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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
184/422

第175話

 クラスの打ち上げは、突如、リーシャが連れ去られても続けられ、ラルムは、最後の方まで、残っていたのだった。

 帰宅したラルム。

 屈託のない笑顔を、仕えている者たちにも、注いでいた。

 いつものように過ごし、深夜、部屋で、一人佇んでいたのだった。


 窓から、夜空を眺める。

 星の明かりが、煌々と、輝いていたのだ。

 ただ、何もすることなく、眺めていた。

 何もする気に、なれなかったのだった。


 その思考は、自分の近くで、楽しげに笑っていたリーシャを、無理やりに、連れ出された、苦々しい記憶で、占めていたのである。

 そして、次に、思い出されるのが、最後のクラス対抗戦でのリレーで、アレスに抜かされた場面だ。

 寸分の狂いもなく、鮮明な映像だった。


(何で……)


 苦々しい気持ちを、堪えている。

 アレスの出場が、決まるまでは、ある程度、手を抜こうと考えていた。

 それまでに出場した、どの競技も、全力を、出し切った訳ではない。

 ある程度、手を抜いていたのである。


 アレスが見ている前で、本当の自分の実力を、見せることが、できなかった。

 けれど、リーシャの無茶振りで、アレスの出場が決まり、互いに、アンカーとなった時点では、どうするかと、悩んでもいたのだ。

 本気を、出し切りたいと言う気持ちと、まだ、隠し通さなくてはと言う気持ちが、鬩ぎあっていた。

 だが、バトンを受け取った際、負けたくないと言う思いが、大きく膨らむ。


 何も考えることもしないで、身体が自然と、本気で、動いていたのだった。

 すぐ背後に、アレスの存在を、感じ取った途端、絶対に、負けたくないと強く抱き、更なる力を振り絞り、無我夢中で、走っていたのである。


 走っている時間なんて、ほんの僅かな時間しかなかった。

 それでも、久しぶりに、全速力で、走っていたのだった。


 不意に、無表情で、涼しいアレスの顔を、掠めている。

 アレスも、ラルム同様に、本気で、走っていたのが、理解できていた。


(アレス……)


 珍しく、本気で、力を出している姿に、言い知れぬ、黒い渦が、胸の中で、漂っていたのである。

 昔から、飄々とした顔で、先に、何でも上手くこなす姿が、思い起こされていた。

 ラルムよりも、何でも早く、アレスは、こなすことができたのだった。

 けれど、すぐに飽きてしまい、固執することなく、手を抜いていたのだ。


(なぜ……)


 普段のアレスの性格を、踏まえると、本気になることなんてない。

 まして、出場することなんて、考えられなかったのだ。

 それが、容易に出場を決め、アレスは、本気で走っていたのである。


 ふと、憮然としているアレスに向ける、リーシャの微笑みを、思い返していた。

 その比重が、増していく。

「……」

 目が、細められていった。


 突然、部屋のドアがノックされ、メリナが、部屋に入ってきたのである。

 今日も、ラルムを支援してくれる人たちと、会っていたのだ。

 勿論、自分たちの動きをある程度、把握されていると抱きつつも、隠し通したい行動は慎重に、動き回っていたのだった。


 だからと言って、ラルム自身に、どういった人物と、会っているとは話さない。

 そして、ラルムも、誰と会っているのかと、聞かなかったのだ。


 メリナの存在で、ようやく、思考が、現実に戻ってくる。

 ノックされ、声をかけられるまで、メリナの帰宅に、気づかなかったのだ。

 先ほどまで、凍っていた顔とは違い、柔和な笑みを携えていた。

「おかえり」

「ただいま」


 そつなく、メリナが、部屋の様子を窺っていた。

「アレス殿下と、勝負したようね」

「……もう、耳にしているの」

 少し、呆れた顔を、ラルムが、滲ませていた。


 今日の、アカデミーの出来事を、耳にしていることに、僅かに、脅威を巡らせていたのだ。

 どれだけ、来賓の中に、メリナの間者がいたのかと、抱いていた。

 クラージュアカデミーに来ていた来賓の中に、シュトラー王や、反シュトラー王派の派閥に加え、いろいろな派閥が、混在していることは、容易に理解できていた。


 アレス自身も、そのことは、把握していたのだ。

 自分の母親あるセリシアの関係者が、混じっていることもだった。


「当たり前でしょう」

 微笑むメリナ。


(……気をつけないと)


 さらに、気持ちを引き締めないと抱く、ラルムである。

「負けちゃった」

 おどけるラルムだ。


「いいのよ。それで。今は、おとなしくしている、時なんだから」

 なんでもない顔を、メリナが、滲ませていた。

 話を聞いても、そつなく、返していたのだった。


 最後に、必ず勝と言う強い意志を、メリナが、持っていたのである。

 だから、あえて、今、負けても、些細なことだと、巡らせていたのだ。


「……そうだね」

「ところで、何があったの?」

「何が?」

「様子が、少し変だって、聞いたわよ」


 帰宅した早々に、メリナたちに仕えている者から、ラルムの様子が、おかしいと報告を、受けていたのである。

 仕えている者たち全員が、ラルムの様子に、気づいていた訳ではない。

 ごく一部の者が、気づいていた。


 クラス対抗戦で、アレスに負けたことよりも、ラルムの様子が、おかしいことが気になっていたのだった。

 ごく当たり前な、母親の行動である。


「……」

「ラルム?」

 まっすぐに、ラルムの顔に、注がれる眼差し。

「……やっぱり、負けるのは、楽しくないね」


「そう……。ごめんね」

 微かに、肩を落とすメリナだ。

「母さんが、悪い訳じゃないよ」

「……」

 優しく、ラルムの頭を、撫でてあげた。

「弱かったばかりに……」


「母さんのせいじゃないよ。勿論、父さんのせいでも、ないよ」

「……なぜ、国王は……」

 悔しさを、覗かせている。

 そうした顔を、幼い頃から、見てきたラルムだった。


 決して、慣れることがない。

 見るたび、心が締め付けられる思いを、抱いていた。

 沈んだラルムに気づき、ニッコリとした表情に、メリナが戻っていく。


「ところで、どうして、殿下と、勝負したの?」

 詳細までは、聞いていなかったのだ。

「……出る人間が、ケガしちゃって、その代わりで、出ることになったんだ」

 リーシャの名は、決して、出さない。

 ラルムの勘が、話してはいけないと、訴えかけていたのである。


「……そう。でも、殿下にしては、珍しい行動ね」

 訝しげな顔をみせ、何かと、考え込んでいるメリナ。

「……そうだね。僕も、驚いたよ。出ていた時は」

「確かにね」

 小さく、微笑んでみせる。


(……母さんのことだ、きっと、終わらせないだろうな。今日のことを、調べるかもしれないな)


 苦慮している顔を、窺わせない。

 さらに、調べる可能性もあるからだ。

 自分たちのことを。


(……リーシャを、守らないと)


 あっと言う間に、気持ちを切り替え、ラルムが、穏やかな笑みを漏らしている。

「外で、食べてきた?」

「えぇ」

「少しだけ、食べるのを付き合って、くれない? 少し、小腹が、空いたみたい。一人で食べるのは、味気ないし」


 やや縋る眼差しを注ぐ。

「いいわよ」

 めったに、甘えたことを言わない息子の要望に、これまでに、ないぐらいの笑顔を、覗かせていた。

「ありがとう」

 そして、二人一緒に、部屋を出て行く。


読んでいただき、ありがとうございます。

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