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輪廻転生  作者: 香月薫
第3章
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第42話  鼻を明かすことを閃く

 地獄のような歴史と、マナーの講義の時間が終わった。

 アレス不在のつまらない夕食も終わり、一人で自分の部屋で寝るまでの時間をぼんやりと過ごしていたのである。


 夕食の際のテーブルの周囲に、侍従や侍女の姿はあるが、食事を取っているのは自分一人で寂しいものでしかない。

 味気ない食事を、淡々と食べていった。


 多くの課題をユマに出されたが、手をつけていない。

 疲れて、課題をやる気力もなかったのである。


「あんなに、出さなくってもいいじゃない」

 言葉とは裏腹に、無意識に一人で出て行ったアレスのことを考えている。

 王族との会食へ出かける前に会った後、顔を合わせていない。

 出かけたままで、まだ帰っていなかったのだ。


「随分と、遅いのね……」

 夕食の時、ムカつく顔がないことに、少しだけ寂しさが膨らんでいた。

 ムカつく顔だけど、いてほしいと思ってしまったのだ。


 どうしてかわからない。

 ただ、いてほしいと抱くのである。

 疲れているせいで、思考がまとまらない。


「課題ね……」

 以前に憶えて置くようにと言われたところを憶えられずに、講義の時間はずっと身を縮める羽目になって、疲れ果てていたのである。

 憶えようと努力したものの、集中力が散漫して、結局一つも憶えられずにいたのだ。

 講義に集中しないといけないと、思えば思うほど気持ちが空回りし、逆に講義に集中できなかった。

 結婚してから、次から次へと、いろいろなことが起こり過ぎていたのだ。


「何で憶えられないの?」

 嘆息と共に呟いた。

 原因を考えるが、いっこうに浮かばない。

 これまでの失敗が、走馬灯のように駆け巡っていく。

 確かに、物覚えはいい方ではなかった。

 だが、ここまでは酷くなかった気がしている。


 やり場のない気持ちを、どこへ向けていいのかと立ち往生のままだ。

 座り心地がいいソファに背中を預け、何気ないまま時計の針を窺う。

 時計の針は、九時過ぎを指していた。


 夕食後も、講義の時間があったが、セリシアの急な呼び出しで、ユマは仮宮殿を留守にしていたのである。

 ユマ同様に、優秀な侍女であるバネッサが、疲れている身体を気遣い、お菓子と飲み物を置いて部屋を後にした。


 視線を一周りする。

 部屋の雰囲気に、まだ慣れていない。

 とても、自分の部屋だと思えないのである。

 他人の部屋にいる感覚が拭えなかった。


「どうしようかな……寝ようかな」

 バネッサが用意したお菓子と飲み物は手つかずだ。

 考えることが多く、食べる気になれない。

「……今頃の時間、何やっていたんだろう……」

 結婚する前の自分の生活のリズムを、ぼんやりと思い返す。


 両親や、弟との何気ない会話、大好きなテレビドラマ、友達との電話やメール。

 それらのすべての出来事が、一瞬でがらりと変貌してしまった。

 いつもの朝を迎え、遅刻ギリギリに登校するはずだった。

 登校途中で、黒ずくめの人たちに拉致されるまでは。


(すべてが、一瞬の幻だったらいいのに……)


 虚ろな瞳に映る光景は、今まで自分の部屋とは似つかない豪華な部屋だ。

 これが、今の現実なのである。

「私の人生って……」

 身体をよじって、背凭れに顔を埋める。


(寂しいな。一人は、いやだな。……いてほしいな……。……でも、頑張らないと、心配するだろうな……)


 僅かに顔を傾ける。

 すると、その視線の先に、ハーツのマニュアルが入り込んだ。

「……」


 脳裏に思い出したくもない出来事を思い出す。

 二人だけで練習する初日に、彼の元パートナーのステラと、アレスが誰もいない訓練場で、抱擁し合っている状況が、リアルかのように映し出されていた。

 寸分の狂いもなしに、鮮やかなものだ。


「……、何なのよ!」

 訳のわからない怒りが、胸中で渦巻く。


「ホント……。大体好き合っているなら、あの娘と結婚すればよかったじゃない……」

 何度も繰り返す思いに、腹が立つ。

 自分自身でも、どこをどう怒っているのかもわかってない。

 堂々巡りになっていることすら、気づいていなかったのだ。

 文句を言っていると、嫌味なアレスの言葉を思い出した。


(何が悲しくって、お前と結婚するか……か。えぇ、確かに結婚したくって、結婚したんじゃない、だからっていい訳? あんなことしても!)


 嘆息を漏らした。


(結婚したくって、結婚したんじゃないのよね、私たち。それぞれの事情で結婚しただけ。ただ、それだけなんだよね。……でも、結婚したからには、もっと理解し合いたいのに)


 二人の生活環境が違えすぎて、交わらない。

 つきない思いが、胸に重くのしかかってくる。

 浮かぶのは、自分をバカにし、不敵に嘲り笑うアレスの姿。


 段々と、理不尽さに腹を立てる。

 互いに理解し合おうとしているリーシャに対し、アレスはことごとく、冷たくあしらう態度が納得できなかったのである。

 ハーツのマニュアルを睨めつける。


「……絶対に負けない。ぎゃふんと言わせてやるんだから」

 唐突に立ち上がった。

「見てなさい! アレス」

 部屋の中にいないが、堂々と宣言した。


 意気込むリーシャの目の前に、不敵な笑みを零す姿が映っていたのだ。

 一人で、メラメラと闘志を燃やす。


「練習よ。絶対に、見返してやる」

 傲慢で、自分勝手なアレスの鼻を明かすために、気づかれないようにハーツの練習を思いつく。

 ふふふと、いいアイデアに笑みが零れる。


 周囲に誰かいたら、きっと誰しも目を反らすだろう。

 その異様な笑いに、気づいてない。


 手つかずのお菓子を食べ、飲み物を豪快に飲み干した。

 ハーツのマニュアルを手にし、意気揚々と部屋を出て行った。

 侍女たちにも、内緒にだ。


 侍女たちの口から、知られる可能性がある以上、秘密にしておく。

 自分がいないことで、大騒ぎしないように、ベッドで眠っているように小さな工作を施した。

 以前に、大騒ぎになった経験があるからだ。


 宮殿内に、ハーツ専用の訓練場が設けられていたのである。

 いつでも時間が空いている時に、練習ができるようにだ。


 訓練場へ向かって歩いていると、シュトラー王の側近の一人で、アメスタリア国の軍の総司令官ソーマと顔を合わせる。

 祖父クロスの知り合いでもあるソーマとは、宮殿内の廊下で出会うことが多かった。

 見知った顔を見た瞬間、眉間にしわを寄せていた顔が綻んだ。


 六十手前のソーマは、孫のようなリーシャに頭を下げて挨拶をする。

「また、会いましたね。ソーマさん」

 恭しく接してくる人たちとは違うソーマに、微かに親近感を憶えていたのだった。

 それに言葉遣いを少しだけ砕けることができて、とても気をラクにさせたのである。


「そうですね。リーシャ様。ところで、散歩ですか?」

「違います。今日はこれです」

 手に持っていたハーツのマニュアルを見せた。

 その表情は楽しげだ。


「練習ですか?」

 黒い瞳が僅かに丸くなる。

 ハーツパイロットに、消極的な面が垣間見えると報告を受けていたからだ。

 そして、眉間にしわが寄った。


 そんなふうに分析されているとは露とも知らずに、ニコニコと笑顔を振りまいている。

「お一人ですか? 王太子殿下は?」

 平静を装いながら、素朴な疑問を口にした。

 周囲に誰もいず、一人だったからだ。

 お供をつけていないことで、安易に散歩だと勘違いしていたのだった。


 仮宮殿やシュトラー王がいるスティリア宮殿を、一人で散歩しているぶんには、問題ないと思っていたのである。けれど、他の宮殿や、回廊に警備しきれない、不穏な空気の元があるのを承知していたのだ。

 それをソーマが危惧している。


 話していくうちに、不穏な雲行きに、どうしたものかと逡巡していた。

 それに初日練習を迎えていないリーシャが、一人で練習自体無理な話だった。


「いません。私一人です」

 楽しそうに話す姿に、内心は当惑するばかりだ。


(一人で訓練……、無理があり過ぎだろうが。誰か止めなかったのか? それに一人で行かせるなんて、危ないだろうが)


 毒を吐きたい気持ちを押し殺し、平静の表情を保つ。

「でしたら、私が……」

「大丈夫です」

 楽しそうに答える仕草に、さらに不安が募る。


「ですが……」

「実際には操作しないし、ただどんなものなのか、見るだけですから。それに、見て一つ一つ確認していった方が憶えるのが、早いでしょ」

「……そうなんですか」

 曖昧な返事しか出てこない。

「はい」

 元気があり過ぎることに、何か起こらないかと気が気ではない。


「アレスには内密に。後で驚かせようかと思っているんで」

 無邪気に話す仕草に、余計なことは言わずに、柔らかな表情を覗かせる。

「わかりました」

「ところでソーマさんは、どこへ?」

 ニコッと微笑んでいるリーシャの視線の先は、手にしている分厚い書類の束だ。


「……私ですか」

「えぇ」


 汚れを知らない無垢な笑顔。

 ここ数年見ていないクロスの優しい微笑みを重ね合わせる。


 そして、宮殿内の闇の色に染まらないことと、染めないことを密かに誓うのだった。

 表情を柔らかくする。


「打ち合わせです。国王陛下の視察先のことで」

「そうなんですか。ソーマさんって、大変なんですね」

「大変ですけど、息を抜くところでは抜くので、ご心配はいりません」

 堂々と、手抜き宣言する姿に、感心している。

 真面目な人たちの中で、ソーマと言う存在は面白い人だと、好印象をさらに強めた。


「それに、私には副司令官がいますので」

「確か……、フェルサさんでしたっけ?」

「はい」

「仲が、いいですね」

「パートナーでしたので。息もぴったりですよ」

「……もしかして? ソーマさんたちもハーツパイロットだったんですか?」

「はい。クロスの後輩で、よく手合わせしていましたよ」


 素直に驚くリーシャ。

 ソーマの表情も、自然に和らぐ。


「どうして、一人で練習ですか?」

「アレスの鼻を明かすためです」

 楽しそうに答えた。

 小さな子供がはしゃいでいるように楽しそうな姿に、ソーマの表情がさらに和らぐ。

 鼻を明かしているところを想像しているようで、宮殿内で見た中で、飛び切りのいい顔をしていた。


 ソーマ自身も、鼻を明かされているアレスの姿を垣間見たいと密かに抱いてしまう。

「鼻ですか」

「えぇ。威張っている鼻を、ポキって、へし折ってやるんです」

 力のこもる答えに、笑いたい気持ちを我慢した。


「王太子殿下、威張っておりますか」

「かなりの傲慢です、あれは。それに自分勝手。どうしたら、あんな性格になるのか」

 素直に吐露している姿に、新鮮さを憶えている。

 段々と、アレスの話をしていくうちに、苛立ちが再燃していった。

 闘志を燃やす瞳に、楽しそうな新婚生活だなと巡らしていたのである。


「絶対に、見返してやる!」

 目の前にソーマがいることも忘れ、思いっきり力拳を握り締める。

「頑張ってください」

「あっ、はい」

「それと。本当に、お一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ソーマさん」


 無理やりつき合って、嫌われたくない思いが掠めていた。

 部下たち数名に、内密に巡回させるかと妥協案が巡らす。


「わかりました。それでは」

 二人は、それぞれの目的の場所へ向かっていく。

 姿が見えなくなると、ソーマはスマホを取り出し、訓練場に向かっているリーシャに、気づかれないように警護しろと部下たちに命じたのだった。




 太陽も出ていない、早朝の時間帯。

 睡眠時間が短いと感じさせない表情で、アレスが訓練場に歩いていた。

 王族との会食は、深夜二時まで続き、自分の部屋のベッドへ潜り込んだのは、二時半過ぎの頃だった。

 身体が完全に癒える前に起き、日課の訓練をするために訓練場の前で立ち止まる。


 センサーで反応し、自動で扉が開く。

 室内へ足を運ぶと、シミュレーション用の模擬ハーツで人影を発見した。


「何だ、あれは……」

 足を近づける。

 そこには、スヤスヤと気持ち良さそうに、ハーツのマニュアルを抱えて眠っているリーシャの姿があった。


 怪訝そうに、眉を潜める。

「……何やっている。これは」

 視線の先は、寝顔とハーツのマニュアルだ。


「何で? ここで眠る」

 規則正しい寝息の間に、微かに唇が動く。

 何か呟いているようだが、囁き声で何も聞き取れない。


「なぜ? 誰も気づかない」

 周囲の者は王太子妃がいないことに、これほど気づかないのかと訝しげる。

 アレスの常識の中に、突拍子もない行動するリーシャの思考が考えられないが、それに気づかない者たちの行動にも理解ができなかったのだ。


「これで、警護していると言えるのか……、信じられん」

 首を軽く左右に振った。


 総司令官のソーマによって、警備するように命じられた部下たちは、室内でリーシャが眠っているとは知らず、命じられた通りに密かに隠れて警護していたのである。


 バカバカしいものだと、嘆息を吐いた。

「んっ……」

 微かに漏れる声に現実に引き戻され、心地よい寝顔を見下ろした。


「無邪気なものだ」

 呆れながら、その顔が笑っている。

 持っていたスマホを取り出した。


 訓練場に忘れ物をしたと言い、侍従たちを訓練場に来させようとする。

 スマホを切って、訓練場を後にした。


 ハーツの訓練ではなく、急遽トレーニングルームで身体を鍛えるメニューに変更したのだった。

 侍従たちに発見され、起こされて眠いままリーシャは部屋へ戻っていったのである。


 朝食の席で、くしゃみをする仕草に、あんなところで寝ていれば、風邪も引くだろうと心の中で呟く。

 自分の周りにはいなかったタイプを、気づかれないようにアレスは観察していた。

 その口角が微かに上がっていたことは、筆頭秘書官ウィリアムも、向かい側に座っていたリーシャも、傍らにいたユマたちも、誰も気づかない。

 本人ですら、そのことに気づいていなかったのである。


読んでいただき、ありがとうございます。

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