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輪廻転生  作者: 香月薫
第2章
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第34話  アレスの不満、リーシャの葛藤

 その夜。

 アレスは一人で自室の窓に身体を傾けていた。

 夜空に浮かぶ白銀の満月を眺めている。

 執務の仕事やトレーニングを終え、何もすることもなく、ただ日中にリーシャと起こしたいざこざを思い出し、物思いに耽っているだけだ。


 誰かと、いざこざを起こしたのも初めてであり、気になって気持がこんなにも、揺れ動くのも初めて尽くしだった。だから、どう対処していいのかわからなかったのである。


 見ている鮮やかな白銀の満月が、瞳の中に入ってない。

 ただ、白銀の満月の先、遥か向こうのことに思いを馳せている。

 去り際に見た、涙が気になって、頭から離れなかった。


「好きでもない人と結婚しただけ……か。確かにな……。互いに滑稽な結婚した訳だ。ただ、それだけだ」

 何か、自分に言い訳するように呟いた。


(何であいつは泣いたんだ?)


 考えれば考えるほど、眉を潜めるばかりだ。

 その疑問が頭から離れない。

 理由も解決策もわからない。

 夕方の出来事が、頭から離れずにいたのである。


 執務の仕事中も、トレーニングで汗を流していた時も、ずっとなぜ泣いたのか、ひたすら考えていた。けれど、その答えが見つからないでいた。




 夕食の席につく。

 悩ます種であるリーシャと会えば、解決する気がしていた。

 淡い期待は、裏切られる形となる。

 姿を現わさなかったからだ。


 無表情でいるアレスは、ウィリアムから来ない知らせを受け取った。

 結婚前まで、いつもそうして食べていたように、一人で食事を始める。

 淡々と料理を口に運ぶ。

 表情に出さないが、気持ちはどこか晴れない。

 なぜか、沈んでいくばかりだった。


 言い争いをして飛び出して行ったまま、リーシャの姿をそれっきり見ていない。

 なぜか心の隅に引っ掛かり、その疑問に取りつかれたままだった。

 夕食の席で姿を見れば、何かわかるかと思ったが、結局見出せない。

 理解できない気持ちのまま、より一層不満が蓄積していった。


(今後一切、口答えしないように、言い含めてやる!)


 チラッと正面を窺う。

 いつも正面にリーシャが座っている。

 待っていた席は空席で、なぜかつまらないと言う感情が、微かに心の中で芽生えていたのである。


(面白みがない)


 結婚前に、こんな感情が起こらなかった。

 一人で食事することが日常だったからだ。

 まだ結婚して日が浅いと言うのに、一人でする食事に違和感を生じていた。


 味気なく感じる食事の手が止まる。

 こんな感情を起こさせるバカで、明るいだけの能天気娘に腹が立つ。

 控えているウィリアムが、心あらずのアレスの様子に気づき、声をかける。

「殿下。何か」

「何でもない」

 食事を再開させた。


 料理を口に運びながら、リーシャの涙を思い浮かべる。

 なぜか、チクリと胸が痛んだ。

 そして、なぜ胸が痛むのかわからない。

 新しい皿が運ばれていく。

 淡々と、料理を静寂の中で食べていった。


(静かだな。……これがいつもの日々だったはずなのに)


 内心では来ないことに落胆し、そのような感情が、自分に起こるとは思ってもみなかったアレスは、驚きと困惑に眉を潜めるばかりだった。

 いつの間にか、微かな腹立ちがどこか消えていた。

 グラスに注がれている水を口にする。




 リーシャの部屋では。

 課題の絵を中断できないと、些細な言い訳をして、アレスが待っていた席に姿を見せなかったのである。ユマたちに済まない気持ちがあったが、どうしても同じ席に着きたくなかったのだ。


 一人で、部屋の中で悩みと戦っていた。

 食事の席に行こうと思えば、テーブルの席に就けた。けれど、泣きそうな自分を見られ、どんな顔で会えばよかったのかわからなかった。

「泣くなんて……、最低……」


 なぜ悲しくなったと言うよりも、泣きそうな顔を見られたと言う思考が、大半を示していたのである。なぜ悲しくなったのかと言う思考は、無意識のうちに、どこかへ押し退けて封印してしまっていた。


「見てない? ……見たよね」

 ガックリとうな垂れる。

 テーブルの上に、食べやすいように、一口サイズにカットしてあるサンドイッチが用意されている。

 何も食べないのはよくないと、ユマが持ってきたものだった。

 手つかずで、そのまま残されていた。


 筆はいっこうに進んでおらず、止まったままだった。

 何十回目かの嘆息をつく。

「あんな顔を見られて、どんな顔をして食事しろって言うのよ。それに……あんなところ見ちゃうなんて、私って、つくづくついてない……」

 独り言を漏らしていた。


 悶々と、自分の運のなさを嘆くばかりだ。

 突然、扉が開く。

「!」

「大した絵じゃないな」

「……」


 思わぬ突然の人の声に硬直し、振り向くことができない。

 声の主は、すぐに誰か把握した。

 今、最も顔を見たくない相手。


 気になって訪ねてきたのだ。

 小さなノックをしたものの、反応がなかったので、勝手にドアを開けたのである。

 キャンパスから、手つかずのサンドイッチに、アレスの視線が移る。


「食べていないのか?」

 言われて、視線の先をサンドイッチに注いだ。

 けれど、答えないリーシャ。

 宙を彷徨っていた視線の置きどころが見つからない。


(どうすれば、いいのよ。この状況を)


 無理やりに、筆をキャンパスに乗せていく。

 ここにいるアレスの存在を、消そうとした。

 応えない態度に、憮然とする。

 アレスの視線はキャンパスに戻った。

 絵と色がまったく合ってない。

 気づく様子もなく、バラバラな色付けをしていった。


「いいのか、それで?」

 唐突の来訪に、動揺と腹立ちで、絵どころではない。

 パニック状態の意識は、背後にいるアレスに飛んでいた。


「聞こえないのか? お前の耳は、随分と遠いんだな」

 了承も得ずに、アレスは部屋の中へ入っていき、リーシャのすぐ後ろまで近づいていく。その間、筆を動かしながら、困惑と羞恥から眉を潜め、口を尖らせていた。


 人の肌と思しき場所に、緑の色を差していく過程を、黙って窺っている。

 ひたすら色を塗っていく。


(何で、出て行かないのよ!)


 どう考えても、塗っている緑の色が背景の森に使う色だと思えた。

「本当に美術科にいるのか。疑わしい絵だな」

「……うるさい」

 ようやく口を開いたことで、僅かに安堵した。


「気が散るから、部屋に入らないでと、言ったはずだけど?」

 一人になりたかったリーシャは、ユマたちも部屋から下がるように命じていたし、誰にも取り次がないように伝えていたのである。


「ここは僕の宮殿だ。僕には逆らえない」

「……」


 不遜な男だったと思い出した。

 不敵な笑みを浮かべているだろう姿に、筆を持つ手に力が入る。

 手同様に、リーシャの眉間のしわにも力が入っていた。


 コロコロと表情を変える仕草に、面白さを募らせる。

「僕が好きなようにす……」

「そう」

 最後まで聞かずに、持っていた筆を置く。


 一連の動作を、アレスが訝しげに眺めていた。

 部屋から出て行こうとして、自分の前を過ぎようとしているリーシャの腕を、無意識のうちに掴む。身体が反射的に動いていたのである。

 そんな自分に少し戸惑いながら、不機嫌なリーシャを問い質す。


「どこへ行く」

「あなたの宮殿なんでしょ」

「ああ。そうだ」

「だったら、私が出るわ」

 からかう気持ちが失せ、アレスは憮然となる。


「……お前に行く場所があると思うのか」

「……この部屋から出て行く」

「部屋を出て、どこへ行く気だ」

 食い下がらず、無視もしないで、リーシャが感情をぶつける。


「どこだって、いいでしょ!」

「また、周りの者に迷惑をかけるのか」

「……かけないわよ。だけど、あなたがいるところに、いたくないだけよ」

 他の人に迷惑をかけるかもしれないと思うと、強い態度に出られず、徐々にトーンダウンしていき、最後にか細い声で答えていった。

 以前に、迷惑をかけた経緯があるからだ。


「いつまでそうする気だ! 僕たちはどんな理由で結婚したにしろ、夫婦だ。正式な夫婦なんだ。常に一緒にいる運命なんだぞ。勝手な振舞いはよせ」

 状況を理解していないリーシャを言い含める。

 それ以外の言葉が見つからなかったのだ。


「……」

 唇を噛み締めるリーシャ。

 アレスの言うことが正論だった。

 悔しい気持ちを抱き、黙ったまま座っていた椅子に座る。

 全部を認めることはできず、不機嫌そうに口を閉ざした。


 リーシャの気持ちは不明のままだったが、腰掛けたことで、どこか満足していたのである。

「いいか。とにかく今日のことは忘れろ。僕がどんな理由で結婚してもだ、お前が想像していることはしてない」


「……」

「お前の勝手な振舞い一つで、王室のイメージは落ちていくんだ。王太子妃と言う立場をわきまえろ」

 唇を噛み締め、自分の感情を抑えるように瞳を閉じる。


(王太子妃……。どんな理由であれ、自分で選んで、入ってきた道)


 王太子妃と言う言葉が、心にどっしりと重く圧し掛かってくる。


(逃げないと決めたはず。前を向こう、前を向かなくちゃ。……大丈夫、大丈夫、私は私なんだから)


 瞑想しているリーシャを見下ろした。

 なぜか、アレスの口調が弱まる。

「ところで、お前の目はおかしいのか? 人の肌の色が緑とは?」


(何、言っているのよ。緑な訳ないでしょ)


 アレスを睨む。

「よく見ろ」

 促されるように、キャンパスへ視線を戻した。

「へぇ? ……きゃ、嘘でしょ!」


 自分が人の肌の色を、緑で塗っていたことに、初めて気がついたのである。

 慌てふためくが、ダメだと認識してしまった瞬間、脱力してしまった。

 腰掛けたまま、しょげるリーシャ。


「面白い絵を描くな。でき上がりが楽しみだ」

「……」

 返す言葉がない。


 好きなこと言えばと、投げやりになってしまった。

「異星人か、これは? だから緑なのか?」


(好きに言って結構!)


「でき上がったら、また見に来よう」


(来ないで!)


 誰がみせるものですかと、心の中で固く誓う。

 大切な学内コンクールに、出品する絵と言うことを忘れていたのである。


 いたずらな笑みをし、モヤモヤとした気持ちがどこかへと吹き飛んだアレス。

 ショックの大きいリーシャを残して、部屋を後にした。




 夜が明け、二人は同じ朝食の席についた。

 いつものように、一人舞台のおしゃべりはないものの、昨日の夕食とは違い、二人は揃って食事をとっていたのである。


 機嫌が思わしくないリーシャは、どうしてくれるのよと、昨日の絵の件をブツブツと文句を言っていたが、その呟きを耳にしながら、淡々と料理を口に運んでいった。

 長年アレスに仕えているウィリアムだけが、微かにアレスの口角が上がっていたことに気づいていた。そして、アレスの変化に、目を細めるばかりだった。


 二人はクラージュに登校し、それぞれの校舎へ別れていった。

 アレスが所属している特進科の教室。

 一限目の授業が終わると、生徒たちはそれぞれの階級同士で集まっていた。


 特殊な所属の仕方をしているリーシャやラルムを除いては、一年生の人数は十人しかおらず、女子に至ってはステラ一人だけだ。その十名の生徒の半分以上が、身分の高い王族や貴族、大富豪と言った子息令嬢なのである。残りの生徒は、ハーツの能力を買われて、入学した民間出身の生徒ばかりだった。そのためか、価値観が相容れずに、教室の中には、小さな集団がいくつかでき上がっていたのである。


 民間出身の生徒たちはハーツパイロットになって、栄華を極めようと必死なものばかりだ。セレブな生徒たちは、必死に栄華を掴もうと努力している生徒たちを、高みから見下ろしていたのだ。

 そのせいで、この二つの集団の間に、大きな溝が広がっていた。


 セレブな生徒たちと、栄華を掴もうと必死な生徒たちの大きな溝は、他の学年に言える話だった。

 ただし、アレスがいる一年生ほどではない。

 他の学年では、セレブな生徒が極端に少なかったからだ。

 一年生のクラスほど、大きく開いた溝がなかった。


 外に視線を走らせているアレスの席に、学友であるゼイン、ティオ、フランクの三人が近づいてくる。彼らはセレブ側の生徒たちだ。

 ゼインたちに、視線の先を移す。

「よっ」

「ああ」


 アレスとゼインたちは、初等科からの付き合いで、貴族の子息や大富豪の孫と言う子供たちだ。セレブな子供たちが、王族のアレスの周囲に多く集まっているのである。

 サン=クランチェ伯爵家の次男ゼインが声をかける。

 サン=クランチェ伯爵家は、少なからず有力な力を持った貴族の家柄だった。


「三限、変更になった」

 リーシャの後を追って、授業を途中で帰ったので、三限目の授業が変わったことを知らなかった。誰にも言わずに、アレスが帰ってしまったのである。


 ゼインたちは、別に気にする様子もない。

 昔からこういうことが何度もあったから、何も問わずに、変更の旨を伝えたのである。執務や公務などで、学友のゼインたちにも、何も言わずに、学校を抜け出すことが何度もあったからだ。


「戦闘戦術だ」

「そうか」

 そっけなく答えた。


「昨日の訓練、どうだった?」

 新妻との二人だけの訓練に、興味津々のアーヌルス子爵家の長男ティオが尋ねた。

「何もない」

 簡素にアレスが答えるのみだ。

 期待外れの返答に、三人は少しがっかりとした表情を垣間見せる。


「何もないって、どんなヘマをやったか教えろよ」

「それが楽しみだったんだから」

 諦めないティオや大富豪の孫フランクが突っ込んだ。


 特進科の大半の生徒が、ヘマをしている民間出身のリーシャをバカにしたくって、訓練の様子を密かに見たいと願望していたが、それが叶わずに、当事者のアレスから話を聞くことだけを楽しみにしていたのだった。

「何もない。それだけだ」

 それ以上は、口に出さず、軽く威圧して押さえ込んだ。


 残念と、三人が首を竦ませる。

 威圧するアレスに、深入りする度胸がある者は、誰もいない。

 少し離れた場所から、ステラが眺めていた。



読んでいただき、ありがとうございます。

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