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輪廻転生  作者: 香月薫
第3章
55/432

第50話  親子関係

祝50話目に突入しました。

これからも、投稿し続けるので、よろしくお願いします。



 シュトラー王専用の執務室に、機嫌の悪さを醸し出しているシュトラー王と、中堅の位置にいる秘書官一人が、言葉もなしに、対照的な表情を滲ませていた。

 質のいい机を、人差し指で小刻みに叩く。

 見て見ぬ振りする秘書官。


 何度も、扉を眺めては、待ち人をひたすら待っていたのである。

 待っているシュトラー王のイライラは、募るばかりだ。


 居た堪れない状況下に立っている秘書官。

 その待ち人が早く姿を見せないかと、懇願する気持ちで、待ち構えていたのだった。

 思いとは裏腹に、待ち人が姿を見せる気配がない。


 重く閉ざされた口が開く。

 まっすぐ扉を見据えたままだ。

 声は、恐ろしいほど低い。

「まだ、なのか」


「見に行って参ります」

 咎めるような声に、怯えているのを気取られないようにするのが精いっぱいだ。

 ひと呼吸置いてから、動こうとする。


 早くこの場から離れたい秘書官が、機嫌の悪い国王から離れられると、内心ホッと胸を撫で下ろした。

 心の内で、ガッツポーズまでしている有様である。


 けれど、次の言葉で、瞬く間に打ち消されてしまう。

「いい」

「……はい」


 室内の険悪な空気が、さらに暗いものへと強まる。

 この暗澹とする状況に、陥っている秘書官の胃痛も、段々と酷くなる一方だ。

 いっこうに、待ち人は姿を現わさない。


 一時間前から、シュトラー王は別な宮殿に住んでいる待ち人に、執務室に来るようにと、呼び出しを出していたのである。

 待ち人からの返事もなしに、予定していた執務を終え、次の面会人との謁見を取りやめてまでも、辛抱強く待ち人の姿を現わすのを、粛々と待っていた。


 その待ち人が、来る様子がない。

 室内は、静寂そのものだった。

 暗雲立ち込める空気以外は。

 廊下を歩く音も、気配もない状況なのである。

 増していくのは、悶々と曇よりとした重苦しい空気のみだ。


「あの……陛下」

 恐る恐る秘書官が、別な面会人との謁見の時間が迫っている旨を、伝えようと声をかけた。

 忠実に、仕事を実行しようとしたのである。


「……なんだ」

 強い口調に、怯んでしまう。


 その声の主の視線の先が、眼光鋭く扉に向けたままだ。

 脇に控えている秘書官は、直視できない。

 あまりの恐怖でだ。


「早く言え!」

「は、はい。新しい大使殿の……」

 最後まで秘書官の言葉を聞かずに遮る。

「わかっている! そんなことは」

「恐れ入ります」

 それ以上の言葉が、出てこない。


 下げていた頭を上げると、思わず、身体がフリーズしてしまった。

 威圧オーラを放出しているシュトラー王が原因である。

 指一本、動かせなかった。

 ただ、うな垂れ、自分の足下を眺めているだけだ。




 さらに、時間が流れる。

 謁見の時間を過ぎているのに、伝えにくる者がいない。

 誰も、不機嫌なシュトラー王に、近づける者が早々いないのである。

 待ち人の関係性を知っていて、あえて執務室に、誰も寄り付かなかった。


 ようやく、外に控える侍従が、待ち人が来たことを知らせた。

 そして、待ち人はシュトラー王の了承のもとで、重苦しい室内に入ってきた。

 その表情は、長い時間待っていたシュトラー王と同等だった。

 入室する姿を、黙って、静観している。

 その眼差しが、冷たいものだ。


 ずっと待ち続けていたのは、次男でアレスの父親ヴォルテだった。

 ヴォルテの登場に伴って、脂汗を流している秘書官を下がらせる。


 室内に、不機嫌な表情の二人だけになった。

 不機嫌さを隠さないヴォルテ。

 目の前にいるシュトラー王と、視線を合わせようとしない。


 呼び出しを受けても、なかなか姿を見せなかったのは、故意にしたことだった。

 それは、今までにも、あったことだ。

 できるだけ、顔を合わしたくないために、呼び出しを受けても、遅れていったり、行かなかったりして避けていたのである。


 二人の間に、長年険悪なムードが立ち込めていたが、誰しも見て見ぬ振りをしてきた。

 口を出したものなら、両者から酷いしっぺ返しが返ってくるからである。


 行かないことが続いていたので、今回は遅れて、顔を出したのだった。

 けれど、遅れて顔を出したことを後悔している。

 それは遅れていくたびに、業を煮やしたシュトラー王が、待っている部屋に姿がなかったからだ。

 待ちぼうけを喰らうたびに、周囲に当り散らしながら、早々に引き上げていた。


 挨拶も、遅れたお詫びもなしに、ぶっきらぼうにヴォルテが口を開く。

 挨拶も、遅れたお詫びも、必要ないことを知っていたからだ。

「いらっしゃたのですか」

「いたら、悪いか」

 同じように、ぶっきらぼうだ。

 挨拶も、詫びも、入れないことに怒る気配がない。


「いつも、いらっしゃらないのに」

「だから、今回は来るまで待ってみた。ところで、なぜ遅い」

 視線を合わせようとしない態度を、腰掛けているシュトラー王が、まっすぐに見上げている。

 息子に、傾ける眼差しではない。


「調べ物をしていました」

 そっけない返事を返しただけだ。

 昔から、二人の会話はそっけないものだった。


「そうか。すぐに顔を出せと、命じたはずだが?」

 怒鳴ることもなしに、息子に淡々と尋ねていった。

「大切な調べ物だったので。辛抱強い人だとは、知りませんでした」

 ようやく視線を、父シュトラー王に傾ける。

 不機嫌さを出した表情が変わらない。

 嫌悪感すらある顔だ。


「私は、辛抱強い人間だ」

「そうですか。私は、短気な人だと思っていました」

「短気?」

「えぇ。気が短く、強引。傲慢。陛下そのものでは、ないですか。これほど、陛下にぴったりな言葉は、ないと存じます。いつから、変わられたんですか」

 他の人間ならば、激昂したが、その様子を全然みせない。


 憮然とした表情だけだ。

 王妃エレナから、怒らないようにと、頼まれていたのである。

 二人の口論に、以前から王妃エレナが心を痛めていたからだ。


「私ほど、辛抱強く待つ人間はおらん」

「見解の相違ですね」

 口角を上げ、僅かに笑ってみせるヴォルテ。

「私が、正しい」

「……ご勝手に」


 強い殺気を出すヴォルテに、鋭い視線を投げかける。

 怯む様子もない。


「陛下、話とはなんですか。手短にお願いします」

 憮然としている父から、視線を外した。

 見るのも、いやだと言うばかりに。


「なぜ? 公式行事に顔を出さない」

「いつものことでは、ないですか」

「前に増して、多くなっている」

 あさってを向いたまま、くだらない質問に溜息を吐いた。

 質問を投げかけたシュトラー王は、まっすぐに目の前の息子に視線をぶつけている。


「別に、気にしていませんでしたが。そう考えるなら、そうなんでしょうね」

 投げやりな態度を崩さない。

「返答は?」

 少し語気を強めた。

 ビクッと、ヴォルテの身体が動く。


「……王太子殿下もおられるし、王太子妃殿下も、おられるではないですか。私が行事に参加しなくても、よろしいかと」

「勝手に、自分で判断するな」

 あっさりと、ヴォルテの意見を吐き捨てた。


 珍しくヴォルテも、食い下がらない。

 いつもなら、わかりましたと言って、苦虫を潰したような顔で退室していたのだ。

 食い下がらない姿勢を、それとなく観察し始める。


「私も、いい大人です。判断の一つぐらいできます。それに陛下、王太子夫妻が、揃っているではありませんか。私は、不必要な人間です。私が出るまでもありません」

「セリシアが一人で、可哀想だと思わないのか。夫妻揃ってのパーティーに、一人で出席しているぞ」


 多方面な行事に、夫婦揃って出るのが慣わしの王室。

 ヴォルテの妻セリシアは、いつも一人で出席していたのである。

 病弱な王妃エレナが出ないことは、日常的な出来事になっていたが、これまでは渋々と出る数が少ないものの、ヴォルテも出席していたのだ。だが、最近出席しないことが、目立つようになっていたのだった。


「陛下も、お一人で出席なさっているではありませんか」

 たじろぐ様子もない。

 ますます、観察する目を細めていった。


「エレナは、病弱だ。お前とは違う。それにだ、エレナが最近顔も見せないと、嘆いていたぞ」

「それは、申し訳ありません。母上のところには、近日中に顔を出させていただきます」

 母親の話を出しても、表情が変わらない。

 父親との関係性が悪くても、母親との関係性は良好だった。


「エレナも、喜ぶだろう。で、パーティーの件は?」

「必要性が、ありません」

「セリシアがいる」

 さらに、強まる語気。

 シュトラー王の方も、食い下がらない。

 二人の攻防が続く。


「セリシアなら、大丈夫です。いつものことですから」

 シュトラー王が、ひと息ついた。

 そして、ヴォルテに視線を注ぐ。

 呆れたとばかりに。


「今までは、我慢してきた。お前が公式行事に、欠席してもな。けれど、アレスも結婚して、新たな王室となった。お前の我儘に、付き合っていられない」

 ばっさりと、ヴォルテの反抗を切り捨てた。

 王室のことを考えない振舞いに、これまで一物抱え込んでいたのである。

 だが、妻に懇願され、今まで目を瞑って、やり過ごしてきたのだった。


「我儘……ですか」

 鼻先で、ヴォルテが笑う。

 いつものシュトラー王なら、目じりを上げ、怒りを表そうとした。

 けれど、そんな小バカにするような態度に、グッと堪えている。


「何がおかしい。私は、真剣に話しているのだぞ」

「おかしいではありませんか。先程も申し上げましたが、陛下の方が、傲慢で我儘ではありませんか」

「……」

 まっすぐに、ヴォルテを捉えている。

 獲物を遠慮なく、鷲掴みにするような目だ。


「何をするにも、自分の一存で決めて。陛下の口癖『私が法律だ』が、物語っているではありませんか。そう、あの時も、そうでした。次の王太子を決めた時です。私は兄のターゲスが、なるものかと思っていました。それも、兄上の息子ではなく、私の息子を指名するとは、血迷っているに、等しいではありませんか」


「くどい!」

「くどいと、仰せですか」

 いつしかヴォルテの視線が、シュトラー王に傾けられていた。


「自分の息子では不服か? 自分が指名されずに」

「私になる意志が、まったくありません」

 はっきりと拒絶した。

 揺るぎない事実だった。

 幼い頃より、シュトラー王の後を継ぐ意志がなかったのである。

 兄ターゲスが相応しいと、思っていたのだ。


「誰でもない、王太子はアレスだ」

「私が推挙するのは、兄上です。兄上ほど、相応しい人間はいませんでした」

 ヴォルテの双眸に、強い意志を感じる。


(やれやれ、私の息子だな。頑として曲げないところは)


「……息子のことは、推挙しないのか?」

「まだまだです」

「私が、推挙した」

 ケロッとした表情だ。


「なぜです」

「相応しいと、思ったからだ。それ以外に、何がある?」

「陛下のお考えが、いっこうにわかりません」

 一度上がった、ヴォルテの熱が冷めない。

「エレナや、他の者たちは納得したが?」

「そうは思えません。無理やりに、認めさせたのでは?」


 一瞬だけ、悲しい表情を覗かせるシュトラー王。

 怒りが湧き上がるヴォルテは気づかない。


「そう思うなら、そう思えば、よかろう。お前の勝手だ。だが、公式行事やパーティーに、顔を出さないのは、許さない。今後、出なければ、王族の籍からも抜き、一切の援助もなくなる。好き勝手に研究も、できなくなるぞ。どうやって、暮らしていく? 王族として生まれたお前が、魍魎が溢れる外の世界で、生きられるのか? 言っておくが、お前の友達にも、手を回すぞ、私は、とことんやるつもりだ。私が手も抜かないことを、知っているだろう?」


 表情を一変させ、冷徹までに脅した。

 目の前にいる自分の息子を。

「……」

「それに、これ以上、母上を苦しめても、いいのか? お前までいなくなっては、エレナが可哀想だろう。そう思わぬか? ヴォルテ」

「……」


 母親のことを出されては、強気の態度を、ずっと取っていることも、ままならない。

 どんなに王妃エレナが懇願しても、意志を曲げない人だと知っているからだ。

 目の前にいる人は、家族に対しても、冷徹になれる非常な男だと痛感していたのである。

 苦痛に歪む母親の顔が、目の前にちらつく。

 激しく、心がぐらついた。


「お前には、それができるのか?」

 垂れ下がっている拳に、力が入る。

 息子だからと言って、手を抜くような真似をしない性格を、十分過ぎるぐらいに把握していた。


 これまで我慢していたが、脅しをかけても、外の世界へ行こうと、最近は考えることもあったのである。でも、脳裏をいつも掠めるのは、病弱な母親エレナと、これまで黙ってついてきた妻セリシアのことだった。

 だから、一歩前へ進めることができなかったのだ。

 どうしても、二人をほっとけない。


「私も、エレナの悲しい顔は、これ以上見たくない。ターゲスの悲報を聞いた時の、エレナの消沈振りはなかった。お前だって、憶えているだろう? その上、お前が出て行くとなったら、エレナは、どうなる? やっと新しい家族となったリーシャが増えて、喜んでいるのに。お前だって、知っているのだろう? リーシャのことで、最近身体の調子がよくなったことを」


「……知っております」

 か細い声で答えた。

「だったら、悲しい顔をさせるな」

「……」

「了承と、取っていいな」

「……」

 何も言わない態度に、了承したと受け取る。


「話は、それだけだ。下がっていい」

 何も言わずに、ヴォルテが執務室を後にした。




 怒りの拳、そのままで、執務室から退室し、廊下を一人で歩いている。

 怒りが収まることがなかった。

 二人のことをほっとけない心を使って、シュトラー王が無理やりに押さえ込んだことに。


 退室した後に、今、最も会いたくないアレスと、リーシャに出くわしたのである。

 立ち止まる三人。


 ヴォルテとアレスとの間に、少しばかりの距離がある。

 背後から少し覗くと、アレスの顔と、前にいるヴォルテの顔が怖かった。


(何? この微妙な空気は。何で親子なのに、話さないの?)


 話しかけようとリーシャは、顔が強張っているヴォルテの方へ視線を傾けると、僅かに視線を下ろし、廊下の端に寄り、道を明け渡した。

 話すタイミングを失ってしまう。


 あたふたしている姿を尻目に、アレスがすでに明け渡された廊下を歩き始めていたのだ。

 それに続き、ヴォルテの前を通る際に、頭を軽く下げ、会釈した。

 スタスタと歩くアレスは、前に差し掛かっても、視線を巡らすことなく、ただ通り過ぎていっただけだった。


(挨拶もなし。ど、どういうことよ?)


 前を歩く背中を眺める。

 堂々とする背中は、まさに王太子そのものだ。


 何の会話もなしに、通り過ぎてしまったことが気になり、後ろを振り向くと、すでにヴォルテは振り向いた様子もなく、まっすぐ前へ歩みを進めていたのである。


(どんな親子関係なの?)


「ねぇ、アレス」

「……」

「聞いてるの?」

「何だ」

「挨拶しなくても、いいの?」

「構わない」

「でも……」


「いいって言っているだろう。それに挨拶でもしたら、迷惑なだけだ」

「迷惑?」

「とにかく、ついてこい」

 ぶっきらぼうな態度に、口を尖らせながらも、後をついていった。


 シュトラー王との話を無難に終わらせ、二人は仮宮殿に戻ってきたのである。

 部屋にいても、つまらないリーシャは探索しようと、部屋を出て歩き始めると、テラスで一人考え事をしているアレスの姿を見かけた。

 声をかけようと、近づこうとする。

 でも、途中で、その足が止まった。


「……」

 外を眺めているアレスに、声をかけることができない。

 寂しそうな表情をしていたからだ。


「どうしたんだろう……」

 ふと、廊下ですれ違ったヴォルテのことを思い出す。

「どうして、二人は話さないんだろう」

 二人の親子関係が、以前から不可思議で気になっていた。


 自分と、ポルテの親子関係とは違っていたからだ。

 確かに、娘と父親の親子関係は、違うかもしれないが、弟と父親の関係を巡らせても、二人と全然違っていたのである。

 二人の間に、会話が発生していないことに、何だか侘しいものを、感じずにはいられなかった。


(笑っている顔、見てみたいな……)


 しばらくの間、一人で佇むアレスの姿を眺めていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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