第53話 打ち合わせ
輪廻転生を投稿し、一年過ぎました。
早いような、遅いような、そんな感じです。
一度も落とすことなく、この一年を過ごしたいと思います。
スティリア宮殿で、王妃エレナの代理の仕事をしていたセリシアの元に、シュトラー王から至急執務室まで来るようにと伝言が届く。
いやな予感が拭えない。
至急の呼び出しに、これまでいいことが何もなかった。
軽く嘆息をついて、気持ちを切り替える。
打ち合わせをしていた侍従や侍女を、いったん下がらせた。
時間が掛かるのか、予測できなかったからだ。
シュトラー王の誕生祭の打ち合わせの最中だった。
王宮でも、外でも、いろいろなお祝いの催しが開かれるが、王宮の中では、代々王妃が取り計らうのが、慣わしだったのである。けれど、病弱で、その任を務められない王妃エレナの代わりに、セリシアが取り払っていた。
近々行われる誕生祭の準備は、遅れ気味で、その要因はシュトラー王が突然言い出した王太子アレスと、民間出身のリーシャの結婚で、その婚儀の儀式などが急遽入ったからである。
頭を悩ますことが続き、心身に疲れきっている状態だった。
それに休む暇などなく、結婚準備やその後に続くお祝いのパーティー、新たに王室の一員となったリーシャの教育の準備や、その進み具合などの調整を行っていたのである。
その中で、セリシアはアメスタリア国の国王の誕生祭の準備も、遅れながらも、平行に行っていたのであった。
打ち合わせの仕事も中断し、シュトラー王が待つ執務室へ足を進める。
通りかがった者たちは、足を止めないセリシアに道を譲り、廊下の端に寄った。
足を進める中で、呼び出しの理由について、逡巡していたのだ。
淡々とした表情の中で、思考は部屋にこもってしまった夫のことが掠めていた。
急なシュトラー王の呼び出しの後、戻ってきたヴォルテは、研究室にこもってしまい、誰も寄せ付けようとはしないと、侍従から話を聞いていたのである。
忙しい時間を縫って、様子を窺おうとしたが、研究室へ入れて貰えなかった経緯があったのだ。
それに関連する事柄だろうと、予測を立てていた。
思考が終わると、同時に、執務室に辿り着く。
侍従が到着を知らせ、執務室へ入っていった。
静かに入ると、中にいた秘書官が退室していく。
部屋に、二人だけになる。
身だしなみにも、隙がないセリシアが、恭しく頭を下げた。
「何をしていた?」
腰掛けていたシュトラー王が、動じないセリシアを見上げる。
執務をこなしていたようで、机に多くの書類が置かれていた。
「誕生祭の打ち合わせをしていました」
「そうか。準備の方は、大丈夫か?」
「多少、遅れは出ていますが、問題ない程度でございます」
誕生祭の状況を、説明した。
「そうか。では頼む」
「はい」
「うるさい者には、招待状送らんでいい」
綺麗な顔が曇る中で、何人かの顔が浮かぶ。
うるさい者に、心当たりがあったからだ。
王族の一員や、貴族の顔ばかり。
送る宛て先を、王妃エレナから受け取っていたのである。
「……すでに、配送済みでございます」
「送ってしまったのか、ではしょうがない」
眉間に深いしわが刻まれていたが、見ない振りを決め込む。
送ってしまった以上、こないでくれとは言えない。
「申し訳ございません」
顔を上げた時に、シュトラー王の眉間のしわが取れていた。
「ところで。ヴォルテは、どうしている?」
「部屋にこもって、研究しています」
余計なことは付け足さずに、事実をそのまま伝えた。
それだけ言えば、わかると知っていたからだ。
「研究……か。何か聞いたか?」
外していた視線を、まっすぐにセリシアを捉える。
「いいえ」
「パーティーに、顔を出すように命じた」
「……そうですか」
瞬時に、答えられない。
命じたと、軽い口調で言ったが、僅かに強張った顔を覗かせているセリシアの中では、二人のやり取りが、手に取るように理解できたのである。
ヴォルテと、結婚して十数年経ち、その間二人を見てきたのだ。
命じたぐらいで、表舞台に立つのが嫌いな人が、了承するはずがない。
部屋にこもって、出てこない理由に、完璧に符合した。
部屋にこもったと聞いた時から、何かがあったと感じていたのである。
「だから、当分の間は、顔を出すだろう」
「そう心掛けておきます」
この先が厄介だとは顔に出さない。
淡々と、対応するのみだ。
「あれだけ言ったはずだから、出ないとは思わないが。もし仮に、出ないと申したら、私に知らせるように。よいな、セリシア」
柔らかな口調で語りかけていても、その声音は有無を許さない。
「……はい」
軽い言葉とは裏腹に、それとなく、セリシアにも釘を刺したのだ。
ヴォルテがパーティーに来ないようなら、私が出て行って、さらに機嫌を悪くすることになるぞと、言っているのである。
高圧的なオーラが、ひしひしと伝わってきた。
だが、その恐れを、顔に出すことはない。
出したからといって、何か改善する訳がないからだ。
それに十数年、同じようなことが、何度も繰り返してきた出来事でもあった。
日常の一つの事柄に、過ぎない。
「リーシャは、どうだ?」
「私が、至らないばかりに、王太子妃としての教育が、やや遅れております。申し訳ございません、国王陛下」
「それはよい。まだまだ先が長い。気にすることもなかろう」
「そう言っていただけますと、嬉しゅうございます」
ヴォルテの話の時と、セリシアの表情が変わってない。
新たに孫娘となったリーシャの話になった途端、威圧する表情が解けて、柔らかくなっていた。
その変貌振りに驚嘆しつつ、なぜこんなに変えられるのかと、抱いてしまう。
「四人で食事をしたが、楽しかったぞ。エレナも、喜んでいたし」
「聞き及んでおります」
王妃エレナからも、侍女からも、話を聞いていた。
平和にことが、運ぶだろうか?と、巡らしていたことを思い出していた。
案の定、平和はこなかったと、淡白な感想が浮かぶ。
シュトラー王とヴォルテの中で、和解することなく、きっとこのまま、時が流れていくのだろうと、憂鬱な気持ちを抱くのである。
そして、さらに自分の心を、引き締めるのであった。
人知れず、セリシアは心を律している。
自分が、しっかりしなければと。
「頑張っているとも聞いておる。パーティーで見かける顔も、それはそれはよい」
(その穏やかな表情を、もう少し分けてくだされば……)
「……そうでございますか」
返事に、戸惑ってしまう。
確かに、一生懸命な面はみられるが、失敗を繰り返すばかりで、どうにかならないのかと言う感想しか抱けない。
目に付くのは、いつも失敗する場面だったのである。
思考を、現実に引き戻した。
正面に座っているシュトラー王を捉える。
誰の目から見ても、他の者と、リーシャの話をする時の表情が違い過ぎるのだ。
「元気がよく、可愛らしい」
「……」
「目に入れても、痛くないとは、こう言うことなんじゃな」
「……そうで、ございますか」
曖昧な返答しか、できなかった。
「そうは思わないか、セリシア」
同意を求められても、困惑するしかない。
一生懸命なのは認めるが、失敗を繰り返す人間を、シュトラー王が思うように、教育を担当する者には思えなかったのだ。
失敗を繰り返すたびに、今後何か不祥事を起こさないかと、頭痛と、胃の痛みに苛まれていたのである。
「申し訳ございます。男しか、授かりませんでした」
頭を下げ、男子しか産めなかったことを、詫びたのだった。
「何を申す。立派に、務めを果たしたではないか。私は、クロスの孫娘が来ることを、望んでいた。二人がこうして結ばれて、こんな素晴らしいことない」
歓喜に満ちている表情に、心の中で唖然としている。
「……」
「可愛いリーシャと、また一緒に食事をしたいものじゃ」
豹変振りに、ついていけない。
その後も、リーシャの話を聞かされた。
ようやく開放され、執務室を後にしたのである。
セリシアと入れ替わるように、フェルサが執務室に訪れたのである。
セリシアが執務室に呼ばれているのを知って、時間をずらして、シュトラー王の下へ来たのだ。
立ち上がって、窓の外を眺めていたシュトラー王が、先に声をかける。
「待ったか」
「いいえ」
机の前に立っているフェルサ。
「お前をよこすと言うことは、怒っているのか?」
「はい」
尋ねられたことに、淡々と答えていく。
顔を、フェルサに傾けた。
表情から、何も読み取れない。
「いつものことなのにか?」
「はい。ソーマの言い分としては、急な王太子夫妻の結婚式で、仕事が山積みな上に、誰かの祝いのパーティーまで重なって、お前は、どこに行く?だそうです」
不機嫌なソーマが零した愚痴を、そのまま伝えた。
多少の疲れの色があるフェルサは、訪ねる前まで、ソーマと一緒に湯水の如く、湧き上がる仕事に追われていたのである。
報告を拒むソーマに成り代わり、副司令官のフェルサが、報告しに足を運んだ。
「どうにか、なるだろう」
「難しいかと」
「珍しく、こうして静かに、仕事を片づけているではないか」
すでに、処理済の報告書を視界に捉えた。
「はい。ですが、それでも、追いつけない状況でございます」
「……ソーマとフェルサに、任せる」
「それでも……」
無機質なフェルサの言葉を塞ぎ込む。
「他の者を借り出せ。暇している連中がいるだろう? それにクラーツも、手伝わせろ」
自らの願いを叶えるために、ソーマの弟まで、溜まっている仕事を手伝わせようと巡らせる。
どうにかして、誕生祭の前に、時間を作りたかったのだ。
「……それに、お前たちの息子だって……」
今度はフェルサが、無茶苦茶なことを言い出す、シュトラー王の言葉を掻き消す。
「外へ、出ております」
「二人共か?」
「はい」
「そうだったか……」
顔に、落胆の色が滲む。
「そういう状況ですから、逃げ出そうとは考えずに、仕事に集中してください。どうにか、時間を作りますので」
表情が読めないフェルサの顔を直視する。
「……さすが、フェルサ」
「ソーマも、そのために、部屋にこもっております」
「感謝していると、伝えてくれ」
「はい」
「頼めるものは、友だな」
微かに、フェルサの口角が上がっていた。
読んでいただき、ありがとうございます。




