第5話 リーシャ・ソフィーズの能力
意識を失い運ばれていったリーシャの姿が、鳳凰の間から消える。
シュトラー王は自分が座っていたソファに戻っていった。
その隙のない仕草に威厳がある。
手慣れたようにソーマは残っていた男たちを下がらせた。
自分の定位置であるシュトラー王の背後に控える。
すると、これまで沈黙していたアレスの口が開く。
「素人をパートナーにするのは無謀かと。いくら親友で優れていたからと言っても……」
最後まで話を聞かずに、口数の少ないフェルサに目配せした。そして、彼は険しい表情のアレスにある書類を渡した。
その書類にはデステニーバトルに関するリーシャのデータが掲載されていた。
ここで、アレスは目の前にいた少女の名前がリーシャ・ソフィーズで、クラージュアカデミーの美術科でデザイン専攻と言うことを初めて知る。
「……」
視線を段々と落としていく。
思わず顔を上げる。
シュトラー王、それに背後に控えている二人に視線を傾けた。
「事実です。リーシャ様は素晴らしい才能の持ち主です。たぶん、この才能はクロス殿以上かと思われます」
口を開くことが少ないフェルサがデータから導かれた事実を答えていった。
淡々と話す口ぶりに、すごさを感じている様子が微塵も感じられない。
対照的な表情を浮かべていたのは隣に立っているソーマだった。
冷静にアレスは二人を観察しながら話を進める。
「いつ? こんなデータを取った」
「入学式の後に行われた体力測定をした際に。密かにデータを調べました」
「体力……測定」
数週間前の出来事を思い出していた。
フェルサが話す通りに体力測定が行われた日に、やたらと私腹を着た軍の関係者が多く学校に出入りしていたことを思い出す。自分たちの警護かと取り留めていなかった。
クラージュアカデミーにはハーツパイロットを養成する特進科があるために、軍の関係者が学校に出入りしていても不審に思わなかったのである。
体力測定が行われた日、それぞれの科が関係なく、すべての生徒が体力測定をすることになった。ハーツパイロット候補生でもある特進科の生徒やスポーツ科の生徒は体力測定に関係していても、関係のない演劇科や美術科、それに建築科までしていたことをアレスは思い出していた。
普通に考えれば、おかしな話だった。体力に関係ないクラスまで測定していたのだから。
(こんな裏があるとは。タヌキジジイたち)
記載されているリーシャの搭乗するダイヤモンドハーツや他のハーツの適合率、それに自分とのシンクロ率の数字に目が留まる。
ガーディアンナイトの心臓とも言えるハーツには七種類あり、それぞれ特徴が違っている。ハーツの最高峰の位置にあるのがダイヤモンドハーツで、誰もが乗れるものではない。ダイヤモンドハーツに選ばれた者だけが乗れるのである。そのダイヤモンドハーツにリーシャはいとも簡単に適合していたのであった。
「……」
ハーツの適合率はすべてにおいて90%以上を超え、自分とのシンクロ率は84%と記載されていた。その数字はまったく考えられないほど優れている数字で、幼い頃から訓練を受けていたアレスでさえ、ハーツの適合率の平均は82%ぐらいだった。
この国でハーツの適合率がいいと称されている人間よりも、リーシャの数字は抜き出ていたのである。数字だけ見れば、今すぐにでも正規パイロットに選ばれるぐらいだ。
「どうだ。納得したか」
自分ごとのように得意げな顔でシュトラー王が尋ねた。
「確かにすごい数字です」
アレスはフェルサに顔を傾ける。
「狂いは?」
「プラマイ5ぐらいだと思われます」
「……」
「決まりだ」
頷くシュトラー王。
「一ついいですか? 陛下」
「何だ」
「法律では結婚は十六からとなっています。いつ結婚させるつもりですか? 僕も、そして彼女も十五のはずです」
手に持っていた彼女のデータが記載されている書類を振ってみせる。
そこには年齢も書かれていた。
「リーシャの承諾を得れば、すぐにもだ。結婚年齢のことだが、それは解決済みだ。直系の王族の結婚が対象となる場合のみ、十五でも結婚できるように改正させた」
とんでもない発言に頭を抱える。
「いつ? 改正させたのですか」
「今日だ。今頃、その話をしている頃だろう」
「ことが早いですね」
「私が法律だ」
漲る自信に揺るぎがない。
ヴォルテ、セリシア、アレスの三人はシュトラー王の口癖に凍りつく。
久しぶりに聞く口癖だった。
「待ってください」
アレスの母親セリシアが、ことを簡単に終えようとするシュトラー王に問いかけた。
シュトラー王は困惑気味のセリシアに視線を傾ける。
「今すぐに結婚なんて早いと思われます。それに身分も違いすぎます。庶民の娘に王太子妃は務まらないと……」
ピシャリとセリシアの言葉をはねのける。
「クロスは貴族の出だ。血筋的にも問題はない」
「貴族?」
ソーマが二人の話に加わった。
「陛下が申されたとおり、クロスは貴族の出でございます。それに爵位を継ぐ人間でした。セリシア様」
話を聞いても、セリシアは信じられないといった表情を浮かべた。
シュトラー王がソーマの話を補足する。
「庶民になりたいと言って、クロスは貴族の称号を捨てた。リーシャの中にも貴族の血筋は流れている」
「……婚約と言う形を取ってはいかがでしょうか?」
「セリシア、言ったはずだ。私が法律だと!」
鋭い視線に委縮し、俯いてしまった。
王がすべての主権を握っていた。
シュトラー王の『私が法律だ』と言う言葉には誰もが逆らえない。
二人の様子を気にすることもなく、アレスはスッと立ち上がった。
「陛下、話は終えましたので、退室します」
気分を害しているシュトラー王に一礼してから、鳳凰の間を出て行ってしまった。
その後をウィリアムがついていく。そして、ヴォルテやセリシアも同様に鳳凰の間を出て行ってしまった。
鳳凰の間に残っているのは、シュトラー王とソーマ、フェルサの三人となった。
後ろに控えていたソーマは三人になったところで前へ出てきて、アレスが座っていたソファにどっかりと腰を下ろす。シュトラー王が王位を継ぐ前からクロスを含めて彼らは親友だった。
口調も砕ける。
「俺たちに内緒で、リーシャを連れてくるとは? 何を考えている、お前は?」
「反対するだろう」
「当たり前だ。そうだろう、フェルサ」
「反対はする」
短い言葉をフェルサは呟いた。
砕けているソーマとは違い、常にフェルサは立場上の振る舞いを取っている。
それに関してもシュトラー王は何も言わない。
リーシャを拉致することは二人には知らせていなかった。軍の選りすぐりのエリート集団《コンドルの翼》にシュトラー王が直々に命じて、登校途中のリーシャを拉致させたのだ。
「だからだ」
「一年先のことを、なぜ俺たちに内緒で」
リーシャをデステニーバトルのハーツパイロットにさせる話は、一年後に実行する予定になっていたのである。リーシャの適合率を鑑みても一年後に訓練を開始しても、不安が多少は残るだろうが大丈夫と結論づけて決めたことだった。それがシュトラー王の独断で計画はソーマたちが知らぬ間に先行されていた。
「勘だ」
「勘で、勝手に決めてほしくはないものだ」
「グダグダ言うな」
「言いたくもなるだろう。いきなり鳳凰の間に入ったら、リーシャがソファに横たわっているんだぞ。言っておくが、クロスが怒っても知らんからな」
ジロッとソーマはシュトラー王を睨む。
「大丈夫だ。しょうがないやつだと笑って許してくれる」
あっけらかんと答える仕草に怒りを忘れてソーマは呆れてしまう。けれど、シュトラー王の意見に同意するしかないだろうと思ってしまった。
それは笑うクロスの姿を思い浮かべていた。
「私の思い、……願いだ。私の孫とクロスの孫を結婚させることは。ようやく、ここまで来た」
「遠い道のりだったな」
「ああ。長かった、……もう何十年も経つのだな」
三人はそれぞれに昔を思い出していた。
長い歳月をかけて画策して仕組んでいたのである。
現実に引き戻したのは無口なフェルサだ。
「結婚はリーシャの承諾がない限り無理です。それがクロス殿が結婚を認める唯一の条件でした」
「わかっている」
シュトラー王の満面な笑みに二人は不安が立ち昇っていった。
「忙しくなるぞ」
「でしたら、事前に話をいただきたかったものです」
珍しくフェルサが苦言を呈した。
「私に不可能はない。私が法律だからな」
友人の表情から重臣の表情に瞬時に変えたソーマが立ち上がる。
「わかりました。陛下」
「承知しました。陛下」
「頼むぞ。ソーマ、フェルサ」
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