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輪廻転生  作者: 香月薫
第3章
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第47話  煎じ薬

 いつの間にか、秘密の部屋でアレスが眠っていた。

 連日のパーティーや公務の行事、会議や執務とスケジュールが、ぎっしりで身体が疲弊していたのである。

 詰まった日程に、ハーツのトレーニングも入っていて、休む暇などなかったのだ。

 姿を突然に消したのは、言葉なき抵抗とも言える。


 眠っている身体が、もぞもぞと動く。

 部屋から、リーシャを退室させた後、呆然と窓から外を眺めていて、そのまま眠りに落ちてしまったのだ。

 閉じている目蓋が、微かに上下する。

 貴重な休息が、終わりを告げた。


 目を醒まし、腕時計を見る。

 すると、五十分ほど眠ってしまっていたのだ。


「戻るか……」

 椅子に預けていた身体を起こした。

 やることは、まだ山積みのように溜まったままだった。

 次から次と、処理しなければ溜まる一方だ。


 時々、小さな反乱を起こすものの、やるべき仕事をきちんとしていたのである。

 本来やるべき人間がしないせいで、そのつけを十五歳のアレスがこなしていたのだ。


 ふと、自分の身体に毛布がかけられているのに気づく。

「誰が? ……」

 脳裏に首から頭を出してきたリーシャの顔が掠める。

 ここを知るべき人間は、自分以外で一人しかいない。

 軽い嘆息を吐いた。


「あいつか」

 つい先ごろ、この秘密の部屋を知られたばかりだった。

「……眠っている時に、来たのか」

 寝顔を見られたことに、嫌悪感を抱く。


 誰に対しても、隙を見せないようと、日ごろから気にかけていることもあり、無防備な寝顔を見られたことは、耐え難い恥ずかしさがあったのだ。

 がっくりと首が折れ、額に手を当てる。

「不覚。まさか戻ってくるとは……」


 あの怒った様子で、もう一度戻ってくるとは思ってもみなかった。

 予想を超える行動に、手を焼く。

 予測の範疇をいつも超えるリーシャに、憤りを感じつつ、面白いと抱いてしまう。


「意味不明な行動は、何なんだ」

 顔を上げるのをやめてしまう。


 窓際のヘリに、銀製のボードに緑色した液体が入ったグラスが置かれていた。

 眉を潜めるアレス。

 緑色した液体が不気味さを醸し出している。


「何だ、これは?」

 次元を超えたリーシャの行動を、予測も理解もできない。

 毛布と、緑色した液体を交互に凝視した。

「?」


 眠っている間に、リーシャが毛布と得体の知れない飲み物を置いていった流れを、とりあえず飲み込む。

 けれど、何で毛布と得体の知れない飲み物があるのか、疑問が拭えない。

 考え込んでいると、腹痛と言って、サボった事実を思い出した。

「! あいつにも、そんなこと言ったな」


 奇妙な飲み物を、もう一度凝視する。

 グラスに入っていることで、何となく飲み物であると認識できた。


「飲み物って、ことだな……、煎じ薬ってことか? それにしても……」

 得体の知れない、不気味な代物だと言うことが拭えない。

 禍々しい色が、強調されているのである。


(腹痛だと、信じていたのか。どこまでお人よしのバカなんだ)


 侍従や侍女ですら、腹痛ではなく、ただのサボりだって気づいているのに、素直に受け取る思考が、どうなっているんだと密かに嘆息してしまう。

「僕の知っている人間には、いないタイプだ。よく生きてこられたな、あれで」


 嘘や見栄が蔓延る王室で、そのまま受け取っていては生きていけない。

 疑うことを知らない、純粋無垢なリーシャに、ある意味で感心していた。

 アレスの周囲に如何わしい者や、一癖や二癖がある人たちばかりだったからだ。


 バカみたいに、人の言葉を信じ込む人間は、これまでアレスの周囲にはいなかったのである。何か腹の中に隠している人間とのつながりが多いせいで、人を信じられずに、自分の殻に閉じこもって孤立していった。


 グラスの隣に、メモが置かれている。

 手に取って、メモを読んだ。

 そこに腹痛に効く、煎じ薬ですと、見てわかるように女文字で書かれていた。

 そして、最後に追伸が補足されている。


「全部飲むこと、腹痛がよくなるんだから。愛らしく優しいリーシャより……。普通、自分で愛らしいなんて書くか」

 読む口元が緩んでいた。


 名前の隣に、似顔絵も添えられている。

 似顔絵の周囲に、星が書かれていた。


「美化し過ぎだろう」

 グラスを、手に取ってみる。

 得体の知れない、飲み物の臭いを嗅いでみた。

「何だ。この青臭いのは……」


 ツーとする臭いに、顔を歪めた。

 グラスを少しだけ掲げ、揺らす。

 ドロッとした緑色の液体が、左右前後に揺れた。


「……飲めるのか、こんなものが?」

 眉間のしわを寄せ、グラスと睨めっこする。


 禍々しさに、より一層飲む気が失せた。

 鼻に吸い付くような、いやな臭いが流れ込む。

「全部これを飲むのか……」




 グラスに注がれている飲み物を、口にするか、どうか悩んでいる頃、煎じ薬を作った張本人は、自分の部屋のベッドで、悶々として眠れずにいたのである。

「アレス、大丈夫かな」


 寝返りを打つ。

 気になって、寝付かれない。


「風邪、引かないかな」

 また、寝返りを打った。


「起こせば、よかったかな」

 煎じ薬を持って訪ねていくと、アレスが椅子に座って、心地良さそうに眠っていた。


 具合が悪い時に、こんなところで眠ると悪くなると巡らせ、揺り起こそうとするが、身体に手が触れる前に、止まってしまったのである。

 寝顔が見たことがないほど、穏やかな顔をしていたからだ。


 溜息が漏れた。

「綺麗な顔していたな。でも、性格、悪すぎ」

 ベッドで、丸くなって呟いた。

 三人でゆうに眠れそうな広いベッドで、身を縮め、身体を丸く曲げていたのである。


 広いベッドに憧れていた。

 だが、実際に使用していると、慣れずに居心地の悪さを抱いていたのだ。

 そのため、広々と眠れるベッドの端で、身体を丸くしている。


「よくなれば、いいな……」

 瞳は、ウトウトとし、閉じたり、開いたりを繰り返している。

 何度か、繰り返しているうちに、閉じた目蓋が開かなくなっていた。


 リーシャが泥だらけで仮宮殿に戻ってきたことは、ユマに知られずにすんだ。

 出かけていたユマが戻る前に、バネッサが元通りに戻し、全身泥だらけのリーシャがシャワーを浴びている間に、仮宮殿に戻ってきたからである。

 それに戻る前に、バネッサがクララとヘレナの口を封じ込めていたので、打ち合わせに出かけていたユマが、怪しむこともなかったのだ。


読んでいただき、ありがとうございます。

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