第171話
アレスの一位と言う、華々しい結果で、会場中が大きく、盛り上がっていたのである。
クラス対抗戦は、歓声が轟き止まないまま、幕を閉じていた。
教師たちも、注意しても、止められないほどだ。
片付けをする生徒たちだけを残し、どうにか、多くの生徒たちが、それぞれの教室に戻っていく。
グランドでは、まだ、残っている生徒も、ちらほらいたのだった。
各集団の盛り上がっている話は、先ほどまでのクラス対抗戦だ。
誰もが、その話題に、触れていた。
「凄かった」
「やっぱり、王子様よね」
「ラルム王子も、よかったわよ」
「えっ。でも、いくら、それまで、活躍してても、最後に、アレス王子に、全部、持ってかれ、一番は、私たちのアレス王子よ」
「親しみ深い、ラルム王子の方が、断然、いいわよ」
「ちょっと、人を寄せ付けない、あの気高さが、いいわよ」
「確かに、アレス王子、いいけど、明るくて、いつも、笑顔でいる、ラルム王子の方が、私は、最近、好きだな。だって、王族なのに、気軽に、声を返してくれるのよ」
「でも、二人を、独占しているのが、あのリーシャなのよね……」
彼女たちの形相が、顰められている。
誰一人として、リーシャに対し、いい感情を持っていない。
突如、王子と結婚し、いいところを、全部、持っていたリーシャにだ。
アカデミー内では、リーシャに対し、不穏な空気が、広まりつつあったのだった。
「いつも、一緒にいるのよね」
「ムカつくわね」
「ホント」
そんな声が、あちらこちらで、いつの間にか、飛び交っていたのだ。
リーシャへの不満で、話が、締めくくられていたのである。
最後のアレスの活躍も空しく、特進科は、優勝で、飾ることができなかった。
優勝したクラスよりも、話題の中心は、最後に、活躍したアレスと、好成績を飾ったラルムに、集まっていたのである。
優勝したはずのスポーツ科のクラスは、話題すら、上げられず、その存在が、埋もれていたのだった。
最後に、何かと、注目を集めている二人だ。
競って争ったリレーの話に、集中していたのだった。
脚光を浴びる予定でいた、スポーツ科二年生たちは、念願叶え、優勝したはずなのに、どこか面白くない。
クラスの中でも、活気が、巻き起こっていなかったのだった。
おいしいところを、最後にアレスに、全部、持っていかれたからだ。
不平不満を漏らしていたのが、大半が、男子だった。
優勝したスポーツ科の二年生たちの女子たちまでもが、二人の話で、熱を帯びていたからである。
多くの男子たちは、特進科、特に、アレスやラルムに対し、更なる闘争心を燃やしていたのだった。
逆に、そうした行為に対し、女子たちは冷めていく。
文科系で、翳りがちのはずのリーシャたちのクラスは、優勝を逃したものの、第三位にと言う好成績で、文科系で、初の栄光に、教室が酔い痴れていた。
三位のトロフィーを手に、生徒たちが、歓喜していのだ。
その中心の輪から、少し離れ、リーシャたちも混じって、はしゃいでいたのだった。
三位の功績に、お疲れパーティーを教室で開き、みんなで、ワイワイと騒いでいる。
苦情が来ても、聞き入れない雰囲気だ。
リーシャのクラスの前を、通る生徒たちは、顔を曇らせながら、通っていたのである。
それほど、騒がしい声が、外に漏れていたのだ。
当初から、このパーティーは、クラス対抗戦と同時進行で、用意されていた。
何かと、お祭り騒ぎが、好きなクラスである。
「ホント、疲れた……」
ぼやきが、止まらないルカ。
机の上に、広げられている軽食に、手を伸ばす。
こんな動作が、何度も、繰り広げられていたのだ。
教室内は、飲み物や軽食に、溢れていた。
学校の近くの店から取り寄せ、早めに、競技を終えた者たちが、作ったりして、準備していたものだった。
教室も、派手に、飾り付けられていたのだ。
リーシャたちのクラスは、何かあるたび、こういったイベントで、盛り上がるのを、恒例として、親睦を深めていったのである。
がっくりと、疲れ感が滲むルカ。
リーシャが、苦笑してしまう。
どんなに疲れていても、食べることを、やめないからだ。
クラスの多くが、どんちゃん騒ぎに、盛り上がっていた。
だが、疲れている生徒もいて、教室の端で、腰掛けていたり、机に突っ伏したりして、ぐったりしている生徒もいたのである。
「それだけ、食べれば、すぐに、癒えるよ」
頬が、緩んでいた。
そんなことは、ないとばかりに、ルカが、視線を巡らす。
パーティーに参加しているものの、未だに、ナタリーとイルは、精気が戻っていない。
飲むだけで、何も、口にしていなかったのだった。
「まだまだ、足りない」
不満の吐露。
ラルムが、サンドイッチなどが入った小皿を、手渡してあげる。
それまでに、すでに、軽く一人前を、平らげていた。
「どうぞ、ルカ」
「ありがとう。ラルム」
「ナタリーやイルは?」
二人とも、力なく、首を横に振った。
そんな仕草に、特進科で、訓練をしていなければ、自分も、あれと、同じだったかもと、思わず、笑ってしまう。
極限まで、疲れ果てているので、ナタリーたちは、突っ込まない。
ただ、曇よりした瞳で、眺めているだけだ。
「みんな、大活躍したからね」
ナタリーたちの健闘を、ラルムが、素直に称えていた。
クラスでは、盛り上がっていたが、ある程度、手を抜いて、それなりに、やればいいやと、思考していたナタリーたちだった。
だが、ゼインたちと出くわし、ひと悶着したこともあり、突如、やる気が起こり、全力で、競技と、向き合っていたのだ。
その結果、入賞や、三位と言う成績を収め、クラス対抗戦での三位の功績に、貢献する運びとなったのである。
「砲丸で、三位なんて、凄い」
砲丸の種目で、ルカは、三位に入った。
「たまたま、他の人が、不調だったからよ」
大したことはないと、味気ない表情を、覗かせている。
三位と言う栄光よりも、興味は、食べることだった。
「食べていると、太るよ」
「動いた分、食べる必要があるの」
「ホント、ルカって、食べることに、貪欲よね」
「私の最大の……、楽しみだからね」
喋る間も、食べることを、決して忘れない。
ニコニコと、自分を眺めていたリーシャに、顔を傾ける。
「リーシャだって、健闘したじゃない」
「えへへ」
褒められて、照れてしまう。
これまでのリーシャだったら、中間の位置で、ゴールしていた。
けれど、ハーツパイロットとして、訓練していたおかげもあり、体力が増し、短距離で、一位を取れたのだった。
Vサインし、満面の笑みだ。
「おめでとう」
ホクホク感が、押さえられない。
ルカのグラスに、オレンジジュースを継ぎ足す。
「ありがとう」
「僕からも、おめでとう」
自分ごとのように、ラルムが、グラスを合わせた。
「でも、ラルムと違って、ギリギリで、一位が、取れたんだけどね」
二位とは、僅差だった。
「一位は、一位だよ」
一位と言う、初めての栄光を褒められ、次第に、リーシャが酔い痴れ始める。
「やっぱり、凄い?」
「うん」
嬉しそうな顔に、ラルムも、つられていた。
「やれば、できる子なんだね、私」
「その調子で、勉強も、頑張ろうね」
「うっ。それは……」
「訓練ばかりで、成績は、いまいち、落ち込んでいるもんね」
「それだって……、ユマたちに教わって、頑張っているもん」
「そう?」
首を傾げ、狼狽えているリーシャを、捉えている。
その顔は、どこか、楽しそうな二人だ。
「授業中は、いつも、お昼寝タイムだよね? そのリーシャが、勉強? 信じられないな」
疑り深い視線を、ラルムが、投げかけていた。
「物凄く、怖いユマなんだから。眠れるなんて、できないよ」
「でも、聞いていないでしょ?」
僅かに、ゆっくりと、視線をはずしていく。
「他のこと考えて、怒られている絵が、目に浮かぶ」
何気なく、ルカが零していた。
まさに、言い当てられ、反論の言葉が、出てこない。
拗ねている子供っぽい姿に、二人の口角が、いつの間にか、上がっていた。
「いいもん。今度は、絶対に、怒られないようにして、褒めて貰ってみせるから」
「そんなことを考えて、また、怒られないようにしてよね」
起こりそうな未来予想図に、つまってしまう。
「大丈夫だよ」
ルカの攻めの攻撃に、ラルムが、慰めに入っていった。
「……そうかな」
その顔は、自信なさげだ。
「頑張ろうとする子を、怒るはずないよ」
「そうだと、いいんだけど?」
「そんな顔していると、逆に、ユマたちが、心配するよ?」
不安いっぱいの顔色を、滲ませていたのである。
「そうだね。迷惑を、いっぱい、かけちゃうから」
「迷惑かけても、きっと、ユマたちは、苦にならないよ。それは、僕も、同じだからね?」
「ありがとう」
ラルムの励ましに、気持ちが、ラクになっていくリーシャだった。
「訓練、手を抜いて、他に、目を向けた方が、いいわよ。そればかりに、気を取られていると、とんでもない、しっぺ返しが、来るかもしれないから」
とんでもないアドバイスを、ルカが送ってきた。
「だって、手を抜くと、アレスを、見返せない」
僅かに、口を尖らせているリーシャだ。
「殿下を、抜かすつもりだったの?」
意外な発言に、目を見張っている。
そして、呆れた眼差しを、注いでいたのだった。
すると、突然、教室のドアが開く。
そこに、不機嫌さを隠そうとしない、アレスが立っていたのだ。
騒いでいた声が、一斉に、引いていく。
あっという間に、教室内が、静寂に包まれていたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。