第189話
軍での会議や、上院議会、評議会など、精力的に、シュトラー王は、出席していたのである。
日々、忙しい時間を、送っていたのだった。
そのため、王宮では、様々な人で、溢れ返っていた。
今まで、顔を出さなかった人までもが、顔を出していたのだった。
王宮は、一段と、魔の巣窟になっていたのである。
貴族院の仕事を終えてから、フェルサは、ルシードを伴って、王宮で、使用している部屋に招こうとしていたのだ。
会議室から、出て行く二人。
注目が集まっていたが、二人に、声をかける人間がいない。
静かに、そして、興味深く、窺っていたのだった。
そうした双眸を、フェルサは、気にすることもなかった。
ただ、ルシードだけが、僅かに、瞳を揺らしていたのだ。
すでに、シュトラー王は、フェルサたちに目もくれず、会議室を、後にしていた。
そして、会議室の外で、控えていた別の警護をしている者たちを、引き連れていたのだった。
ソーマが、不在していることもあり、フェルサは、評議会には、貴族院の立場ではなく、シュトラー王の警護として、控えていたのである。
そうした状況にもかかわらず、フェルサは、あえて、ルシードに声をかけたのだ。
評議会が終わり、このところ、疲労感を滲ませているルシードに、お茶でもと誘い、静かに、喋れることができる自分の部屋に、訪れていたのだった。
「すいませんが、先に、部屋に入って、待っていてください」
「仕事でしたら、帰りますよ?」
「大丈夫です。すぐに、終わりますから」
僅かに、口角が上げているフェルサ。
少し、不審に思いつつも、ドアを開け、促された部屋に、入っていくルシードだ。
けれど、部屋に入った途端、フリーズしてしまう。
部屋の中には、シュトラー王が、平然と、寛いでいたからだ。
瞬時に回復し、背筋を伸ばしている。
「申し訳ありません。陛下が、いらっしゃるとは、知らずに……」
恭しく、頭を下げ、退室しようとしていた。
「心配するな。呼んだのは、私だ」
平然とした顔で、当惑しているルシードを、捉えていたのだ。
懸命に、顔が、引きつるのを堪えている。
(……心臓に、悪過ぎる……)
まさか、シュトラー王に、呼ばれるとは思ってもいない。
油断していたのだった。
自分の浅はかさを、内心で、嘆いている。
(よく考えれば、想像できるじゃないか……)
ついつい、遠い目をしていた。
「どうした?」
いつまでも、立っているルシード。
きょとんとした双眸を、シュトラー王が巡らせている。
「……何でもありません」
「私が、声をかけたら、変に、勘ぐるやつも出てくるし、何かと、面倒だからな」
淡々とし、悪びれるところが、一切、見受けられない。
「は……」
シュトラー王が言うように、確かに、面倒になると掠めていた。
強張っていた肩が、次第に緩む。
荒れていた気持ちを静めるため、息を吐いていたのだ。
フィーロの息子であるルシードと、話をするため、フェルサを使い、自分の元に連れて来て、貰っていたのである。
そして、ルシードも、そうした経緯を、容易に、推測したのだった。
フィーロの耳に入れば、大事になるのは、目に見えていたのだ。
「私に、何か?」
「ま、座れ」
視線で、正面に座るように、促したのだった。
フェルサの部屋を、我が物顔でいるシュトラー王。
言われるがまま、シュトラー王の目の前に、ルシードが腰掛けていた。
逃げることも叶わず、腹を括るしかない。
形相は、緊張したままだ。
「何か、飲むか?」
シュトラー王の前には、一人分のコーヒーが、置かれている。
「大丈夫です」
「そうか」
一人で、シュトラー王が、コーヒーを嗜んでいた。
ただ、眺めているだけのルシード。
呼ばれた要因を、頭の中で、いくつか、巡らせていた。
(……あり過ぎだな)
心の中で、苦笑していたのだ。
決して、表には出さない。
しっかりと、双眸は、優雅な所作を見せるシュトラー王を、見据えている。
静かに、カップを置く。
口を結んだルシードを、眼光が、捉えていた。
「評議会での、貴族院の立場は、慣れたか?」
「……慣れません」
困った顔を、ルシードが、覗かせている。
貴族院の立場に、好きでなった訳ではない。
父であるフィーロに、命じられるまま、貴族院になったのだった。
そして、命じられたから、なれる者ではなかった。
シュトラー王も、反対しなかったこともあり、何の文句も上がることなく、スムーズにルシートは、貴族院の立場に立たされたのだった。
フィーロは、なぜ、ルシードを貴族院にさせたのか、一言も、理由を言わなかったのだ。
それと同時に、シュトラー王も、なぜ、反対しなかったのも、口にしていない。
不確かなまま、粛々と、貴族院の務めを果たしていたのである。
「そうか。古狸が、多いからな」
何とも言えぬ顔を、ルシードが、滲ませていた。
さすがに、あなたもですと、言えない。
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