第173話
シュトラー王の執務室に、《コンドルの翼》のメンバー数人が、クラス対抗戦の報告をするために、訪れていたのである。
シュトラー王は、大使たちの面会を終えていた。
大使たちは、もっとシュトラー王と、懇談したがっていたが、早々に、無理やりに終わらせてしまったのである。
残念そうに去っていく大使たちの顔を、秘書官たちが、可哀想に見送っていたのだ。
ここには、ソーマやフェルサの顔触れも、揃っていた。
二人の顔は、どこか、曇っている。
それに対し、シュトラー王は、痛くも痒くもないと言う表情だ。
《コンドルの翼》は、無事に、クラス対抗戦を終えたことと、アレスに、自分たちの存在を、知られたことを告げていたのである。
そして、彼らの顔も、よくない。
自分たちの、エリート集団としてのメンツが、奪われた上、失態したことにより、より一層の矜持を、傷つけられたと、抱いていたのだった。
執務室には、重い空気が流れていた。
それを、容易に、掻き消したのは、シュトラー王だ。
「バレたか。ま、よかろう」
「「「「「……」」」」」
シュトラー王の脇に、控えているソーマ。
眉間に、しわを寄せている。
(そんな言葉で、片づけるな!)
必死に、これ以上、顔が崩れないように、堪えていた。
「リーシャが、一位を取ったのだな」
完全に、頬が緩んでいる、シュトラー王だ。
「……はい」
沈痛な面持ちで、《コンドルの翼》のリーダーらしき男が、返事を返していた。
僅かに、哀れみな双眸を、ソーマが、巡らせていたのだった。
(最も、知られたくない事実を、とうとう、アレスに、知られたのか……。可哀想にな、必死に、隠していたのに……)
《コンドルの翼》の者たちが、ソフィーズ家のストーカーのような真似事を、何十年と、させられていることを、ひた隠しにしてきたのだ。
《コンドルの翼》から離れても、決して、誰一人して、自分たちが、置かれている状況を、口にする者がいない。
勿論、家族にも、隠していたのである。
こんなこと、誰にも、話せなかったのだ。
愚痴は、仲間たちの中で、していたのだった。
シュトラー王の命令で、従っているものの、やりたい仕事ではなかったのである。
そして、シュトラー王が亡くなれば、終わる仕事だと、思い込んでいたのだ。
そのせいもあり、次期国王であるアレスには、最も、知られたくない事実だった。
「では、何か、祝いの品を、贈らなくっては」
ウキウキと、はしゃいでいる。
「「「「「……」」」」」
とても、威厳ある王には見えない。
ただの爺バカにしか、見えなかったのだ。
《コンドルの翼》は、目の前にいる人に、忠節を、誓っていたのだった。
「何を贈ったら、喜ぶと思う?」
「「「「「……」」」」」
頭の中では、何をプレゼントするのかで、占められていたのである。
能天気な頭に、内心で、ソーマは、頭を抱えていたのだ。
さすがに、部下の前で、声を荒げることもできない。
《コンドルの翼》たちは、微かに、顔を引きつらせている。
「ところで、アレス王太子殿下と、ラルム殿下が、最後のリレーで、勝負をされたと言うことだが?」
無表情で、フェルサが尋ねた。
淡々と、事を先に、進めようとしていたのだ。
ゆったりしている暇など、なかったのである。
(仕事が、まだ残っているから、さっさと、仕事を片付けなければ)
フェルサの頭の比重は、報告の内容と、残っている膨大な仕事で、埋め尽くされていたのだった。
「はい。元々、ラルム殿下は、参加する予定で、ありましたが、アレス王太子殿下は、ケガをした者の代わりに、出たようです」
「珍しいことも、あるものだが」
意外な顔を、ソーマが、覗かせている。
何に対しても、あまり、興味も持たない、アレスの姿を掠めていた。
ソーマの口角が、微かに、上がっていたのだった。
(いい兆候だな)
「リーシャ妃殿下の口添えが、あったようです」
ますます、目が、大きくなっていった。
あまりに、予想出していなかったからだ。
ソーマたちの会話に、目もくれない。
ただ、リーシャの写真に、シュトラー王一人だけが、見入っていたのだ。
誰も、視界を捉えているが、見ない振りを通している。
あまりに、国王らしくもない表情だった。
その行動は、部下の《コンドルの翼》には、顕著に現れていた。
「邪魔者は、いたか?」
一番、確認して置きたかったことを、ようやく、フェルサが、口に出した。
最も、気に掛かる部分だったからだ。
面だって、《コンドルの翼》を警備から排したのは、彼らの動きを、泳がすためでもあったのである。
わざと、隙を作り、相手側の出方を、窺っていたのだった。
目論見通り、動いてくれた相手側に、ソーマが、ニンマリとしている。
「はい。それらの者たちの証拠は、しっかりと、押さえています。それと、指示されたように、過剰な動きを見せる者に対しては、警護の方に通達し、排除させました」
「それならいい」
「何か、他に、気になることは?」
シュトラー王やソーマ、フェルサの顔色を窺っていた。
報告してもいいものかと、僅かに、狼狽えていたのだった。
言葉を濁している《コンドルの翼》たち。
先ほどまでの緩いシュトラー王は、消し去っていた。
「言え」
「……はい。ラルム殿下に、接触しようとする者がいました。上手く、接触を図った者もいましたが、どうも、上手くことを、運ぶことが、できなかったようです」
「だろうな。あれは、聡いからな」
目を細め、遠くを見つめている、シュトラー王。
孫の一人だと、思えないほどの冷徹さだった。
「その中に、気になる人物が……」
まとめておいた報告書を渡す。
目を通す、シュトラー王だった。
目を通し終わると、表情も変えぬまま、控えている二人に渡した。
「放置しておけ」
「承知しました」
「下がっていいぞ」
《コンドルの翼》たちが、下がっていく。
執務室には、シュトラー王、ソーマ、フェルサの三人しか、残っていない。
ソーマとフェルサが、シュトラー王の前に立つ。
「まさか、ハーデンベルギア侯爵の孫とは……」
どこか呆れた声が、ソーマから、漏れていたのだ。
「確かに。何を、考えているんでしょうか?」
「あれの、指図ではあるまい。バカな孫か、息子辺りだろう」
嘲笑する、シュトラー王である。
さして、大きな脅威だとは、思ってもいない。
逆に、ハーデンベルギア侯爵の、アキレス腱となる可能性の方が、大きかった。
「知らせるか?」
「いや。あれが、どうにかするだろう」
「そうだな」
熱心に、受け取った報告書に、目を通しているフェルサ。
「随分と、甘く、育てられたものだな」
かつての脅威の一人であった、ハーデンベルギア公爵の、ギラギラして、若かった頃の姿を、ソーマが、思い浮かべていたのである。
背凭れに、シュトラー王が、背中を預けていた。
目線の先は、天井だった。
懐かしい記憶を、呼び覚ましていたのだ。
不敵な笑みを、零している。
「新しい顔触れが、出ていますね」
クラス対抗戦には、安易に、入り込む隙間がない。
身元のはっきりした者であり、クラージュアカデミーから、招待を受けていなければ、入ることは叶わなかったのである。
勿論、父兄だからと言って、入ることはできなかった。
「それらに、載っている貴族の多くが、外に、大きなパイプを持つものばかりだ」
「そうだな」
シュトラー王の意見に、ソーマが、同意していた。
報告書に載っている、多くの貴族たちの身内に、アメスタリア国以外の外国の人間と、結婚を結んだ者が揃っていたのだ。
そうした者の多くが、外国の人間と繋がり、アメスタリア国の情報を、流したりしていたのだった。
「慎重さに、欠けているな」
嘲り笑っている、ソーマだった。
「どう、料理するか」
着々と、シュトラー王たちの包囲網は、狭められていったのだ。
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