第2話 不機嫌な王太子と上機嫌な国王
ヨーロッパにある国の一つであるアメスタリア国。アメスタリア国は現代では稀有な存在で、国王が王政君臨を行って国を繁栄させている。人々はアメスタリア国の国王を尊敬し、敬い、強い支持をしていたのである。
首都キーデアには広大な敷地にいくつもの宮殿が聳え立っている。その中で現国王であるシュトラー王と、その家族が住んでいた。シュトラー王は齢六十一で、二十二歳の時に国王となって強い権勢を現在もなお振るっている。
鳳凰の間に呼び出された王太子アレスは颯爽と歩いていた。
アレスは現国王シュトラー王の孫で、次の国王に指名される王太子でもある。
弱冠十五歳で頭脳明晰で、国王に成り代わり一部の執務もこなす優秀さだ。
先に歩くアレスの後ろに、彼の筆頭秘書官を務めるウィリアム、それにボディーガードである男たちが連なって歩いていた。
「学校を休んで来いとは……」
「申し訳ありません。聞いておりません」
あまり表情の色を見せないアレスは背後を見ることなく話を進める。
その内心は国王に呼び出し命令を受けて面白くなかった。
執務も公務もないために学校に行こうと準備をしている最中、突然に学校を休んで鳳凰の間に来るように命じられたのだった。
「学校よりも大事なことか……」
「まったく聞いておりませんので……」
「何も耳にはしていないのか?」
「はい」
「相変わらず、勝手な陛下だ」
不機嫌さが滲む言葉に何も返せない。
「少しはこちらの都合も考えてほしいものだ」
呼ばれた鳳凰の間の前に到着し、目の前には二人の侍従が立っていた。
一礼してから両開きのドアを開ける。
鳳凰の間はシュトラー王のくつろぎの部屋の一つで、家族や親しい者と会うプライベートの応接室だった。
アレスとウィリアムは中へ入っていった。
ボディーガードは部屋の外で待機している。
「……」
部屋にはアレスの両親である国王の次男ヴォルテとその妻セリシアが、すでに別棟の宮殿から来ていた。ヴォルテはめったに自分が住んでいる宮殿から出ることもなく、ここにいること自体珍しいことだった。
数週間ぶりに会う両親の存在に驚くが、何ごともなかったように振舞う。
それにシュトラー王、その脇には軍の総司令官ソーマ、副司令官であるフェルサの姿もあった。三人の歳はたいして、変わらなかった。
(何が起こるんだ。この異様な雰囲気は)
背筋を伸ばして立っている二人を目を細め見据える。
彼ら二人はシュトラー王のブレーンであり、軍の最高位である総帥が空席になっている現段階では、総司令官がトップで、それに次いで副司令官がナンバー2となっている。
シュトラー王が現役のハーツパイロットだった頃の後輩でもある。
チラッと国王に視線を傾ける。
いつもに増して、国王の立ち振る舞いがおかしかった。
(何をやってもいいが、こちらまで火の粉がこないで貰いたいが)
次に様子のおかしくさせている元凶に目を注ぐ。
部屋の中央に一つの長ソファが置かれていて、それを囲むようにそれぞれが座るソファが設置されていたのである。
乗り気ではない足を進めると、中央に置かれていた長ソファに一人の少女が横たわり眠っていた。
思わず、立ち止まり、訝しげにすやすやと眠る少女を眺める。
(クラージュの制服……。なぜ、うちの生徒がここに眠っている?)
「アレス。そちらに座りなさい」
「……」
両親が座るソファと向かい合う形で腰かける。
ウィリアムは静かにアレスの背後に控えた。
シュトラー王の次の言葉を待つが、いっこうに話そうとはしない。
ただ横たわっている少女の寝顔を嬉しそうに眺めているだけだ。
「……」
脇に立っている軍のトップに立つ二人を窺う。
表情一つ変えずに、ただ立っているだけだった。
(何なんだ? この状況は)
両親に視線を向けると、自分と同じように何も知らされていないようで困惑の色を醸し出している。
「陛下」
業を煮やし、アレスがとうとう口火を切った。
呼ばれても、愛しい者を見るような優しい眼差しで、眠っている少女を見惚れている。
(国王でなければ、ただの変態だ)
「静かに、起きてしまうではないか」
「……この状況の説明を」
「状況? はて、どういうことだ?」
視線の矛先は眠っている少女に向けたままである。
「なぜ、私たちが呼ばれたのですか?」
「触れたいの。マシュマロのような頬を」
(そんなことをしたら、犯罪だぞ、くそジジイ)
「……それに彼女はなぜ、こんなところで眠っているのでしょうか? ご説明願います」
悪態を隠し、敬う態度を崩さない。
「可愛い寝顔だ。起こすのはもったいない」
埒が明かないので、アレスは方針を変えた。
「自分の意志でここに来て、眠っているとはとても思えません。いつから、軍の人間は人攫いまでするようになったのですか?」
軍の中傷する言葉に、国王の背後に控えていたソーマとフェルサは少し眉を動かした。
「地に堕ちたものですね」
止めを刺しても語らない姿勢に、さすが軍人かと追及を早々に諦めてしまう。
けれど、静かに状況を観察するのはやめない。
シュトラー王のブレーンである軍のトップの二人が、ここにいる事実などを考慮し、ソファで眠っている少女は軍の関係者によって、ここに連れてこられたと推察する。
(この子をどうする気だ? それにあの溺愛ぶりはどうだ? 見たことがない。……まさか自分の側室に? ……ありえない、陛下はおばあ様を大切にしているし、一体何をなさりたいのか)
軍のトップに立つ二人は微かに眉を動かしただけで、アレスの挑発に動じることもなく、ただ前を見据えている。
「これがわが国の軍の状況なのですね」
ただ、嫌みの一つでも口にして溜飲を下げたのだった。
「美人だろう」
自分の世界に入り込んでいるシュトラー王は、的外れの言葉を連発するのみである。
「おー、この角度からもいいぞ。でも、こちら側もよかった」
面倒になったアレスは口を閉ざしてしまう。
そっと、眠っている少女に視線を走らせた。
(美人? どう見ても美人には見えない。標準的だろう。どう見てもあれは。しいて言えば、可愛い系の部類に入る顔だな。とても、美人とは程遠い)
「陛下。用がないようでしたら、私は下がらして貰います」
これまで無言を通してきたヴォルテが立ち上がる。
彼は鳳凰の間に訪れる前から不機嫌だった。
それは父の呼び出しを聞いた時点からで、ずっとその不機嫌さを隠さずに続けていたのである。父子の関係は良好とは言えず、ただ父は息子を威圧して事を収め、息子は何を言っても無駄と悟り口を閉ざしていたのだった。
「誰が下がれと命じた」
さっきまでの温かみのある声とは違い、低い声で三十を超える息子を圧倒させる。
部屋の空気が一変し、眉間に深いしわを寄せながらヴォルテは静かに腰を戻した。
待つ間、アレスはそれぞれの動向をじっくりと観察した。短髪のソーマはシュトラー王に対して呆れ気味の顔を浮かべるが、時々シュトラー王のように愛しい者を見るような柔和な表情で少女の寝顔を見ている瞬間があった。フェルサの方は顔色一つ変えずに少女の寝顔をただ時折眺めているだけだった。
「……」
両親に視線を移すと、一蹴されたことで、さらに苛立ち、ヴォルテは明後日の方向を向いたままだ。妻であり母であるセリシアは、複雑な視線を義父と夫に向けているだけだ。
見慣れた光景とは言え、アレスは嘆息しか出てこない。
(いつまで、ここにいればいいんだ)
少女を眺めるシュトラー王に視線を傾け、少女が目覚めるまでこの状況は続くなと長丁場を覚悟したのである。国王の性格を考慮すれば、容易に検討ができたのだった。
絶対的な存在のシュトラー王に逆らうのは無理な話なのである。
(本を持って来るべきだったな。暇を何で潰すか……)
大きな窓に青く澄み切った大空が映っていた。
早く学校に行くべきだったと後悔するが、すでに遅く、暇をどう潰すかそればかり考えて、目の前にいる少女のことなんて頭からすっぽりと存在を忘れてしまった。
まさかこの先の人生に大きくかかわるとは、この時のアレスは想像もしていなかった。自分の人生がこれほどまでに左右されるとは……。
読んでいただき、ありがとうございます。