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輪廻転生  作者: 香月薫
第3章
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第52話  チェス

 数日が過ぎたある夜。

 すべての予定をこなした後に、軽い足取りで、リーシャがアレスの部屋を訪れていた。

 空いている時間や、夜に何度も、密かに訪ねていたのである。それは秘密の通路を見つけて以来、二人で打ち合わせし、秘密の通路を探索して、内部がどうなっているのか、確かめていたのだった。


 そうとは知らない、ウィリアムやユマたち。

 二人に仕えている者たちは、二人の仲がよくなっていると勘違いし、安堵していたのだ。

 結婚当初から、大丈夫だろうかと、口に出せないが、端々で心配をしていたのだった。

 ただ、共通の事柄である秘密の通路を解明するために、互いの部屋に、通っているとは知る由もなかったのである。


「アレス、いる?」

 ひょっこりと、首を出すと、部屋の中で新聞を読んでいた。

 スーツを着たままだったが、一人で寛いでいた状況だ。

 誰もいないことを知って、さらに顔が綻ぶ。


「行こう」

 余計な言葉をつけない。

 つけずとも、把握できると思ったからだ。


 声をかけても、読んでいた新聞を片づける様子がない。

 広げている新聞から、可とも、不可とも言えぬ顔を滲ませるだけだ。

 歓喜で、今にも一緒に、部屋を出たいと言うオーラを、放出しているリーシャに、視線を傾ける。


 近頃の喜び勇んでいる姿に、誰しも首を傾げる中で、同じ秘密を分け合っているアレス一人だけが、その理由を知っていたのである。

 二人の表情に、温度差があった。


(呆れた者だ。普段通りの行動が、どうしてできない? これでは知られてしまうではないか)


 何度か、冷や冷やした場面に、出くわしたことを巡らせる。

 はやる気持ちを抑えきれずに、友達感覚でいる侍女のクララやヘレナに、話しかけているところを見かけ、三人の前に出て行ったことがあったのだ。

 アレスとしては、今後使えそうな秘密の通路の存在を、誰にも知られたくなかったのである。


「早く。ねぇ、ねぇったら」

「ダメだ」

 短い返事に、今日が人類最後の日のような顔をし、大きな落胆を受けた。


「戻れ」

「どうしてよ!」

 冷静でいられるアレスに、詰め寄った。

「時間がない。会議が入った」

「だって……」


「あの辺を調べようとすれば、どうしても、二時間以上は掛かるはずだ」

 話をしながら、頭の中では、秘密の通路の地図を描いている。

 秘密の通路を、すべて解読できてない。

 思っていた以上に、迷路になっていたのだ。


 奥が深く、入り組んでいる状態で、一歩間違えれば、迷子になる恐れもあった。

 それに、別な宮殿とも繋がっており、まだ半分も、解読できていない状況だった。

 でも、誰にも知られずに、王宮の外に出られる安全な通路は、すでに一本だけ見つけていたのだ。

 他にも、外に出られる通路が、複数みられると踏んでいたのである。


「ちょっとだけ」

 おねだりする子供のように甘える。

 それに対し、アレスの表情が変わらない。


「敷地の地図と見比べて、考慮した結果だ」

「じゃ、別なところを……」

 諦められない。

 縋る眼差しを、無表情のアレスに注いだ。


「未知数だ。時間の予測ができない」

「それを調べるために、ちょっとだけ、行くって言うのは?」

「無理だ」

 きっぱりと、吐き捨てられた。


「急に、詰めないといけないことができた。それに時間も、掛かるだろう。だから、今日はダメだ。言っておくが、一人で行こうとするなよ。……この前のこと、忘れたとは言わせないからな」

 強い双眸を浴びせた。

 何も、言えない。

 身体が硬直するだけだ。


(アレスの意地悪)


 二人で探索をしていた際、先頭を歩くアレスの、左に行くぞと言う言葉を聞き逃し、探索の楽しさに夢中になって、一人で勝手に右に曲がってしまい、途中ではぐれてしまった経緯があったのだ。

 だが、途中でアレスが、背後にリーシャがいないことに気づき、戻ってきて、事なきに終えたことがあったのだった。それ以来、注意力がないと、未だに怒っていたのである。


「……ごめんなさい」

「一度ではない。何度、繰り返した?」

 しゅんとしたまま、指を二本立てた。


 違うと、威圧する視線が痛い。

 その後に恐る恐る、もう一本の指が立つ。


 落ち込んだ表情で、許さないぞと、鋭い眼光を浴びせるアレスの顔を窺う。

 揺るがない眼光に、さらにもう一本の指を立てた。

 全部で、四本の指を立てたのである。


「四回です……」

 か細い声で、窺うように答えた。

「そうだ。四回、僕の言いつけを守らなかった」

「だって、そっちの方が……」


「それにだ。他の言いつけも入れれば、それ以上の数だ」

 語気も、いつの間にか強まっていた。

「細かい」

 囁くような声の呟きも、聞き逃さない。

 咎める視線を投げかける。

 悪いのは、お前だと。


「よく言えたものだ。宮殿の中でも、迷う者が、自己判断するな」

「……」

 実際に、宮殿で迷子になって、みんなに迷惑をかけたことがある。

 それ以上は、何も言い返せない。

 さらに小さなくなる姿を見て、少しだけ棘のある口調を解いた。

「とにかく、今日は部屋に戻って、おとなしくしていろ」


「……」

「返事は?」

「……つまらない」

 不貞腐れる仕草をみせた。

「お前な」

「……なら、ゲームしよう? 今すぐ行かなくっても、いいんでしょ?」


 持っている新聞に、リーシャが視線を注いでいた。

 執務の仕事が始まるまで、新聞を読もうとしていたなら、まだ遊ぶ時間は残っているでしょと思ったからだ。

「……」

 ダメだと言わないことに、了承の意と汲み取る。


「じゃ、何する? ……そうだな」

 テレビゲームやボードゲームなどを連想する。

 けれど、最終的に浮かんだのは、嗜みの一つとして、チェスを教えて貰ったことを思い出したのである。そして、それは最近リーシャが、ハマっている物のうちの一つだった。

 時間がある時に、侍女のクララやヘレンを相手に、チェスに興じていたのだ。


「チェスしよう」

「チェス? できるのか?」

 怪訝そうな色を滲ませた。


「憶えた。それに強いよ、私。クララやヘレンに勝っているんだから」

 自信満々に答える姿に、胡乱げな視線を傾ける。

 マニュアルも、なかなか読めない人間に、頭を使う高等なチェスができるのか、妖しいものだと膨らませた。


 クララやヘレンが、あえて負けていたことに気づいていないが、アレスは話を聞き、二人が勝ちを譲ったことを察したのだった。

 昨日今日始めた人間が、簡単に勝つ訳がないからだ。

 それに、上の者を相手にし、下の者が勝つ訳もなかったからでもある。

 それは、身に知った現実だった。

 誰も自分と勝負をして、勝とうする人間がいなかったのだ。


「駒、ちゃんと動かせるのか」

「任せてよ」

 さらに、自信をみせる姿に、逆に不安が募っていく。

「……」

 ニコニコしているリーシャ。

 目を細め、窺う。


(引かないか……)


「……いいだろう」

「やった」




 アレスの部屋に置いてあるチェスボードで、対戦した。

 結果は、アレスの圧勝で、何度対戦しても、圧勝の事実が変わらない。


 容赦のないアレスが手加減をして勝負することはなく、物の数分で初心者のリーシャに勝っていたのだ。

 対戦するたびに、勝気満々でいた自信が喪失して行き、逆に意地になって、勝つまでは逃さないぞと意気込み、チェスボードに噛り付いていたのである。


(賭けていたら、いい鴨だな)


 冷ややかな眼差しを傾けていた。

 チラッと、時計を見る。

 そろそろウィリアムが、知らせに来る時間に迫っていた。


「時間だ」

「ダメ」

「おい」

「絶対に、勝つまでは逃がさない」

「お前な……」

 呆れて、それ以上の言葉が出てこない。


「勝ち逃げは、絶対にダメ。私が勝つまでは」

 チェスボートにしがみつく有様だ。


(では、一生来ないではないか。こんな弱い相手としたことがない。なんて弱さなんだ。よくこれで、負けてやっていたな。リーシャ相手に負ける方が難しい。……けれど、どうしたものか……)


 どうすれば納得するか、思案を巡らした。

 その顔に、負けてやる文字が描かれていない。


「勝つまでは、部屋を出ちゃダメだからね」

 駒に釘付けになって、どう駒を動かそうかと考え込んでいる。


 勝ちを導くための伏線を張る動きは、いくつもあるが、リーシャはそれを打てていなかった。

 それどころか、動かす駒が、すべて簡単に負ける方へ繋がっていたのである。

 初心者でも、打ちそうもない駒の動きをみせていた。

 次の次で、負けるところに駒を置く。


(本当に、駒の動きを憶えているのか?)


 不審な双眸を覗かせる。

 満足した笑顔に、ほとほと呆れていた。


「……この勝負で、賭けをしないか?」

「賭け? ……お金を賭けるの?」

 怪訝そうに、アレスを窺っている。

「違う。このまま勝負をしても、つまらない。僕が勝つばかりだからな」

「次こそは、私が勝つもん」


(どこから、その自信がくる)


「だから、この勝負が最後だ。で、勝った者の言うことを、一つだけ聞く」

「言うことを?」

 いやな表情を浮かべた。


 けれど、気にする様子もなく、話をさらに進める。

「そうだな……、僕を裏街のカジノへ連れて行け。パーティーでの経験があるが、一般庶民のカジノへ入ったことがない」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。庶民だって、裏街のカジノへ、入ったことはないわよ。パパたちに、あそこは危険なところだから、近づいちゃダメって、言われていたところなのよ」

 妖しげな方向へ向かっていく話に、身を乗り出し、行く気満々なアレスを止めに入った。


 普通の人間が、足を踏み入れる場所でない。

 素行が悪い人物たちが、出入りしている場所で、マフィアやその類の人種が蔓延っているのである。

 一般庶民は決して、自ら踏み込む場所ではなかったのだ。


「だからだろう? 案内しろ」

 平然と言ってのけた。

 そんな態度に、今度はリーシャが呆れる番だった。


「いやよ。ちゃんとしたカジノじゃ、ダメ?」

「じゃ、勝負するのを、やめるか?」

 優雅な微笑みを作り出す。

 どちらでもいいと、言ったものだ。

 迷っているリーシャを眺めている。


「……それも、いや」

「じゃ、どうする?」

 ゆったりと構え、あえて答えを決めさせる。

 悠然と、誘導させていたのだった。

「……る」

 囁く声で、聞き取れない。


「どっちを?」

 勝ち誇った顔で、アレスが尋ねた。

 もう、後に引けない。

 まっすぐに、余裕を窺わせるアレスを見つめる。


「勿論、勝負よ。私が勝てばいいのよ」

「そうだ。お前が勝てば、この話はなくなる」

「見てなさい」

「再開だ」


 問答無用で、結果が決まっていた勝負で、アレスが勝利を収めた。

 チェスボードを凝視し、これからの悪夢に、悩まれているリーシャ。


「楽しみにしているぞ。奥方殿」

「……いつ」

 力ない声を漏らした。


「夜に決まっているだろう。気付かれないように、ここを出る」

「そんなこと、できるの?」

「安心しろ。私は、ここで生まれ育った人間だぞ。それに秘密の通路もある」

 気が抜けたような声で頷く。


「使えるものは、活用すべきだろう?」

「でも、無理しなくっても……」

 先のことを考え、逃げ腰になっている。

「大丈夫だ」

 不敵に笑う表情に、諦める文字がない。


「……わかった。明日にするの?」

「いや、二日後だ。準備とかあるからな」

「じゃ、二日後の夜ね」

 暗い表情のまま、アレスの部屋を出て行った。


 十分後に、ウィリアムが迎えにやってきたのだ。

 部屋に入った時、アレスの顔が、これまで見たことがないぐらいに、喜びが微かに滲んでいたのである。

 その表情に、驚嘆するウィリアムだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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