第46話 それぞれにアレスのことを思う
アレスの筆頭秘書官ウィリアムが、スティリア宮殿にあるセリシアの部屋に呼ばれていた。
シュトラー王の次男ヴォルテと、その妻セリシアの住む宮殿は、王宮内の奥にあるが、王妃エレナの代理をすることが多く、スティリア宮殿に専用の部屋を持っていたのである。
王妃エレナの代理の仕事をしていたセリシアの元に、息子アレスが姿をくらましたと言う話が伝わってきた。
捜索の陣頭指揮を執っているウィリアムを呼びつけたのだ。
開口一番に言われ、頭を下げていたのである。
侍女からセリシアから話があると、呼び出しを受けた時に、すぐさまにアレスの件だと察しがついたのだ。
細かい指示を侍従たちにしてから、急ぎセリシアが待つ、スティリア宮殿に向かったのだった。
「申し訳ございません。セリシア妃殿下」
「いつからです」
冷静な口調に、厳しい表情が滲む。
直視できず、セリシアよりも年配であるウィリアムの視線が下降気味だ。
険しさを覗かせるセリシアの顔が、正面を向いたまま、微動だも動かない。
「腹痛で部屋にいると申されて、一度、様子を見た際に部屋におられました。ですが、その後に部屋を密かに出られたかと思われます」
無駄なく、的確な報告を聞き、小さな嘆息を吐いた。
さらに追究が続く。
「侍従やボディーガードは、どうしていたのです」
「部屋の前で、待機していたのですが、殿下が、気が散ると下がらしたようです」
「それを諌めるべきでした。何のための侍従やボディーガードなのですか」
「申し訳ございません」
真摯に、自分たちの失態に頭を下げている。
「ウィリアム、あなたはいなかったのですか」
「はい」
「ついているべきでしたね」
視線を少しだけ下げ、セリシアが思考を巡らす。
「申し訳ございません。早急に捜しております」
視線を上げ、頭を下げている恐縮しているウィリアムを見上げる。
次から次へと起こる厄介ごとに、頭を悩ましていた。
だが、それを夫ヴォルテにも相談せずに、抱え込み、苦心していたのである。
そんな疲れ切っている時に、息子アレスの件を耳にし、感情を害していたのだ。
「ウィリアム。あなたがついていながら、何ですか、これは。最近は落ち着いてきたと思っていましたが……」
「申し訳ございません」
「外に出た、可能性は?」
ことを穏便に済ませようと頭を働かせる。
「ないと思います。その形跡は見つかりません」
「では、内と言うことですね」
「はい。各宮殿、庭と、捜しております」
柳眉を潜めている。
息子がどこにいるのかと巡らせる。そして、結論として、シュトラー王がいるスティリア宮殿や、自分たちの宮殿にいないことだけは確証を得ていた。
思考を止めた時点で、潜めていた柳眉が元に戻る。
「そう。ところで、私に報告していないものもあるのですか」
「……はい」
「困ったものですね」
「私がいたらないばかりに……」
ウィリアムの言葉を、最後まで言わせずに覆いかぶせるように遮る。
言い訳を聞くよりも、次の対策を講じなければならなかった。
「結婚してからは?」
「初めてです」
「二人の様子は?」
「少しずつではありますが、打ち解けていっているようです」
「……そうですか」
「はい」
「では、早急に王太子殿下を見つけなさい」
「かしこ参りました」
終始恐縮していたウィリアムが下がって、部屋に一人だけになった。
セリシアが呼ばない限り、外に控えている侍女たちは姿を現わさない。
次から次へと、舞い込む頭痛の種に頭を抱え込む。
「あの子は一体、何を考えているのか……」
力なく、ポツリと呟いた。
舞い込む問題に、セリシアが頭を悩ましているとは知らずに、腹痛の効果がある薬草のことばかり考えているリーシャが、広大な庭をひたすら高いヒールで歩いていたのである。
以前、散歩して見つけた薬草園に到着した。
薬草園は、ある程度一定に温度が保たれている。
施錠もされずに、誰でも薬草園に行き来できるようになっていたのだ。
王太子アレスが姿を消したことが、大きくなっているとは気づかない。
姿を消したアレスを見つけた挙句、ケンカをし、心配して捜索している侍従たちに知らせていなかったのである。
それほど、深く考えていなかったのだ。
ただ単に、姿を消しただけしか、思っていなかったのである。
リーシャの認識は、家の中で少しだけかくれんぼしているだけだった。
王族と言う立場が、すっかり抜けていたのである。
広い王宮の中を知らないリーシャは、好奇心が動くまま、膨大な広さを誇る王宮を時間を見つけては、少しずつ探索していった。
その際、彩り豊かな鮮やかな薔薇園や、広大な庭に他の園と比べると、小さい薬草園を見つけたのだった。
質素な薬草園を眺めながら、祖父クロスがいろいろと薬草の知識を教えてくれた、幼かった頃の思い出を懐かしさと共に蘇らせていたのである。
ハウスの中に、何十種類の薬草が育てられていたのだ。
時間を忘れ、薬草園を堪能していった。
大概の薬草は、クロスが教えてくれた薬草ばかりだ。
何種類かは知らないものもあり、後で誰かに尋ねようと、のん気に巡らせ、次への探索場所へ足を進めていったのだった。
すっかりと、誰かに尋ねることも忘れ、そのままの状態になっていたのである。
腹痛で苦しんでいるアレスを、どうにかしてあげたいと抱き、クロスとの思い出で、腹痛を和らげる効果がある薬草の話を思い出したのだ。
小さい頃に、腹痛になるたびに、クロスに作って貰っていたのである。
ヒールのまま、薬草園に入っていく。
真新しいヒールが泥で汚されていった。
ヒールが汚れることよりも、少しでも腹痛を和らげてあげたい気持ちの方が勝っていたのだ。
薬草を潰さないように、少しずつ歩みを進めていく。
慎重過ぎる行動は、薬草を大事に扱わないとならないと言う祖父の教えだった。
一つ一つ薬草を確かめながら、探していく。
そして、目当ての薬草を見つける。
「これだ! おじいちゃんが教えてくれた薬草」
目当ての薬草の近くにある知らない薬草に、視線が注ぐ。
(綺麗な薬草……)
「何に効くのかな。これは?」
目当ての薬草より、葉が大きく、葉の淵がガサガサとなっている。
他の薬草と比べると、葉に光沢もあった。
しばらくの間、その薬草に見惚れてしまう。
「……そうだ。薬草を摘まなきゃ」
今度は気がそれずに、一心不乱に目当ての薬草を必要な分だけ摘む。
目当ての薬草は、葉や茎だけではなく、根も必要だった。
根を傷つけないように、綺麗な手で、土を掘った。
手が汚れるのも忘れて。
「傷つけないように、そっと、そっと」
薬草のことで、頭がいっぱいだ。
掘る道具を用意するのを、忘れてしまった。
綺麗に塗られているネイルも台無しだった。
爪の中にも、土が入り込んで、見るも無残な手になっていく。
膝をつき、掘っているせいで、スカートにも土がついてしまっている。
薄っすらと、汗を流すたびに、泥だらけの手で額などを拭った。
顔にも、泥がつき始めている。
自分の格好がどうなっているのかも気づかず、大切な薬草を傷つけないように、丁寧に掘り進めていったのだ。
知識のない薬草に、触れないと言う鉄則も忘れ、腹痛を和らげてあげたいと言う思いだけで、根を傷つけないように、一生懸命に薬草の周りの土を掘っていたのである。
時間だけが、刻々と過ぎていく。
煎じるために、必要な量だけ採集した。
「できた」
採集された薬草を、労わるように優しく持つ。
「これだけあれば、大丈夫」
その顔は、満面の笑みだ。
自分たちが住んでいる仮宮殿へと、急ぎ戻る。
廊下を歩いていると、バネッサを見つけ、駆け寄っていた。
自分のいでたちも忘れて。
驚愕に、立ち尽くしていることにも気づかない。
「バネッサ。キッチン貸して貰える?」
「……それは構いませんが。それよりも、そのいでたちは?」
自分を凝視しているバネッサの視線に気づく。
ここに来て、初めて自分の格好を見下ろした。
手や服が泥だらけで、無残な格好をしている。
そして、脳裏に怖いユマの顔が映し出されていた。
庭などを散歩して、何度か汚して帰ってきたことがあったのだ。
その時よりも、服の汚れが酷かったのである。
「泥だらけ……」
「顔もです」
「嘘……」
「それに、髪にもついていらっしゃいます」
「ユマに怒られる……。どうしよう……、バネッサ」
僅かに、困惑しているバネッサに助けを求めた。
ユマのように、バネッサも優秀な侍女である。
鉄仮面で厳しいユマとは違い、バネッサは淡々としていた。
「大丈夫でございます。ユマはまだ戻ってきていません。支度の用意をいたします」
動揺一つ見せず、端的に対応を決めていく。
ホッと、安心するリーシャ。
「ありがとう。でも、これを早く煎じないといけないの。だから、キッチンで先に煎じてから、着替えたいんだけど? 大丈夫?」
「わかりました。そういたしましょう」
「ありがとう。バネッサ」
バネッサの視線が、薬草に注がれていた。
「これ? 秘密」
「秘密で、ございますか」
「ダメ?」
「構いません」
「ありがとう」
喜び勇んで、キッチンに駆けていく。
駆けていった廊下に、泥が落ちていた。
「一人では無理ね。廊下をクララやヘレナたちに元に戻して貰いましょう」
冷静にユマに知られないように、画策を施すバネッサ。
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