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輪廻転生  作者: 香月薫
第2章
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第36話  消えたリーシャ

 時間が経過しても、いなくなったリーシャが教室に戻ってくることがなかった。

 一人になりたいのだと察し、教室に姿を現わすのを、心配しながらラルムは待っていた。けれど、いくら待っても姿を見せることはなかったのである。


 時間だけが虚しく過ぎていった。

 段々と、ラルムたちに不安が広がっていく。

 何かあったのかもしれないと言う心配へと膨らんだ。


 美術科の教室に、まばらな人数しかいない。

 棒付きアメを口に加え、ルカがナタリーたちの顔色を窺った。

 四人は、それぞれに視線を交わす。


「遅すぎない?」

 いつものほほんと構えているルカが、ラルムに問いかけたのである。

 こういうことを、真っ先に言うナタリーやイルが口火を切らなった。

 のんびり屋のルカが、珍しく誰よりも早く口に出したのだ。


 慎重にラルムが答える。

「確かに」

「何で戻ってこないの?」

「……」


「どこかで、寝ているのかな」

「違うと思うよ」

「じゃ、散歩?」

「それも……」

「戻ってくるって言ったんでしょ? それとも、王室で何かあったのかな?」

 二人の間に、重い空気が流れ、それを払拭させたのがナタリーだった。


 良い方に考えようとするナタリーの脇で、困惑気味なイルが何度もそうそうと頷きかけていた。

 二人は何もないと、自分に言い聞かせていたのである。

 それはルカも同じだった。

 でも、ラルムだけは少し違っている。


 冷静にリーシャの身に、何が起こったのか考えていた。

 冷静に考えながらも、不安で心がかき乱されている。


(それはないな。帰ったのならば、多少なりの騒ぎが起こるはずだ。だから、それはないはずなんだが……。なぜ、リーシャは姿をみせない。王室の人間となって、有名人となったリーシャが動けば、周りの生徒が騒ぎ、話がどこからともなく出てくるはず。それがないのはおかしい。何が起こったんだ。……リーシャ、どこにいるんだ)


 心配するラルムは、戻ってこないリーシャの身を案じて思考した。

 学校は、すでに放課後になっている時間帯だった。

 通学に使用している車を校舎の三階から窺ったが、黒い高級車は朝のままで、台数が減ってはいない。

 リーシャが帰っていないことを示していた。

 そして、アレスはホワイトヴィレッジで訓練していたのである。


 放課後になる前に、ラルムたちはいくら待っても戻ってこないのを心配して捜していた。けれど、見つからずに放課後の時間帯になってしまったのだ。

 リーシャが消えただけで、他は何も変わらない。


 通常通りの放課後。

 校内に残っている生徒は少なく、特進科の生徒や部活、課題などをやっている生徒しか残ってはいない状況だった。アレスが遅くなる際は、リーシャはナタリーたちやラルムと一緒に時間を潰して過ごしていたのだ。


 見つかる気配がまったくない。

 忽然と姿が消えてしまった。

 帰った形跡が、一つも残っていなかったのである。

 スマホやカバン、身の周りのものが、すべて教室に残っていた。

 消えたのはリーシャの身一つだけ。


「ラルム? 聞いている?」

「あっ、ごめん。ナタリー、聞いていなかった」

「王室で、何かあったのかなって、聞いたんだけど?」

「たぶん。それはないと思う。僕は何も聞いていないし、車の台数が減っていないし」


「何で?」

 ナタリーの呟きに、ラルムが答えられない。

 ただの勘に過ぎなかった。


「……スマホも残っているし、変だよ」

「ルカの言う通りね」

 不安な表情で、ナタリーが同意した。

 悪い想像は否定して、良い方に結び付けようとする思考を停止させる。

 どう否定しても、この状況下では何らかのアクシデントがあったと思う方が自然だったからだ。


「ねぇ。ボディーガードの人に言わなくていいの?」

 顔面蒼白な表情で、イルが三人の顔を見て尋ねた。

「僕がさっき知らせたし、少し前から気づいて、校内を捜していたみたいなんだ」

「それでも、見つからないの?」

 イルの言葉に、三人が言葉を詰まらせた。


「とにかく捜そう。みんなで」

 考えても埒が明かないと結論づけた。


(学校に出ていないはずだ。学校のどこかにいる)


 ラルムの思考を読んだナタリーが、同意するように力強く頷いた。

 もう一度、捜すために校内を捜し始める。




 同時刻、ホワイトヴィレッジで休憩していたアレスは、ゼインたちと他愛ない話をしていた。

 特進科はまだ残って、訓練していたのである。

 ハーツの適合率を測るために、自分たちの順番が来るのをのんびりと待っていたのだ。


「新しい車、買おうと思っているんだ。色はスカイブルー」

 購入予定のパンフを見せながら、何かと新しいものが好きなティオが嬉しそうに話しかけた。

 待ちきれない素振りだ。


「格好いいだろう。内装だって、いろいろなこだわりを入れる予定なんだ」

「この前、無駄遣いがばれたって、言っていなかったか」

 最新ゲームをしながら、ふとティオが愚痴を零していたことを思い出し、フランクが漏らした。無駄遣いして購入した腕時計が、ティオの母親に知られてしまい、散々絞られた挙句に、学校以外に外出することも禁じられたばかりだった。


「ああ。言っていたな、確かそんなこと。けれど、お前のことだから、隠れて外出とかしていたんだろう。じっとしていられないもんな。今度ばれたら、ヤバくないか?」

 ゼインもティオがかなり落ち込んで、愚痴っていたことを思い出していた。

 転んでもただでは起きなそうな、神経の太さに、内心二人は呆れていたのである。


「ゼインの言う通り。この前、こいつとクラブ行ってきた」

 ゲーム画面を見たまま、フランクがティオを指差した。

「マジかよ」

「マジ。そのうち、またでっかいものが降りてくるぞ」

「だな」

 そんな二人の話を無視し、さらにティオが話を進める。


「ママに内緒で、パパが買ってくれるって」

「ふーん。ティオのところのおばさんは厳しいからな。だから、おじさんか」

「パパはメチャクチャ優しいから。ほしいものは何でも買ってくれる」

「優しいより、甘いだろう」

 すかさず、突っ込む。


「そうだな」

「それはフランクのところだって、そうだろう」

 自分だけが甘いと言われたような気がして、ティオが反論した。

「うちの場合は両方だな。それにじいさんに、ばあさんもだな」

 甘いのは当然だと言う顔をするフランク。

「いいよな」

 羨ましそうにティオが呟いた。


「ゼインのところは?」

「そこそこだろう。他と大して変わらないさ。ほしいと言えば、買って貰えるし。わりとラクで、ゆるい両親だな」

 それぞれにセレブで、上級階級だった。

 平然とした表情で、雑誌を読み、アレスは三人の会話を聞いていたのである。


 ティオはテーブルに頬杖をつきながら、雑誌を読んでいるアレスに視線を注ぐ。

 三人と親しくしているが、自分の立場を崩すようなことはしない。


「いいよな。何でも言えば手に入るアレスは」

「しょうがないだろう。お前は王室の人間じゃないんだから。諦めろ」

「うるさいな、フランクは」

「何で、うちの両親って……」

 二人に呆れながら、読むのを諦めたアレスが、ティオやフランクに視線を傾ける。


「そんなに王室の人間になりたいのか?」

「……少しだけ」

「自由も、遊ぶ時間がないぞ」

「それはいやだな」

 ティオは顔を思いっきり顰めた。


 そこへ、アレスのボディーガードの男が一人、姿を現わしたのだ。

 おしゃべりが止まる。

 ある程度の距離を保って、ボディーガードの男が立ち止まった。


 ゼインたち三人は、互いに顔を見合わせて、席を立ち上がって、アレスから離れていった。

 ボディーガードの男が近づき、アレスにだけ聞こえる程度の小声で、リーシャが忽然と学校から姿を消した旨を伝える。ラルムからの知らせが来る前から、所在が掴めないリーシャの行方を捜していたが、見つからないためにアレスに報告しに来たのだった。


 少し考えた後、淡々とアレスが口を開く。

「そうか」

 アレスの顔色は変わらない。

 冷静に尋ねる。

「いつからだ」


「昼前だそうです」

「捜索は?」

「しています」

「そうか、ならいい。もう下がれ」

 もうようはないはずだと言う顔をする。


 言葉に詰まってしまった。

 妻の姿がなくなったと言うのに、顔色一つ変わらない姿に、僅かにボディーガードの男の方が狼狽えてしまうのである。


「下がれと、言ったはずだが?」

「ですが、殿下。妃殿下に……」

「お前たちが捜しているのだろう」


「はぁ……」

「ならいい。下がれ」

「わかりました。それでは失礼します、殿下」

 ボディーガードの男が下がっていった。


 ボディーガードの男が姿を消えてから、興味を帯びたゼインたちが、戻ってきたのである。

 いつもとは違う様子に、何かあったかとゼインたちが感じ取っていた。

「何かあったのか?」

 ゼインが口にした。

「何でもない」

「そうか」


 アレスが語らないのは、今に始まったことではなかったので、三人はそれ以上のことは聞かない。

 彼らにとって、いつものことだった。

 アレスが口を閉ざしたら、決して自分たちに話さないことも理解していたのである。

 慣れたように、ティオの車の話に戻っていく。




 談話室でアレスたちが話している間、ラルムたちはリーシャの行方を捜していた。

 美術科の生徒が使っているいくつかある作業場へ行くと、作業場にクラスは違うが、同じ美術科の生徒で彫刻専攻しているキオラ・バートンが、一人で黙々と作業していたのである。


 作業している手を休めないキオラは、クラージュアカデミーでも有名人の一人で、名だたる美術展に出展しては賞を総なめにしている逸材だった。

 知らない者はいないほどだ。


 ただ、少しだけ人間性に問題があり、頭の中は彫刻のことしかなく、他のことは一切考えない変わり者で、美術科の生徒たちの中でも、その存在は浮いていた。


「ねぇ、キオラ」

 イルとルカが声をかけるのを渋っていると、その脇に立っているナタリーが、二人から割って入って、彫刻を熱心に制作しているキオラに話しかけた。

 夢中になって、彫刻と向き合っているキオラからの返答がない。


 やっぱりと思う二人。

 ムッとしているナタリー。

「キオラ! キオラ・バートン、聞きたいことがあるんだけど」

 声を大きくして、返事をしないキオラに声をかけた。


 結果は同じだ。

 もう一度、声をかけようとするナタリーを、ラルムが首を振って静止させる。

「きっと、リーシャを見ても気づかないよ。彼のこの状況じゃ」

「……」

 少しでも手掛かりがほしかったナタリーは、視線をキオラに走らせる。

 気づく様子もなく、一心不乱に彫刻に命を吹き込んでいた。


「ラルムの言う通りだよ。別なところを捜そう」

 無駄だよと、イルがナタリーの肩に手をかける。

「……そうね」


 無心で彫刻と向き合っている姿に、何も聞かずに、四人は別な場所を捜しに作業場を離れていった。

 彫刻制作に夢中になっているキオラは、ナタリーたちに声をかけられたことに気づかずに、ひたすら新しい彫刻に向き合って、自分が思い描くものを作り続けていたのである。



読んでいただき、ありがとうございます。

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