閑話 (2)
第39話の話の後の話になります。
校内コンクールも終わり、生徒たちは後片付けに追われている。美術科・建築科主催の校内コンクールは、王太子アレスの登場で一時は盛り上がっていたが、その熱は瞬く間に収束していった。
ほとんどの片付けも終わり、後は自分たちの作品の片づけと、使用した室内の掃除だけとなる。
大きなゴミを捨てて戻ってきたピロスが大きく溜息を漏らした。
「どうにか間に合ったな……」
いろいろなことが重なり、校内コンクールに間に合わないかもしれない状況があったのだ。
連日、学校に泊まり込んで、作品を完成させたのだった。
学校の校則で、泊まり込みは禁止となっていたが、先生に頼み込んで間に合わせた。
「ホント、危なかったよな」
同じように泊まり込んで、作品を完成させたエタがピロスに賛同した。
あの騒ぎの後、担任から厳しい説教を貰い、精神的にも衰弱し、新たな作品を作る意欲がなく、作品を展示する当日に完成したのである。
「次こそは……」
意気込むピロス。
「あれ、キオラじゃないか?」
エタに促されるように、視線の矛先を移すと、そこに自分たちと同様に、作品を一から変えたキオラの姿を見つける。あの騒動の際に制作していたものを壊して、新たな作品を作り直したのだ。
そこに優勝とつけられた紙と、キオラが作った作品が置いてあった。
『接吻』とタイトルをつけられた作品は、誰が見ても素晴らしく思える作品で、二人も賞賛してしまうほどのでき栄えとなっていたのである。
でき上がり間近だったはずにもかかわらず、キオラは制作していた彫刻の作品を、意図も簡単に壊し、それ以上の彫刻の作品を一から作り上げた。
それも驚異的な速さでだ。
自分の作品を凝視しているキオラに、二人が声をかける。
「さすが、キオラだな」
「これじゃ、勝てない」
声をかけられ、二人に顔を傾けた。
「先輩、ありがとうございます」
頭を下げるキオラに、苦笑するしかない二人。
不意にキオラの作品に、ピロスが視線を流した。
「どうして、作り直したんだ?」
思っていた疑問をぶつけた。
「あの作品も、よかったと思ったんだが?」
何度も偵察し、作品を窺っていたのだ。
じっくりとピロスの言葉を咀嚼し、キオラの口が言葉を発し始めた。
「……急に、インスピレーションが湧いたので」
彫刻界の天才児と称されるキオラだが、それ以外のことは一切ダメな子だった。
キオラが口を開くまで、慣れたように二人が待っていた。
「でも、前のやつ、壊す必要なかっただろう? 違うところに出展すれば、よかっただろう?」
勿体ないと思うエタが口にした。
自分だったら、そうするなと巡らせている。
「……邪魔だったので?」
自分で口にしながら、キオラが頭を傾げている。
「邪魔って。場所を取るから、壊したのか?」
衝撃的な答えに目を丸くしているエタだ。
「……はい。ダメでしたか?」
「ダメじゃないけど、勿体ないだろう」
渋い顔で答えていくピロス。
「……今度、気をつけます」
「次は、先生に保管場所を提供して貰えないかと聞いてから、壊せ」
「……はい。ありがとうございます。今度は、そうします」
脱力感が否めない二人。
当のキオラは、壊す前に保管場所を聞くとブツブツと何度も唱えている。
「ところで、この作品は学校のどこかに飾るのか?」
「もしよかったら、俺たちにその作品を貰えないだろうか?」
二人の申し出に、僅かに首を傾げる。
十分な間が流れてから、ようやくキオラの口が開く。
「……ごめんなさい。もうほしい人に上げる約束しました」
優勝した作品は、学校で展示するか、買い手があった場合は、その作品を売ったりしていたのである。その他に、作品の当事者がほしい人に上げたりしていたのだった。
「上げるって、ただでか?」
「……はい」
「それは勿体ないだろう。だって買い手はいたんだろう?」
自分たちで頼んでおきながら、すっかりそのことを忘れている二人である。
「……はい。たくさんいました」
「……」
たくさんと言う響きに、ずきりと心が痛む二人。
校内コンクールの初日のことを思い返していた。
人もまばらな夕方、キオラが自分の作品の前で佇んでいる。
優勝にこだわっていた訳じゃないが、いつの間にか、優勝と言う紙が自分の作品に貼られていたのだ。
「キオラ」
唐突に背後から声をかけられ、振り向く。
そこにラルムが立っていた。
ずっと首を傾げながら、ラルムを凝視している。
「……ラルム?」
「正解」
ニコッと笑って、キオラの隣に立ち、キオラの作品を眺めている。
同じ美術科に所属していながら、専攻が違うので、ラルムたちとの接点があまりなかったが、入学早々にリーシャたちとキオラが放課後に話す機会があり、それ以来、顔を合わせるたびに話しかけていたが、なかなか名前を憶えて貰えなかったのである。
「これ、僕がモチーフだよね」
「うん。それに……」
「口にしちゃ、ダメだ」
名前を口にしようとしたキオラを制した。
きょとんとしているキオラ。
「お願い」
「うん」
しばらくの間、二人で作品を鑑賞している。
「なぜ、僕をモチーフにしたの?」
問いかけられたキオラは首を捻りながら、答えを逡巡していた。
それを我慢強く、作品を鑑賞しながらラルムが待っている。
「……これしかないと思った」
「……そう。危険とは思わなかったの?」
「危険? 何で?」
心底わからないと言う顔をしているキオラに、クスッと笑みが零れてしまう。
「僕が誰かわかる?」
食い入るようにラルムを見つめている。
「……ラルム? ……名前、間違っている?」
「……そうだよ。僕はただのラルム」
ホッとひと安心しているキオラ。
キオラ自身、名前と顔を憶えられないことを自覚し、できるだけ間違えないように彼なりに努力はしていたのだった。
(君の中では、僕はただのラルムなんだね。きっと、彼女のことも……)
「ねぇ、キオラ。この作品、僕に買わせてほしい」
「……」
「お金に糸目はつけない」
じっとラルムの顔を注視している。
「ダメかな?」
注視され、ちょっと困ったようにはにかむラルム。
「……いいよ。でも、お金はいらない」
とんでもない発言に、弾けた顔を覗かせた。
「上げる。ラルムに」
「でも、買い手はたくさん出てくるだろう?」
「そんなの気にしない。ラルムに上げる」
「どうして?」
「……ラルムの元の方が、きっとこれも喜ぶだろうから。だから、上げる」
「……ありがとう」
読んでいただき、ありがとうございます。
次回、第3章に入ります。




