閑話 (1)
第16話辺りの話になります。
「申し訳ありません」
冷静沈着なユマにしては珍しく、焦っている感じで、目の前にいるウィリアムに頭を下げている。
それもそのはずだ。
早朝、リーシャを起こしに行ったら、部屋にいなかったからだ。
ベッドも使った形跡がない状態だった。
夜中に抜け出したのは明白だ。
いろいろと連絡し終わった後、ユマはウィリアムの部屋を訪れ、自分の失態に頭を下げていたのである。
「頭を上げなさい。これはあなただけの失態ではありません。リーシャ様が結婚を承諾してくださったから、これで安心と油断していた、私たちの責任です」
「ですが……」
僅かに唇を噛み締める。
結婚の承諾を貰えない間は、勝手に抜けださないように警戒を敷いていた。その中でも、リーシャは何度か抜け出そうと、試みた形跡が残っていたし、見張りをしていた者たちが見かけてもいた。けれど、諦めたので、上まで報告するには至ってはいなかった。
自分の甘さを、痛感させられていた。
「ユマ。自分を責めるのは、後にしなさい。まずは、リーシャ様の安全です」
理路整然とウィリアムが窘めた。
「失礼しました」
「王宮の捜索に人員を配置していますが、広すぎますからね……」
すべての侍従や侍女たちを配置することができなかったのである。敵対する勢力に内通している者がいるためだ。国王陛下側に仕えている者しか、動かすことができなかった。
それでウィリアムを悩ませ、どうすべきかと巡らせる。
「王宮内で、迷子になっているのではないでしょうか?」
「そうですね。王宮の外に出た目撃がありませんでしたから。ですが、念を入れなくてはいけません」
「はい」
「陛下たちについている侍従、侍女の数を減らして、捜索に当たるとしましょう」
「……」
自分の失態で、陛下たちに迷惑をかけることに、心苦しく感じるユマであった。
「外は、私たちに任せるように」
音もなく、副司令官のフェルサが姿を現した。
ウィリアムから、報告を受け、いくつかの手配を行ってから、ここに訪れたのだった。
恭しく、ユマが立っていた席を明け渡す。
「現状は?」
端的に、フェルサがわかる範囲内の状況を確かめる。
「早朝、ユマがリーシャ様のところへ伺った際に、姿を消していたと言うことです。そして、ベッドを使った形跡もなく、スマホに至っては、部屋に置いてありました」
「思い立って、すぐに出ていたと言うことだな」
推測し、自分の見立てを口にした。
「はい。そうなるかと思います」
「スマホを持っていれば、GPSで辿ることもできたが……」
どこか、悔しげにフェルサが呟いた。
拉致する以前から、ソフィーズ親子のスマホに、密かに最新式のGPSが入っており、いつでも場所をわかるようにしていたのだった。
常に、シュトラー王たちは、居場所を把握できるようにしていたのである。
「今後のためにも、GPSはスマホだけではなく、別なところにつけることも検討が必要になってくるな」
何気なくフェルサの呟きに、ユマは怪訝してしまうが、決してそれを口にしない。
そして、ウィリアムもどこかフェルサに追随しているところに、自分の方がおかしいのだろうかと掠めていた。
「外の捜索はあちらが?」
ユマがいるまでどこの部署が捜索に当たるのか、はっきりとウィリアムが口にしない。
それでもフェルサは昔馴染みのことを心得ているので、意図を正確に読めとる。
「勿論だ。どこに敵が潜んでいるか、はっきりとしないからな」
「そうですね」
内も外も、どこも同じですねと互いに労わり合う。
軍の方にもシュトラー王と敵対する勢力が潜んでいる可能性があるのだ。部下だからと言っても、全部隊を動かすことができないのである。そのために、《コンドルの翼》や確信できる部隊しか動かせなかった。
「ラズミエール子爵。陛下のご様子はいかがですか?」
「すこぶる悪い。リーシャ様がいなくなったんだ、心配でならないはず」
部下にシュトラー王への報告を任せ、捜索の手配を行っていた。その後のことを、部下から詳細に聞いている。報告を聞いたシュトラー王は狼狽し、関係ない部下を激高したらしい。部下が涙目で、物凄く怖く、自分は死ぬのではと思ったぐらいだったそうだ。
「確かに」
何もかも把握していると言う顔つきで、ウィリアムが頷いた。
アレスにつく前は、シュトラー王の秘書官を務めていたのである。
「そのため、陛下にはソーマをつけた」
「ラ=メイディランド伯爵でしたら、大丈夫そうですね」
「他の者たちだったら、手が付けられないだろうからな」
「そうですね」
「王宮の外に出た可能性も考えて、軍の者たちに行方を追わしている」
「ありがとうございます」
「それはいい。それよりも、リーシャ様の安全が先だ。外で出て、変な輩に誘拐などされたならば、陛下がただじゃ置かないだろうな」
「そうですね。あのご気性ですから」
かつての主人だったシュトラー王をウィリアムは思い返している。
「とにかく、早く見つけ出して、安全を確認するのが先決だ」
「はい」
「外も危険だが、中も危険だ。敵対する勢力の者たちにリーシャ様が渡ってしまったら、どうなるか……」
尽きない不安要素に、他に何か抜け落ちはないかと巡らせる。
「迅速に王宮内を当たらしています。ただ、捜す場所の範囲が広いものですから」
「確かに。絞って探した方が賢明だ」
「そう、そうですね」
「リーシャ様の足を考慮して、もう一度、捜索範囲を考えてみよう」
「はい。わかりました」
その頃。
シュトラー王は自室で、行方不明のリーシャを案じ、部屋の中を歩き回っていたのである。いろいろと打ち合わせを終えたソーマが駆けつけていた。
「落ち着け。シュトラー」
「落ち着いていられるか」
気もそぞろなソーマを怒鳴りつけた。
暗雲とする室内に、二人しかない。
他の者は下がらせ、捜索に当たらせていた。
「まだ、わからぬのか」
「それ、先程も聞いたぞ」
ソーマが来て、五分足らずだったが、何度もリーシャのことを尋ねていたのである。
「うるさい。お前たちが間抜けだから、こんなことになるんだ」
「確かに俺たちの落ち度だ。それに関しては申し開きもない。だがな、急にことを進めたせいもあるのだからな」
ソーマ自身も、少しばかり冷静さを欠けているせいで、突っかかっていく。
「私は国王だぞ」
「国王だからと言って、何でもかんでも、やっていいと言うことはないんだ」
これまでの不満をぶつける。
「こんなところにいないで、お前も捜せ」
「捜したいが、お前が勝手に王宮を抜けして、捜し回れても困るんだよ。こちらとしては。だから、そのための見張りだ。手間かかせるなと言いたい」
廊下に控えているボディーガードがいることも忘れ、室内では怒号が飛び交っていた。外で待機している者たちは、決してこんな状況下では、中に入りたくないと願っていたのだった。
「お前たちが、あまりに頼りないからだろう」
「よく、その口で言えるな」
「リーシャに何かあったら、絶対に許さないからな」
「そんなことは言われなくってもわかっている。クロスに申し訳なさすぎる」
ソーマの脳裏に旧友の顔が浮かび上がっている。
「王宮の出入りにも気をつけろ」
「わかっている」
一人でいるリーシャを捕まえて、自分たちの支持者に渡す可能性もあるからだ。そのために、王宮から出入りは厳しくするように命じていた。
「王宮の外に出るのは低いとみている。そのため、王宮内の捜索に重点を置いている」
「そうか」
「たぶん。王宮の外に出ようとして、迷子になっているんじゃないかと思っている。王宮の庭が広いからな」
「そうだな」
「俺たちですら、わからないところがあるからな」
「ああ」
話していくうちに、はやる気持ちが落ち着いてきた。
チラッと、シュトラー王の様子を窺うと、何か逡巡している様子だった。
「どうした? 落ち込んでいるのか、お前らしくもない」
「ふん。お前に言われたくない」
「大丈夫だ。俺たちを信用しろ。無事にリーシャを見つけ出す」
「頼むぞ。クロスに合わす顔がない」
「わかった」
その後、廊下で眠っていたリーシャが発見され、騒動は事なき終わった。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回、第2章に入ります。




