第4話 シュトラー王、リーシャに話す
国王の異常な行動に息子ヴォルテ、その妻セリシア、王太子アレスは眉を顰めるばかりだ。
どう考えても一国の主である国王が、民間人である若い娘を無断で宮殿に連れてくる自体犯罪行為だとそれぞれに思っていたのである。国王でなければ、警察に捕まって刑を受けるはずだと誰しも思った。けれど、国王がやっとことで、綺麗にそんな事実が抹消されると、今後の展開を頭の中に誰もが過らせている。
影のように控えていたウィリアムの一つの咳払いで、意識が戻り、自分が国王に指差していたと気づき、リーシャはすばやく指を引っ込めた。
「ごめんなさい」
「よいよい。気にすることはない」
「何か食べたいものはないか? それとも飲み物の方がいいか?」
「だ、大丈夫です」
「何でも言いなさい。ほしいものがあったら」
「ありがとうございます」
(本物の国王陛下だ……。マジで本物だよ)
目の前にいるのは紛れもなくテレビで見たことがある、この国の国王シュトラー王だった。王室に疎いリーシャでもシュトラー王の顔は把握していた。ただ、先ほどは突然のことですっかり忘れていたのだった。
(何で、笑っているの? とにかく、落ち着かないと)
深呼吸をする。
段々と平静を取り戻して周囲を見渡す。
すると、見知った顔の王太子が右側のソファに座って、自分は蚊帳の外だと興味なさげに優雅に明後日の方向を眺めているのを見つけた。
同じ学校のクラージュアカデミーに科は違えども、何度か生の王太子の顔を見たことがあり、リーシャはここが王族が住む宮殿であると完全に認識できた。
(夢じゃない……。……さすがアレス王子、格好いい。みんながキャァキャァと言うだけはあるわね。こんな身近で、顔なんて見ることもないものね)
同じ学校に通っていても自分は美術科で、王太子は優遇されている特進科に所属しているのでめったに顔を会わせることもなかった。
熱い視線を感じ、リーシャは正面に顔を向き直す。
「……」
まだ嬉しそうに自分を見ているシュトラー王の存在に気づく。
(何で? 私の顔を見て、嬉しそうなの? 何か聞きづらい……)
関係ない態度を取っているアレスに助けを求めようとする。
正面切って、嬉しそうにしているシュトラー王に聞く勇気がない。
「あのー、何で私ここにいるの?」
いつになったら終わるのかと思考していたアレスは、話しかけられたと気づかず、ただ別な方向を眺め続けていた。
「あのー」
もう一度呼びかけると、シュトラー王が口調を少し強めてアレスの名を呼ぶ。
「アレス! 可愛いリーシャが尋ねているではないか。答えてあげなさい」
(可愛いって! 何言っているの? 国王陛下が)
ふいにアレスを見ると、いいオーラではなく何とも言えないオーラを噴射していた。
もしかして自分はいけないことをしたのかと不安げに思いつつ、無表情なアレスに向かって今できる最大限の愛想笑いを浮かべた。
そんな引きつったような愛想笑いに、状況を面白おかしく静観していたソーマ一人だけがクスクスと笑みを零していた。
「知るか」
「……」
身も蓋もない返答に、ムッとする。
もっと優しい対応してもいいんじゃないのと睨んでしまった。
よくこれで王太子なんかできるものかと怒りが爆発寸前。
「陛下。そろそろ説明を」
背後に控えているソーマが、この現状を作った張本人である国王に説明を求める。息子ヴォルテやその妻セリシアがシュトラー王にものを言うことはしないし、王太子も自分に関係ないと決め込む姿勢を取っている状態では、とても無理だと判断したのだった。そして、無口で余計なことは決して話さない隣の人間に視線を止める。
案の定、話そうとする気配が全く感じられない。
昔と変わらない友人にため息が漏れた。
「もう少し、見ていたい」
「ですが、この状況を説明できるのは陛下しかおられません」
食い下がらず、根気よく説明を促す。
他の人ならば、醸し出すオーラで諦めるところだ。
「久しぶりだぞ」
「ご説明を」
「わかった。……それにしても、リーシャ大きくなったの」
「えっ。私を知っているのですか?」
「リーシャが小さい頃に会っている。それに私の膝の上によく座っておった」
「えっ!」
ギョッとした顔で、嬉しそうに語る顔を凝視する。
国で一番偉い人の膝の上に座っていたの?と信じられないと耳を疑ってしまった。
「本当だ」
「何で?」
「何でだと思う?」
首をブルブルと振った。
「陛下」
話が反れるシュトラー王に呆れ顔で、ソーマが釘を刺した。
「私とクロスは大親友で、孫のリーシャを何度か会わせてくれたからな」
「おじいちゃんと……大親友?」
知らない話にアレス、それにヴォルテとセリシアもシュトラー王の話に耳を静かに傾けていた。三人ともクロスと言う名は初めて聞く名前で、大親友と言う響きにとても信じられないと言う目を傾けていたのである。
信じていない様子のリーシャを見て、楽しげに笑う。
その表情を見た瞬間、ヴォルテ、セリシア、アレスの三人はギョッと驚く。
心の底から楽しそうな表情を見るのは初めてだったからだ。
三人とは対照的に旧友の笑顔に、ソーマやウィリアムは懐かしいものを見るように過去の思い出を蘇らせていた。
「そうだ。クロスと私は大親友だ。証拠を見せよう」
「証拠?」
「私とクロスが大親友と言う証拠だ」
ずっと黙って事の成り行きを見ていたもう一人で、ずっとソーマの隣で立っている男に合図を送った。
「フェルサ」
表情一つ変えずにフェルサと呼ばれた人は無線を使い、部屋の中へ呼び寄せる。フェルサの合図と共に、数人の男たちが大きなパネルを持って入ってきた。
「でかい」
思わず驚愕の呟きが漏れた。
(何でこんなにでかいの? もうちょっと小さくても……)
大きなパネルに目を奪われていると、そこには若い頃のクロスの姿が映っている。
その隣で笑っている若い頃のシュトラー王も映っていた。
今まで見たこともない写真にヴォルテ、セリシア、アレスの三人は大きな写真パネルに呆れつつも興味深げに見つめていた。
「若い……」
「この写真はデステニーバトルのハーツパイロット時代のものだ。私とクロスはデステニーバトルでパートナーを組んでいた」
「デステニーバトル? おじいちゃんが?」
「そうだ。私とクロスは伝説にもなったパートナーだ。どうだ、すごいだろう? リーシャにも見せたかった、私とクロスの勇姿を」
「だって、おじいちゃんそんなこと、……嘘でしょう……」
祖父クロスや父ポルタから、そんな話は一切聞いたことがない。
ずっと、好きな自動車整備士をして息子ポルタを育てたと思っていた。
「クロスのことだ。息子にも話してはいないだろうな」
「おじいちゃんがデステニーバトル……」
口にしても、まだ信じられない。
デステニーバトルとは、国の名誉と権力をかけた世界規模で行われるバトル。この世界は世界連合によって組織されている。その世界連合の中枢である最高理事には、五年ごとに行われるデステニーバトルの勝者の国がなることに決まっていた。そして、その枠は五つで、優勝した国が議長を務める。この世界にある全人間にとって、花形の職業でもあり、憧れる存在でもあった。
デステニーバトルの戦い方法は至って簡単なシステムである。試合リングとなる舞台に特殊な3Dが映し出され、人型ロボットであるガーディアンナイト同士で戦闘が行われる。
そのガーディアンナイトを操作するのがハーツパイロットの役割だ。
試合リングの前に置かれる卵形カプセルがガーディアンナイトの心臓を意味するハーツで、二つのハーツ揃って始めてガーディアンナイトが動かせる仕組みとなっている。ハーツパイロットはハーツにそれぞれ乗り込んで、攻撃を指示する一号機、そのサポートをする二号機に分かれているのである。ただし、操作方法には例外もあった。
このアメスタリア国では何十年もの間、中枢の最高理事に席を置き、大きな戦力を誇示してきた。
「次のパネルを」
次々に出されるパネルの写真には、テレビで見たことがあるパイロットスーツに身を包んだ若き日のクロスの姿や、軍服を着たクロスの写真が出され、クロスがデステニーバトルのハーツパイロットだったことを何となく頭の中に浸透していく。
「理解できたか?」
「はい……」
頭の中は様々な話を聞き、渦を巻いているようだった。
「そうか。そうか」
理解を示した姿に一人だけ満足げの笑みを浮かべる。
「それで? 何で私がここに?」
「簡単なことだ。ここにいる王太子で、デステニーバトルのハーツパイロット候補生でもあるアレスのパートナーにさせるためだ」
鷹揚な声でシュトラー王がとんでもないことを口にした。
「はい?」
「陛下、待ってください」
名前を言われ、ギョッとしてアレスは腰を少し浮かせる。
どう見てもずぶの素人しか思えないリーシャと、満足げなシュトラー王の顔を交互に見比べた。
「決まったことだ」
有無を言わせない発言に、次の言葉を飲み込んだ。
けれど、強者的なシュトラー王を知らないリーシャは違った。
「何て言いました?」
「アレスのパートナーだ」
「ちょ、ちょっと、待って。私、見たことも触ったこともないんですよ」
「知っている」
国をかけた一大イベントだと知りつつも、興味がまったくなかったためにテレビで放送されていても見たことがない子だった。
「おじいちゃんが乗っていたからって、いきなり言われても」
「大丈夫だ。心配しなくても」
「そうじゃなく……」
追い討ちを掛けるように、さらに別な件を畳み出す。
「それにだ。二人を結婚させる」
「へぇ」
「アレスとリーシャは結婚する」
どうだ、すごいことをしているだろうとその顔は誇らしげだ。
「はい?」
「……嘘だろう」
唐突すぎる発言に、思わずアレスは天を仰いだ。
「決定事項だ」
ヴォルテとセリシアは頭を抱え込んでしまった。
「け、け、け、け、結婚……」
やっとの思いで、単語だけ口に出せた。
「そうだ。クロスの孫リーシャと、私の孫アレスを結婚させる。これは昔から決まっていたことだ」
堂々と胸を張るシュトラー王。
「初耳です」
すでに腰を下ろし、いつもの冷静な表情にアレスは戻っていた。
「私だって、聞いていない」
「それはそうだろう。そなたたちに話すのは初めてだから」
「話して貰いたかったものです」
「嘘ですよね? 嘘だって言ってください。私、まだ……」
「嘘? なぜ国王である私が嘘をつかねばならない。事実だ。きっと、クロスも喜んでいると思う」
自信満々の言動に、どこから来るのよと突っ込みたくなる。
「ま、待って。おじいちゃんは、今どこに」
「きっと、どこかの空の下にいる」
祖父であるクロスは旅がしたいと言って、リーシャが七歳の時に家を出て、それ以来戻ってこない。
ただ、各地の国より元気だと言う旨を書いた手紙だけが、極たまに届けられていた。
「お願い、待ってください」
自分がソファの上にいることも忘れ、前のめりに飛び出してしまい、落下してしまった。
パンク寸前のリーシャの意識は、そこでシャットダウンしてしまう。
「!」
驚いたシュトラー王とソーマは倒れた彼女の下へ駆け寄り、介抱する。
「リーシャ、リーシャ。しっかりするのだ」
「大丈夫です。ただ、気絶しているだけのようです」
速やかにソーマが確かめた。
「そうか」
突然倒れたリーシャにシュトラー王はホッと胸を撫で下ろした。
「陛下が一度に話してしまうからですよ」
「なぜだ。こんな素晴らしい話はないだろう」
「いきなり結婚の話なんて」
「何が悪い」
自分は間違ったことは一つもしていない顔だ。
「とにかく、休ませます。いいですね、陛下」
「わかった」
「早く別室へ運べ!」
パネルを持っていた男たちにソーマは迅速に指示をする。
動じることもなくフェルサは同じようにパネルを持っていた男たちに別の指示を与える。
「医師を呼ぶように」
「わかりました」
二人の指示の元で、意識のないリーシャは別室に運ばれていった。
夢の中には大好きな俳優で熱を上げているバラトが、白馬の王子姿でリーシャの前に現れ、手を繋ぎ湖の周りを散歩している夢を堪能していた。
読んでいただき、ありがとうございます。