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輪廻転生  作者: 香月薫
第3章
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第49話  国王の薬草園

 駆け出して、天空の間に一分でも、一秒でも、早く着きたい気持ちを押し殺し、リーシャは少し早めな歩調で、目的地の天空の間へ向かっている。


 走ることは王族として、品性に欠ける行為と教えられ、ユマに常々注意を受けていたから、走らずに早歩きをしていたのだった。

 それに、左手の痛みも重なっていたのだ。

 歩くたびに、その振動で、赤く腫れ上げっている部分に激痛が走った。


 痛みを堪え、必死に歩いている。

 自分の痛みよりも、やることが先決だった。

 休んでいる間にも、自分のせいで、侍従たちが怒られていると思うだけで、気が気でなかったのである。


 天空の間があるヘルヴィン宮殿に向かうために、回廊を歩いていると、颯爽と歩いている副司令官フェルサと出くわした。


(ソーマさんと同じで、確かおじいちゃんの友達って言っていたな……)


 ソーマと同様に、部下を連れずに一人で歩いている。

 上司で明るく親しみあるソーマとは、正反対なようで、落ち着き払った匂いを覗かしていた。性格、態度が、正反対に思える二人は、以前デステニーバトルで、パートナーを組み、今でも息が合ったように親しくしているのだ。

 それが、リーシャには不可思議に思えた。

 正反対の二人は、どうやって、仲良くなったのだろうかと。


 自分とアレスも、いつか仲良くできるかと、二人を見て逡巡していた。

 庭を散策していた際、リーシャは回廊を二人で歩く姿を、見かけたことがあったのだ。

 和やかに話す二人を窺い、ほんのりと醸し出す雰囲気に、友達以上の仲のよさを実感したのだった。

 だから、何となく二人の動向が、気になっていたのである。


(性格が違う二人……。私たちなれるのかな、いつかあんなふうに……)


 出くわす頻度が高いソーマとは違い、数える程度しか会っていない。

 常に、フェルサは黙って、シュトラー王に控えている印象しかなかった。

 あまり接触した機会がなかったのだ。


 最初に、フェルサが静かにシュトラー王の背後に控えているイメージが、そのまま受け継がれていたのだった。

 単純に気難しそうな印象を抱いていたのである。


 小さい頃からの癖で、リーシャの方から挨拶をした。

 物静かに、頭を上げて挨拶するフェルサ。


 他の貴族たちだったら、物静かに挨拶されたら、顔を引きつらせて、緊張するところだが、フェルサの物静かな仕草は、いやだと感じず、素直に不快感も抱かずに、受け取ることができた。

 同じような挨拶の仕方なのに、怖い、いやだと言う不安や、不快な感情が、どういう訳か芽生えないのである。


 大丈夫と言う安心感が、目の前に立っているフェルサにあった。

 挨拶が終わると、軍人らしく背筋が伸びている。

「妃殿下、どうかさなれましたか?」


 少し砕けているソーマとは違う、改まった話し方に、やや緊張が走った。

 未だに改まった態度に、慣れなかったのである。

「あの……、天空の間に……」


「国王殿下に、ご用事ですか」

「はい」

「でしたら、しばらくして、お会いになった方がよろしいかと」

 表情一つ変えずに、無駄がない。

 それが、やや緊張に走らせる原因だった。


「なぜです?」

「国王陛下の機嫌が、悪いようなので」

 一瞬、身体が硬直してしまう。

 その要因である薬草園が、頭を掠める。


「……もしかして、薬草園のことで?」

「ご存知でしたか」

「……どんな様子ですか?」

 シュトラー王の様子を、詳しく知っているフェルサに尋ねた。

 予備知識があった方が、いいと判断したからだ。


 わかりやすい言葉で、端的に答える。

「かなり悪いようです。今も、侍従たちを、取調べている最中です」

「取調べ?」


 聞きなれない言葉に戸惑い、その顔から、少しだけ残っていた、ゆとりが欠落していく。

「はい。薬草園を担当している者たちからです。先程も行っておりましたが、納得できなかったようで、もう一度、取調べを行っているところでございます」


(取調べしたのに、もう一度行うの? そんなにする必要があるの? って言うか、それほど大切な薬草園だったの?)


 愕然と、不安が身体全体に広がっていく。

 そして、それは恐怖へと変貌していった。


「……もう一度するってことは、かなり悪いですよね?」

「はい」

 質問の意図を読み、的確に答えていった。


「担当している人たちは?」

「かなり、憔悴しきっているようです」


(私のせいで……。どうしたら、いいのかな……)


「……そんなに?」

「はい」

 天空の間に、足を運ぶのを躊躇ってしまう。


(そんなに大切な薬草園に入っちゃって……。元通りに戻すって言っても、一部は使っちゃったし……。どうしよう……)


 解決の糸口が、見つからない。

 聞けば聞くほど、絡むだけだった。


「近づく者は、いません」

 そんな状況の中へ、入らないように促した。

「ソーマさんも? フェルサさんも?」

「はい。私は報告がありましたので、伺いました」


(どうしよう。みんなに迷惑かけちゃった……)


 報告する仕事があったフェルサは、機嫌の悪いシュトラー王がいる天空の間に足を運んだが、関わることが面倒と感じたソーマは、少し落ち着くまで待つかと、自分の部屋で落ち着くのを、ひたすら待っていたのである。

 ただ、何かただならぬ動きがあれば、出向いて、食い止める覚悟はしていた。

 出向かないように、落ち着くことだけを、部屋で待機して願っていたのだ。


「ですから、時間を置いた方が、よろしいかと思います」

 まっすぐにリーシャの顔を窺う。

 その表情に、意志の強さが感じられた。

 今は遠くにいるクロスと、同じ目をしていたからだ。


「いいえ。そういう訳にはいきません」

 行くことに、少し迷いがあった。

 けれど、腹を括って、自分でしたことを謝ろうと決める。

「……そうですか。では、私が案内いたしましょう」


 意志の強い瞳を見た瞬間に、天空の間にどう止めても行くだろうと悟っていた。

 一人でいかせることができない。

 可愛がっているリーシャに何かあれば、クロスに合わす顔がないと感じたからだ。

 シュトラー王初めとして、ソーマもフェルサもクロスの孫を慈しんでいたのだった。

「ありがとうございます」




 案内で迷いもなく、天空の間に到着する。

 到着した早々、シュトラー王の怒号が飛び交う。

 物凄い剣幕で、侍従たちを問い詰めているようだった。

 天空の間のドアを開けただけで、その声が耳に流れ込んだ。

 そして、その怒鳴り声に、身を震わせるのである。


「大丈夫ですか?」

 気遣いの言葉をかけた。

 冷たさを感じる怒鳴り声に、青ざめている。

「はい。大丈夫です」


 まっすぐ前を見据えていた。

 見下ろしているフェルサを窺うことがない。

 その視線の先に、シュトラー王が映っていた。

「怒っていますね」

「はい。久しぶりの怒鳴り声ですね」

 冷静に語った。


「そんなに、久しぶりですか?」

「はい。約二年ぶりです。ここまで大きい怒鳴り声を、侍従たちに上げられるのは」

「相当怒っているんですね」

「はい」

 肯定する返事を聞くたびに、胸をグサッと刺していく。

 けれど、逃げずに面と向かって、謝る意思だけは失ってない。


 視線の矛先を、フェルサに傾ける。

「ありがとうございます。ここからは私一人でいきます」

「わかりました。お気をつけて」


 ゆっくりとした足取りで、侍従たちを問い詰めている元へいった。

 控えている侍従たちを、素通りしていくたびに、控えている侍従たちが、突然姿を現わしたリーシャに、驚愕していたり、決意を秘めたリーシャを止める侍従たちもいたのだった。

 若き王太子妃を助けなければと、竦む足で巡らせていたのである。

 それを無視し、シュトラー王との距離を詰めていく。


 見送った後、フェルサは先を行くリーシャから、距離をとって、その後ろ姿を追っていった。

 まっすぐ前を見据えているリーシャに、後を追っているフェルサの存在に気づかない。


 問い詰めている侍従たちの間に、迷うことなく割り込んだ。

 突然の出来事に、誰しも、驚きの顔を隠せない。

「国王陛下、ごめんなさい」

 深々と、リーシャが頭を下げた。


 戸惑う面々。

 王室では、見たことがない行動に。

 険しかった表情も、頭を下げているリーシャを、きょとんと見下ろしている。


 勇気を振り絞って、下げていた頭を上げた。

 そして、天空の間全体に、響き渡る大きな声を腹の底から出す。


「薬草園に、勝手に入ったのは私です」

「……」

 瞬時に理解するが、誰も言葉にできない。

 誰しも、薬草園を荒らした者がリーシャだと思ってもいなかったのだ。

 衝撃的な事実に、誰も何も言えずにいたのである。


「ごめんなさい。どんな処罰でも受けます」

 くるりと、身体を半回転させる。

 シュトラー王に、お尻を向けられなかった。

 問い詰められた侍従たち一人一人の顔を窺う。

「ごめんなさい。私のせいで。本当にごめんなさい」


 ぼかんとしている侍従たち。

 目上の人が、目下である侍従たちに、謝る光景を見たことがない。

 それが、今まさに起きていたのである。


「め、滅相も、ございません」

 侍従たちの方が、謝るリーシャに恐縮している。

 目の前に、シュトラー王がいて、歳若いとは言え、王太子妃殿下だ。


「リーシャ? 薬草園に入ったのは、リーシャなのだな?」

 シュトラー王の言葉に、身体と顔を正面に傾けた。

「はい」

 揺るぎない瞳で、シュトラー王を視界に捉える。


「薬草園に入ったのは私です。国王陛下が大切にしている薬草園とは知らずに、勝手に入り込んだ上に、摘んでしまって、すいませんでした」

 認めて、事情を説明し、再度頭を下げて謝った。

 謝って、許して貰えるかわからない。

 それ以外に、どうすればいいのか、浮かばなかったのだ。


 祖父クロスに、悪いことをした時は、素直に認めて、謝ることが大切だと、教えられていたのである。

 クロスの教えを守って、それを実行したのだった。


 侍従を問い詰めていた顔が、すでに消えている。

 唐突な告白に驚愕があったが、優しい表情に変貌していた。


「構わん」

「……」

 目をぱちくりとさせるリーシャ。

 その変貌ぶりに、驚愕する侍従たち。

 大丈夫だなと安心するフェルサ。


「あの……、構わんとは、どういう意味ですか?」

 思わず、疑問そのままを尋ねた。

 許されないと、処罰を覚悟していたのである。


「言った意味、そのままだ。リーシャなら薬草園に入ること、摘むことも自由にしてよい」

「……ありがとうございます」

 思わず、礼を口にしていた。

 許して貰えないかもしれないと言う気持ちがあったのである。


 実際は、それとは真逆で、あっさりと許して貰い、挙句薬草園に自由に出入りできるようになってしまったいきさつに当惑が隠せない。

 拍子抜けたように、その場に立ち尽くし、楽しげに微笑む顔を見上げていた。


「陛下」

 背後から、フェルサが声をかけた。

 天空の間に、フェルサも入ってきた事実を改めて知る。

「侍従たちの取調べは、もう終わりですね」

「ああ」

 ホッとする侍従たち。


「ところで、リーシャ? なぜ薬草園に入ったのだ」

「えっ?」

「あの……」

 鮮やかな翡翠色した瞳がぐらつく。


 アレスのことは、口にできない。

 秘密にすると、約束したからだ。


「それに摘んでいたな。摘むこと事態は構わんが、何かあったのか」

「え……と、ちょっと、お腹が痛くなっちゃって。それで、以前に、見かけた薬草園を思い出して。おじいちゃんが、教えてくれた煎じ薬を作って飲もうと……」

 敬語も忘れ、しどろもどろなリーシャ。

 どう見ても、真実を語っているのだろうかと思ってしまうほどだ。


 けれど、相手を見抜くことに長けているシュトラー王は、そんな疑わしいリーシャの仕草を素通りした。

 シュトラー王の頭の中は、親友のクロスと、その大切な孫娘リーシャのことしかない。


「腹痛は、大丈夫なのか?」

 腹痛と聞き、腰を浮かせる。

 尋常ではないぐらいに、あたふたしていた。


「は、はい。大丈夫です。全然痛くないです」

「そうか、それはよかった」

「ご心配かけて、すいません」

 落ち払った表情に戻ったシュトラー王が尋ねる。

 フェルサや侍従たちは蚊帳の外だ。


「クロスに、教えて貰ったのか?」

「はい。おじいちゃんに、いろいろと教えて貰ったので……」

「私も教えて貰った。だから、薬草園を作ったのだ」

 その顔は自慢げだ。

 新たな意外な事実に、目を見張っている。


「そうだったんですか」

「そうだ。全部わかるのか」

 共通となった薬草園の話題に、顔を綻ばせた。

「いいえ。知らない薬草も、たくさんありました」


 僅かに、左手を動かす。

 気持ちが落ち着いてくると、痛みが襲ってきた。

 表情の変化を、シュトラー王が見逃すはずがない。


「どうしたのだ?」

「いいえ。何でもありません」

 左手を隠す素振りをみせる。

 アレスとは違い、問い詰めることはしない。

 自分が手にしている材料だけで、答えを導こうと思考を巡らす。


「腹痛に、効く薬草の近くには…… !」

「本当に、何でもないです!」

 意気込むように、否定した。

 椅子に腰掛けていたシュトラー王が立ち上がる。

 形相ぶりに、それ以上何も言えない。


 逃げ腰のリーシャの前まで近づく。

 隠している左手を取った。

 左手は、赤く腫れ上がっている。


 離れている侍従たちの目からも明らかだった。

 赤紫の色に、ところどころ変色している。

 それもアレスと食事をしていた際よりも、さらに赤紫に腫れ上がっていたのだ。

「……」


 痛々しい状態に、誰も破顔している。

 腹痛に効く薬草の近くに、素手で触ると、赤く腫れ上がる薬草があった。

 それを思い出したのだ。


「だ、大丈夫です。ただの炎症ですから」

 思いの外、酷くなっている状態に戸惑いながらも、何でもない素振りを必死に取っている。


「医師を呼べ! 今すぐにだ」

 落ち着きを失い、シュトラー王が騒ぎ立てる。

「大丈夫です。国王陛下!」

 否定する言葉も、騒ぐシュトラー王の耳に届いてない。


 触ろうとするが、触ることを躊躇ってしまう。

 触ろうとした瞬間、身体を強張らせたからだ。

 先程よりも酷く、慌てふためくシュトラー王。

 大事になったことに、リーシャも狼狽している。


「何てことだ。こんなに腫れているではないか」

「国王陛下」

「早く、診せなければ」


 血相を変える侍従たち。

 腫れは、それほど酷かったのだ。

 途方にくれる面々を放置し、フェルサが冷静にスマホで医師の用意を、粛々と行っていたのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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