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輪廻転生  作者: 香月薫
第2章
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第39話  『接吻』

 宮殿に帰るために車が待っている乗り場まで、リーシャはラルムやナタリーたちと、いつも通りに何気ない話をしながら、歩いていた。


 リーシャたちの輪の中は明るさが灯っている。

 先程の騒動が嘘のような雰囲気だった。

 その表情は、誰一人として笑っている。


 ラルムたちが彫刻室に駆けつけて、しばらくしてからリーシャたちのボディーガードが、一斉に雪崩のように、彫刻室に入り込んできたのである。そして、立ち尽くしているキオラにも気づき、この騒動を見られていたことにリーシャたちも気づく。


 ボディーガードの乱入に引きつっていたが、その騒動の中にキオラがいることを知って、エタとピロスの二人は、ガックリと落ち込んでしまう。


 エタたちに慰めの言葉を、どうかけたらいいのかと、迷惑をかけられたことも忘れてリーシャが困ってしまった。

 最後に落ち着きをみせたエタたちと共に、騒ぎを起こしたことを謝罪し、反省の姿を覗かせて、ひとまずの決着を得たのだった。


「でね、いいと思わない? 彼女にいいところを見せたいなんて」

 後ろ向きに歩き、リーシャがナタリーたちに話しかけた。

 自分もそうなってみたいと思い描く。

 付き合っていることに、強い憧れを抱いていたのである。


 生徒同士で付き合った経験がなかったから、自分もあんなふうに、彼女にいいところを見せたいと思ってくれる彼氏がいてくれたらなと、思いを大きく膨らませていたのだ。

 瞳をキラキラと夢心地に輝かせている姿に、ナタリーたち三人が呆れ、ラルムだけはリーシャらしいと頬を緩ませていた。


 後ろ向きに歩いているリーシャとは違い、四人は普通に前を向いて歩いている。

「どう考えても、先輩たちに勝ち目がないわよ」

「イルの言う通り」

 ルカが強く頷く。


「でも、ちょっとは嬉しいけど」

 ボソッと、イルが呟いた。

 イルも想像の世界へ入っていく。

 想像の世界へ、陶酔していった。

 想像の浸っている二人に、現実的なナタリーが呆れ、首を振った。


「彼氏彼女って、いいよね」

 うっとりとした翡翠の瞳で、リーシャが呟いた。

 夫がいるリーシャ以外、相手がいない。

 イルは高校生になったら、リーシャたちと彼氏を作るぞと意気込んでいたが、誰一人として、できる雰囲気を持っていなかったのである。


「くだらない」

 冷たい一言に、誰も冷めているナタリーに視線を注いだ。

「そんなことを考えている暇があったら、勉強しなさい。それに山のような課題や出品の締め切りだって近いのよ。やることは山のようにあるんだから」


「夢見たって……」

 拗ねてみせるイルとリーシャ。

 現実世界に引き戻された。

 さらにナタリーが目を細め、物事を楽観的に考える節がある二人を睨む。


「現実をみなさい」

「意地悪」

「それに。リーシャ、あなたはすでに結婚しているじゃない」

 ナタリーの言葉で、一斉にリーシャへと視線を向き直した。


「……そうだけど」

「彼氏より、旦那様がいるじゃない」

 結婚して、リーシャに夫がいる事実をイルが思い出す。

 法律まで改正されて、目の前にいるのほほんとしているリーシャは、妻であり、次の国王となる人の王太子妃となっていた。


「そうだ。いいな、もう格好いい旦那様がいて」

 凛々しく麗しいアレスの姿を、イルが脳裏に浮かべる。

 イルとルカはリーシャが結婚する前から、アメスタリア国の憧れの的である王太子アレスの追っかけみたいなことをしていたのだ。だから、王室に疎いリーシャよりも、王室ファンでもあるイルとルカの方が詳しかったのである。


「格好いいのは顔だけ。後は問題ありよ。特に性格が」

「そうかな」

「何考えているか、さっぱりよ」

「ドライな感じが、いいんじゃない」


「何がドライよ。冷たい表情で、私をバカにするのよ。捻くれているし、細かいことにうるさいし、それにダンスで少し間違えただけで、ぐちぐちと言ってくるのよ。それのどこがいいのよ」

 プリプリと憧れの的の存在である王太子の文句を平気に連ねていった。


「冷たい表情もいいじゃない、洗練されて眉目秀麗な王子様らしくって。何か、煌々らしさを醸し出して、より一層美しさに磨きが掛かったような……」

 うっとりとしているイルに、どこがよと目を細めた。


(確かに顔はいいけど。私の好みとしては、やっぱり優しい顔立ちのバラト様よ)


 リーシャの目の前に、優しく微笑むバラトの姿が浮かぶ。

 それぞれの世界へ、また溶け込んでいた。


「王子様だったら、ここにもう一人いるじゃない」

 この場を満喫しているルカが、イルやリーシャたちの会話を黙って聞いていたラルムを視線で指し示した。

 視線の矛先が、聞く方に徹していたラルムに注目が集まった。


「僕は……」

「誰にでも、優しく、包容力のある王子様って感じよね。ラルムは」

 どうしたらいいものかと困っているラルムを、にこやかにリーシャが評した。

「そうね」

 ナタリーがリーシャの意見に賛同した。


「ありがとう。でも、僕は僕だから」

「こういうところが嫌味じゃなく、自然で物腰が軽くって、親しみのある王子様って感じよね」

 感心しながら、ナタリーが付け加えた。


「何か恥ずかしいな。僕はそんなんじゃないよ」

 リーシャたちの好評に、ラルムが照れてしまう。

「優しいよ、ラルムは」

 にこにこしながら、リーシャが口にした。

 その笑顔を受け止めるように、ラルムの笑顔も自然と浮かび上がる。


 話し込んで歩いているうちに、車の乗り場まで到着していた。

 黒い高級車に、すでにリーシャの到着を待っているアレスが後部座席に乗っていた。

 いつもの無表情のままで、何を考えているのかわからない。

 憮然としている姿が視界に入った瞬間、どうしようと困惑の表情を覗かせ、立ち止まってしまった。


 これまでのやり取りを考えても、騒動の件で嫌味を言われるのは確実だったからだ。

 憂鬱そうな姿に、諭すようにナタリーが近づく。

「諦めなさい。リーシャ」

「意地悪」

 イルやルカも、面白そうに笑っているだけだった。


「大丈夫。しっかり」

 ラルムだけが励ます言葉をかけた。

 その言葉を聞き、少しだけ重く圧し掛かっていた思いが軽くなるのを感じる。

「ありがとう」

 ナタリーたちに、別れを告げて、黒い高級車に乗り込んだ。




 アレスはまっすぐに前を向いたままで、乗り込んだリーシャの方へ視線を傾けない。

 何も言ってこない様子に、気が重くなる。

 開口一番で、騒動の話をするのかと思ったからだ。

 口を閉ざしたままのアレスに、どうしようかといろいろと思案を巡らす。


 ナタリーたちに手を振っている中、すぐに出発した。

 車が走り出し、窓から身体を向き直す。


「今日は早かったね」

 何気ない会話から、入っていった。

 ムスッとしているアレスからの返答を待つ。

 アレスは顔すら動かさない。


「今日はごめんなさい。何か誤解があったようで」

 チラッと、話しかけたリーシャを窺っただけで、すぐに前を向いてしまった。


(何か、物凄く怒ってる? 怒ってるよね)


 威圧するような負のオーラを出している訳でもない。

 いつも通り無表情のままだが、どこか怒っていることを感じ取っていた。どうして怒っているのがわかるのかと問われればわからないが、でも確実に怒っていると感じたのである。


「あのね……」

「楽しそうだな」

 神妙な面持ちのリーシャに、アレスが顔を傾ける。

 珍しい展開だった。


「へぇ?」

「随分と楽しそうだな。僕も楽しませて貰った」

「何が?」

 背もたれに、アレスが身体を預けた。


「ボディーガードたち、慌てふためいていた。映画よりも面白いものを見せて貰った」

「……」

 リーシャは何も答えない。

 そんな仕草に気も止めず、言葉を紡いでいく。


「これから、楽しくなりそうだ」

「……」

「今度はもっと面白いものを見せてくれるのか」

「……」

 自分が迷惑をかけたと自覚していたから、意地悪なことばかり言うアレスに何も言い返すことができなかった。けれど、聞いているうちに、段々と心が寂しくなっていった。


「どうした? いつもあんなに話してくるのに? 静かなんだな、今日は?」

「……別に」

「そうだ。どうだ、今度カメラでも回して、映像にしてみないか。楽しい映画が作れるかもしれない。面白そうだ、皆に携帯のカメラでも持たせよう。いいアイデアだろう」


 迷惑をかけたと言う自覚は、しっかりと持っていた。

 だから、アレスが怒るのを受け入れようと思っていたのだ。

 それは当然のことだったから。

 でも、怒るどころか、自分を気に掛けることもせずに、面白がっているアレスの姿に、リーシャの心は傷ついていったのである。


(怒ってると思ったのは、自分の勘違いだったのかな……。私のこと、少しは心配してくれてもいいじゃない。確かに私たち政略結婚だったかもしれない。けど、やっぱり、結婚したら、それなりに上手く、楽しくやっていきたいのに。……どうして、アレスは心配してくれないのよ。どうして、大丈夫かって、声をかけてくれないの。どうして、私に優しい言葉をかけてくれないの。どうして……)


「どうだ?」

「……好きにして」

 消え入りそうな声で答え、アレスに背を向けてしまった。


「……そうか」

 興が冷めたとアレスも同じように背を向ける。

 ずっと窓に映るリーシャの後姿を眺めていた。


 リーシャは気づいていなかったのだ。

 話をしていたアレスの顔に、色がなかったことを。

 そして、瞳の奥に真っ赤に燃える炎が燃え盛っていたこともだ。

 二人は宮殿につくまで、一言もしゃべろうとはしなかったのである。




 数日が過ぎた。

 美術科、建築科が主催している校内コンクールにアレスの姿があった。取り巻きで、セレブな友達ゼインたちの姿はなく、アレス一人だけだ。


 これまでのアレスだったら、校内のイベントに率先して参加したことがなかった。

 ただの校内のイベントに、顔を覗かせていたのだった。


 美術科の生徒や、建築科の生徒たちが、作品を展示している展示場に、すでにリーシャの姿もあった。ラルムたちと来ていて、五人で楽しげに話をしながら、自分たちの作品や、その他の生徒たちの作品を見て回っていたのである。


 他に数人の生徒の姿しかなく、展示場は閑散と静かな場所となっていた。

 次の作品を見ようとした際に、リーシャがアレスの姿を捉える。


 アレスを見つけた瞬間、顔が綻んだ。

 ナタリーたちに短い言葉を交わしてから、校内コンクールを見に来ていたアレスに近づいていった。まさか、アレスが来るとは思っていなかったからだ。


「見に来てくれたの?」

 アレスの姿を見つけ、嬉しそうにはしゃいでいる姿に目を細める。

「楽しみにしてると言っただろう。あの絵を見るのは楽しみだ」

 微かにアレスが笑う。

 対照的に不貞腐れた。

 まだ笑っているアレスに、ムッとしている双眸を注ぐ。


(憶えていたの。何て意地悪なやつ)


 肌の色を間違えて、緑色に塗った絵の件を持ち出していたのである。

 どうにか絵を修正して、校内コンクールに間に合わせたのだ。


(忘れてくれればいいのに)


「絵はどこだ」

「……」

 傲慢に笑っているアレスを見上げる。

 見られたくなかった。

 時間がなく、でき栄えもあまりよくなかったからだ。


「どこだと聞いてる」

「……向こうよ」

「そうか。あの異星人の絵を見るのが楽しみだ」

「異星人じゃないわよ」

「どう見ても、そう見えたが?」

「違うわよ」

 否定するリーシャを無視する。

「早く案内しろ」


(何てやつ)


「……そうだ。優勝したキオラの作品を見ない?」

 自分の作品を見せたくなかったので、校内コンクールで優勝したキオラ・バートンの作品を見ようと誘った。

 興味がそちらの作品に傾ければ、忘れてしまうかもと言う思惑を覗かせる。


「キオラ?」

「そう。キオラの彫刻の作品、彼って天才なのよ」

 アレスの脳裏に、リーシャとラルムを見入るように、注視していたキオラの姿が浮かぶ。

 そして、微笑みながら見つめ合う二人の視線。

 憮然とするアレス。


「見に行こう」

 楽しげにリーシャがアレスの腕を引っ張って、キオラの彫刻の作品が展示してある場所へと無理やりに連れて行く。自分の思惑云々にかかわらず、キオラの作品は凄いと思った。だから、素直にアレスにも見て貰いたい気持ちもあった。


 アレスとリーシャのいた場所から近い場所で、一番作品が際立つところに、優勝と言う文字と共に展示されていた。

「凄いでしょ」

 感嘆の声を上げた。


 キオラの彫刻の作品は、二人の男女が互いに見つめ合って、今にも口づけをしようとしている、まさにその瞬間をモチーフにしたものだ。

 互いに労わるような熱い視線を感じさせた。

「……」


 作品を見た瞬間、彫刻室での二人の姿が鮮明にアレスの脳裏に映った。

 この作品はどう見ても、あの時の二人をモチーフにして作られたものだと気づく。


(何で作品にしたんだ)


 あの時のキオラが呟いた『最高だ』、『最高な二人だ』と言うフレーズが頭の中で、何度もくり返される。


(どこがいい。作品にする価値もない)


 面白くない感情が渦巻く。

 素直に作品を賞賛できない。

 なぜか、あの光景を思い出すたびに、面白くないと言う感情が湧き上がるのだ。


「凄いでしょ。キオラって」

「……」

「どうしたら、こんなモチーフ浮かぶのかな?」

 自分たちがこのモチーフだと気づかずに、いろいろな角度から作品を眺めていた。

 さらにそんな仕草も腹立ちさを抱く原因だった。


 タイトルには『接吻』と書かれていた。

 彫刻の作品からアレスの視線は、彫刻の作品を観察しているリーシャへと移る。

「天才って、凄いね」

「……次、お前の番だ」

 作品から眉間にしわを寄せ、アレスに視線を変える。


「憶えているの?」

「当たり前だ」

「何で、忘れてくれないのよ」

「早く、案内しろ」

「もぉ」

「どこだ」


「……」

「批評してやる。楽しみにしていろ」

「……何か、ヤダな」

「そうか。僕は楽しいぞ」

 嘆息を零し、リーシャが自分の作品が展示している場所へ、渋々と案内していった。


 キオラの作品のモチーフが、リーシャとラルムだったことに気づいたのは、アレスとラルムの二人だけだ。

 『接吻』と言うタイトルの男女の彫刻が、リーシャとラルムだと気づく者は誰一人いなかったのである。



読んでいただき、ありがとうございます。

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