情を窺わせるだけだ。
「だったら、自分で調べなさいよ」
横暴な態度に、不満を募らせていく。
「負けた、お前の仕事だ」
「何でよ」
「それに、僕はそんなことしたことがない。侍従にさせていたから」
鷹揚な振舞いに、ますますムカつくリーシャだった。
「私は、あなたの侍従じゃない」
「知っている」
苦虫を潰したような思いが湧き上がる。
「行きたいのは、アレスでしょ? だったら、こういうのは、アレスの仕事なの」
「違う。負けた、お前の仕事だ。何度、言わせる。バカか、お前は」
「バカじゃないもん」
二人の口論に、通り過ぎていく人々。
その視線に、ようやく気づき、バツが悪そうに外した。
(こいつといると、調子が狂う。こんな失態をするなんて……)
「入るか」
「そ、そ、そうだね」
入り口のドアを開け、中へと入っていく。
外観の風貌とは、全然違って、店内は多彩な色に彩られていた。
その上、様々な人で溢れ、まるで別世界に迷い込んだかのようだった。
「何? これ……」
「初めてか……」
醒めたアレスの呟きも、届かない。
建物自体が崩れ、いつ崩壊してもおかしくない状態だった。
それが店内では、きらびやかで、新品のゲーム台が、目が見張るほどの多さで揃っていたのだ。
ルーレットを楽しんだり、ポーカー、スロットなどに興じている人たち、それを面白そうにゲームをせずに、眺めている人たち、カウンターで酒を楽しんだりと、様々な模様が繰り広げられていたのである。
「凄い」
瞳を見開き、感嘆の声しか出ない。
薄暗い場所に、立っていたとは思えないほどの華やかさが、そこにあった。
集まる人種や風貌が違うが、どこか最近よく出席するパーティーに、似ていると感じていたのである。
驚きを窺わせたが、アレスは瞬時に、いつもの表情に戻っていた。
色めく店内を、冷静沈着な瞳で見据えていたのだ。
「人が多いな」
ボソッと呟く声に、驚き通しだったリーシャが反応する。
熱い視線は、店内を探るように眺めているだけだ。
最初は気後れ気味だったが、今は気後れするような態度がない。
「そう言えば、言ったことあるって、言っていたけど、そんなに違うの?」
「騒めいているのは、同じだが、こんなに人がいない。これでは歩けないではないか」
「確かに。歩けないね、これじゃ」
人が多いと言う意見に頷く。
歩く通路がないほど、人だらけだった。
ドラマで、何度かカジノのシーンを見たことがあった。
だが、こんなに混雑はしていなかったと、素朴な感想を抱くのである。
結婚して、王族の一員となったものの、それまでは、いち民間人の娘に過ぎなかったのだ。
だから、妖しげな場所に、出入りしていなかった。
知らない者同士で、同じ感想を持つのだった。
「ゆっくり、楽しめないではないか」
「ホント。こんなにたくさんいたら、何がなんだか、さっぱりわからないね」
人が歩けるスペースがないほど、人、人、人が混雑していたのである。
掻き分けて、歩かなければ、移動できないほどだ。
「息苦しい。空調は、どうなっている」
眉間にしわが刻む。
換気が悪いようで、煙が漂っていたのだ。
「そうだね」
ケロッとした表情だ。
場所が違えど、何度か見た光景に似ていると過ぎらせていた。
両親や弟と行ったバーゲンセールの雰囲気と、照らし合わせていたのである。
「飲む?」
バーカウンターを探し、指差していた。
慣れない場所に緊張し、ずっと喉が渇き通しだった。
目的地に到着し、喉の渇きを感じられるまで、意識が回復していたのだ。
「こんなところで、口にできるか」
「なん……」
問いかけようとする言葉を、打ち消されてしまう。
「行くぞ」
無造作に手首を掴み、人を掻き分け、奥の方へと足を踏み入れていった。
何人かの視線が、見慣れない顔のアレスたちに、傾けられ始めていたからだ。
(不審者と、目をつけられ、正体がバレたくないな)
紛れ入った方が、目立たないと、瞬時に判断し、実行に移した。
「ちょ、ちょっと、痛いってば……」
きつく掴むアレスに、抗議するが聞く耳を持たない。
掴む手を、緩めようとはしなかった。
「ど、どこへ行くの? 喉、渇いているの」
体勢を崩しながら、カウンターを指差す。
けれど、足を止めることをしない。
仕方なく、突き進んでいく後についていった。
「私は、飲みたいの。アレスは好きなところへ、行けばいいでしょ」
鋭い視線を、抗議しているリーシャにぶつける。
(バカ。何かあったら、どうする)
「お前は、僕についていればいい」
「自分ばかり楽しんで、ズルい」
「口答えは許さない。負けたのは、お前の方だ」
先ほどから、負けた方が悪いと言う響きに、イラつき始める。
(確かに負けたのは私で、賭けにも、のったけど。ここまで負けを、強調しなくっても、いいんじゃないの? 一体、何様のつもりなの?)
「連れて行けだけだったでしょ? 後は、私がどうしようと、勝手でしょ」
「ダメだ」
完膚なきまでに、ばっさりと吐き捨てた。
「強引」
「うるさい」
掴む手に、さらに力を込める。
圧倒的な力の差で、引きずられるように、無理やりに連れて行かれたのだ。
先を歩く姿は、器用に、人と人の間を通り抜けていった。
引っ張られる形で、リーシャは人にぶつかりながら、歩いていたのである。
ぶつかるたびに、謝ってまでもだ。
チラッと、誰かに謝る姿に、目を巡らせる。
(何を考えている、こいつは! 警戒心ゼロに近い、お前を一人にして、トラブルがないと思っているのか。黙って、僕についてくればいい)
警戒心が乏しいリーシャを一人にできないと、一応つれてきた責任から、自分の手が届く範囲に置くようにしていたのだ。
それに、これまで見てきた経験から、一人にさせると、とんでもないことを起こす、可能性が高いと判断したからだった。
持ってきた現金を、チップやコインに変える。
そのやり取りを、リーシャが交互に見比べていた。
変える際に、店員に妖しげな人間を見るような視線で、頭から足までの全身を舐めるように見据えられ、アレスは気にする様子もなく、あっさりと見過ごしたのである。
幼い頃より、王太子としての器があるのかと、貴族たちから、視線を浴びてきたこともあり、表情一つ変えずに、やり過ごすことに慣れていたのだった。
「行くぞ」
「う、うん」
どこに行くかも告げずに、手首を掴み、さらに歩みを進めていった。
立ち止まった場所は、スロットだ。
「まずは、ここからだ」
不敵に笑うアレス。
楽しいのか、楽しくないのか、わからない表情でいるアレスが、スロットに興じるのを、不思議そうに眺めている。
次々と、コインと投入していく姿に、どこが面白いの?と抱いてしまった。
「当たってないね。これでいいの?」
見たまま、素直に口にした。
「試しに過ぎない」
「ふーん。確か、スリーセブンとか、揃えるんだよね」
黙々と、アレスがボタンを押していくのを傍観していた。
「そんなところだな」
視線をスロットに、傾いたままだ。
「じゃ、私は……」
視線を外すことなく、動こうとする彼女の腕を掴む。
スロットを興じているのなら、自分は別なところへいって、ジュースでも飲んで、時間を潰そうとしたのだ。
描いていた思惑が、あっさりと潰されてしまう。
「ダメだ」
「何でよ」
「言っただろう。負けたお前が悪い、僕の傍にいろ」
「意地悪」
「次は、ポーカーだ」
掴んだままアレスは、ポーカーのところへ移動した。
椅子に腰掛けるアレスは、掴んだ手首を引っ張って、自分の隣に立たせる。
うんざり顔を尻目に、ポーカーに興じる。
カードを受け取って、中身を改めた。
二枚のカードを捨て、新たに二枚のカードを受け取ったのだ。
恨めしげな眼差しで、リーシャが睨んでいる。
(自分ばっかり……)
読んでいただき、ありがとうございます。




