第54話 ラルムとメリナ
「おはよう」
教室へ元気な声と共に、爽快感溢れるリーシャが入っていく。
久しぶりの登校に、心が躍っていたのである。
細々とした、スケジュールが立て込んでいたせいで、登校したくても、できない日々が続いていた影響が大きい。
ここまで辿り着く間の道のりに、出逢った生徒や先生まで、気軽に声をかけていた有様だ。
いつもに増して、テンションの高いことに、誰も気づいてない。
結婚前から、テンションが高かったのである。
誰もが、通常運転と思っていたのだ。
クラスメートに声をかけながら、友達のナタリーたちの下へ到着した。
「元気?」
「おはよ」
「おはよう。随分と、遅いわね」
三者三様に、二時限も遅くれて、学校に登校したリーシャに声をかけた。
いつになく、イルとルカの顔が浮かない。
二人は、突然の小テストのできの悪さに、落ち込んでいる状態だった。
常に、勉強をしているナタリーは、落ち込みが激しい二人に対し、自業自得よと、油を注ぐような眼差しを傾けている。
詳細を聞き、なるほどといった顔つきで、暗い二人を眺めた。
はしゃぎ通しのリーシャが、登校したのは、二時限目が終わった休み時間だった。
王室の行事に参加していて、学校に登校するのが遅れたのである。
この登校は、少しでも、学校に行きたいと言うリーシャのお願い事だった。
突っ込んできたナタリーに、たじろぐ。
「いいわね、王室時間」
「うっ。だって、王室行事があって……」
狼狽えながら、言い訳を紡いでいく。
「しょうがないよ、ナタリー」
机に突っ伏した格好で、顔を上げている状態のルカが宥めに入った。
王室に関連する出来事で、頻繁に休んだり、遅刻早退を繰り返していたのだ。
友達と過ごす時間が、少なくなっていたのである。
「そう、そう。何たって、王太子妃殿下なんだから」
沈痛なルカの隣に座っていたイルも、いじけているリーシャ側に回る。
二人は、単に小テストのことを、忘れたかったに過ぎない。
そんな思惑を知らずに、味方になってくれた二人に、素直に感謝する。
「ありがとう。ルカ、イル」
「で、どんな行事なの?」
王室のことに、興味があるイルが、前へ乗り出して尋ねてきた。
王室の一員のリーシャよりも、王室に興味を抱いているイルの方が、ずっと詳しく、王室のことを理解していたのだ。
謎のベールに包まれている王室を、もっと知ろうと、新たに王室の一員のなったリーシャから聞き出そうと、ただ単に食いついたのである。
「好きだね、イルは」
がっつくイルに、呆れ顔を覗かせた。
「それはいいから、教えてよ」
「え……、どんなって……。ただ、私は、言われた通りに、立っていただけだし……」
朝の王室行事を、思い巡らせていた。
だが、さっぱり何をしていたのか、全然わからずに、ただ言われた通りに、ロボットのように動いていただけだった。
「だから、どんなことをするのよ。立っていても、見てたんでしょ?」
煮え切らない態度に、イルが不満顔だ。
「見てたけど……」
「見てたなら、話せるでしょ」
さらに、イルが前に身体ごと突き出した。
たどたどしい語り方ながら、せがまれたことを努力する。
「ユマに言われたところに、歩いていって。しばらく、アレスがやるところを眺めて……。それで……座って……後は……」
遅刻の原因となった王室行事を、わからないながらも話した。
考えても、よくわからないのが心境である。
けれど、同様にイルたちの表情も、微妙な表情を垣間見せていた。
「ん……何だっけ……」
「さっぱり、わかんないよ。その説明」
「だって……」
説明をダメ出しされ、拗ねてみせた。
聞いていた面々は、呆れて、嘆息を零している。
わからない中でも、一生懸命記憶をフル回転させ、説明しようとしたのだ。
第一、朝に行った王室行事が何でするのかさえ知らずに、侍女たちに言われるがまま、身体を動かしていただけだった。
「もう一度」
「歩いて、眺め……」
「イル。いい加減しなさいよ」
「だって、リーシャが、ちゃんと説明しないから……」
「王室行事に不慣れなんだから、しょうがないよ」
今度はナタリーが、味方につく。
「ありがとう。ナタリー」
詰め寄るイルから、助けてくれたナタリーに感謝する。
目いっぱい瞳を潤ました。
感動している人間をほっとき、視線を興味津々で聞いていた、もう一人に傾ける。
「ルカもね」
「私、まだ聞いてないよ。ナタリー」
「聞きそうだったから」
不貞腐れている二人に、釘を刺したのだ。
三人のやり取りに、物足りなさを感じるリーシャが、教室内を見回した。
いつもの光景に、一人足りなかったのである。
話に夢中になって、今まで気づかなかった。
「ラルムは?」
「一緒じゃないの?」
「王室行事じゃないの?」
目を僅かに丸くし、ナタリーが、逆にリーシャに聞き返した。
一緒に姿を見せなかったので、王室に関連する行事で、休んでいると思っていたのである。
王室の一員であるラルムも、リーシャと同じ理由で、休んでいるものだと信じ込んでいたのだ。
首を振って、否定した。
行事に、王太子のアレスと、自分しか参加していない。
近くに、侍従や侍女たちが控えていたが、ラルムの姿は、その場所にいなかったのである。
「てっきり、一緒だと思っていた」
否定に驚きつつ、何気なく、イルが呟いた。
「どうしたんだろう……」
ラルムのことを案じている頃、当の本人は自分の部屋で、静かに寛いでいた。
制服を着たまま出掛けようとしたら、母親メリナによって、無理やり休まされていたのである。
王室行事に参加しているリーシャが気になり、近くまで立ち寄ろうとした計画も、呆気なく潰されてしまった。
何もできないラルムは、部屋で本を読んで過ごしている。
でも、その心は部屋の中になかった。
別な場所へ、飛んでいたのである。
部屋の外に出られないように、侍従の男たちが、扉の前に控えていたのだ。
何度となく、窓に視線を注ぐ。
その方向に、クラージュアカデミーがあった。
すでに行事も終わり、心配していたリーシャが、学校に到着したところだろうと抱いていたのである。
朝から何度も、リーシャがいる方向を眺めていたのだ。
「無事に、終えただろうか……」
心配が尽きない呟きが、幾度となく漏れた。
部屋に閉じ込められては、知るすべがない。
嘆息を零そうとした瞬間、メリナがようやく姿を現した。
「お母様」
「元気そうね」
メリナが微笑みを覗かせ、柔らかなラルムの頬を触る。
ひんやりとする感触に、なぜか、ゾクリと感じた。
いつもと変わらない感触だったはずだ。
気持ちに気づかれないように、瞬時に切り替える。
「何か僕に用事? 二日前にあった時は、何も言ってなかったけど?」
「何かないと、息子に会えないのかしら?」
「そんなことないよ、お母様」
柔和な微笑みを覗かせる。
近頃、メリナの帰りが、遅くなっていた。
聡いラルムは、母親の行動を把握していたのである。
けれど、それを口にしない。
「食事を共にしようと、早く帰ろうと、思っていたんだけど。なかなか皆さん、離してくださらなくて」
「積もる話も、あるんだろうね」
「えぇ、そうなの。でも、今日は大丈夫。一緒に昼食も、夕食も、取りましょうね」
「いいの?」
「大丈夫って、言ったでしょ」
「嬉しいよ。一人じゃ、寂しいからね」
「そうね。できるだけ、私も一緒にいたいわ」
クラージュアカデミーに入学するために、ラルムは長い海外生活から帰国していたが、メリナは後処理を行うために、王太子夫妻の結婚式の時に、ようやく帰国したのだった。
それまでラルム親子は、離れ離れに、生活をしていたのである。
ずっと、息子の顔を眺めていた。
「お母様?」
少し、メリナの表情が変わった。
「寂しいからと言って、王太子妃と会っているのは、どうかしら」
「……」
「よく会って、話しているそうね」
まさかメリナの口から、言われると思ってもみなかった。
やましいことは、何もしていないと、堂々とまっすぐに、メリナを見据えている。
自分以上に、手駒が多いメリナに、情報が筒抜けになっていると確信する。そして、それは他の人にも、言えることだと思え、何か言われていないかと、リーシャの心配をしてしまう。
自分の行動一つで、事態が悪くなるのはわかっていた。
けれど、どうしてもリーシャのことを、ほっとくことができなかったのだった。
「はい。テラスや、東屋で」
その表情は、あたかも、何でもないふうを装う。
「そう。何を、話しているのかしら?」
「ただの雑談です。王室のことで、わからないことや、学校の友達のこと、それに勉強や、課題の絵のこととかです。王室のことで、休みがちになっているでしょ? だから」
実際に、話している内容を伝えた。
「そう。でも、あまりいいとは、思えない行動ね」
「……ただ、話しているだけです」
「ただの雑談でも、ラルム。あなたは王室の一員で、継承者でもあるの。それに、あちらは王太子妃なのよ。立場をわきまえなさい」
柔らかな口調のはずなのに、ズサリと、胸をえぐられる感覚を憶えた。
そんな気持ちを、表情に出さない。
何気ないことだといった表情のままである。
「……友達です」
「ラルム」
咎める口調に変わった。
「友達と会って、話して、何が悪いの? お母様」
「他の目があるの。知らないとは、言わせません」
引き下がらない、そんな強さを秘めている。
「それなら、以後、気をつけます。でも、会って、話すことはやめません」
逆に、強い意志をぶつけた。
互いに、激しい炎を持っていたのだ。
母メリナに、嘘はつきたくなかった。
「……ラルム」
「リーシャは、クラスメートであり、大事な友達です。他の目がある時は、ちゃんと、わきまえます。ですが、友達を無視するような真似は、したくはありません」
自分同様に、強い意志を覗かせる瞳に、嘆息を吐いた。
これ以上は無駄だとばかりに、ラルムが話題を変える。
「お母様。せっかくですから、久しぶりに、昼食は一緒に作りませんか」
「一緒に?」
「はい。向こうにいた時は、一緒に作ったでしょ?」
「そうね」
「お母様の手料理が食べたいな、久しぶりに」
「一緒に、作りましょうか」
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