第28話 二人だけの体育館
授業の木炭画に飽きてしまい、リーシャはラルムと共に教室を抜け出して学校の庭先を散策していたのだ。
ユルい担任のおかげで、リーシャたちはたびたび授業を抜け出し、息抜きをしていた。
庭先を歩いていると、他のクラスでは空き時間で、暇を持て余している生徒の好奇の目が、突然に王太子妃となったリーシャに視線が集まっていた。
朝からそんな好奇な目に晒されていた。
一人になったりすると、生徒たちがリーシャの周囲を取り囲んで、いろいろな話を求めていたのである。
さすがに他のクラスは授業と言うこともあり、庭先を歩いている二人に近づこうとする生徒が誰もいなかった。
ホッとひと段落できた。
静かな体育館の中へと入っていく。
体育館の中は誰もいない。
「静か。さっきの騒ぎが嘘のようだね」
「そうだね」
体育館は前の授業で、バスケをしていたようで、床に数個のボールが散乱していた。
一つのボールを拾い上げ、リーシャが突いていく。
ボールを突く音だけが響いていた。
何もしゃべらずに、ただ黙って淡々とボールを突く。
そんなボールを突く姿をラルムはただ眺めた。
「久しぶりの学校はどう?」
ボールを突くのをやめる。
リーシャの両手に、ボールが挟まっていた。
「楽しいよ」
「そう」
「ずっと忙しかったし」
「そうだね」
「ゆったりと、できそう」
視線の先は、両手に持っているボールだ。
ボールからラルムに視線を移す。
その顔は笑顔だった。
「そう」
「みんな、変わってないでよかった。変わっていたら、どうしようって、思っちゃった」
木炭画の授業の前まで、パーティーは続いて楽しいひと時を味わっていた。夢のような時間は終わってしまい、虚しい気持ちをどこからともなく感じていたのである。
「みんな、気さくだからね」
「うん。パーティー楽しかった、ありがとう」
「あれは先生やみんなが企画したことだよ」
「でも、準備してくれたんでしょ、ラルムだって」
「少しだけね」
(アレスとは違い、ラルムとは穏やかに話せるのに。どうしてアレスとはならないんだろう。二人ともシュトラー王の孫なのに)
「じゃ、やっぱり、ありがとう。嬉しかったよ」
綻んだ笑顔に、ラルムも同じように笑顔になる。
「楽しいパーティーだった。ここ最近、堅苦しいパーティーばかりだったから。やっぱり、こういうのが一番楽しい」
「……リーシャが喜んで、良かった」
二人は同時に見つめ合ってから笑った。
手に持っていたボールを一回バウンドさせてから、数歩前にいるラルムにパスした。
「GO」
ゴールポストに向かって、リーシャが指差したのである。
クスッと笑うラルム。
ドリブルしながら、ゴールポストの前でジャンプする。
ボールは見事に、ネットの中へと吸い込まれていった。
「凄い、凄い」
拍手して、はしゃぎ、歓声を上げた。
着地と同時に、視線を喜んでいるリーシャに注ぐ。
「宮殿の暮らしは、大丈夫?」
はしゃいでいたトーンは、徐々に静かになっていた。
自分を見つめているラルムと視線を合わせる。
ゆっくりと笑顔になっていく。
「……慣れないことの連続だけどね。近くにいつもユマさんがいてくれるから。ねぇ、聞いてよ、ラルム」
「何?」
「ユマさんって、呼ぶと怖い顔するの。物凄い顔で。綺麗な顔が台無しよね」
「そうなの?」
「うん」
リーシャが自分の目元を人差し指で上げてみせる。
「こんな感じで。せっかくの美人なのに」
真剣にユマの口調を真似ている仕草にラルムが笑った。
「目下の者には、敬称はいりませんって。何度、これで怒られたか。王族って、結構面倒臭いのね。別にそんなこと気にしなくってもいいと思わない?」
「宮殿は上下関係に厳しいから。そう考えると、リーシャって呼ぶのはまずいのかな? 考えてみると、僕よりも位は上になったんだし、様とかつけないと、いけないのかな?」
恭しくラルムは、きょとんとしているリーシャを見た。
堅苦しいラルムの言葉に、口を尖らせる。
「やめてよね。様なんてつけたりしたら、怒るからね。今までのまま、リーシャって呼んでよね」
「怒る?」
「怒るわよ」
「物凄く?」
「そう。物凄く」
「それは怖いな。それに様なんてつけたら、変な感じがするね」
また一瞬見つめ合った後、楽しげに二人が笑った。
まだ笑っている姿に、真顔に戻って眺めていたラルムが声をかける。
「苦しくない?」
心配するラルムに、優しい笑顔を浮かべる。
「……大丈夫。結構楽しいところも見つけているから。それにね、陛下と王妃様がね……」
最後まで聞かずに、ラルムは自分の言葉で遮った。
「嘘をつかないで」
「えっ?」
「嘘つかなくって、いいんだ」
虚をつかれ、二の句が出ない。
ただ、苦渋の表情を浮かべているラルムを見つめる。
「無理したくていいよ」
「……無理なんて」
無理やり、口角を上げようとする。
「僕の前で気を遣わなくてもいいよ。僕は知っているから、リーシャのことを。僕にはありのままを話してくれればいい。どんな話だって、僕は聞くから。だから、そんなに悲しい顔をしないで」
そんなことはないよと、否定しようとした。けれど、見透かされそうで、開きかけた口は閉じてしまった。
似ている感覚を持っている友達に、ふっと気を張っていた糸がプツンと切れる。
少しだけ心が暖かくなり、軽くなった。
「ありがとう、ラルム」
悲しい表情の中にも、微かに嬉しい笑みが零れていた。
今までみんなに心配かけないようにと、ずっと笑顔を作っていたのだ。
少しおどけるように、リーシャが話しかける。
「私、アレスとやっていけるかな」
本音がポロリと出てしまった。
「リーシャ……」
「宮殿の中は、なんか寒いような気がする。パパやママ、ユークに会いたいな」
沈んでいるリーシャに近づいていった。
無理に笑顔を作ろうとしているリーシャの目の前で立ち止まる。
「ごめんね。僕には話を聞いてあげることしかできなくって」
「いいの。こうして話を聞いてくれるだけでも、ありがたいわ。だって、話する相手だって、いなかったんだもん」
「……僕はいつだって、話を聞くよ。それで少しでもリーシャの心が休まるのならば」
「ありがとう。ホント、ラルムって優しいわね。私にとってラルムは大事な友達だわ」
「……大事な友達?」
掠れた声で、聞き直した。
「うん。大事な友達よ」
リーシャが笑顔で答えた。
「そう……」
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