第23話 白色の東屋
アレスとケンカして、部屋を飛び出したリーシャは、広大な王宮の庭園にある一角にある白色の東屋で、今にも泣きそうな表情で佇んでいたのである。
白色の東屋に、リーシャしかいない。
大腿の上にある拳は、ギュッと握り締めている。
周囲の綺麗な庭には目もくれない。
一人で歩いていたら、見つけた場所だった。
ただ見通しがつかない、この先の不透明さを考えるばかりだ。
「やっていけるのかな……」
ケンカばかりくり返す自分たちの現状に、暗雲しかないような気がしている。
結婚したばかりなのに、宮殿で暮らせるのか、アレスとこれからパートナーとしてやっていけるのかと悩み、どうにかなるだろうと言う安易な自信は失いかけていた。
弱い自信にひびが入り、ただ不安と寂しさだけが広がっていくのみだ。
考えれば考えるほど、暗くなるこの先に嘆息を零す。
「始まったばかりなのに……」
段々と声が細くなっていく。
(私、どうなっちゃうんだろう。続けていけるのかな、この結婚)
「リーシャ」
突然呼びかけられ、辺りを見渡した。
すると、白色の東屋に向かっている小径をゆっくりとしたペースで歩いてくる人物がいる。
美術科のクラスメートであり、アレスのいとこでもあるラルムが一人でいるリーシャの元へやってきた。
王宮に無理やり連れてこられるまで、ラルムの素性をまったく知らなかった。ラルムの告白で知った時は、目を丸くするほど驚くが、すぐさまに秘密にしていたラルムの心情を感じることができたのだった。
物腰が柔らかな姿を見つけると、泣きそうな表情がはにかむような笑顔に変わっていた。心配をかけたくないと思い、あえて明るく言葉をかける。
「ラルム。どうしたの? こんなところに?」
「おばあ様のお見舞いに」
「王妃様の?」
「うん。最近はいいみたいだね」
「そうみたい。ユマたちもそう言っていた。それにこの前、アレスや陛下たちと四人で夕食を共にしたのよ」
泣きそうな顔は封印し、いつもの快活な表情へと戻っていく。
それに久しぶりに友達と話せる喜びを表している。
陽気な表情へ戻った姿に、ラルムは内心ではホッとしていた。
白色の東屋で佇む姿は、今にも泣き出しそうだったからだ。
泣き出しそうな姿に、自分の立場の弱さを痛感させられ、どうしても自分には力がないんだと密かに嘆くことしかできなかったのだ。
でも、意外な話にラルムは自分の耳を疑う。
「……それホント?」
「うん。陛下から夕食を共にしようって、挙式の翌日に」
何気なく、挙式の翌日に夕食した話題を話す。
いつも穏やかなラルムは考え込む仕草をしながら、自分の感情を加えているリーシャの話に耳を傾けていた。
「少し意外」
「どうして?」
「おばあ様が、登場するあたりが?」
(おばあ様に会った時には、そんな話しなかったのに……)
可愛らしく首を傾げ、不思議そうに見ている姿に、ラルムは自然と表情が和み、理解できないリーシャの隣に腰掛ける。
「おばあ様はプライベートの家族の食卓会でも、あまり顔を出すことがないんだ。昔からね。きっと、アレスだって、驚いていたはずだよ」
「そうなの? そんな感じしなかったけど。でも、私が変だと思ったのは、アレスの両親がプライベートの食事会にいなかったことよ」
「ああ。そのこと」
それも的確で、わかりやすい言葉で答えて示したのである。
「聞いた話なんだけど、あまりおじい様とおじさん、仲が良くないみたいだ」
「そうなの? 何で?」
「……後継問題」
「そうなの……」
(複雑なのね。後継問題って……。どうして息子ではなく、孫だったのだろう?)
思いに耽っている姿を、ラルムは目を細めて眺めた。
アレスが後継者と選ばれた際に、アレスの父親ヴォルテは反対した。
自分がその後継者に選ばれなかったことではなく、シュトラー王の長子で、自分の兄であり、ラルムの父親ターゲスが選ばれなかったことに憤り、兄のターゲスが相応しいと強く反対していたのである。以前よりヴォルテは父親シュトラー王の後は自分ではなく、兄であるターゲスが相応しいと言動で示していたのだ。けれど、その思惑はシュトラー王の一言で打ち消されてしまったのである。
たった一言である、『私が法律だ、アレスを後継者にする』
それ以来、元々いいとは言えなかったシュトラー王とヴォルテの仲がこじれていったのだ。
「……」
何も知らないリーシャに対し、偽りを話さずに真実を話して聞かせた。
よく知らないと言って、ラルムは逃げることもできたが、その道を選ばずに言える範囲内で正直に話したのである。
リーシャに対して、できるだけ言えることは自分の口で、真摯に話したかったのだ。
「前にも少し話したことあっただろう? それが根強く絡んでいるんだ」
「そうなんだ」
アレスやその家族の中に、微妙な空気が流れていることに、薄々にぶいリーシャも気づいていた。
(複雑な関係に辛かったから、あんな何を考えているのか、わからない性格になっちゃったのかな……。どうにかして、少しでも気持ちが晴れるといいけど)
突然居合わせたラルムに、何気なく尋ねるのだった。
「複雑ね」
「……そうだね」
「私みたいな、平民にはわからない世界。でも、中の人にとってみれば、きっと大事なんだろうな。ムカつくことが多いけど、アレスって大変なのだね」
(ああいう頼み事して悪かったのかな? でも、あの態度はないと……、でも……辛いんだろうな。どうしたら、仲良くなれるかな)
「……そうだね」
思いに耽っている横顔を見つめ、ラルムの表情は寂しい色を滲ませている。
哀愁漂う表情に気づく様子もなく、ただアレスの微妙な立場に心を痛めていた。
「ところで、リーシャの方こそ。こんなところで、何していたの?」
先程のさびしい表情が消え去り、ラルムは務めて明るく尋ねた。
少し前からリーシャが白色の東屋で佇んでいる姿を見つけていたが、落ち込んでいる様子が気にかかり、遠くから様子を窺っていたのだ。
なぜ自分がここにいるのか思い出し、すこぶる機嫌が悪くなり、頬を膨らませる。
横暴なアレスに対する怒りが再来したのだ。
「どうしたの? アレスとケンカしたの?」
「うん。あの男、最低よ。信じられない」
目の前にいるはずがないアレスに向かって、唇を尖らせたり、あっかんベーと舌を出したり、できる限りの悪態をつきまくる。
困ったような顔をするラルム。
「僕にもわかるように説明して、リーシャ」
「え? あ、うん。……あのね」
プレゼントの下りの話から始まって、その件でアレスにどうにかしてほしいと頼みに行って、ケンカをしたいきさつを包み隠さずに語った。
ジェスチャーを交えながら話す姿に、真摯に耳を傾けていた。
アレスには無理なことだなと抱く。
(アレスではダメだ。リーシャを傷つける。どうして、おじい様はリーシャの相手をアレスではなく、僕にしてくれなかったのか……)
「……そんなに凄い量なの? きっと、おじい様も、おばあ様もリーシャのことが可愛くってしょうがないんだろうな」
嬉しいけどと呟いて、うんざりしているリーシャに、朗笑するラルム。
「うん。私もそう思う。でも、さすがに……」
「ユマたちが戸惑うってことは、凄いんだろうな」
「他人事のように言わないで」
ちょっと拗ねる仕草に、ごめんと謝った。
剥れているところも可愛いと思っても、口に出さない。
話を聞いていないと、怒られそうだったからだ。
「どうしよう……。明日が怖い」
「大丈夫。僕の方から話してみるよ」
俯いていた顔を上げる。
まっすぐに柔らかなラルムを見つめた。
「安心して、リーシャ」
「ホント? ……でも……」
迷惑になるかもと思い、申し出を素直に受け取ることができない。
迷っているリーシャの肩に、穏やかな笑みと共に手を置く。
「大丈夫、心配しないで。僕に任せてほしいな」
「……ありがとう。本当に大丈夫?」
「リーシャは笑っている方がいい。僕は笑っているリーシャが好きなんだ。ほら、笑って、笑ってみせて」
ラルムの言葉に促されるように、表情が笑顔になっていった。
「この方がいい。そうだ、僕ね、リーシャと同じようにハーツパイロット候補生になったんだ」
思ってもみない話に驚愕が隠せない。
「ラルムも? 私と同じなの?」
「うん。リーシャと同じで、美術科に所属しながら、特進科の授業にも出るよ」
リーシャのことが心配だったラルムは、シュトラー王に自分もハーツパイロット候補生になると申し出たのである。短い話し合いの結果、シュトラー王の了承を得て、ラルムはハーツパイロット候補生になった。
「嬉しい。私、一人じゃないのね」
喜びはしゃぐ姿に、ラルムの顔も自然と笑顔になる。
楽しく笑っている顔が一番好きなのだ。
「ところで。ラルムは、ハーツ初めて?」
問いかけに、首を横に振る。
「アレスと同じように、小さい頃から乗っている」
「じゃ、外国へ行ってからも?」
目を丸くしている仕草に、クスッと笑みを零れる。
「うん。訓練だけは受けていたよ。でも、少しだけだよ。アレスみたいに長い時間は乗っていないから。だから訓練メニュー、リーシャと同じものにして貰った」
「私と同じで大丈夫なの? 私、基礎体力からでしょ?」
自分と一緒でいいのだろうかと、不安になり、いつも優しいラルムに迷惑じゃないのかと顔を曇らせる。
「さっきも話したけど。時々、乗っていただけだから、僕も基礎がまったくできていない。乗るんだったら、きっちり基礎体力から始めないと、ダメなんだ」
「ホント? 一緒でも大丈夫なの?」
「うん」
「よかった」
心底ラルムの言葉に安心する。
一人で別メニューすることが心細く、不安でたまらなかった。
ラルムが腕時計を見る。
「リーシャ。そろそろ戻った方がいい」
ラルムに促され、スマホで時間を確かめる。
何度もユマから着信があったことを知った。
もうすでに礼儀作法の講義の時間を過ぎ、自分たちの結婚祝いのパーティーに出るための準備の時間が迫っていたのである。
連日、貴族たちが二人の結婚祝いのために、パーティーを開き、二人揃ってそのパーティーに出席していた。気疲れが多いパーティーには出たくなかったが、自分たちのために開いてくれるパーティーに我慢して出席していたのだ。
「ごめんね。もっとゆっくり話したかったんだけど」
「いいよ。また話せるよ」
「じゃね」
ラルムとの別れの挨拶もそこそこに、白色の東屋を飛び出していった。
リーシャの後ろ姿が見えなくなっても、一人残ったラルムは眺め続けている。
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