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輪廻転生  作者: 香月薫
第3章
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第43話  報告

 寝不足のまま、ソーマは報告する書類と共に、シュトラー王がいる執務室の前に立ち止まってノックをした。

 部下に任せずに、直接、報告するのが日課となっていたのだ。


 一睡もせずに、仕事についていたのである。

 その表情に、疲れが微塵も感じられなかった。


 執務室へ入ると、室内にシュトラー王一人しかいない。

 シュトラー王が使っている執務室に、きちんと整理されたファイルや書類が置かれ、大きな窓の前に大きな机と椅子がある。

 後は、書棚に古い本があるだけだ。

 私物が多くある瑠璃の間とは違い、私物が執務室に置かれていない。


「一人か? うるさい秘書官どもは、どうした?」

「追い出した。そろそろ来る頃だと思ってな」

 誰もいないと知って、引き締まっていた表情が多少緩む。

 ソーマの軽口に対し、シュトラー王も軽口だ。

 慣れ親しんだ者がいる時の口調だった。


 シュトラー王の秘書官や侍従、貴族たちがいる時には使わない。

 仕草まで、ラフになっている。

 二人の表情が、いつになく柔らかかった。


「そうか」

「いつもより、遅いな。何かあったか?」

 姿を現したソーマは、シュトラー王との約束の時間より遅かった。


 それはリーシャが訓練場で一晩明かした件で、部下たちを厳しく指導していたからである。

 侍従たちが、訓練場で眠っているリーシャを発見して数分後に、仕事をしていたソーマの元に報告が上がり、そして、風邪を少し引いたようだと聞かされたからだ。


 シュトラー王の視察先の警備の打ち合わせは、朝まで続き、そのまま日常の仕事へ就いてしまった。

 このところ徹夜の仕事が多く、自分の屋敷にも帰ることができない。

 その上、部下の不祥事に不機嫌が増し、そのまま、部下を叱咤したのである。


(気づかれないように、外で警護しろと命じたが……。確かに訓練場で眠ってしまうとは、誰も思わないか。だが、何時間も出てこなかったら、確かめるものだろうが。あいつらは何をやっている、一から訓練のやり直しだな、あいつら全員)


 叱咤したものの、虫の居所の悪さが続いている。

 感情を引きずらないソーマとしては、珍しいことだった。

 訝しげに見つめられる視線に、悟られないように嘆息を零した。


「何でもない。朝まで打ち合わせが続いて、疲れただけだ」

「歳だな。お前」

 少しだけ心配して損したと、毒舌を撒いた。

 ピクッと、眉が動いている。

「年上のお前に、言われたくない」

 ぶっきらぼうに吐き捨てた。


「ふん。大して変わらんだろうが」

「大きいぞ」

 指で、二の数字を表す。

 二人の歳は、二つしか違わない。

「大きくない」


 訓練場で、リーシャが一晩明かした件は、シュトラー王に伏せた。

 自分たち以上に、親友クロスを大切にし、その孫娘であるリーシャを溺愛していたからだ。それは誰の目からしても、言えるほど明らかだった。

 しごきだけでは、すまないと判断したからだ。

 厳しく言うものの、手塩にかけて育てた部下が可愛かったのである。


「で、報告は? 自分たちの歳を再確認しに来た訳ではなかろう」

 ゆったりと腰掛けているシュトラー王が、立っているソーマを見上げる。

 持っていた書類を、少々乱暴に渡した。

「当たり前だ」

 その書類は、部下に命じてソーマが作らせたものだ。


「分厚いな……」

「これに、まとめてある」

 文字を追っていくシュトラー王の雲行きが、徐々に妖しくなってくる。

 最後まで行かずに、眉間に深いしわが刻まれていた。

 事前に目を通していたソーマも、同じように曇らせていたのだ。


「酷いな」

 露骨に不服そうな表情で、ポツリと呟いた。

 それに対し、ソーマがコクリと頷く。


「クロスのこと、知らん癖に、よくここまで言えたものだな」

「ああ。事実無根の話ばかりだ。たぶん、流れていた噂話を、そのまま父や祖父が話したのだろう」

 持ってきた書類に、リーシャが結婚してから貴族たちと会った際に、言われたことが詳細に記載されていたのである。


 公式な場やパーティーなどに出席していたリーシャの周囲に、ソーマの息が掛かった部下たちが配備されていた。

 だが、より近くまで近づけずに、蔑む言葉を言われた事実を、記載するに至ってない。

 パーティーや貴族が集まる行事に、言われた言葉が記載されているよりも、何倍もの量があったのである。


 考え込む仕草に、昔を思い出し、一抹の不安が掠めた。

 現在は、のらりくらりとした一面を垣間見せているが、実は短気なことを把握していたのである。

「わかっていると思うが、手出しするなよ。お前は限度を知らないからな」

「……限度。いくらかは憶えもしたが、これほど酷いとな……」

「おい、シュトラー」

 怪訝な表情で、良からぬことを企みそうなシュトラー王を窘めた。


 こうと思ったことは、どんな手段を講じても貫いていたからだ。

 ずっと、傍で見てきたソーマたちは、幾度も巻き込まれて大変な目にあってきたのである。


 胸騒ぎが収まらない。

 段々と、増す一方だ。

 ギラギラと、研ぎ澄ましたようなシュトラー王の視線に。

 無茶ばかりしていた頃の眼差しだったのだ。


「おとなし……」

 窘める言葉を、最後まで言わせずに遮った。

「わかっている。エレナにも、口出ししないようにと、言われているからな。これに関しては」

 シュトラー王の顔が、納得してないことが気になる。

 何か、口にする前に先手を打つ。

「リーシャ自身が、乗り越える試練の一つだからな」


「ああ。けれど、……クロスのことに関しては、何も言われていない」

「まさか……」

 不敵に笑うシュトラー王。

 いやな予感が拭えない。


「クロスを侮辱した者を許すつもりはない。軽く仕置きだ」

 その口調が明るい。

 過去を振り返り、ソーマが頭を抱え込んだ。


「時代が……」

「だから、言っただろう? 軽く仕置きだと」

「お前の場合、軽くじゃ、すまないんだよ」

 前へ乗り出し、説得を試みる。

 シュトラー王の表情が、ビクとも揺るがない。

 不敵に笑ったままだ。


「それは、人の取りようだ。私的には軽くだ。昔だったら、痛い目に会っていただろうな」

 ほくそ笑む姿に、頭痛を感じずにはいられない。

 痛い目に合わせると言って、かなり無茶なことを何度もしてきた過去がある。

 その何度も起こった行為を、鮮明に蘇らせる。


(死者を出すなよ。時代が違うんだからな)


「確かに。昔のお前だったら、痛い目どころか、生き地獄を見せていたな、あれは」

「生き地獄か……。いい表現だ」

 美味い表現に、ニンマリしている。

「お前な。少しは周りのことも考えろ」

 のん気にしているシュトラー王を睨んだ。


 大切なものは、どんな手段を使っても大事にしてきたが、それ以外の者に関しては、どうでもいいといったスタンスで見向きもしなかった。そして、誰かが、その大切なものを傷づけようとすれば、徹底的にその誰かを許さなかった。

 冷徹に意図も簡単に切り捨て、その何十倍もあるだろう苦しみと痛みを与えたのである。


「私は、あれから歳をとった。昔のようにはせん。だから……」

 最後まで言わせずに、口をつく。

「安心しろとっても、無駄だ。安心にならないのは、よく知っているからな」

「若くは、ないんだぞ?」

「それも知っている。だからだ」

 諭すソーマの語気が、荒くなっていった。


 左から右と、小言を聞き流している。

 それでも、小言を諦めない。


「最近していなかったから、度を越して、はしゃぐんじゃないのか?」

 それを危惧していたのである。

 久しぶりに動こうとするシュトラー王が、加減を忘れる可能性があったのだ。


「信用がないの……」

「当たり前だ。何度、その言葉に、騙されてきたか」

「今度は、大丈夫だ」

「信用できん」

 はっきりと吐き捨てた。


「……もう、うるさい。とにかく、ネタを調べろ! 国王命令だ」

「……」

 削除するべきだったと、後悔の念が消えなかった。

 命令と言われれば、動かざるおえない。


 二人の視線がぶつかり合う。

 先に折れたのは、ソーマの方だった。


「わかりました。国王陛下」

 恭しく頭を垂れた。

「では、総司令官頼んだぞ」

 先程までの氷のような表情が消え、優しい表情へと戻っていた。


読んでいただき、ありがとうございます。

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