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輪廻転生  作者: 香月薫
第7章
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第178話

 苦々しく、重い記憶が、オブリザツム伯爵の頭の中に、呼び戻ってくる。

 何度も、封じてきたものが。

 伏せていた、瞳を上げた。


「クロスが、帰ってくるのか?」

「まだ、当分は、戻ってこないだろう」

 オブリザツム伯爵は、厳しい表情に、変わっていた。


(と言うことは、いつか、帰ってくるのか……)


「私は、反対だ」

「らしい答えただ」

 昔から、オブリザツム伯爵が、クロスを嫌っていたことは、理解していた。

 けれど、普通の体面を取っていたので、これまでは、深く考えることもなかった。


「何で、そんなに、嫌うんだ、クロスのことを」

「……嫌っていない。恐れているだけだ」

「恐れ?」

 パチパチと、ソーマが、瞬きを繰り返していた。

 脳裏には、優しげに笑っている、クロスの姿が、浮かんでいたのだった。


「逆に、あの姿を知っていて、恐れない、お前たちの方が、おかしいんじゃないのか?」

 訝しげな双眸を、オブリザツム伯爵が傾けている。

 向けられているソーマは、不可思議そうに、首を傾げていた。


(……怒れば、怖いが?)


 理解していない様子の姿に、呆れが混じった息を、吐いていたのだった。

 不意に、若かりし頃のクロスの姿を、オブリザツム伯爵が思い起こしていた。

 いつも、優しく微笑み、穏やかに、話していたのだ。

 徐に、シュトラー王のためならば、どんなことでも、成し遂げる姿を、鮮明に映していたのだった。

 その背筋に、戦慄が、通り過ぎていく。


「……何で、そんなに、心酔できるのか、理解できない」

 眉間にしわを寄せている、オブリザツム伯爵だった。

「そうか?」

「ああ。陛下のことも、恐ろしいが、それ以上に、クロスは、何を考えているのか、まったくわからない」

 理解に、苦しむとばかりに、首を横に振っていた。


 クロスと出会ってから、ずっと、考えていたことだった。

 だが、答えがでず、すでに、答えを得ることを、諦めていたのである。

 これまで、何度も、クロスと対面し、平気で話していた。

 それなりの付き合いを、以前は、していたのである。


 けれど、クロスが、貴族から出てからは、会っていなかった。

 会っていない間は解放され、ホッとしていたのだ。

 そして、クロスのことは、時折、ソーマやフェルサから、話を聞いている程度だった。


 穏やかなクロスの姿が、また、目の前に、姿を現す。

 クロス本人を前に、怯えた様子を、見せたことがない。

 ただ、常に、恐ろしいと、心が訴えかけていたのだ。


 自分自身でも、よく、わかっていなかったのである。

 どうして、恐ろしいのかと。

 だから、他の者は、なぜ、恐ろしく、感じないのかと、抱いていたのだった。


「もういい」

「いいのか」

 きょとんとした顔を、ソーマが覗かせている。

「絶対に、理解できないと、思うからだ」

「そうか。シュトラーと違って、クロスは、優しいぞ」

「……陛下と、呼べ」

「いいじゃないか」

「よくない」


「フェルサと同じで、堅苦しいやつだ」

 胡乱げな眼光を巡らせている、オブリザツム伯爵だ。

 言っても、聞かないやつだと抱き、話の続きを口に出す。

「優しいが、底が見えない。子供の頃から、軍人として、出ていたせいなのかも、しれないが」


 クロスがいた、メイ=アシュランス子爵家は、優秀な軍人を、何代にも渡って、多く輩出してきた、軍出身の貴族であり、オブリザツム伯爵家は、長年、内務で、アメスタリア国を支えてきた歴史を、持っていたのである。

 両貴族は、アメスタリア国を、外と内で、支えていた貴族同士だったが、交流がなくても、それとなく、噂程度で、メイ=アシュランス子爵家のことは、優秀な軍人を作り出すために、厳しい育て方をしていると、耳にしていたのだった。


 勿論、国を支える人材を育てるため、オブリザツム伯爵家でも、厳しい教育を施されてきたのである。

 だが、それ以上に、厳しいメイ=アシュランス子爵家の人道に外れた話が、いくつも入ってきていたのだった。


 クロスに会う前から、どんな人物なのかと、若かりし頃のオブリザツム伯爵は、怯える心を持っていたのである。

 そして、初対面で対面した際、クロスは、とても柔和に微笑んでいたのだ。

 それと同時に、オブリザツム伯爵は、背筋が凍る思いを、巡らせていたのだった。


 屈託のないソーマの表情を、見入っている。

 そこには、クロスに対する怯えなどが、一切ない。

 窺えるのは、敬愛と信頼関係があることだけだ。


(……何で、あんなに、微笑むことが、クロスはできたんだ?)


「……だろうな。俺に限らず、誰も、クロスのことは、わかって、やれないのかもしれない。けど、クロスの傍だと、大丈夫だって、安心できるんだ」

「安心か……。私は、理解できないな」

 怪訝そうな顔を、オブリザツム伯爵が滲ませていた。


(一生、理解できないだろうな)


 僅かに、顔を伏せている姿を、ソーマが捉えている。

「そうか。で、今後、どうする?」

 ふと、顔を上げる、オブリザツム伯爵。

 ソーマから、茶目っ気がある顔が消えていた。

 注がれる双眸。


「中立の立場を取るのは、構わない。ただ、敵にだけは、回るな。そして、できれば、少しだけ、俺たちの方へ、耳を傾けてくれると、ありがたい」

 現状を認めることと、注意、そして、自分たちの希望を添えていた。

「……勝手だな」

 呆れる言い分に、ジト目になっている。

「悪いな」

 思わず、苦笑しているソーマだ。


「……考えはするが、ダメだと思ったら、反対するかもしれない」

「わかった。今はいい」

「今はか」

「そうだ。今はだ」

 オブリザツム伯爵が、長い息を、漏らしていたのである。


「本当に、すまん」

「謝るな」

 ブスッとした顔を、覗かせていたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

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