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輪廻転生  作者: 香月薫
第2章
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第24話  楽しげな二人の姿に不機嫌になるアレス

 翌日。パーティーから夜遅く帰宅したリーシャは、簡単にシャワーを浴びてからベッドへと潜り込んだ。

 朝早くから起こされ、睡眠時間が短く、呆然とする中で、ユマたちの指示に従って着替えの支度を整えていく。


「聞いておられますか」

「……うん。聞いています……」


(ごめんなさい。聞いていません。とても、眠いです)


 どうにか眠い頭を騙しながら、午前中の講義の時間を終わらせることができた。

 講義専用部屋から、自分の部屋に重い足取りで戻ってくる。

 この時間帯になってくると、頭の中も冴え、部屋の惨状が予想されて、二人の中に重苦しい空気が漂っていたのである。


 扉を開く前に、嘆息を漏らす。

 ユマと共に部屋へ入ると、二人して同時に目を見開く。

 朝出て行った光景と、まったく変わっていなかったからだ。

 毎朝贈られてきたプレゼントの山がない。


「どういうこと?」

 呆然と立ち尽くして呟く姿に、脇に控えているバネッサが答える。

「本日は届いておりません」

「ホント?」

「はい」

 バネッサの後ろにいるクララとヘレナは、はいと同じように返事をする。

 その返事に安堵の息を漏らした。


「どうしたのでしょ?」

 今日も届くと思っていたクララは、二人からのプレゼントが届いていないことに不可思議に感じていたのである。

 侍女たちも贈られてくるプレゼントに覚悟していたのに、今日に限って、一切贈られてこなかったのだ。

 誰も首を捻るしかない。

 それにここにいる誰しも感じていたことだった。


「考えつくしたとかでしょうか」

 ヘレナがのん気な答えを一つ提示した。

 その返答に否定したのが、二人同様に留守を任せていたバネッサだ。

「それはないでしょう。陛下と王妃様はプレゼントを用意されていたようです」

 バネッサの言葉に、ドキリとしてしまう。


(やっぱり、プレゼントあったんだ……)


「午後に届くのかしら」

 午後に来るかもしれない山のようなプレゼントを連想していたら、表情が憂鬱になっていく。

 プレゼントを見て、喜ぶ域を超えているのだ。

 二人の大物のプレゼントは。


「それも、ないようです」

 はっきりとバネッサが否定した。

 誰もバネッサの話に耳を傾けている。


 不可思議に感じているリーシャに成り代わり、何事も冷静に物事を進めていくユマが、バネッサになぜそこまではっきりと答えられるのか問いかけた。

「近しい侍従たちに尋ねたからです。今後のことを考えると、どのくらいの量で、何日続くか、正確なことを把握しないと保管する場所にも支障が来るだろうと考えました。ですから、密かに知り合いの近しい侍従たちに尋ねたのです」


「では、なぜ贈るのをやめられた?」

「詳しくはわかりませんが、突然贈るのを停止するようにと命じられたそうです」

「同時ですか」

「はい。そのようです」


 逡巡したユマが眉を潜めた。

 ユマもそれとなく二人の直属の侍従たちに尋ねたが、色よい返答を貰えなかったのである。それなのにバネッサは、二人の近しい侍従たちから、自分がなし得なかった情報を聞き出していることに矜持を僅かに損傷させられる。


 ユマとバネッサのやり取りを聞き、考え込んでいたリーシャは、唐突にいつも励ましてくれる柔和なラルムの顔を思い浮かべる。

「ラルムだ」

 いっせいに嬉しそうなリーシャの方へ顔を傾けた。


「昨日、ラルムに会って相談したの。きっと、ラルムが頼んでくれたんだ」

 ぴょんぴょんと、嬉しそうに飛び上がっているリーシャ。

 身体全体で歓喜を表している仕草に、誰も注意できる自体ではない。


「ラルム殿下ですか」

 困惑を窺わせるユマが折り返して尋ねた。

 合点がいったと言う顔を覗かせるバネッサ。

 優しい殿下と称賛の声を上げるクララとヘレナ。


「うん。ラルムだよ」

 確信を得て、はっきりと口に出した。

 頼れる友達に浮かれている。


「リーシャ様。ラルム殿下です」

 ユマが厳しい口調で窘めた。

 瞬時に何を言っているのか把握できない。けれど、呼称をつけるように言われていることに気づき、しゅんと落ち込んでしまう。

「はい」


 注意も忘れて、リーシャの胸の中は感謝の気持ちでいっぱいになっていた。

 それ以外の人物に思い当たらなかった。

 何を考えているのかわからないアレスに頼んでも、関係ないと突っぱね返されたし、それ以外の人に頼んでいなかったからだ。


(アレスがやってくれたら……)


 思わず浮かんだ思考を振り払う。


(私、何考えていたんだろう。何で、あんなやつに期待しちゃうんだろう)


 近々の問題が解決したと、次のことをしなくちゃと気持ちを切り替える。

 気持ちが楽になった分、次の講義の時間は楽に過ごすことが少しだけできた。




 空いた時間を利用し、リーシャは昨日ラルムと会った白色の東屋に急ぐ。

 なぜか、来ていそうな気がしたからだ。

 案の定、白色の東屋にラルムの姿があった。


(やっぱり来ていた。そんな気がしてたのよね)


 リーシャの顔が綻ぶ。

 叫びかけた言葉をいったん引っ込める。

 辺りを誰もいないことを確認してから叫ぶ。


「ラ・ル・ム」

 学校と同じように、明るく声をかけると、スケッチしていた手が止める。

 ゆっくりと視線を声の主である朗らかに微笑むリーシャへ注いだ。

 自然と同じように微笑む。


「やぁ、リーシャ」

「何、描いているの?」

 スケッチブックを覗き込む。

 そこには鉛筆の濃淡だけで、鮮明な森と湖のほとりが描かれていた。

 見事な絵に目を丸くする。


(さすが、ラルム)


 クラスの中でも、デッサン力が高かったのである。

「上手い」

「ありがとう」

 感嘆するリーシャは、何の躊躇いもなく隣に腰掛ける。


「ありがとう」

 突然、礼を言われたラルムはきょとんと首を傾げた。

「プレゼントのことよ」

「ああ。そのこと、だったら、気にすることないよ」

「でも、ラルムのおかげで、今日はプレゼントがなかったの」

 ホッとしたような顔に、ラルムの心に穏やかな風が吹き込む。


「少しでも心配事を解決できて、よかったよ」

「ラルムのおかげだよ。ユマたちもひと安心していたよ」

「そう。それはよかった」

 嬉しそうに喜ぶ姿に、目を細める。


 少しでも心穏やかに宮殿で暮らせるように、シュトラー王と王妃エレナに話して、やめて貰えるように頼んだことだ。

 楽しく二人の会話が弾む。




 その二人の姿を、庭を散策していたアレスが見つける。

 か細く呟く。

「何してるんだ……」


 視線をはがすことができない。

 まるで仲いい恋人同士のような光景だ。

 その微笑ましい二人の光景を黙って見ていると、言い知れぬ感情が漂うのを感じずにはいられなかったのである。


 心の底から楽しそうなラルムの笑顔、自分には見せたことがない嬉しそうなリーシャの顔に、何もかもぶち壊してやりたい衝動に駆り立てられる。

 そして、頭の中が氷のように冷えていく。

「最近よく見るな、あの顔……」


 以前にも学校で楽しそうに微笑むラルムの顔を見たことを思い出す。

 その脇に数人いた生徒たちの中に、リーシャの顔もあったことも今になって思い出していた。

「あの顔を見る時、リーシャがいる……」

 小さな声で呟く。

 視線の先は、ずっとリーシャに固定されている。


(なぜ、あんな顔をみせる)


 アレスの近くに誰もいない。

 侍従やボディーガードを置いて、一人で庭を散策していたのだ。


(また、笑っている)


 当時はまったく興味がなく、作り物じゃないラルムの笑顔に、久しぶりと言う淡白な感想しか抱いていなかった。

 心底楽しく笑う傍らに、いつもリーシャがいたことを認識する。

 それも楽しく笑う姿を。

 粉々に打ち砕きたくなる。


 当時は名前も知らず、通り過ぎていたが、今はすんなりと通り過ぎることができずに、ただそのムカつきしか憶えない光景を傍観していた。


 二人の肩が触れそうになる。

 さらに目を細めた。

 不機嫌な声で呟く。

「楽しそうだな、リーシャ……」

 冷ややかな眼差しで、見られていたとは知らずに無邪気に笑っていた。




 ラルムとは白色の東屋で別れて、部屋に戻っていた。

 パーティーに出かける準備をするまで、時間があるリーシャは一人で時間を弄んでいた。

 講義の予習や復習があったが、やる気が起こらなかったのだ。

 することもなく、ソファに横たわって、目の前にある光景をただ呆然と眺めていた。


 つまらないと感じ、アレスがいると聞いた執務室を訪れる。

 たくさんある書類に目を通している最中だった。

「何しているの?」

 ノックをし、勝手に入ってきたリーシャに一瞬だけ視線を巡らせただけで、何も言わずに後は書類に視線を戻してしまった。


 いつもに増して、態度が冷たい。

 そっけない態度に、少し傷つきながら、くじけずに書類を見ている姿に明るく話を続ける。

「どんなパーティー何だろうね」

 手持ち無沙汰になり、書類の束をペラペラといじる。


 大人に混じって、仕事をしていることに興味があった。

 ペラペラといじっている書類の束に目を通していると、アレスがリーシャから乱暴に奪い取ったのである。

 少しぐらい、いいじゃないと少しだけ剥れる。


 主催者側の貴族の名前を聞いても、王族になったリーシャには、どんなパーティーなのか、どんな人たちが集まってくるのか理解できない。

 連日のパーティーに出席しても、リーシャの翡翠の瞳にはまったく同じような人たちしか思えなかったのである。


「来る人たちって、どんな人たち?」

 何も言わずに書類を読んでいるアレスを気に掛け、コミュニケーションを取りたいと頑張ってみる。

 より良い関係を目指していた。


 仲がいい両親を見て、育ったリーシャは、少しでも気難しいアレスを理解して、お互いの距離を少しでも縮めたいと願っていたのだ。

「大変ね。アレスって、こんなことまでしているのね」


 まだ、遊びたい年頃にもかかわらず、大人に混じって、政治をこなしている姿に心から凄いと尊敬していた。けれど、日頃ケンカばかりしてしまうせいで、それを口に出したことが一度もなかった。

 いい機会だと思い、口に出してみたのだ。

 文字が多い文章に、頭がクラクラしてきた。


(よく読めるな。私だったら、すぐに眠っちゃいそう……。ホント、アレスって、凄い。こういうのにも、一生懸命に頑張っているのね)


「で、何て書いてあるの?」

 微笑みを浮かべ、アレスの言葉を待った。

 微笑みを浮かべ待っていると、なぜか蔑むような眼差しを傾けられる。

「邪魔だ」

 いつも以上に、そっけなく、意地悪な態度に剥れる。


「出て行け」

 低い声で、アレスが言い放った。

 さらに剥れる。

 もう少し、優しくってもいいじゃないと言い返す言葉を飲み込む。


(ダメ。ここでケンカしたら、いつもと同じじゃない。ここは我慢、我慢するのよ、リーシャ)


 今日こそは距離を縮めようとしていたのだ。

「忙しいんだ。構っている暇はない」

 目で書類の束を指し示す。

 それっきり、リーシャの方を見ようとしない。

 書類の束がたくさん積み上げられていた。


 拒絶の態度に、声が小さくなっていく。

「……少しぐらい、話してもいいじゃない?」

「話? だったら、僕に恥をかかせるな」

「どういうこと?」

 何を指しているのかわからなかった。


「パーティーで名前を間違えたり、物を落としたり……」

 リーシャのパーティーの失敗談を事細かく連ねていき、さらに日常の失敗したことを連ねて言った。

 アレスが語ったことは真実であり、間違っていることは一切なかった。

「……」


(知っていたんだ……。けど、助けてくれなかった……。知っていたのなら、助けてくれてもいいじゃない。何で、助けてくれないのよ)


「王太子妃としての自覚を持て。立場をわきまえろ。暇があったら、遊んでいないで、マナーや人の名前でも憶えろ」


(俺の妻になったのなら、ラルムと話すな。あいつと話す暇があるのなら、勉強でもしていろ)


「……言いたいことは、それだけ?」

 俯いてしまい、リーシャの表情を窺うことができない。

 怪訝そうに表情が見えないリーシャを眺める。

「他にも、言ってほしいのか」

「どっちでもいい」


 リーシャが執務室に訪れる前から、アレスの機嫌が悪かった。

 二人が白色の東屋で楽しげに話をしている光景を見てから、アレスの機嫌はすこぶる悪く、執務室で書類に目を通している効率も、まったくと言っていい程はかどっていなかったのである。

 そんな最中に訪ねていったので、機嫌が悪くなる一方だった。


「もう民間人じゃないんだ。王族の一員になった以上、その役目を果たせ。パーティーでみっともない真似はするな」

 まったくパーティーでの件は言うつもりがなかった。放置し、知らん顔していれば、そのうちユマたちがどうにかするだろうと巡らせていたのだ。

 それなのに、なぜか、口がとめどなく止まらなかった。


「何でそんなに詳しいの?」

 表情は依然として、アレスには見えない。

「監視している者がいる」

「……」

 さらにリーシャが俯く。


 きつく閉じた唇だけが見えることができた。

 苛立ちは、すでに沈んでいた。

 けれど、口だけが止まらなかった。

「その者の報告書を読んだ。それにだ、僕に言うことだけ聞いていればいい……」


(俺以外の者の話なんて、聞くな)


 リーシャの唇が微かに動くが、何を言っているのかまで、聞き取ることができない。

「聞いているのか?」

 楽しそうに笑っていたリーシャの顔が脳裏に浮かぶ。

 そのため、口調が強くなっていった。

 それが苛立ちの原因だとわかっていた。

 だが、それがどうしてなのかが、わからなかった。


「……監視させているんだ」

「当たり前だろう? 王族なんだぞ。いつも監視されている」


(何、当たり前のことを言う? こいつは)


「……自由がないのね」

 小さな呟きに、アレスは目を見張る。

 だから、返答が一瞬遅れる。

「……当たり前だろう。僕たちは王族なんだ」

「息、つまらない?」

「……関係ない」


(つまるに決まっているだろう)


 監視されていると聞かされた瞬間、リーシャは居た堪れない気持ちになっていた。

 自分の意志がなくなっていくことが悲しくって、私の存在って何だろうと、ふとそんなことを考えていた。

 そんな人生で、アレスは楽しいのだろうかと逡巡する。


「ごめんね。帰る」

 いつもと違う様子に少しだけうろたえる。

 俯いたまま去ってしまった姿が気になり、出て行った扉を、しばらくの間凝視していた。


 普段のアレスだったら、無視していたことだった。けれど、顔を見た途端、無視できなくなっていた。

「何なんだ」


(何で、あんな顔する? 何で、哀しく寂しい顔をする? 俺は間違っていたのか? 何を間違っていた?)


 不機嫌な気持ちはどこかへ去っていた。

「僕は悪くない」

 自分で肯定しながら、それを払拭できずに、罪悪感だけが募っていった。




 その後に予定していたパーティーに、何事もなかったように二人そろって出席した。

 執務室での件が気になり、パーティーの間、リーシャの様子を窺って眺めていたのである。

 いつもと変わらない様子に、先程のあれは何なんだと自問自答をくり返して、ぎこちない笑いを浮かべ、どうにかその場を繕っているリーシャに気づかれないように観察していた。


「訳がわからない変な女。……それに面白い」

 その呟きは誰にも聞こえなかった。



読んでいただき、ありがとうございます。

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