第19話 挙式
長い裾やベールを持ってくれる女の子たちを従えて、リーシャは教会の扉の前へ行こうと歩きを進める。リーシャの背後に、ユマや純白のウェディングドレスを着せてくれた侍女たちがついて来ていた。
未だに後ろに従えて歩くことに、不慣れで、こんなのは私じゃないと抵抗を感じていた。
「変な気分」
小声で呟いた。
教会の中では、もう一人の当事者であるアレスがいた。
緊張の欠片もなく、あの無表情な顔で待っていると思うだけで、意味もなくムカつく気分を味わっていたのである。
「遅刻でもして、困らせようかしら……」
クスッと笑みが零れる。
「でも、ダメか……」
参列者の中にはシュトラー王初めとする王族の人、多くの貴族、各国の王族や大使館の人、テレビのニュースに出てくるような偉い参列者がずらりと並んで、花嫁であるリーシャの到着を今か今かと待っている。
さすがのリーシャも偉い人たちを前に遅刻する勇気が出ず、一瞬のうちにいたずら心は鎮火してしまった。
「結婚するのよね?」
すぐ目の前にある現実が信じられない。
重い純白のウェディングドレスに戸惑いながら歩いていると、硬く閉まっている扉の前でポルタの姿を見つける。
「パパ……」
かなり緊張しているようで、自分の存在に気づいてない様子に苦笑してしまう。
「パパったら、大丈夫なのかしら? あんなに緊張しちゃって……」
緊張しているポルタと、対照的に不思議なくらい落ち着いていた。
「心配だな。でも何で、私、落ち着いているんだろう?」
教会の中では多くの参列者たちが挙式が始まるのを、固唾を呑んで待っているのだろうと他人事のように感じてしまう。
自分の身に起きているすべての事柄が他人事のようで、現実に起きている事柄とは思えず、緊張せずに落ち着いた気分になっていたのだ。
「……一礼して、歩き始めて……」
到着したリーシャに気づかない。
硬くなっているポルタは、ブツブツと一連の動作を繰り返し、これから行われるバージンロードの動作を何度も間違えないように復唱している。
緊張で表情が強張らせているポルタに、困ったようにはにかんだような視線を傾けている間、ユマたち侍女は長い裾やベールの形や乱れを直し始めていた。
鮮やかな手早さだ。
扉を開けようとする二人の男の人に話しかける。
「少し待って」
二人の男はノブから手を外した。
「パパ」
心配そうに呼び掛けても、極度の緊張に陥っているポルタは気づく様子がない。
「パパ」
何度も呼びかけながら、肩を揺さぶる。
ようやく隣に心配そうな視線を注ぐリーシャの存在に気づく。
「あっ! リーシャ……。綺麗だよ」
「ありがとう。パパ、大丈夫?」
「慣れないことに、少し不安かな。でも、綺麗なリーシャの顔を見られて、大丈夫な気がしたよ」
不安な中でも、娘に心配かけないように笑顔を作って応える。
「よかった」
「式が始まるね」
ポルタは背筋を伸ばした。
「大丈夫。少し時間貰ったから」
「そう」
「見違えた?」
「うん」
「じゃ、ママと私、どっちのウェディングドレスの姿が綺麗?」
「んー、難しい質問だ。……どっちも同じぐらいかな」
「同じなの?」
ちょっと、口を尖らせ拗ねてみせた。
「でも、少し若い分、リーシャかな」
「ママに言ってやろう」
いたずらな笑みをみせる。
「カーニャには、秘密に」
「わかったわ、パパ。口止め料、高いわよ」
「わかった。覚悟しておこう」
緊張の糸は解かれたようで、いつもの柔和なポルタに戻っていた。
「そろそろ、よろしいですか?」
扉を開ける係になっている男が、互いに労わる言葉を掛け合っていたリーシャたちに尋ねた。
和やかな二人にもう少しの時間を与えてやりたかったが、式の時間が少し遅れ気味になっていたからだ。
ポルタとリーシャは同時に、はいと返事して答える。
すると、二人の男がノブに手をかけて、扉がゆっくりと開き始める。
明るい光で、扉の前に立つリーシャの目が眩む。
明るさに慣れてくると、その視界に大勢の参列者の姿が飛び込んできた。
それまでなかった緊張がとめどとなく、胸に襲い掛かってくる。
「……」
赤い絨毯の先に、アレスの姿を発見する。
緊張の欠片もなく、いつもの無表情で立っているのだろうと想像できた。
アレスまでの距離があって、表情を見ることができない。
(ムカつく)
「行こうか。リーシャ」
扉が開いた瞬間、二人の立場が交代している。
リーシャの身体が強張ったのを感じ、ポルタは優しく問いかけて、緊張を少しでも和らげようとしていた。
「うん。パパ」
腕を組んだ二人は、長く続く赤い絨毯の上を歩き始める。
両脇にいる多くの参列者がリーシャとポルタに注目していた。
ゆっくりとした歩調で歩き始めて、しばらくすると、まっすぐ前を向いたままポルタがリーシャにだけ聞こえる小さな声で話しかける。
「リーシャ。結婚、おめでとう。何もしてあげられなくって、ごめんね」
歩調はそのままで、隣にいるポルタの横顔を見つめる。
「まさか、こんな早く結婚するとは思っていなかったから、何もしてあげられなかったことに、パパやママ後悔しているんだ。こうなるのだったら、もっと早く準備しておけばよかったってね」
「大丈夫、気にすることないよ。だって、私だってこんなに早く結婚するとは思ってみなかったもん。一週間前までは」
「そうだね」
「それに悪いのは事前に話してくれなかったおじいちゃんと王室でしょ? だから、でんと構えていればいいのよ。私たちは悪くありませんって」
愛嬌のある笑みを零す。
正面を見ていなくっても、ポルタなら今のリーシャがどんな顔をしているのかわかる気がしていた。
「ありがとう。優しい娘だ」
「ありがとう。優しいパパ」
「……何も用意することはできなかったけど。ささやかなプレゼントは用意したよ。王室の侍従の人に預けたから、後で受け取ってほしい」
「パパ……」
チラッと横にいる綺麗に着飾っているリーシャを見下ろした。
「二客のカップとソーサーだよ」
「うん」
「私が心を込めて絵付けしたものなんだけど」
「嬉しい。大切にするね」
「幸せになるんだよ、私の可愛い娘リーシャ」
長かったバージンロードも、二人が話しているうちに終わってしまった。
ポルタから離れ、上で待つアレスの元へ行くために階段を上り始める。
無表情のままで、アレスは上がってくるのを待っていた。
数段昇ったところで、重い純白のウェディングドレスに引っ張られて体勢を崩す。
「えっ!」
参列者の中でざわめきが起こる。
どうにか躓かずに、体勢を元の位置に戻せた。
ざわめきが耳に入り、恥ずかしさのあまり頬を赤く染める。
(やっちゃった)
顔を少し上げた。
さすがに振り向くことができない。
目の前にいる男は、助けようとはせず、ただ見ているだけだった。
そんな態度にムッとして睨む。
小さな事件は起きたものの、どうにかアレスの隣に立った。
何もなかったような顔で、ただ前を向いているアレスに小さな怒りを憶える。
「助けてくれても、いいじゃない」
できるだけ小さな声で、隣に立つアレスに向かって言葉を投げかけた。
知らない振りして、答えようとはしない。
その間に神父の話が始まっていた。
「信じられない」
挙式も中盤に差し掛かり、誓いの言葉を交わし合った。
神父がマイクを使って話している間、もう一度隣にいる表情一つ変えずに飄々としているアレスに話しかける。
「これから、よろしくね」
無理やりな政略結婚とは言え、仲良くなりたいと考えていた。
リーシャはケンカばかりで、印象のよくないアレスに歩み寄ったのである。
「互いに助け合って……」
「関係ない。僕は僕だ」
アレスの言葉に眉を潜める。
「君は君で解決してくれ。ただし、僕に迷惑をかけないでくれ」
「……それ、本気で言っているの?」
「当たり前だ」
「……やっぱり最低な人間ね」
(少しでも互いを分かり合いたいと思った私が、バカじゃない)
「もう一度言っておく。僕に恥や迷惑をかけるな。単細胞」
頭にきていたリーシャは何も答えない。
ただ、唇を噛み締めている。
「……単細胞、聞いているのか……」
単細胞って呼んだら、返事しないという言葉を思い出す。
面倒臭いとため息を吐いた。
次の瞬間、不敵な笑みを浮かべる。
「いつまで続けられるかな。単細胞」
不機嫌になっていくリーシャをからかい始める。
「僕が生涯、単細胞と呼び続ければ、単細胞は一切しゃべらないのか。これはいいアイデアだ。話してボロを出すより、そうやって黙っている方がボロを出さずに済む。生涯黙っているんだな、単細胞」
隣にいるアレスを見ることなく、不機嫌なままでまっすぐ前を見据えているリーシャが独り言を話し始める。
「変は雑音がしてきたわ。随分と変な雑音だこと。きっと、捻くれている鳥が、ピーチクパーチクと無駄な声を出しているんだわ。捻くれていて可哀想に」
アレスはリーシャを睨む。
マイクで話しながら神父は、二人に静かにと言う視線を傾ける。
ようやく二人は状況を把握し、罰の悪そうな顔を垣間見せた。
上段にいるアレスたちより、少し離れた位置にいる参列者たちには、二人の口ケンカが聞こえていなかった。二人の近くにいた神父には、口ケンカの内容が丸聞こえだった。
互いに少し外側に視線を傾け、参列者に気づかれない程度にそっぽを向く。
(こんなやつと打ち解けたいと思ったなんて……。バカバカしい! 絶対に負けないんだから)
泣きたい気分を押し殺した。
こんなところで泣けば、アレスに負けたことになるし、両親たちが心配すると思ったから、リーシャは口を堅く結んで、泣き出したい気持ちをグッと我慢した。
(バカ……)
読んでいただき、ありがとうございます。




