第182話
幹部たちを目の前にし、淡々と、真面目に、軍の会議を、進行しているフェルサ。
話に、耳を傾けている様子のシュトラー王だ。
そして、幹部たちも、耳を傾けながら、未だに、喋ろうとしないシュトラー王の動向を、静かに窺っていたのだった。
話すのは、フェルサのみで、シュトラー王は、一切、口を開いていない。
チラチラと、注がれるシュトラー王への視線。
向けられる視線を、気にする素振りがなかった。
進行役のフェルサも、気にしない。
平然と、会議を進めていったのである。
同世代や、やや下の年代の者たちは、すべて、シュトラー王の豪腕振りを、垣間見た訳ではなかったが、密かに、話が受け継がれていたのだった。
そして、若い世代にも、シュトラー王の豪腕の話が受け継がれていた。
そのため、無駄口を叩く者がいない。
突然の来訪に、多くの者たちが、何かが起こるのではないかと、慄いていた。
ソワソワと、落ち着きがない会議室。
静粛で、異様な雰囲気の中、粛々と、会議が進められていく。
シュトラー王が、活発に動かれるようになって、軍の会議にも、出てくるものかと、多くの軍の幹部たちが、戦々恐々としていた。
けれど、シュトラー王は、これまでの軍の会議に、出てくることがなかったのだ。
そのため、多くの幹部たちが、安心しきっていたのである。
ソーマ、フェルサ経由で、指令がなされることがあっても、顔を出していなかったのだった。
フェルサが説明している最中、突然、シュトラー王の口が開く。
「随分と、規律が、乱れているようだな。副司令官が、説明しているにもかかわらず、喋っている者がいるとは、なんて嘆かわしいことだ」
瞬時に、室内が、フリーズしていく。
ひそひそと、喋っていた者の口が、いっせいに閉じていった。
シュトラー王が喋りだしたと同時に、フェルサは、説明することをやめてしまう。
フェルサの表情は、崩れていない。
小声が飛び交っていた室内が、打って変わり、シーンと静まり返っていた。
冷めた双眸で、シュトラーが、幹部たちの顔を見ている。
多くの幹部の顔が、引きつっていた。
「私が、足を遠のけると、こういうことになるのか……。私は、君たちを、信頼していたのだがな」
シュトラー王の声だけ、室内に、響いていたのだ。
フェルサは、一切、口を挟まない。
無表情でいたのである。
「これは、大掛かりな訓練が、必要かな?」
「「「「「……」」」」」
同年代や、やや下の年代の者たちが、フリーズしていた。
過去の出来事が、呼び起こされていたのだった。
ゴクリと、つばを飲み込む音。
あちらこちらから、聞こえてくる。
「若い者たちは、経験があるまい。いい時期かも、しれないな」
ニコッと、笑みを深くしているシュトラー王。
多くの幹部たちの表情が、青ざめていく。
誰もが、何も言えない。
ただ、黙っているしかなかった。
「副司令官。そのように、計らってくれ」
「わかりました。規模は、どういたしますか?」
「全体でだ。勿論、ここにいる幹部たち諸君も、実践訓練をして貰うぞ。ずっと、椅子に座ってばかりいると、身体が、ナマっているだろうからな。だから、説明している際に、お喋りなんて、くだらないことが、起こるのかもしれないな」
「「「「「……」」」」」
「デステニーバトルの部署は、いかがしますか?」
「勿論、参加だ」
容赦のない一言だ。
シュトラー王の言葉に、がっくりと、首を落とす、デステニーバトルの部署の面々。
彼らの多くは、軍に所属しているものの、訓練をしている、軍人とは違い、研究者であり、身体を動かす機会なんて、程ほどなかったのである。
身体を動かさない人間にとり、訓練と言う響きは、地獄に落とされるような感覚だったのだ。
「では、そのように、計画を立てます」
「そうしてくれ。私も、見学するから、そのように計らえ」
喜々とした顔を、シュトラー王が覗かせている。
どの顔も、曇よりとした表情を、浮かべていたのだった。
「承知しました」
「各国の動きは、どうなっている? 報告を」
上がってきた報告を、フェルサが、説明していく。
「東シベリアが、随分と、活発に動いている様子です。それに対し、西シベリアは、落ち着いた、例年通りの動きを、見せております。ただ、あそこは、情報を取ることが、非常に、難しい場所の一つでもあるので、何らかの動きを、見せている可能性もあるかと」
「モスクワは、静観をしているのか?」
「はい」
広大な国を誇っていたロシアは、現在では三つの国に分かれ、東シベリア、西シベリア、モスクワとなっていた。
「相変わらずだな」
「そうかと」
これまでの軍の会議で、上がっているものと、何ら遜色がなかったのである。
だが、軍の幹部たちの思考は、それどころではなかった。
今後、行われる訓練で、ほぼ、意識が埋まっていた。
「だが、不気味でもあるな。私が、動きていると言う情報を、得ているはずなのに。いつもと、変わらないのは」
面白くないと言う顔を、シュトラー王が注いでいた。
フェルサの表情は、崩れることがない。
「そうかと」
西シベリアは、シュトラー王とクロスが、現役、活躍していた頃の、最大のライバルであり、現在は、デステニーバトルの準優勝国として、世界において、力を保持していたのである。
このところ、アメスタリア国と、安定して理事国になっている国だ。
そして、もっとも、警戒すべき国の一つでもあった。
閉鎖的で、情報規制が取れた国でもあり、国に侵入することに、厄介な国でもあったのだった。
逡巡しているシュトラー王。
誰一人として、邪魔する者がいない。
(何を考えているのか……。こちらも、潜り込んでいるのだ、あちらも、こちらに、潜り込んでいる者が、いるだろうな。それにしても……)
アメスタリア国では、諜報活動ができる人間を、各国に、送り込んでいたのである。
常に、各国の情報を、集めていたのだった。
勿論、友好国として、結んだ相手でもだ。
いつ、裏切るのか、それとも、すでに裏切り、情報を得るために、近づいた可能性もあったからだった。
他の国も、同じようなことをしていた。
把握しつつも、野放しにしたり、時には、捕縛していたりしていたのである。
「もう少し、送り込むことが、できるか?」
「それは、難しいかと」
「今の人数が、ギリギリか」
「はい。これ以上、入れると、向こうも、黙っていないかと」
「だな。では、もう少し、有意義な情報を、持ってこいと、発破をかけておけ」
「承知しました」
「で、こちらに、入り込んでいるネズミたちは、どういった動きを、見せているのだ? ある程度は、泳がせておいても、いいが、目立つ者は、排除しているのだろうな」
無口になっている軍の幹部たちに、視線を注いでいる。
その表情は、居た堪れなさが、滲んでいた。
このところ、目立つ活動をしている者たちを、幾人か、逃がしていたからだ。
「お前たちは、何をしてきた?」
「「「「「……」」」」」
返す言葉もない、軍の幹部たちだ。
逃がした中には、リーシャに、近づこうとした者もいて、寸前のところで、《コンドルの翼》たちが捕まえていたのだった。
本来は、まだ、軍の会議に、出てくるつもりがなかった。
時期早々と、シュトラー王は、抱いていたのだ。
だが、リーシャに、危害を加えようとする者を、取り逃がした軍の失態に、重い腰をあげたのである。
本日、出席した理由は、手綱が緩んでいるようなので、締めなおす意味を込めて、現れたのだった。
「訓練は、厳しいものとする」
「「「「「……」」」」」
「それと、早急に、うろちょろしているネズミを、捕まえろ」
「「「「「はっ」」」」」
「ハーツパイロットの方は、どうだ?」
急に、矛先を向けられた、デステニーバトルの部署たち。
強張らせた身体のまま、緩ませつつ、口を開いていく。
「訓練に、勤しんでおります」
「何も、問題はないのだな」
発言した者の双眸が、揺らいでいた。
「……」
そうした仕草を、シュトラー王が、見落とす訳がない。
「何かあるのなら、言え」
「……はい。近頃、彼らに、近づき者がおります」
「私に、反する者たちのやからか」
吐き捨てるシュトラー王。
「……はい。その者たちから、危ういと言う話を、されているとか……」
「危うい?」
「……殿下たちに、立場を奪われるのでは、ないかと」
正規のハーツパイロットの中に、実力ではなく、シュトラー王の意向で、アレスたちがハーツパイロットに、選ばれるのではないかと、火種が芽生えていたのだった。
「くだらない。力がなければ、アレスたちは、なれないだけだ」
「……」
「だが、今のままでは、アレスたちの方が、実力の方が、上だろうな。お前たちだって、わかるはずだ。それを、説明しているのだろう?」
「……はい。ですが、なかなか、納得する者が少なく……」
「お前たちの説明が、悪いだけだろう」
デステニーバトルの部署の幹部たちに、鋭い眼光を巡らせている。
「私たちも、至らないところがあると、思うのですが、彼らにしてみれば、今後の人生も掛かっているのです。すんなり、受け止めることも、できないのでは……」
「では、どうすると、言うのだ?」
「一度、模擬戦でも、してみれば……」
窺うような眼差し。
眼光の奥に、怯えが、滲んでいた。
「……今は、無理だな。いずれだな」
「いずれとは……」
ギロリと、シュトラー王に睨まれていた。
言葉が、止まってしまう。
「何かと、立て込んでおる。ネズミたちが、嗅ぎまわっている最中に、模擬戦をして、こちらの情報を、渡すこともあるまい」
(ネズミも、さることながら、貴族たちの動きも、気になるな)
「し、失礼しました」
萎縮し、誰もが、憐れみの双眸を傾けていた。
やることが多いことに、シュトラー王は、うんざりとした表情を、覗かせていたのだった。
軍の会議は、定時に終わることができず、大幅な時間を使い続けられる。
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