第22話 部屋を埋め尽くすプレゼントの山
挙式を終えて三日目。
三日連続で、たくさんのプレゼントがシュトラー王と王妃エレナから届けられている。山のように積み上げられているプレゼントを見上げ、そのたびにリーシャはユマたちと嘆息を零す。
(また、来た)
部屋がプレゼントで埋め尽くされていたのだ。
その量は日に日に多くなっていた。
それも尋常ならぬ量だ。
ため息を吐く。
「入る?」
「……厳しいかもしれません」
率直な意見をユマが漏らした。
「そうだよね……」
プレゼントの量の多さに、それ以外の言葉が浮かばない。
三つある衣裳部屋は、昨日の時点で、すでに満杯だった。
専用の衣裳部屋があった。
それも自分がかつて使っていた部屋よりも、大きな衣裳部屋だ。
それにもかかわらず、連日のプレゼントで入りきらない。
「どうしよう……」
途方に暮れたように呟いた。
一生、衣装やアクセサリー、靴を買わなくても過ごせそうな量に、頭痛を憶える。
どれもこれも好みのものや、ほしいと思っていたもので、ほしいと願っていた背負いバックは十二色全部揃っていたのである。
綺麗に包装され、積み上げられていた。
再度、ため息を吐いた。
ため息を吐いても、山のように積み上げられているプレゼントが消えるはずがない。
「どうにかいたします」
強い口調で、ユマが答えた。
「お願い」
悲壮感を漂わせる弱い口調で頼んだ。
この部屋で生活できないほどの量のプレゼントをどうにかすべく、優秀なユマは瞬時にどこへこの量のプレゼントの山を移動させるか考える。
「……、!」
奥に空いている部屋があることを思い出し、ひとまずそこへ避難させようと、控えているバネッサたちに視線を傾ける。
「奥へ」
ユマの言葉を待っていたバネッサは、すぐさまにユマの意図を見抜く。
侍女となって日が浅いクララとヘレナは、えっ?と首を傾げ、ユマの意図がわからずに、その場に立ち尽くしている。
きょとんとしている二人に対し、表情が乏しいバネッサが自分の後にと素早く言って、山のようなプレゼントの箱の移動を開始する。それについて行こうと、あたふたとしながらも、クララとヘレナはプレゼントの箱を抱え、颯爽と先に行ってしまったバネッサの後についていった。
三人を見送ってユマは、この状況にどう対応していいのか悩んでいるリーシャに視線を巡らす。
眉間にしわを寄せ、リーシャの顔色が少し青白くなっていた。
(ほしいと願っていたものがプレゼントされて嬉しいけど。量が。普通、誕生日とかクリスマスに一つ贈るものでしょ? どうして、こうなる訳? このままだと、ここが全部プレゼントで埋め尽くされちゃう……)
「大丈夫ですか? リーシャ様」
「う、うん」
心配してくれるユマの顔を見る。
ぎこちなく微笑んでみせた。
ユマに別な苦労を掛けると思い、普通を取り繕ったのだ。
「少し休まれますか?」
「大丈夫」
「そうですか」
「明日も来るかな?」
恐る恐る尋ねた。
これ以上考えたくはないが、考えなければならない量に困惑するばかりだ。
シュトラー王と王妃エレナは、孫娘がほしいと願っていたが、二人いる孫はどちらも男の子だった。そのために、初めてできた孫娘が可愛くってしょうがなかった。
新しくできた孫娘リーシャに、自分の気持ちを表すように、連日山のようなプレゼントを贈っていたのだ。
それに大切な親友クロスの孫であることも要因の一つだった。
「……かもしれません」
「だよね」
抑揚のない声で、途方に暮れるしかない。
明日のことを考えるだけで、憂鬱な気分に陥ってしまう。
(明日が来なければ、いいのに……)
「……お礼の手紙は、どうなされますか?」
昨日、リーシャは二人に礼状を送った。
この礼状が拍車をかけたことは知らない。
二人はリーシャからの礼状が嬉しくって、その気持ちを表すために、さらにプレゼントの量を増やしてしまったのだ。それに二人はリーシャに贈るプレゼントの量を密かに競って、相手に負けまいとして闘志を燃やしていたのである。
「書くわ」
「それがよろしいかと思います」
「やんわりと断れないかしら……」
呟くような懇願に、困ってしまったユマは何も答えない。
ただ、黙って俯いてしまった。
何でも好きなことを言いなさいと、二人は言うが、とてもこれ以上はいりませんとは嫁に入った立場から言える度胸がない。
どこか有無を言わせない雰囲気が感じられる二人に、常に有無を言わせない態度を取るアレスの顔が浮かび、やっぱりアレスの祖父母だと何となく思ってしまう。
(どうしたら、いいんだろう……)
「昨日より、量増えているわよね」
「はい」
「明日、量増えているかしら」
「たぶん」
「……せめて、一つにしてくれるといいんだけど」
解決策も見つからず、ボヤキだけが口をつく。
気遣ってくれるのは素直に嬉しかったが、度を越えた二人の発想には疲れずには入られなかった。
同じように対処に戸惑っているユマも、同じようなことを考えていたが、言葉にせずにコクリと頷く。
何度目かの、溜息を吐いた。
シュトラー王や王妃エレナへの礼状や、ユマからの講義も終わり、ひと時の休息を楽しんでいたのである。プレゼントのことなど忘れて、まったりとした気分で、好きな紅茶を飲みながら、綺麗に施されている庭先をぼんやりと眺めていた。
「キラキラしている……」
温かなまどろみの中、気持ちのいい眠気が襲う。
「……ダメ……寝ちゃ。この後、礼儀作法が、まだ待っているんだから……」
うつらうつらと心地よい時間が漂う。
温かな陽射しが毛布代わりとなって、眠気を誘っていた。
「気持がいい……」
何とも言えぬ温もりに顔が綻んだ。
いけないと思い止まり、閉じそうになった目を見開く。
カップを置く自分の手を見ると、その手首にシュトラー王から貰ったブレスレットが視界に飛び込んでくる。
穏やかな気持ちから一転し、頭痛の種を思い起こさせてしまった。
「どうしよう……」
ふと、ある解決策が浮かぶ。
思わず、顔がにやつく。
控えているバネッサに視線を注いだ。
「バネッサ。アレス……じゃなくって、殿下は?」
「王太子殿下でしたら、執務の時間を終え、部屋におられるとのことです」
「そう。ありがとう」
立ち上がって、足を踏み出そうとした。
ハッと思い止まり、控えているバネッサに身体を傾ける。
「部屋へ行っても、大丈夫かな?」
「窺ってまいりましょうか?」
「……いい」
「かしこ参りました」
何となく重い足取りで、アレスの部屋の前まで来る。
朝に一緒に食事して以来、夫となったアレスとは会っていない。
頼れる存在がアレスしかいなかったとは言え、相性が悪い相手に頼みたくなかったはずなのに、数時間ぶりに会うことに、少しだけホッと和む感覚が湧き起こる。
(何だろう、この感じ……)
不意に首を傾げる。
頭を振り払ってからノックをし、アレスの部屋に入っていった。
「アレス、ちょっといいかな」
部屋を覗くと、いつものように無表情で自分と同じように休息を取っていた。それもコーヒーを飲んで、のんびりと寛いでいるところだった。
部屋は趣味のいいインテリアばかり揃っている。
自分の部屋とはまた違う雰囲気のある部屋に、こういう部屋もいいかもと訪ねた理由も忘れて、別な思考へ誘われてしまう。
(こうすると、大人っぽいかも)
好奇心の目で、キョロキョロと見渡しながら、アレスの向かい側の席に勝手に座る。
「いい部屋ね」
率直な感想を漏らすと、当たり前だと言う顔だけで、何も答えようとはしない。
話が続かなくなり、しょうがないと本題に切り込もうとする。
(会話を広げようと思わないのかしら? 変なやつ。頼まないといけないから、ケンカしちゃダメ。ケンカしちゃダメ。よしっ)
「話があるんだけど?」
無言の態度に、話を聞くと了承を得たと勝手に受け取り、大腿の上に乗せた両手をいじりながら話し始める。
「話と言うか、お願いと言うか。……陛下や王妃様にね、もうプレゼントはいいですって言ってほしいの。貰ったものだけで、十分ですって。……毎日、お二方から、プレゼントの山が届いて大変なの。私やユマたちも困っているし、お願いできるかな」
飲んでいたカップを置くアレスを、懇願する翡翠の瞳で凝視している。
「自分で言え」
そっけない態度で、困惑しているリーシャを突き放す。
「え?」
「僕には関係ない。お前のことだろう? だったら、自分で言え」
そんな無情な態度に、ムッと表情を露わにし、懇願する瞳から睨めつける瞳に変貌していった。
あっという間に、態度を一変させる。
心の中で面白がっているが、表情に一切出ていない。
「言える訳がないでしょう!」
お願いの態度から、強気の態度の口調へ変化した姿を興味深くアレスは見入る。
(どうしたら、こんなにもコロコロと感情を変えられるんだ)
感情の起伏さを、内心で感心しつつも、一番面白がっていた。
「転科の時は、自分で言っただろうが?」
「あれは……、とにかく状況が違うの! あの時と、今は」
食い下がらないリーシャ。
胡乱げな視線をアレスが注ぐ。
口を尖らせ、リーシャが睨んでいるがまったく怖くない。
「同じだろう」
「違うもん。とにかく、部屋中がプレゼントの山に押し潰されそうなの」
「関係ない」
アレスの口角が僅かに上がっているのを見逃さなかった。
「私が困っているのを楽しんでいるでしょ」
「ああ。悪いか」
「サド」
「面白いやつと結婚したんだ。楽しまないとな」
優美にアレスが笑う。
「……困っているの」
「知るか。自分のことは自分でやれ」
そっけない態度を取り続ける姿に、憤慨し、急に座っていたソファから立ち上がって目の前に座っているアレスを見据えた。
「アレス、あなたには優しさってものがないの?」
「優しくする理由がない」
「……夫婦ってものは、互いを助け合うべきでしょ?」
まっすぐ射抜くようなリーシャの視線にも、アレスの不遜な態度は変わらない。
逆にリーシャが言えば言うほど、硬化していくようだった。
「知らない」
「私の両親はそうだった」
「……そうか。とにかく、僕には関係ないことだ。自分のことは自分で。面倒を押しつけるのはやめてほしい」
目がまったく笑っていない、ただ心凍らせるような視線を投げかけている。
歩み寄ろうとしても、突き放す態度に無性に悲しくなっていく。
時間が経てば、打ち解けていくだろうと言う期待が、壊れていくのが怖く辛かった。
怒りよりも、悲しみの声で答える。
「……もう、いい」
「そうか」
今にも泣きそうな顔で、アレスの部屋を出て行こうとする。
コーヒーカップに視線を向けたものの、何を思ったかアレスは立ち去っていく後ろ姿を眺めていたのである。
(何で気になる。……メチャクチャにしてやろうか。……くそ。……やはり、よくわからない女だ。明るいと思ったら、怒ったり。次は泣きそうな顔して……。何であんな顔をするんだ? 悪くないぞ。あいつから言ってきたんだからな)
アレスの元に、まだリーシャの元へ贈られてきたプレゼントの報告が行われていない。
だから、贈られてきたプレゼントが、どのくらいの量だったのか、一切知らなかった。
数時間後、リーシャに関する報告を受け、プレゼントのリストを見た時に眉を潜めるばかりだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




