第38話 彫刻室(2)
彫刻室にいるのを見たと言う女子生徒の目撃情報で、心配して捜し回っていたラルムたち四人が急ぎ彫刻室に向かった。
一緒にいればと後悔しているラルムは、彫刻棟にある彫刻室までの距離が長く感じる。
心配しているのを知らずに、彫刻室でリーシャ、エタ、ピロスの三人はお菓子やジュースで和気藹々に盛り上がっていたのである。
お腹が満たされ始めたリーシャは、机を椅子代わりにして、腰掛け、エタとピロスは座ることなく、立ったままで楽しく話をしていた。
話の流れは次第に、ピロスの彼女の話になっていたのである。
「彼女、いるんですか」
羨ましそうに、照れているピロスを眺めた。
「一応な」
好奇心いっぱいなリーシャの視線が、エタに向けられる。
「俺か、……俺にはいない」
手を振って、否定した。
「彼女に、いいところを見せたいと言うところもあるんだよ」
「おい」
余計なことを言うなとエタを窘める。
「なぁーんだ。それが大半ですか」
ニヤニヤとリーシャが、顔を顰めているピロスを構い始める。
「彼女にね……。それじゃ、いいところを見せたい訳ですね」
「……違う」
「それにピロスのオヤジは、同じ彫刻家なんだ。いわゆる二世ってことだな。いろいろと、こいつも大変なんだ」
二世も大変なんだと、感心する声を漏らした。
「オヤジは関係ない」
「気にしてる癖に」
「うるさい」
不貞腐れているピロスの頬を、エタが面白そうに指で突っつき始める。
「や、やめろ」
「本当のこと、言えよ」
「うるさい! 違うって、言っているだろう」
じゃれ合っている二人に、頬を緩ませて笑っていた。
「いいところ見せたい癖に」
「エタ」
「何だよ、ピロス」
怒られても、エタの顔が笑っていた。
口調の強いピロスの顔も、どこか目が楽しそうに笑っていたのである。
エタたちの会話を聞きながら、ジュースを飲んでいると、突然に扉が開く音と共に、ラルムの声がして、一斉に三人が扉の方へ振り向く。
「リーシャ!」
血相を掻いて、彫刻室にラルムが飛び込んできた。
「……ラルム?」
荒々しい息の中で、もう一度リーシャの名前を呼ぶ。
驚く三人をよそに、首を傾げているリーシャにゆっくりと近づいていった。
ラルムの背後からは、ナタリーたちも開いた扉のところに顔を出し始めている。
「ナタリー、イル、ルカ……。どうしたの?」
同じようにナタリーたちは、生き絶え絶えに、きょとんと目を丸くしているリーシャを眺めて、視線を外さないように見入っていた。
何が何だかわからないまま、視線の先を、もう一度近づいてくるラルムに向けると、顔が顔面蒼白で、顔色が悪くなっていることに気づく。
顔色の悪いラルムに、驚きの声を上げる。
「ラルム、どうしたの? 顔色が悪……」
驚き、心配しているリーシャをきつく抱きしめた。
「えっ? ……ラルム?」
なぜ抱きしめられたのかわからず、慌てふためく。
答えを求め、ナタリーたちに視線を注いだ。
なぜか、ナタリーたちもホッとしたような表情で、互いに視線を合わせているだけだ。
リーシャの訴えるような視線に気づいていない。
どうしてこうなったのか、誰にも教えて貰えずに、そのまま戸惑いの中で、抱きしめられていた。
予期せぬ訪問者に、エタとピロスは現状を把握しきれていない。
呆然と抱き合っている二人を眺めていたのである。
「よかった、無事で……」
耳元で、安心したような声でラルムが囁いていた。
「無事?」
突然、自分が彫刻室に連れてこられたことを、すっかり記憶から抜け落ちていた。
しばらく抱きしめてから、リーシャから少し身体を離す。
二人は、しっかりと見つめ合う。
そこには互いの瞳しかないほどだ。
「捜したよ」
「……ごめん」
心配している一言で、みんなに迷惑をかけたことを、ここに来て気がついた。
もう一度、ナタリーたちの顔を見て、ごめんなさいと謝った。
無事でよかったと、何ともなかったことを、ナタリーたちが喜んでくれる。
心が温かくなるリーシャ。
エタとピロスも、自分たちが王太子妃を連れ込んだことを思い出して、ラルム以上に顔面蒼白な顔をし、その場に直立不動で立ち尽くしていた。
「大事になっている?」
窺うように、ピロスがラルムに尋ねた。
「ボディーガード全員で、リーシャの行方を捜しています」
「嘘だろう……」
こんな大事になることを予想していなかった。
安易に考えていたのである。
「たぶん、アレスのところにも報告は言っているはずです。リーシャがいなくなって、かなりの時間が経っていますから」
「……」
さらに二人の顔が真っ白になっていった。
「アレスのところにも?」
しまったと言う顔で、ラルムの顔を見入った。
コクリとラルムが頷く。
「また、何か言われそう」
「ところで、どうしてここに?」
リーシャがなぜここに来たのか、理由を考える暇もなく駆け付けたために、直接本人であるリーシャに、ことの仔細を尋ねたのだった。ラルムたちは王太子妃となったリーシャを、よく思わない者たちが、連れ去った可能性があると、必死になって、忽然と姿を消したリーシャの行方を捜していたのである。
だから、入ってきたばかりの四人の顔が顔面蒼白だった。
「それは……」
答えにくくなってきたので、連れてきた張本人たちに視線を注ぐ。
つられるように、ラルムたちがエタとピロスに視線を傾けた。
ナタリーたちの視線は、悪者を見るような訝しい視線だった。
「理由次第では、ただじゃ置かないからね」
強気な態度を取り始めたイルが、一歩前へ出る。
ナタリーの冷たい視線、イルの言動に頷くルカ。
エタとピロスは、顔を思いっきり引きつらせる。
すると、不足した道具を取りにやってきたキオラが、彫刻室に姿を現わしていたのだった。
誰一人として、キオラの存在に気づかない。
誰も固まっているエタとピロスに、視線を注いでいた。
「何かされたの?」
心配しているラルムの一言で、ナタリーたちの視線が、さらに鋭くなる。
何もしていないと、エタとピロスが首を強く横に振った。
「別に、何もないよ。ただ、ちょっと……」
瞬間的に、ラルムの視線が鋭くなる。
けれど、リーシャは気づかない。
のほほんと、困ったように考え込んでいるだけだ。
誤解を招くような発言に、必死になって首を横に振っている。
「ち、違う。違います! 確かにリーシャ様を連れてきたのは俺たちだけど、何もしていませんから、本当です。信じてください!」
「そのようだね」
慌てふためく二人に、穏やかな口調でラルムが答えた。
その答えに、ナタリーたちは納得いった顔をして、悪者を見るような視線を解くのである。
さらにラルムが質問を続ける。
「では、なぜ? リーシャがここに?」
少しの間、二人に間があった。
口ごもっていた二人は、観念したように嘆息を零した。
「俺から説明します」
ピロスが話し始めた。リーシャに話したように、ひと目惚れしたリーシャの筆頭侍女ユマに、モデルをして貰えないかと頼んでくれないかと、お願いした話を打ち明けたのだった。
「あの人、確かに美人よね」
「うん」
「でも、ちょっときつそう」
三人三様に好き勝手なことを、それぞれ言って、ユマを評していた。
「ユマをモデルに?」
狐につかまれたようなラルム。
これ以上、話せそうもないエタたちに成り代わって、驚いているラルムに答える。
「うん、そうなの。アレスに頼みにくいから、私から頼んでほしいって。美人で、清楚で、艶やかな感じが、イメージにピッタリなんですって。それにどうしても、キオラに勝ちたいんだって。そんな話していたら、何か話がいろいろと盛り上がっちゃって……。だから、ごめん。心配かけちゃって」
「キオラに?」
「うん。キオラに勝ちたいから、モデルをどうしても、イメージにピッタリなユマに頼みたいんだって。何か、いいよね」
まっすぐに無邪気な笑顔をラルムに注いだ。
駆け寄ってきた時の表情よりも、だいぶ柔らかくなっていたが、どこかまだ硬い表情が抜け切っていない。
「頑張ってねって、応援したくなっちゃった」
「そう。そうだね」
「ラルム? 大丈……」
ラルムの腕の中にいるリーシャ。
「ケガとかはない? 何ともないんだよね?」
心配の色が解けないラルムが念を押す。
説明をされても、無事を最後まで聞かないうちは、心配の色を消し去ることができなかった。
「何ともないわよ、全然」
大袈裟ねと思った。
「よかった。本当によかった」
安堵の表情を浮かべ、固まった表情を完全に解いた。
「心配性ね」
「そうだね」
口角が上げた穏やかな表情で、そっとリーシャの頬に手を置いた。
冷たい手に驚くリーシャ。
「でも、心配したんだ。忽然と姿を消したから」
「ごめんなさい、ラルム。心配かけちゃって」
「いいんだ。リーシャが無事なら。それ以外は何もいらないから」
「ありがとう」
二人は優しい微笑みを浮かべあった。
「よかったわね。何もなくって」
心配を解いたナタリーが、すぐ隣にいるイルとルカに声をかけた。
「そうだね」
ルカが返事をして、イルも返事をしようと声を出そうとした瞬間、作業室で夢中になって作業していたはずのキオラが、隣にいるのにようやく気がついた。
イルたちは、道具を取りに来たキオラの存在に気づいていなかったのである。
思わず、イルが後ろに退いてしまった。
「キオラ!」
驚愕しているイルの声で、ナタリーたちもキオラの存在に気づく。
キオラにイルの声が届いていない。
ただ、一心不乱に室内に視線を傾けたままだった。
釘付けになったように、見つめ合い微笑んでいるリーシャとラルムの二人を注視していたのである。まるで、目に焼きつけるように、無心で二人を見つけ続けていたのだ。
「本当だ」
「なぜ、キオラがここに?」
不意にルカが別な人間の存在に気づいた。
「……王太子よ」
ルカの小さな呟きで、ナタリー、イルがアレスに気づく。
無表情の顔で、アレスもキオラと同じように、語り合っている二人を凝視していた。
ボディーガードから報告を受け、何となく気になったアレスは、ゼインたちとあの後すぐに別れて捜しに地上に上がってきたのだ。
捜していると、走っていくラルムたちを見かけ、そのまま後を追って、彫刻室に辿り着くのだった。
ナタリーたちが自分を見ていることも忘れ、直立不動でアレスは、ただじっと見つめ合って微笑み合っている二人を眺めていたのである。
「男前よね」
うっとりと端整のとれている顔に見惚れているイルの呟きに、頭の中は男のことしかないのかとナタリーが呆れてしまう。
「イル、わかってる? リーシャの旦那様よ」
「そうなのよね。リーシャの旦那様なのよね。残念」
心底残念がっているイルに、かける言葉も見つからない。
どうしようもないわねと、ナタリーがアレスに見惚れているイルを眺めているだけだ。
リーシャとラルムは、キオラやアレスに気づいていない。
ただ、二人は優しい微笑みを浮かべながら、見つめ合って話をしていた。
それはまるで恋人同士のような光景だった。
二人の世界にピロスたちは入り込まず、自分たちの今後のことを考えていたのである。
「最高だ」
食い入るように、リーシャたちを注視しているキオラが呟いた。
その呟きに無表情で見ていたアレスの表情が、さらに表情の色がなくなっていく。
遠くの方から、ようやく駆けつけてきたボディーガードたちの姿が見え始めた。
「最高な二人だ」
キオラの呟きが、氷のように凍えているアレスの頭の中に響いた。
いったん目を伏せたかと思ったら、表情を変えないアレスがリーシャに声をかけずに、その場所から離れていった。
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