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輪廻転生  作者: 香月薫
第7章
193/422

第184話

 宮殿の中にある、王妃エレナの部屋。

 一番、眺めがよく、暖かな陽だまりが、差し込んでいた。


 王妃エレナの兄ラングワート伯爵と、その孫で、ガイが訪れていたのである。

 部屋の隅には、数人の侍女たちが、控えていた。

 勿論、王妃エレナたちに、邪魔にならないように、そして、会話は、聞き取れるか、取れないかの位置だ。


 ラングワート伯爵にとり、妹エレナに会うのは、久しぶりのことだった。

 ガイは、ことあるごとに、来訪していた。

 けれど、ラングワート伯爵に至っては、一年ぶりだ。


 王妃エレナは、四人兄弟の末っ子で、その上のラングワート伯爵とは、少し歳が離れていた。前伯爵の子供の上三人が、先妻の子たちで、末っ子の王妃エレナは、後妻の子だった。

 兄弟の仲は悪くはない。

 身体の弱い王妃エレナを、ずっと、兄弟たちは、気にかけていたのである。


 そして、健在なのは、ラングワート伯爵と、王妃エレナだけとなっていたのだ。

 他の二人は、すでに、故人となっていた。


「身体の調子は、どうなんだ? ガイからは、聞いているが?」

 孫であるガイから、王妃エレナの身体の具合は、常に耳にしていたが、生まれた当初から、身体の弱い王妃エレナのことを、ずっと、心配していた。

 だが、シュトラー王との確執もあり、王宮に、訪れることが少ない。


 妹が、王宮に、嫁ぐことを最後まで反対し、王妃エレナが、家との縁を切ってでも、シュトラー王の元へ行くと言う、固い意志に根負けし、渋々ながらも、送り出した経緯があった。

 そうしたこともあり、ラングワート家では、王家との繋がりを、極力、取らないスタンスを保ってきたのだ。

 ただ、身体の弱い王妃エレナのことだけが気掛かりで、様子だけを窺いに、たまに顔を出していた。


 ラングワート伯爵が訪れた際は、決して、王妃エレナの部屋に、シュトラー王が顔を見せることがない。

 互いに、顔を合わせないようにしていた。

 シュトラー王自身も、無理に、王妃エレナとの婚儀を進めたことに、多少なりの罪悪感を抱いていたのだ。

 だから、兄妹のひと時を、邪魔しないようにしていた。


「大丈夫ですよ。このところは、調子が良く、そういう時は、お茶会を開いているんですよ。お兄様」

 ニコニコ顔している、王妃エレナだ。

 一年ぶりの兄の来訪。

 少しばかり、はしゃいでいる。


「無茶はするな」

 厳しい顔で、ラングワート伯爵が窘めていた。

 何度も、調子がいいからと、動き回った後に、倒れた経緯があったからだ。


「もう、子供じゃないですから……」

 王妃エレナが、眉を下げている。

 おばちゃんと言う年齢になっても、兄であるラングワート伯爵は、子ども扱いすることに困っていた。

 ラングワート伯爵も、厳しい表情を解かない。

「そう言うって、何度、倒れたんだ」


「……」

 さらに、困ったような顔を、王妃エレナが覗かせている。


(お兄様……)


 僅かに無茶をし、シュトラー王や兄ラングワート伯爵に、迷惑をかけたことが、走馬灯のように駆け巡っていたのだ。

 若い頃は、頻繁に倒れ、何日も寝込むことがあったのだった。


「おじい様も、それぐらいで、王妃様が、困っていらっしゃいますよ」

 これ以上ないぐらいに、眉尻が下がっている王妃エレナの姿。

 ラングワート伯爵の双眸が捉えている。

「……すまいない」


「ありがとう、ガイ」

「いいえ。でも、無理は、しないでくださいね。おじい様が、心配なされますので」

 念を押して、ガイも、無茶をしないように、釘を刺しておいた。

 ガイ自身も、何度か、無茶をし、倒れたのを目撃していたからだった。

「わかったわ」


 ラングワート伯爵が、気持ちを切り替えるため、息を吐いていた。

 そして、妹王妃エレナに、もう一度、視線を巡らす。

「陛下は、何を考えているんだ?」

「何とは?」

 首を傾げ、眉間にしわを寄せているラングワート伯爵を、王妃エレナが見つめていた。


 シュトラー王とラングワート伯爵との間に、一切、やり取りがない。

 ソーマやフェルサに会うことも、ラングワート伯爵が、渋るほどだった。

 そのため、ラングワート伯爵の子供や孫が、二人の間を取り持っていた。


「クロスの孫を、アレス王太子殿下に、嫁がせたことだ」

 顔を歪ませている、ラングワート伯爵だ。

 だが、王妃エレナも、ガイも、それに対し、突っ込もうとしない。

 知らぬ振りを、通している。


「そのことですか」

 ラングワート家では、二人の婚儀に、静観する立場を取っていた。

 だからと言って、二人の結婚に対して、納得している訳ではない。

 そうしたラングワート伯爵の気持ちに気づきながらも、王妃エレナたちは、気づかぬ振りをしていたのだ。


「知っていたのか?」

「はい。勿論、知っていましたよ」

「……」

 渋面している、ラングワート伯爵。


(……なぜ、知らせぬ)


 何かあれば、シュトラー王たちを通さなくても、ラングワート家に話がいくようになっていたのである。

 けれど、そうした経路があっても、アレスとリーシャの結婚に関しては、王妃エレナは、あえて、ラングワート家に知らせることをしなかった。


「……まだ、お姉様のことを、気にしておられるのですか?」

 兄を食い入るように、見つめる王妃エレナ。

 瞳が揺れている、ラングワート伯爵だった。


 ふと、ラングワート伯爵の脳裏に、若くして、事故で亡くなった、姉ミラの姿が蘇っている。

 姉ミラとは、意見やそりが合わず、言い争うことも、しばしばあった間柄でもあった。


(何で、姉上が……)


 クシャリと、顔を歪めている。

 そして、ラングワート伯爵が、唇を噛み締めていた。

 そうしたラングワート伯爵に、王妃エレナも、ガイも、何も言えない。


 上の三人は、末っ子の王妃エレナを、可愛がっていたが、上の三人の中は、良くも悪くもなかったのだった。

 ただ、素直になれないだけで、少しだけ、距離を置いていたのである。


「……申し訳ありません。口にすることでは、なかったですね」

「……構わない。気にするな」

 やや低い声音だ。

「あまり、いい噂が、流れていませんが、大丈夫なのですか? リーシャ妃殿下は?」

 場の空気を変えようと、ガイが、リーシャのことを尋ねた。


 王家から、距離をとっているとは言え、社交界には、貴族の役割として、ラングワート家でも、顔は出していたのである。

 めったに、顔を見せることが、ないだけで。

 社交界では、アレスとリーシャの夫婦仲が、悪いと流れ、ガイ自身も、リーシャが、他の令嬢たちから、いじめや、嫌味を言われたりしている現場を、何度か、目撃していたのだった。


 悲しそうな表情を、王妃エレナが、滲ませている。

 シュトラー王たちは、そうしたリーシャが、置かれている状況を、はっきりと口にしない。

 だが、王妃エレナの独自の情報網から、そうした類の噂や、王太子となったリーシャが、置かれている状況を、それなりに耳にしていたからだ。


「厳しい世界ですから……」

「お前が、気にすることではない」

 突き放したような、ラングワート伯爵だ。

 僅かに、睨む王妃エレナ。

 ばつが悪い顔を、浮かべていた。


「お兄様。お口が、悪くなっていますよ。リーシャは、私の孫に、なったのですから」

「……」

 妹に窘められ、言い返すことができない。

「リーシャのことを、悪く言うことを、許しませんよ」

 有無を言わせない顔だ。

 思わず、ラングワート伯爵が、視線をそらした。


「聞いているのですか? お兄様」

 シュトラー王や王妃エレナが、アレスの妻となったリーシャを、非常に、可愛がっている様子を、耳にしていたのだ。

 因縁があるクロスの孫を、可愛がっていることを、僅かに、面白くないと抱いていた。

 姉ミラの死に、関連しているシュトラー王やクロスのことを、未だに、許せずにいたのだった。


「……どこが、いいのだ?」

「とても、可愛らしいところが、好きですよ。それに、素直で、優しい子ですよ」

 ニッコリとした顔で、王妃エレナが答えた。

「そうなのか」

 ラングワート伯爵自身、リーシャを、見かけたのは、二度しかない。


(……無理に、笑っていたな。あれのどこが……)


 リーシャの人となりを、全然、把握していなかった。

 ラングワート伯爵の見た感想としては、ありきたりな子でしかない。

「はい」

「お前の趣味が、わからない」


(それに、姉上の趣味にもな。なぜ、クロスなんだ)


 ラングワート伯爵にとり、自分たち兄弟の中でも、優秀な姉に対し、劣等感のようなものを抱いていた。それは、ミラが亡くなって、程なくして、亡くなった一番上の兄も、同じように抱いていることだった。

 ミラが、男子でもなくても、跡継ぎにと、言われていたのだ。

 けれど、ミラは、家のことなど、一切、興味がなかった。


 興味があったのは、妹であるエレナと、ハーツの開発、クロスだけだった。

 それ以外のことには、全然、興味を、示さなかった。


「私も、信じられません。お兄様が、リーシャのことを、理解できないなんて」

 食い入るような、王妃エレナの眼差し。

 平然と、構えているラングワート伯爵である。

「まぁ、クロスに、似ていないところが、よかった」

 素直な感想を、吐露した。

 心底、安堵している顔を、窺わせていたのだ。


「そうですか? リーシャは、クロス殿に、似ていると、思うのですが?」

「そうか?」

 訝しげな顔をする、ラングワート伯爵。


 姉ミラの死にかかわる、クロスの姿を、脳裏に掠めている。

 その姿は、若かりし頃、姉の隣で、微笑んでいるクロスの姿だ。

 若い頃は、姉ミラを通じて、シュトラー王やクロスと、それなりのかかわりを持っていたのである。


「……私は、似ていないと、思うが?」

「そうなのですか?」

 二人の意見が合わない。

 その様子に、ガイが、小さく笑っている。


「ところで、クロスは、この国にいないのだろう」

「はい」

「どこにいっている?」

 少し怒っている、ラングワート伯爵だ。

「孫の婚儀にも、出ないで」


 王家と、かかわりを持たないようにしていても、アレスとリーシャの結婚式には、きちんと出席し、挨拶は、済ませていたのだった。

 数多い来賓の挨拶のせいで、リーシャの記憶の中に、入っていない。


「旅に、出ているそうです」

「旅?」

 顰めっ面な顔を、ラングワート伯爵がしている。

「……陛下のためか」

 短い王妃エレナの言葉だけで、クロスが、現在、何をしているのかと、容易に、読み取ることができたのだった。


(……いつまでたっても、変わらない)


「そうでしょうね」

 何ともない顔を、王妃エレナが、滲ませている。


(バカな連中だ。いつまで、動くつもりだ? もう若いものに委ねても、いいものを……。それに、もっと、エレナのそばにいろ)


「いいのか?」

「必要なこと、なのですから」

「……確かに、国も、大切だが……」

 納得できない顔をみせている。


「……幸せか?」

 妹のことを案じる顔を、ラングワート伯爵が覗かせていた。

 ニッコリと、王妃エレナが、笑っている。

「幸せですよ」

 迷いがない顔を、漂わせていた。


「そうか。それならば、いい」

「はい」

 取り留めない会話をし、王妃エレナが疲れないうちに、ラングワート伯爵と、孫のガイは帰っていった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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