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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
179/422

第170話

 最後の種目リレーが、始まった。

 トラックの内側では、アレスとラルムが、走る時を、静かに待っている。

 二人以外の代表たちも、王太子のアレスと距離を開け、自分たちが、走る順番を待っていたのだった。


 どことなく、アレスやラルム以外の生徒たちは、居た堪れない。

 そわそわと、二人を見ないように、心掛けていたのである。

 それと同時に、異様に、盛り上がっている声援。

 待機している生徒たちが、戸惑いの色を、隠せなかった。


 これまで、参加しなかったアレスが、走ると知って、大きな騒ぎと、なっていたのだ。

 その最中、周囲の騒音には見向きもせず、二人は、平然と、成り行きを、見定めていたのである。


 歓声は、始まる前から、鳴り止まない。

 レースが進行するたび、盛大なものへと、移っていった。

 話題の二人が、走ると言う生徒たちの好奇心を、擽っている。


 そんな空気を知らず、一生懸命に、声を張り上げているリーシャ。

 自分のクラスである、美術科の代表選手の応援に、励んでいたのだ。


 リレーの準備が始まる中、大きなどよめきが、クラージュアカデミーで響き渡っていた。

 王太子であるアレスが、リレーに参加すると知った生徒や、貴賓席の人や、教師たちが、どういうことだと、眉を潜めて、騒ぎ出したのだった。

 困惑の声や、王太子が走ると、黄色歓声。

 複雑な声が、交じり合い、異様な空気感に、変貌していた。


 普段から、脚光を浴びている嫉妬心から、アレスに負けるなと、自分たちのクラスを、応援する男子の声も、含まれていたのだった。

 そんな異常の中で、競技が始まって、今に至る。


 先頭を走っているのは、二年生のスポーツ科、特進科は三位につけ、リーシャたちのクラスは、大健闘である五位を、キープしていた。

 三位、四位、五位は、僅差だ。


 その状況を眺めながら、リレーに向かう際の出来事を、アレスは思い返している。

 心の中で、舌打ちをし、王太子とは、思えない所業に及んでいた。


「アレスも、ラルムも、頑張ってね」

 満面の笑みで、リーシャが、二人を応援していた。

 放送で、集合が掛かり、移動する時間となっていたのである。


「……」

「うん」

 対照的な眼差しを、二人が、見せていたのだ。

 一人は、冷ややかなもの、もう一人は、優しさを滲ませていた。

 結局、有無を言わず、アレスが、立ち上がった。


 ゼインを初めとする外野。

 本当に、出るつもりなのかと、目を見張っている。

 知らぬ顔し、やり過ごす可能性も、考えに潜ませていたのだ。


 アレスは、視線を外して、特別席から、いち早く、離れていった。

 その後、二言、三言リーシャと、会話を交わしてから、ラルムも出て行った。

 先を行く、アレスの心情は、不機嫌極まりない。


(私は、ラルムと同等なのか? 応援すべき相手は、私一人で、いいはずだ)


 夫である自分と、ラルムを、対等にされたことが、許せなかった。

 釈然としないまま、レースの状況を確かめる。


 三位から、五位までは、大して差がない。

 だが、美術科の代表として、走っている生徒が、徐々に抜き始め、三位に、浮上していた。

 その力が、衰えるどころか、力を増しているようだ。

 僅かではあるが、三位と四位の差が、広がっていく。


(何を、やっている)


 文系の生徒に、抜かれている先輩に、胸の内で、悪態が零れていた。

 どんな、鍛え方をしているんだ、これでは、特進科の資質が、問われるではないかと、呆れている。

 見学席にいる、特進科の生徒たちも、同じようなことを抱いたようで、もっと、スピードを上げろと、声を張り上げていたのだ。


 それに対し、美術科は、その調子だと、喜びはしゃいでいる。

 先頭と、四位につけている特進科の差は、縮まっていた。

 五位につけていた生徒が、落ちていった。

 勝負の分け目は、四位までとなったのだ。


 アンカーを走ることになったアレス。

 冷静に、分析を行っている。

 自分の力を、効率的に、どれぐらい出すべきか、思慮していた。

 一位になる見込みがないのに、全力を出し切って、走るのも、力の無駄遣いと、巡らせていたからである。


 トラックの内側には、もう、アンカーしか残っていない。

 当初、ケガして、出られなくなった代表は、アンカーを走ることに、なっていなかったのだ。

 特進科で、クラス対抗戦を仕切っている三年生が、代わりに走るのが、アレスと知って、勝手に、アンカーに変更したのだった。


(スポーツ科は、一番、優れている者を、出してくるだろうな……)


 何気なさを装いながら、待っているスポーツ科の代表に、目を傾けている。

 軽く、ストレッチをし、身体をほぐしていた。

 中距離を走り、一位をとった記憶が、蘇っていたのである。


(まだ、余力は、残っているだろうな)


 そして、視線の矛先を、変えた。


(一番、侮れないのは、ラルムだな)


 ラルムは、自分のクラスを、応援していた。

「抜けない、距離ではない……」

 か細い声で、アレスが漏らした。

 誰も、その声が、耳に届いていない。




 レースも架橋に入り、一段と、歓声のボリュームが、大きくなっていく。

 特別席では、腰を下ろし、座り込んでいたゼインたちも立ち上がり、これまでにないぐらいに、盛り上がっているレースの行方を、傍観していた。


 椅子に座るのも忘れ、応援に夢中になっているリーシャの姿がある。

 必死に、自分のクラスの代表者へと、声を張り上げていた。


「アレスのやつ、大丈夫か?」

 心配げに、フランクが声をかけた。

 機嫌を悪くしていないか、気にかけていたのだった。

「大丈夫そうだ」

 グランドの内側で、待っているアレスに、双眸を注ぎながら、ゼインが口にしていた。


(あそこまで行って、走らないこともないだろう)


「それにしても、随分と、妃殿下は無茶したな」

 熱が、籠もっている応援をし続ける背中を見つめながら、ティオが、先ほど、冷や冷やした出来事を思い返していた。

 不穏なオーラを、出しているにもかかわらず、強行に、話を進めていった奇行を、思い出し、信じられないものを見るような眼差しを、滲ませていたのだった。


「何か、起こるんじゃないかと、覚悟したさ」

 身震いし、フランクが、同じように、十数分前のことを、蘇らせている。

「俺も、それ思った」

 そんな二人の話を遠巻きにし、ゼインが、アレスの姿を捉えていた。


(多くの観衆が、いたからな。無茶は、しないと思ったが……)


 少しばかり、二人の意見とは、食い違っていたのである。

 無茶をしない代わりに、機嫌の悪さは、頂点に達するだろうと、決めていた。

 だが、怒りの沸点は、頂上に、上がることがなかった。


「珍しいことも、あるものだ」

 待機しているアレスからは、不機嫌のオーラが、一切、消えていた。

 冷静に、状況を窺っている姿を、垣間見ていたのである。


「ま、面白いものも、見られそうだし、ゆっくり観戦しようぜ」

 話し込んでいる、フランクとティオ。

 レースに、視線を向けるように促した。

「「……そうだな」」

 二人は、素直に、応じるのだった。




 アレスとラルムは、バトンを受け取る位置につく。

 すでに、一位と二位は、バトンの受け渡しが、済んでいた。

 もう少しで、三位の美術科が、入ってくる段階まで、来ていたのである。


「互いに、頑張ろう、アレス」

「そうだな」

 顔を巡らせているラルムとは違い、声のみ返した。

「本気で、走るんだろう?」

 レースに、集中し始めようとしたラルムに、問いかけた。


「ああ。そのつもりだよ」

 にこやかに、応対していた。

 二人の耳に、声援が入ってこない。

 レースと、相手に、集中していたのだ。


「そうか」

「アレスは、どうするの?」

「別に。ただ、この勝負は、私とラルムになるなと、思っているだけだ」

「僕たちは、三位と四位だよ」

「だが、抜けなくはない、距離だろう?」


 全然、前を走る二人を、垣間見ない。

 一位争いをするのは、自分とラルムだけと、決め付けている。


「スポーツ科の代表でも?」

 アレスの横顔から、視線が外せない。

「互いに、訓練を積んでいる。スポーツ科の代表よりも、そう、思わないのか?」

「僕は……」

「謙遜するな。私には、わかる、どれだけ、訓練してきたのか」


 ズバリと、言い当てていた。

 表情を、失いかけた顔。

 素早く、屈託のない笑顔に、変貌している。


「……そう。でも、アレスが、考えているよりかは、自由に遊ばせて、貰っていたから、アレスに比べたら、まだまだだよ」

「私も忙しく、ラルムが、思っているほど、していない」

「そうなんだ」

 そっけなく、返事をした。

 三位のバトンが、すぐ目の前まで、来ていたのである。


「お先に」

「ああ」

 先に、バトンを、受け取ったラルム。

 勢いよく、駆け出していった。


 その僅か後、静かに佇んでいたアレスも、バトンを手にし、足を踏み出していく。

 バトンを手にした瞬間から、顔つきが、微かに変わっていた。

 だが、特別席からも、見学席からも、離れていたので、その変化に気づく者が、誰一人としていなかった。


 二人は、貰った時の距離のまま、一位と二位の代表を追っていく。

 けれど、どよめきを背に、二人の順位が、着実に、上がっていった。

 信じられないスピードで、追い上げていったのだった。


 それと同時に、ラルムとアレスの差も、なくなっていった。

 二人は、一位の代表を、捉えようとしている。

 風を切って走る二人。

 落ちるどころか、勢いが増していく。

 両者の目には、互いしか、入っていない。


(ラルム)


(アレス)


 驚異的な二人。

 半分以上の声援が、失われていた。

 圧巻な走りに、声を出すのも、忘れるほどだ。


「凄い……」

 真剣な二人から、リーシャは、目が離せなかった。

 ラルムを抜こうとするが、なかなか、させてくれない。

 完全に、二人に差がなかった。

 けれど、僅かに、ラルムが先を、走っていたのである。


「アレス……」

 徐々に、視線が、アレス一人だけになっていった。

 すっかり、美術科やラルムを応援するのが、消去されている。


(頑張れ、アレス)


 拳を握り、身体を、前のべりになっていた。

 すでに、一位の代表を抜き去り、ラルムとアレスが、一位の座をかけ、争っていた。

 ゴールを目前にして、若干、前にいるラルムに、双眸が集まっていく。


((負けない))


 二人の脳裏には、同じ言葉しかなかった。

 互いの意地をかけ、隣にいる相手に、負けたくなかったのだ。

 それは、幼き日から、変わってはいない出来事。

 シュトラー王の孫として、同じ年に生まれ、二人は、互いに、何事においても、競っていたのである。


 懸命に走っている二人だった。

 目を細め、アレスが前を捉える。


(渡さない)


 アレスの身体が、ラルムの前へ出た。

 阻止しようと、ラルムも、力を尽くすが、前へ出ることが叶わない。

 そして、そのままアレスが、一位で、ゴールを駆けていった。


 大きな歓声。

 見学席や校舎に、逃げ込んでいた生徒たちからも、立ち昇っている。

 はしゃぐリーシャだ。

 二人のレースぷりに、感動しているナタリーたち。

 ゼインたちは、愕然と、レースを観戦していた。




 校舎の中から、レースの行方を見ていたステラは、信じられないものを、見ているかのように目を見張って、走り終えたアレスが、息を整えている姿を、注視していたのである。

「アレスなの……」

 これまで、見知っている姿と駆けていた姿が、一致できなかったのだ。


読んでいただき、ありがとうございます。

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