第20話 新婚初日
今日から、第2章に入ります。
一日がかりの挙式も終わり、一人フカフカな薔薇の模様が施された豪華なベッドの中で、あどけない寝顔、心地よい寝息と共にリーシャは深い眠りについていた。
「んー」
微笑みを浮かべ、寝返りをする。
厳しく難しい講義から開放され、久しぶりに気持ちいい眠りについている。
挙式や祝いのパーティーを無事と呼べる範囲以内で、終わらせることができた。小さな失敗談はいくつもあったが、秒タイムで進むスケジュールのために、落ち込む暇さえなかったのが現状だ。
久しぶりの深い眠りが、終わりを告げようとしている。
侍女のユマによって、王太子妃となったリーシャは心地よい朝を無理やり起こされる。
宮殿に連れて来られた日から、目覚めの悪いリーシャを起こすのはユマの役目だった。
「朝でございます。起きてください、リーシャ様」
「んっ、んー……」
重い目蓋を少し見開く。
目の前に立っている厳しい表情を夢心地の中でぼんやりと眺めた。
遠くの方で、声が聞こえている。
(いつ見ても、美人だな。憧れるな……)
思わずにやけてしまう。
何度、ユマが声をかけても、深い眠りに入っているためになかなか目覚めない。
「おはようございます。リーシャ様」
起こす声のトーンが、さらに上がった。
「ん……」
眠い目を擦りながら、ベッドの中で這い上がる。
身体がまだだるい。
「……おはよう……」
呆然としたまま、ベッドの中で座り込んでいる。
頭の大半が、まだ眠っている状態だ。
これがリーシャとユマの恒例となっていた。
「もう、朝……?」
ベッドの中で、大きく背伸びをした。
眠い頭で辺りを見渡すと、いつもとは違う部屋にいることに気づく。
今まで使っていた部屋より、広くなっていた。
いろいろなインテリアが、控えめに可愛らしく飾られていたのである。
「……あれ?」
「今日から、こちらがリーシャ様のお部屋となります」
不意に思ったリーシャの疑問を、いつもの鉄仮面のような表情で的確に答えた。
(凄い! 私の心を読んだの?)
「これから使う部屋……」
部屋の豪華な内装に、目を見張る。
深夜と言うよりも明け方近くに、部屋に案内された時には気づかなかったのだ。
疲れていたせいで、違う部屋に案内されても、周囲を確かめる余裕もなく、さっさと寝てしまったのが要因である。
「申し訳ありません。こちらも仮住まいとなっております。お二人が住まわれる宮殿の新たな内装ができるまで、ご辛抱くださいませ」
(また引っ越すのか)
「別に構わないけど? 前のとこでもよかったのに」
「そういう訳にはいけません。王太子妃殿下となられたのですから」
はっきりとしたユマの口調に気圧され、思わず背筋を伸ばす。
「そうなの」
「はい」
とりあえずいいかと思い、そのことについて追求しない。
もう一度、大きく背伸びをする。
身体が目覚め始めると、昨日の秒タイムのスケジュールの疲れが段々と身体に負荷となって圧し掛かってくる。徐々に昨日の出来事が、精神的にも肉体的にも疲労となって襲ってきた。
(うっ。メチャクチャ身体が重い。今日は何もやりたくないな)
だるいなと思いつつ、自分の格好を見た。
(いつの間に……、あっ、そう言えば……)
昨日の夜はユマに手伝って貰い、夜着に着替えると、そのままベッドに倒れ込んで眠ってしまったのである。
「こちらは王太子殿下と、王太子妃殿下の仮宮殿となっております」
「? どういうこと?」
目をパチパチさせ、ユマを見上げる。
「お二人の仮住まいと言うことです」
「二人って! 二人しかいないの? ここの宮殿には」
衝撃的な発言に、リーシャが前のめりになってしまう。
(う、嘘でしょ! こんな大きな家に二人しかいないの? 何かあったら、どうするのよ。きっと遭難どころの騒ぎじゃない。それにあんな偏屈なやつと二人でなんかいられない)
「はい。勿論、侍従や侍女はおります」
ホッと胸を撫で下ろした。
普通の家の感覚が抜けないリーシャは、ここが侍従や侍女を抱えている王室と言うことを忘れがちだ。
「でも、よくよく考えたら、結婚したのよね……」
「はい。お二人はご結婚なされました」
結婚したことも、自分が王太子妃となった実感もない。
そんなところに周囲から結婚おめでとうございますとか、王太子妃様など敬われて、そうなんだと漠然とするのみだ。
もう一度、豪華に彩られている部屋を見渡す。
部屋には宮殿で暮らす前、家族と共に暮らしていた部屋にあった身の周りのものがいくつか視界に入ってきた。
(ママ、送ってくれたんだ)
懐かしい身の周りの品に、少し安心し、口元が緩む。
部屋の中を見渡していると、ユマが部屋の説明を始めた。
今いる宮殿に王太子夫妻の仮宮殿で、リーシャがいる部屋は専用の寝室だった。他にもいくつもの専用の部屋があると伝えた。
同様にアレス専用の部屋もあり、昨日の夜から一緒に住んでいる話だった。
(私の部屋ね? あんまり実感がないな。ああ、また一から憶え直しか。前の宮殿だって、全部憶えていないのに)
ため息が漏れた。
次から次へと憶えることが尽きない現状に。
結婚前にいた宮殿ですら、間取りを憶えるのに大変だったのに、一からまた憶え直しと言う現実にがっくりと首が折れた。
落ち込んでいる姿にユマの口元が震えているが、仕える者としての矜持で押し止める。
「……リーシャ様。本日より、正式にリーシャ様の筆頭侍女を務めることになりました。よろしくお願いします」
ゆっくりと優雅に、ユマが頭を下げる。
「よろしくね。ユマさ……」
敬称をつけようとしたら、下げていた頭を少しだけ上げる。
ユマと視線が僅かに合ってしまう。
圧倒的な視線に、ゴクリとつばを飲み込んだ。
刺すような感じを受ける。
真面目で手厳しい侍女ユマに、逆らえないと、王太子妃となった新米のリーシャは思ってしまう。
「ユマ」
微かに口角が上がるのを見て、心の中でガッツポーズをした。
「他にも、リーシャ様専属の侍女が三人おります。着替えが済み次第、紹介したいと思います。それでよろしいでしょうか?」
「別にそれは構わないけど。専属って」
「はい。私同様にリーシャ様の身の周りのお世話をいたします」
「へぇー。そうなんだ。……わかりました」
気圧される視線に、リーシャはひと息置いてから言葉を改めた。
「では、案内いたします」
「お願い」
天蓋付きのベッドから出て、ユマの案内で洗面所へ向かう。
ヨーロッパ大陸にあるアメスタリア国の首都キーデア。その中央にある場所に国王であるシュトラー王の居住地及び、政務ができるいくつもの宮殿などが入るセルリアン王宮がある。
昨日、国を挙げて盛大な挙式が行われた。
国王であるシュトラー王の孫で、次期王位を継承する王太子アレス王子と、民間出身の娘リーシャである。結婚ができる十六歳に満たない二人だったが、国の最高権力者であるシュトラー王が法律を変える裏技を強行し、二人は政略結婚をしたのだった。
二人はまだ高校一年生の学生でもあった。
すでに用意されている服に着替えを済ませ、鏡に映る自分の姿を食い入るように眺める。
カーテンで仕切られているので、ここにはリーシャしかいない。
ユマはカーテンの外側で控えていた。
「これが私……」
鏡に映っている可愛いワンピース姿に、可愛いものを着られる喜びと、まるで自分じゃないような違和感が拭えない。
「結婚したのよね。……ここに来て、まだ一週間とちょっとしか経っていないのに。もう結婚しちゃうなんて。私の人生、どうなっているの?」
急展開な自分の人生に苦笑してしまう。
それ以外、どんな表情をすればいいのかわからない。
「入ってもいいです」
無駄のない足取りで近づき、ユマは着替えを終えている姿を上から下まで眺め、おかしいところがないか厳しくチェックし始める。
満足できる出来映えに、軽く頷いた。
ユマが用意してある服からアクセサリーや靴を身につけていた。そして、薄い化粧を施し、亜麻色の髪も綺麗に整えられている。
今までの生活から一転し、何から何までして貰う生活に変貌してしまった。
僅かな笑みを零したユマを見逃さない。
(大丈夫そうね。よかった……。最初の時なんて、へこんだものね)
宮殿で過ごすようになって、何度か直された日があった。
ユマから少し離れた位置には、若い三人の女性の姿がある。
首を傾げると、リーダーでもあるユマが三人を促し、その成り行きを傍観しているリーシャの前で立ち止まった。
「紹介いたします。先程お話しました、専属の侍女たちでございます。左から、バネッサ、クララ、ヘレナでございます」
もっと多くの侍女たちをつけるのが通常だったが、外で暮らしていたリーシャが戸惑わないようにベテラン二人と、年の近い新人の二人が起用された。
三人から挨拶を受け、新たな侍女に視線を注ぐ。
物静かで、濃いブルーの瞳がとても綺麗で、しっかりとした意志が見え隠れする女性がバネッサと名乗った。バネッサはユマとは大して変わらない年代である。他の二人の侍女クララとヘレナは日が浅く、緊張している様子だった。
新鮮な感じが取れる二人に親近感を憶え、緊張気味だった表情が和む。
「用意を」
ユマが短い言葉を漏らすと、三人は頭を下げてから、それぞれに散っていった。
宮殿内のことに不慣れなリーシャは、ことあるごとに誰かに尋ねないと、全然次の行動がとれない。
何をして、何をしてはいけないのか、まったく別世界にいる感覚だった。
「次は何なの?」
「朝食でございます」
まだ食事をとっていなかったと気づき、自分のお腹に手を当てると空いているのを表すようにへっこんだ。
(お腹がペコペコだ)
秒タイムのスケジュールで行動していたせいで、昨日一日まともに食事をとっていなかった。そして、睡眠と食事では睡眠が勝ってしまい、用意されていた夜食に手を出さずに眠ってしまったのだった。
「案内いたします」
「お願い」
食堂へ行くと、すでにグレーのスーツを鮮やかに着込んだアレスの姿があった。
(性格さえ無視すれば、格好いいのに)
早く座れと、琥珀色の目で威圧していた。
ブツブツと文句を言いながら、アレスと向かい合う形で席に着く。
席に着くと、今までの朝食とは違い、次々と料理でテーブルの上を塞がっていった。
アレスの威圧した目を、瞬時に忘れてしまう。
豪華さに目を剥く。
目を丸くしているリーシャを気にせず、出逢ってからかう表情か、機嫌の悪い表情しかみせないアレスが淡々と食事を始める。
気を取り直して、会話もない状況で、リーシャも食事を取り始めた。
不意に気になって、正面を窺う。
透き通るようなコンソメスープに、銀のスプーンですくいながら淡々と食事をしている。
鮮やかな一連の動作に、言葉が出てこない。
(凄い、綺麗。……。でも、何で静かなの? おはようって、声かけたのに、朝から無視するし、食べ始めてもしゃべらないし……。何か話そうって気がないの?)
以前の食卓では賑やかな会話が絶えなかった。
食事が始まって様子を窺っても、いっこうにアレスは話そうとせずに、ただ出されている料理を食べていただけだった。
この気まずい、重い空気を感じる空間に居た堪れなくなる。
「ねぇ? 美味しいわね、このスープ」
会話の取っ掛かりを作ろうと、銀のスプーンをコンソメスープに落としたまま、気軽さを装いながら黙々と料理を食べ進めていくアレスに話しかけた。
前のようにおしゃべりが絶えない食卓を成立させたかったのだ。
声をかけられ、いったんナイフを持っていた手が止まる。
その顔は眉間にしわを寄せていた。
何でリーシャが笑顔で自分を見ているのかわからないでいるアレス。
数秒だけ視線を傾けただけで、何もなかったかのようにナイフを持っている手を動かした。
その間、一切口を開かない。
「……私、尋ねたんだけど? 聞こえなかった?」
ムスッとした顔で、話そうとしないアレスに、もう一度話しかけた。
問いに答えず、そのまま料理を口に運ぶ。
周りに控えている者たちは、ソワソワと落ち着かない様子で視線を彷徨わせていただけだ。
ムッとしていたリーシャは嘆息を吐く。
しゃべらない態度に、自分とは口を聞きたくないと判断する。けれど、結果をそのまま受け入れるのも癪で、アレスが口を聞かないならばと、一人で昨日の愚痴や驚いたことを勝手に話し始める。
小さな意地だった。
(それほど、私と話したくないのね!)
毎日続けてやろうと硬く心の中で誓う。
食事の間のリーシャの一人舞台は終わった。
ムカムカと気分が晴れないまま、自分の部屋に戻っていく。
すると、シュトラー王から夕食の誘いのカードと山のようなプレゼントの箱があった。それは国王だけではなく、王妃からのプレゼントの山も混じっていたのである。
迫力ある量に、呆然とその場に立ち尽くす。
その数が膨大だった。
部屋の中を埋め尽くしていたからだ。
「陛下と王妃様から?」
山のようなプレゼントを食事中のリーシャの代わりに、受け取ったバネッサに狼狽しながら尋ねた。どれもこれも高級ブランドばかりだった。
「はい。こちら側にある品物は陛下からでございます。あちら側にある品物は王妃様からでございます。詳細はこちらの方にまとめておきました」
バネッサから品物のリストを受け取る。
食事中にリストをまとめて置いた。
あまりの出来事に面を食らう。
膨大な量に、喜怒哀楽をあまり垣間見せないユマでさえ、少し困ったような表情でプレゼントの箱の山を見上げていた。
「夕食の件は、どういたしましょう?」
呆然としているリーシャとユマに、シュトラー王の夕食の誘いの件を尋ねられても、二人とも瞬時に答えることができない。
バネッサは辛抱強く回答を待っている。
「……わかりましたとお伝えして。夕食の時にもお礼は言うつもりだけど、陛下と王妃様にプレゼントありがとうございます、大切に使いますと伝えて貰える?」
「わかりました」
ユマ同様に淡々として何を考えているのか、ある意味理解できないバネッサは、夕食の誘いを了承したと伝えるために部屋を抱出て行った。
まだ驚きを隠せないユマを見る。
「お礼のプレゼントをした方がいい?」
「大丈夫かと思います。夕食の時には、こちらのプレゼントの品物から選んだものをお使いになると、よろしいかと思いますが?」
「じゃ、そうするわ」
「わかりました」
読んでいただき、ありがとうございます。




