第21話 四人での夕食会
一人部屋で寛いでいたところへ、アレスの筆頭秘書官ウィリアムが部屋へ静々と入り、雑誌を読んでいるアレスの前へ立った。
ウィリアムが来たからといって、顔を上げることはしない。
「時間か?」
「いいえ。まだ時間がございます」
ウィリアムの気配を感じ、執務する時間なのかと巡らせていたら、まだそんな時間ではないと言う話に少しいやな予感が過ぎっていた。
「何だ?」
「陛下から、夕食の誘いのカードが届いています」
訝しげな表情で、幼い頃から仕えているウィリアムを見上げる。
その表情はスッと消え、いつもの何を考えているのか読めない表情へと戻っていく。
「……予定は?」
「ございません」
「じゃ、そう伝えてくれ」
「わかりました」
忠実な筆頭秘書官ウィリアムが下がっていった。
部屋に誰もいなくなると、乱暴に読んでいた雑誌を放り投げる。
なぜか、のん気に笑う妻になったリーシャの顔が急に浮かぶ。
誰もいなくなった部屋で、苛立ちをほんの少し露わに出した。
「何なんだ、あれは」
食事の時、一人でしゃべっていた姿を思い浮かべ、訳がわからずに顔を少し顰める。
突拍子な行動を起こすリーシャの存在は奇妙であり、新鮮だった。
「何をしたいんだ、あれは」
(まったく意味不明な行動だ。延々と食事中にくだらないことをしゃべって。それも要用が得ない。何を言いたいのか、さっぱりだ。あいつの行動原理は何なんだ)
いつも一人で食事をすることが多かったアレスにとって、理解不能な行動だった。
プライベートの食事の際、いつも一人で食事をとっていたのである。
今まで体験したことがなかった状況だ。
結局、食事が終わり、席を立つまでしゃべり続けていたのである。
その間、アレスは表情には出さずに、気づかれないように観察していた。
「あれは、何をしたかったのか。……まったくわからない」
軽く首を振り、息を吐く。
なぜ、あんな真似をするのか、考えても思考が読めない。
(人間なのか、あいつは。……次は何をやるのだろうか?)
「夕食か……」
シュトラー王から夕食の誘いを伝えに来た時の光景を思い出していた。それは異例なことでもあったのだ。今までシュトラー王たち身内と食事を共にすること自体、アレスの記憶にある回数は、指で数えられる程度しかなかった。
それほど少なかったのである。
(陛下も物好きなことだな)
考えるのが、鬱陶しいとばかりに息を吐いた。
けれど、思考が止まらない。
腹立たしいことに深まる一方だ。
シュトラー王の今までの言動を考えると、自分たちのお気に入りの変な女リーシャと食事を共にしたいと言う理由だけで、シュトラー王が滑稽だと笑ってしまいたかったが、それをすんなりと承諾している自分が、さらに滑稽だと思わずにはいられない。
「三人で夕食か。くだらない」
憮然となったアレスが立ち上がった。
モヤモヤとする気持ちの中で、部屋を出て行ってしまう。
夕食の時間帯となり、リーシャを伴ってシュトラー王が待っている宮殿へと向かう。
その最中でもコミュニケーションを図ろうとするリーシャは、不機嫌な様子のアレスに何度か話しかけたが、一言も返ってこない様子に話しかけるのを、今度はあっさりとやめてしまった。
(どうしてやめた? 朝のあれは、何だったんだ?)
部屋の中へ颯爽と足を踏み出すアレスの後に、緊張気味のリーシャが入っていった。
歩みを止めずにアレスは、少しばかり驚いてしまう。
「……」
テーブルの席にシュトラー王だけではなかった。
身内だけの席にも、めったに出席しない病弱な王妃エレナの姿もあったからだ。
そんな軽い驚きと衝撃に、のほほんとしていたリーシャは気づいていない。
ただ少し緊張気味に身をすくめているだけだ。
(王妃様まで来ているとは……)
肝を潰すようだったが、アレスの表情に瞬時に引っ込む。
おどおどしているリーシャに気を取られ、シュトラー王たちには気づかれていなかった。
「よく来た。待っていた」
「さぁ、立ってないで座りなさい」
シュトラー王と王妃エレナは、それぞれに二人に声をかけた。
二人はご満悦に顔が緩んでいる。
「お招き、ありがとうございます」
アレスが何事もなかったような口調で答えた。
それに続いて、緊張を前面に出しているリーシャが口を開く。
「お招き、ありがとうございます。それと、陛下、王妃様。プレゼント、ありがとうございました。大切に使わせて貰います」
待っていた二人は、目を細め、初々しく微笑むリーシャの姿を見つめる。
ここに来る前に、ユマたちと何度も練習したフレーズを噛まずに言えたことに頬が緩んでいた。
シュトラー王が贈った大きなリボンが特徴のフワフワとしたワンピースに、王妃エレナが贈った大きめな耳飾りやネックレスなどのアクセサリー、靴をリーシャは身につけていたのである。
それらのものは二人に対して失礼がないように、ユマと相談して決めたものだった。
「早速、私が贈ったものを着てくれたのか」
「私が贈ったものも、身につけてくれたのね」
「はい」
はにかむ笑顔で、リーシャが答える。
入室と同時に二人は自分たちが贈ったものを、身につけていることに気づき、微笑んでいたのだ。
「似合っている」
「可愛らしい。天使みたい」
はしゃぐ二人の姿に、アレスは口が開かない。
「……ありがとうございます」
二人の褒め言葉が恥ずかしく、か細い声で答えた。
ようやくリーシャが身につけているものが、二人が贈ったものだと知る。
チラッと隣に照れているリーシャのいでたちを、上から下まで眺めた。
何も感想も言わずに、アレスはさっさと席に着く。
それに従うように、ぎこちなく席に着いた。
料理が次々と運ばれ、四人での夕食が始まった。
食事が始まってすぐに、アレスの両親ヴォルテやセリシアの姿が席にいないことに気づく。
(家族だけの食事じゃないの? お義父様とお義母様は?)
席は埋まって、四人分しかない。
視線だけを動かし、シュトラー王や王妃エレナ、アレスの様子に侍従や侍女たちの様子を確かめた。
この状況を当たり前のように振舞っている。
困惑を隠せないリーシャは四人だけの夕食とは思ってもみなかった。
見かけることの少ないヴォルテやセリシアも来るのだろうと思っていたのだ。
「……」
当たり前のように始まった光景に、疑問を持ちつつも、料理のおいしさに舌鼓、ふと浮かんだ疑問は瞬く間に消えてしまった。
(おいしい、何これ。まったりとして、……こっちもおいしい)
淡々としているアレスとは対照的に、上機嫌なシュトラー王がピンクのシャンパンを口につけようとしているリーシャに話しかける。
「少しは慣れたか?」
「……はい。だいぶ」
作り笑顔で、シュトラー王の問いかけに返答した。
まだ何もわかっておらず、手探り状態で、誰かが隣にいないとまったくわからないのが本音だった。それなのに目の前にいる二人を気遣い、嘘の返答をしたのだ。
「プレゼント、気に入って貰えたかしら?」
少し心配気味に、王妃エレナが問いかけた。
「はい。どれも素敵なものばかりで。嬉しかったです」
「私のは、どうかな?」
「はい。陛下が下さったものも、とても素敵なものばかりで、どれにしようかと着るのも迷ってしまいました」
素直な感想をそのまま伝えた。
ジェスチャーを交え、服や小物を選んだエピソードを話したのである。
二人が贈ったプレゼントは、すべてリーシャが好きなものばかりだった。
今着ているワンピースやアクセサリーを、ユマと選ぶ時は、正直困ってなかなか選ぶことができなく、アレスを少々待たせてしまった経緯があった。
だから、怒られると思い、口を閉ざしているアレスに、話しかけるのを簡単に諦めてしまったのだった。
「そうか」
二人の顔から満足の笑みが零れていた。
その笑みに、ホッと胸を撫で下ろす。
それからリーシャ、シュトラー王、王妃エレナの会話は弾んでいった。
三人の会話を出される料理を食べながら、アレスは三人に気づかれないように窺っていた。
(王妃様まで来るなんて。ホントこいつは何者なんだ)
予想だにしなかった出来事に、アレスの思考はいろいろと巡っていたのだ。
三人の会話はリーシャの一人舞台のようなものだった。
家族の話や学校の話を聞かせ、それにシュトラー王と王妃エレナが相槌を打っていると言う光景である。
その会話の中には、いくつか今日の朝に聞いていた話もあった。
聞いていない素振りをみせながらも、アレスは話をきちんと聞いていたのだ。
三人の会話の中で、時々シュトラー王と王妃エレナは、静かに料理とシャンパンを口に運んでいるだけのアレスにも話しかけて、その問いかけに短い答えで返しているだけだった。
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