第183話
提示の時刻よりも、四時間も過ぎてから、ようやく、軍の会議が終わった。
暗澹とした顔で、会議室から、出て行く幹部たち。
幹部たちが出てくるまでに、すでに、シュトラー王とフェルサは、悠然と、会議室から出ていった。
出席していた、幹部たちの顔色は、疲労が浮かび上がっている。
幹部たちの付き添いで、待機していた部下たちは、気遣う眼差しを、注いでいたのだった。
会議室にいる幹部たちとは違い、外で待機していた部下たちは、入る直前に、シュトラー王とフェルサの姿を目にしていたのだ。
続々と、帰っていく幹部たち。
同じように、疲れを、滲ませているドメニク。
自分の部下たちを、先に帰らせ、廊下で、部下たちと、話し込んでいるハビエルと、視線を交わしていた。
声をかける必要性もない。
目を見ただけで、相手が、何を考えているのか、互いに、理解できていたのだ。
ハビエルが、二言、三言、部下と話をし、部下たちが帰っていった。
見計らって、ハビエルが、重い足取りで、ドメニクに近づき、彼の前で立ち止まる。
「まさか、陛下が、いらっしゃるなんてな」
ドメニクが、苦笑いを覗かせていた。
首を竦め、応じるハビエルだ。
二人は、全然、知らされていない。
シュトラー王派の誰も、知らせられていなかった。
出席が決まったのは、直前で、シュトラー王の意向でもあったのだ。
シュトラー王が出席するのを、知っていたのは、ソーマやフェルサ、限られた人しか、知らされていなかったのである。
まして、軍の関係者には、誰にも、知らせていなかったのだった。
「何で、いきなりなんだ。少しぐらい、こちらにも、連絡をくれても、いいだろう」
ついつい、ドメニクの口から、不満が、出てしまっていた。
「俺も、そう思うが、あの陛下が、なされるとは、思わない」
「そうだな」
二人して、遠い目をしている。
二人が、話し始めている間に、ほとんどの幹部が、姿を消していた。
若干、幹部たちが、そこら辺で、話し込んでいたのである。
どこも、かしこも、牽制し合っていたのだ。
「移動するか?」
「そうだな」
ハビエルの提案を受け入れ、二人して、慣れた足で歩き出す。
若い時に、《コンドルの翼》に所属もしていたので、王宮を知り尽くしていたのだ。
軍の会議があったこともあり、誰一人として、不審な目をする者がいなかった。
歩いている間は、雑談している二人だ。
同じ軍にいるとは言え、部署が違い、顔を合わすことも、ほぼない。
《コンドルの翼》のかつての仲間だったと言うことも、知り渡っていることもあり、仲間たちと、話すことも、あまりしてこなかった。
良からぬ勘繰りを、受けないためでもある。
それと同時に、シュトラー王直属の部隊である《コンドルの翼》の情報を、少しでも得ようとして、近づく者も、多少なりいたのだった。
興味本位か、上司から言われてきたのか、わからないが。
そのため、かつて《コンドルの翼》に所属していた者たちは、常日頃から、警戒していた。
誰にも、家族にも、自分たちが、してきた内容を、話す気にはなれなかったからだ。
クロス一家のストーカーを、させられていたなんて。
口が裂けても、言えなかった。
開けた庭に、二人が辿り着く。
視界に見える範囲で、二人以外、誰もいない。
そうした場所を、あえて、選んだのだった。
開けた場所と言うこともあり、誰かが隠れ、窺うにしても、距離があり、話し声を聞かれる可能性がない。
二人同時に、嘆息を零していた。
ようやく、肩の力を、少しだけ下ろしたのだった。
「四時間も、ずれ込むなんて、あり得ない」
「ホントだ。ネチネチと、あれじゃ、蛇の生殺しだな」
愚痴しか、出てこない二人だ。
会議の間も、ずっと我慢していた。
これまでに培った忍耐だけで、耐えていたのだった。
《コンドルの翼》時代も、ネチネチと、説教と言う名の拷問を、受けていたのである。
ある程度、鍛えられているとは言え、久しぶりに受ける拷問は、出席者にとっても、二人にとっても、疲労困憊に陥っていたのだった。
「代理を寄こすんだった……」
「俺もだ」
二人とも、瞳が、虚ろになっている。
出席が、不可能の際は、代理でも良かったのだ。
だが、今回は、誰も、代理をよこすこともなかった。
「まさか、いきなり、陛下が、来るなんて」
「気を利かせて、ソーマ先輩が、教えてくれても、いいのに」
笑っているソーマの姿を、ハビエルが、脳裏に掠めていた。
フツフツと、ソーマに対し、怒りを燃やしていたのだ。
「フェルサ先輩は、陛下に、従順だからな。そこは、やはり、ソーマ先輩が、やるべきことだろうが」
「本人は、不在なんて……。きっと、先輩のことだから、今頃、笑っている頃だろうな」
ソーマがいないことは、承知していたのである。
勿論、どういった仕事をしているのかも、二人は把握していた。
二人とも、会議には、フェルサが来ると、巡らせていたのだった。
「あり得る」
そして、また、同時に、溜息を漏らしていたのだ。
「……陛下。だいぶ、怒っているみたいだったな」
「ここのところ、失態した続きだからな」
不審者や敵側の人間が、仮宮殿に潜入したり、探っている相手から巻かれたり、いろいろと、不手際が続いていたのだった。
アレスやリーシャが住まう、仮宮殿の侵入者に置いては、寸前のところで捕まえ、ギリギリで、ことなき終えたのである。
仮に、リーシャに危害が加わっていたら、あれだけでは、済まなかったことを、痛いほど、二人が理解していたのだ。
「でも、突然、発破をかけに、来ることもないだろう、それも、四時間も、オーバーして。俺たちだって、暇じゃないんだから」
「……そうだ」
ハビエルが、意気込んでいた。
徐々に、ドメニクの顔が曇っていく。
「何か、起こす可能性も、あるかもしれない」
とんでもない発言。
ハビエルの顔色が、優れなくなっていった。
「……不吉なことを、言うなよ」
ハビエルの眉間に、しわができ上がっている。
《コンドルの翼》時代に、いろいろと苦労してきたことにより、表情に重厚さがあり、何があっても、驚かない、心の強さを持ち合わせていたのだった。
「だが、リーシャ妃殿下に、かかわることだ。それは、クロス様にもかかわっていると言うことだろう」
「……」
黙り込むハビエルだ。
ドメニクの頭には、若かりし頃のクロスの姿が、浮かび上がっていた。
クロス同様に、ドメニクも、軍属出身の貴族の出で、クロスのことは、幼き頃より、憧れの対象であり、いつか一緒に、戦ってみたいと、願う相手でもあったのだった。
だから、クロスと、近い場所にいけるといった際は、意気揚々とし、活力も、溢れていたのである。
シュトラー王の我がままに、振り回されても、どうにか、頑張ってこられたのは、クロスにかかわれたことでも、あったからだった。
「大体、珍しいと、思わないのか? いくら、陛下が年を召され、おとなしくなったとは言え、リーシャ妃殿下に対する、いじめの調査だけで、後は、ほぼ、何もしていない。昔の陛下だったら、迅速に動き、そうしたやからを、綺麗に、一掃していたはずだ」
過去の出来事が、走馬灯のように流れていった。
表情に出ていないが、どれも、苦々しいものだった。
(思い出したくない過去が……)
おとなしくしているシュトラー王に、このところ、ドメニクは訝しげていたのである。
あまりに、静か過ぎると。
苛烈で、行動力ある、若きシュトラー王からは、考えられない姿だった。
《コンドルの翼》から、離れているとは言え、ある程度、情報としては、彼らの耳にも入っていたのである。
自らの部下たちを使い、それらの情報を、常に集めていたのだった。
シュトラー王はだからと言って、甘やかされてはいない。
情報は、自分たちでも集めろと、言われ続けていたのである。
「確かにな……」
苦々しい顔を、ハビエルが、滲ませている。
クロス一家を守ると同時に、シュトラー王やクロスに、敵対してきた者たちを排除していった過去が、蘇っていたのだった。
「ぬるいな。考えられないことだな」
「そうだろう。年を取られたからと思っていたが……。何か、あるかもしれない」
逡巡しているドメニク。
そして、自分たちには、何も、話してくれないのかと、シュトラーやソーマたちに、ぼやきを巡らせていたのである。
((俺たちは、頼りなのか!))
「……何かあると、見込んで、更なる情報を、集めていた方が、いいかもしれないな」
「ドメニクの言う通りだ。先輩たちに、俺たちを舐めるなよと、言わせてやるか」
不敵な笑みを、ハビエルから、漏れていたのである。
「外野に置いたことを、後悔させてやる」
闘志漲る眼光を、燃やしているドメニク。
ソーマたちに、こき使われてきた日々を、思い返している。
いいように、シュトラー王やソーマに、こき使われていたのだった。
((ひと泡、吹かせてやる))
「どこから、攻めるか?」
思案しているドメニクだ。
軽々と動き、失態をする訳にはいかない。
「先輩たちは、貴族の動向や、リーシャ殿下の警護で、忙しそうだからな。他国や民間で、動きが見られているところを、探っていくのも、いいかもしれないな……」
貴族出身ではないハビエルは、長年、軍で働いていても、貴族関係には、疎い面があったのだ。
自分の強みである民間の動きを、探ろうと、巡らせていたのである。
「他国には、抜かりなく、目は、光らせているだろう」
「そうか」
「ソーマ先輩たちが、手を抜くはずないからな」
「そうだな」
「ソーマ先輩たちが、難しいだろうと思える、民間の動きでも、探ってみるか」
すでに、二人の頭の中に、今後、行われる大規模な訓練のことが、ごっそりと、抜け落ちていた。
喜々として、楽しい口調だ。
そして、どう進めていくかと、打ち合わせに、余念がなかったのである。
時間が過ぎ、打ち合わせも、終わった二人。
仕事を片付けるために、それぞれの部署に、戻っていくのだった。
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