第50話 親子関係
祝50話目に突入しました。
これからも、投稿し続けるので、よろしくお願いします。
シュトラー王専用の執務室に、機嫌の悪さを醸し出しているシュトラー王と、中堅の位置にいる秘書官一人が、言葉もなしに、対照的な表情を滲ませていた。
質のいい机を、人差し指で小刻みに叩く。
見て見ぬ振りする秘書官。
何度も、扉を眺めては、待ち人をひたすら待っていたのである。
待っているシュトラー王のイライラは、募るばかりだ。
居た堪れない状況下に立っている秘書官。
その待ち人が早く姿を見せないかと、懇願する気持ちで、待ち構えていたのだった。
思いとは裏腹に、待ち人が姿を見せる気配がない。
重く閉ざされた口が開く。
まっすぐ扉を見据えたままだ。
声は、恐ろしいほど低い。
「まだ、なのか」
「見に行って参ります」
咎めるような声に、怯えているのを気取られないようにするのが精いっぱいだ。
ひと呼吸置いてから、動こうとする。
早くこの場から離れたい秘書官が、機嫌の悪い国王から離れられると、内心ホッと胸を撫で下ろした。
心の内で、ガッツポーズまでしている有様である。
けれど、次の言葉で、瞬く間に打ち消されてしまう。
「いい」
「……はい」
室内の険悪な空気が、さらに暗いものへと強まる。
この暗澹とする状況に、陥っている秘書官の胃痛も、段々と酷くなる一方だ。
いっこうに、待ち人は姿を現わさない。
一時間前から、シュトラー王は別な宮殿に住んでいる待ち人に、執務室に来るようにと、呼び出しを出していたのである。
待ち人からの返事もなしに、予定していた執務を終え、次の面会人との謁見を取りやめてまでも、辛抱強く待ち人の姿を現わすのを、粛々と待っていた。
その待ち人が、来る様子がない。
室内は、静寂そのものだった。
暗雲立ち込める空気以外は。
廊下を歩く音も、気配もない状況なのである。
増していくのは、悶々と曇よりとした重苦しい空気のみだ。
「あの……陛下」
恐る恐る秘書官が、別な面会人との謁見の時間が迫っている旨を、伝えようと声をかけた。
忠実に、仕事を実行しようとしたのである。
「……なんだ」
強い口調に、怯んでしまう。
その声の主の視線の先が、眼光鋭く扉に向けたままだ。
脇に控えている秘書官は、直視できない。
あまりの恐怖でだ。
「早く言え!」
「は、はい。新しい大使殿の……」
最後まで秘書官の言葉を聞かずに遮る。
「わかっている! そんなことは」
「恐れ入ります」
それ以上の言葉が、出てこない。
下げていた頭を上げると、思わず、身体がフリーズしてしまった。
威圧オーラを放出しているシュトラー王が原因である。
指一本、動かせなかった。
ただ、うな垂れ、自分の足下を眺めているだけだ。
さらに、時間が流れる。
謁見の時間を過ぎているのに、伝えにくる者がいない。
誰も、不機嫌なシュトラー王に、近づける者が早々いないのである。
待ち人の関係性を知っていて、あえて執務室に、誰も寄り付かなかった。
ようやく、外に控える侍従が、待ち人が来たことを知らせた。
そして、待ち人はシュトラー王の了承のもとで、重苦しい室内に入ってきた。
その表情は、長い時間待っていたシュトラー王と同等だった。
入室する姿を、黙って、静観している。
その眼差しが、冷たいものだ。
ずっと待ち続けていたのは、次男でアレスの父親ヴォルテだった。
ヴォルテの登場に伴って、脂汗を流している秘書官を下がらせる。
室内に、不機嫌な表情の二人だけになった。
不機嫌さを隠さないヴォルテ。
目の前にいるシュトラー王と、視線を合わせようとしない。
呼び出しを受けても、なかなか姿を見せなかったのは、故意にしたことだった。
それは、今までにも、あったことだ。
できるだけ、顔を合わしたくないために、呼び出しを受けても、遅れていったり、行かなかったりして避けていたのである。
二人の間に、長年険悪なムードが立ち込めていたが、誰しも見て見ぬ振りをしてきた。
口を出したものなら、両者から酷いしっぺ返しが返ってくるからである。
行かないことが続いていたので、今回は遅れて、顔を出したのだった。
けれど、遅れて顔を出したことを後悔している。
それは遅れていくたびに、業を煮やしたシュトラー王が、待っている部屋に姿がなかったからだ。
待ちぼうけを喰らうたびに、周囲に当り散らしながら、早々に引き上げていた。
挨拶も、遅れたお詫びもなしに、ぶっきらぼうにヴォルテが口を開く。
挨拶も、遅れたお詫びも、必要ないことを知っていたからだ。
「いらっしゃたのですか」
「いたら、悪いか」
同じように、ぶっきらぼうだ。
挨拶も、詫びも、入れないことに怒る気配がない。
「いつも、いらっしゃらないのに」
「だから、今回は来るまで待ってみた。ところで、なぜ遅い」
視線を合わせようとしない態度を、腰掛けているシュトラー王が、まっすぐに見上げている。
息子に、傾ける眼差しではない。
「調べ物をしていました」
そっけない返事を返しただけだ。
昔から、二人の会話はそっけないものだった。
「そうか。すぐに顔を出せと、命じたはずだが?」
怒鳴ることもなしに、息子に淡々と尋ねていった。
「大切な調べ物だったので。辛抱強い人だとは、知りませんでした」
ようやく視線を、父シュトラー王に傾ける。
不機嫌さを出した表情が変わらない。
嫌悪感すらある顔だ。
「私は、辛抱強い人間だ」
「そうですか。私は、短気な人だと思っていました」
「短気?」
「えぇ。気が短く、強引。傲慢。陛下そのものでは、ないですか。これほど、陛下にぴったりな言葉は、ないと存じます。いつから、変わられたんですか」
他の人間ならば、激昂したが、その様子を全然みせない。
憮然とした表情だけだ。
王妃エレナから、怒らないようにと、頼まれていたのである。
二人の口論に、以前から王妃エレナが心を痛めていたからだ。
「私ほど、辛抱強く待つ人間はおらん」
「見解の相違ですね」
口角を上げ、僅かに笑ってみせるヴォルテ。
「私が、正しい」
「……ご勝手に」
強い殺気を出すヴォルテに、鋭い視線を投げかける。
怯む様子もない。
「陛下、話とはなんですか。手短にお願いします」
憮然としている父から、視線を外した。
見るのも、いやだと言うばかりに。
「なぜ? 公式行事に顔を出さない」
「いつものことでは、ないですか」
「前に増して、多くなっている」
あさってを向いたまま、くだらない質問に溜息を吐いた。
質問を投げかけたシュトラー王は、まっすぐに目の前の息子に視線をぶつけている。
「別に、気にしていませんでしたが。そう考えるなら、そうなんでしょうね」
投げやりな態度を崩さない。
「返答は?」
少し語気を強めた。
ビクッと、ヴォルテの身体が動く。
「……王太子殿下もおられるし、王太子妃殿下も、おられるではないですか。私が行事に参加しなくても、よろしいかと」
「勝手に、自分で判断するな」
あっさりと、ヴォルテの意見を吐き捨てた。
珍しくヴォルテも、食い下がらない。
いつもなら、わかりましたと言って、苦虫を潰したような顔で退室していたのだ。
食い下がらない姿勢を、それとなく観察し始める。
「私も、いい大人です。判断の一つぐらいできます。それに陛下、王太子夫妻が、揃っているではありませんか。私は、不必要な人間です。私が出るまでもありません」
「セリシアが一人で、可哀想だと思わないのか。夫妻揃ってのパーティーに、一人で出席しているぞ」
多方面な行事に、夫婦揃って出るのが慣わしの王室。
ヴォルテの妻セリシアは、いつも一人で出席していたのである。
病弱な王妃エレナが出ないことは、日常的な出来事になっていたが、これまでは渋々と出る数が少ないものの、ヴォルテも出席していたのだ。だが、最近出席しないことが、目立つようになっていたのだった。
「陛下も、お一人で出席なさっているではありませんか」
たじろぐ様子もない。
ますます、観察する目を細めていった。
「エレナは、病弱だ。お前とは違う。それにだ、エレナが最近顔も見せないと、嘆いていたぞ」
「それは、申し訳ありません。母上のところには、近日中に顔を出させていただきます」
母親の話を出しても、表情が変わらない。
父親との関係性が悪くても、母親との関係性は良好だった。
「エレナも、喜ぶだろう。で、パーティーの件は?」
「必要性が、ありません」
「セリシアがいる」
さらに、強まる語気。
シュトラー王の方も、食い下がらない。
二人の攻防が続く。
「セリシアなら、大丈夫です。いつものことですから」
シュトラー王が、ひと息ついた。
そして、ヴォルテに視線を注ぐ。
呆れたとばかりに。
「今までは、我慢してきた。お前が公式行事に、欠席してもな。けれど、アレスも結婚して、新たな王室となった。お前の我儘に、付き合っていられない」
ばっさりと、ヴォルテの反抗を切り捨てた。
王室のことを考えない振舞いに、これまで一物抱え込んでいたのである。
だが、妻に懇願され、今まで目を瞑って、やり過ごしてきたのだった。
「我儘……ですか」
鼻先で、ヴォルテが笑う。
いつものシュトラー王なら、目じりを上げ、怒りを表そうとした。
けれど、そんな小バカにするような態度に、グッと堪えている。
「何がおかしい。私は、真剣に話しているのだぞ」
「おかしいではありませんか。先程も申し上げましたが、陛下の方が、傲慢で我儘ではありませんか」
「……」
まっすぐに、ヴォルテを捉えている。
獲物を遠慮なく、鷲掴みにするような目だ。
「何をするにも、自分の一存で決めて。陛下の口癖『私が法律だ』が、物語っているではありませんか。そう、あの時も、そうでした。次の王太子を決めた時です。私は兄のターゲスが、なるものかと思っていました。それも、兄上の息子ではなく、私の息子を指名するとは、血迷っているに、等しいではありませんか」
「くどい!」
「くどいと、仰せですか」
いつしかヴォルテの視線が、シュトラー王に傾けられていた。
「自分の息子では不服か? 自分が指名されずに」
「私になる意志が、まったくありません」
はっきりと拒絶した。
揺るぎない事実だった。
幼い頃より、シュトラー王の後を継ぐ意志がなかったのである。
兄ターゲスが相応しいと、思っていたのだ。
「誰でもない、王太子はアレスだ」
「私が推挙するのは、兄上です。兄上ほど、相応しい人間はいませんでした」
ヴォルテの双眸に、強い意志を感じる。
(やれやれ、私の息子だな。頑として曲げないところは)
「……息子のことは、推挙しないのか?」
「まだまだです」
「私が、推挙した」
ケロッとした表情だ。
「なぜです」
「相応しいと、思ったからだ。それ以外に、何がある?」
「陛下のお考えが、いっこうにわかりません」
一度上がった、ヴォルテの熱が冷めない。
「エレナや、他の者たちは納得したが?」
「そうは思えません。無理やりに、認めさせたのでは?」
一瞬だけ、悲しい表情を覗かせるシュトラー王。
怒りが湧き上がるヴォルテは気づかない。
「そう思うなら、そう思えば、よかろう。お前の勝手だ。だが、公式行事やパーティーに、顔を出さないのは、許さない。今後、出なければ、王族の籍からも抜き、一切の援助もなくなる。好き勝手に研究も、できなくなるぞ。どうやって、暮らしていく? 王族として生まれたお前が、魍魎が溢れる外の世界で、生きられるのか? 言っておくが、お前の友達にも、手を回すぞ、私は、とことんやるつもりだ。私が手も抜かないことを、知っているだろう?」
表情を一変させ、冷徹までに脅した。
目の前にいる自分の息子を。
「……」
「それに、これ以上、母上を苦しめても、いいのか? お前までいなくなっては、エレナが可哀想だろう。そう思わぬか? ヴォルテ」
「……」
母親のことを出されては、強気の態度を、ずっと取っていることも、ままならない。
どんなに王妃エレナが懇願しても、意志を曲げない人だと知っているからだ。
目の前にいる人は、家族に対しても、冷徹になれる非常な男だと痛感していたのである。
苦痛に歪む母親の顔が、目の前にちらつく。
激しく、心がぐらついた。
「お前には、それができるのか?」
垂れ下がっている拳に、力が入る。
息子だからと言って、手を抜くような真似をしない性格を、十分過ぎるぐらいに把握していた。
これまで我慢していたが、脅しをかけても、外の世界へ行こうと、最近は考えることもあったのである。でも、脳裏をいつも掠めるのは、病弱な母親エレナと、これまで黙ってついてきた妻セリシアのことだった。
だから、一歩前へ進めることができなかったのだ。
どうしても、二人をほっとけない。
「私も、エレナの悲しい顔は、これ以上見たくない。ターゲスの悲報を聞いた時の、エレナの消沈振りはなかった。お前だって、憶えているだろう? その上、お前が出て行くとなったら、エレナは、どうなる? やっと新しい家族となったリーシャが増えて、喜んでいるのに。お前だって、知っているのだろう? リーシャのことで、最近身体の調子がよくなったことを」
「……知っております」
か細い声で答えた。
「だったら、悲しい顔をさせるな」
「……」
「了承と、取っていいな」
「……」
何も言わない態度に、了承したと受け取る。
「話は、それだけだ。下がっていい」
何も言わずに、ヴォルテが執務室を後にした。
怒りの拳、そのままで、執務室から退室し、廊下を一人で歩いている。
怒りが収まることがなかった。
二人のことをほっとけない心を使って、シュトラー王が無理やりに押さえ込んだことに。
退室した後に、今、最も会いたくないアレスと、リーシャに出くわしたのである。
立ち止まる三人。
ヴォルテとアレスとの間に、少しばかりの距離がある。
背後から少し覗くと、アレスの顔と、前にいるヴォルテの顔が怖かった。
(何? この微妙な空気は。何で親子なのに、話さないの?)
話しかけようとリーシャは、顔が強張っているヴォルテの方へ視線を傾けると、僅かに視線を下ろし、廊下の端に寄り、道を明け渡した。
話すタイミングを失ってしまう。
あたふたしている姿を尻目に、アレスがすでに明け渡された廊下を歩き始めていたのだ。
それに続き、ヴォルテの前を通る際に、頭を軽く下げ、会釈した。
スタスタと歩くアレスは、前に差し掛かっても、視線を巡らすことなく、ただ通り過ぎていっただけだった。
(挨拶もなし。ど、どういうことよ?)
前を歩く背中を眺める。
堂々とする背中は、まさに王太子そのものだ。
何の会話もなしに、通り過ぎてしまったことが気になり、後ろを振り向くと、すでにヴォルテは振り向いた様子もなく、まっすぐ前へ歩みを進めていたのである。
(どんな親子関係なの?)
「ねぇ、アレス」
「……」
「聞いてるの?」
「何だ」
「挨拶しなくても、いいの?」
「構わない」
「でも……」
「いいって言っているだろう。それに挨拶でもしたら、迷惑なだけだ」
「迷惑?」
「とにかく、ついてこい」
ぶっきらぼうな態度に、口を尖らせながらも、後をついていった。
シュトラー王との話を無難に終わらせ、二人は仮宮殿に戻ってきたのである。
部屋にいても、つまらないリーシャは探索しようと、部屋を出て歩き始めると、テラスで一人考え事をしているアレスの姿を見かけた。
声をかけようと、近づこうとする。
でも、途中で、その足が止まった。
「……」
外を眺めているアレスに、声をかけることができない。
寂しそうな表情をしていたからだ。
「どうしたんだろう……」
ふと、廊下ですれ違ったヴォルテのことを思い出す。
「どうして、二人は話さないんだろう」
二人の親子関係が、以前から不可思議で気になっていた。
自分と、ポルテの親子関係とは違っていたからだ。
確かに、娘と父親の親子関係は、違うかもしれないが、弟と父親の関係を巡らせても、二人と全然違っていたのである。
二人の間に、会話が発生していないことに、何だか侘しいものを、感じずにはいられなかった。
(笑っている顔、見てみたいな……)
しばらくの間、一人で佇むアレスの姿を眺めていた。
読んでいただき、ありがとうございます。




