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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
178/423

第169話

 悪い空気が、漂う特別席に、恐る恐ると、カージュ・アギスが入っていく。

 その腰は、引けていた。


 特進科の一年生で、民間出身だ。

 同じ一年生ではあるが、アレスたちとは、大きな隔たりがあった。

 王族、その友達と、民間人。


「あのですね……」

 声に導かれるように、アレス以外の誰もが、弱腰のカージュに、視線を送った。

 顔を、強張らせているカージュ。

 注目が、集まっている。


「私?」

「い、いいえ」

 大きく首を振り、カージュが、思い切り否定した。


 彼に、付き添っているイーサン・シュテルングの視線が、後方にいるゼインたちに、向けていた。

 それで、ようやく、意図を汲めたのだった。

「俺たち」

 胡乱げに、フランクが、零していた。


 特別席にいるアレスや、リーシャではなく、そこで、サボっているゼインたちに、用事があり、何度も、躊躇しつつ、声をかけられず、何分もの時間を、無駄にしていたのだった。

 何だよと、ティオが、半眼して睨んでいる。

 威圧され、若干、いやそうな表情を覗かせていた。


 カージュたちの方も、できれば、かかわりたくなかったのである。

 そうせざるをえない事情が、できていたのだった。


 特進科には、いろいろなグループがあり、ティオたちと、カージュたちは、互いに、反目しあっていたのである。

 大きく、分けると、貴族と民間で別れていて、より接点がない。


「何か、ようか?」

 話を進めないと、埒が明かないかと、相手を窺うように、ゼインが、ここに来た理由を尋ねた。

 単純に、速く、退散してほしかったのだ。

「競技に、出てほしいんだけど?」

「競技?」

 露骨に、拒絶反応をみせるフランク。


 会話を、成り立たせようとしない、二人に、やれやれと、頭を痛めながらも、冷静にゼインが進めていった。

 二人同様に、必要な人間以外は、付き合いは必要としないと言う、考えの持ち主であるが、二人よりかは、良識を弁えていたのだった。


「なぜ?」

「ラストのリレーで、出るやつがケガして、出られない」

 簡潔に、状況を説明した。


(それでか……)


 どうして、ここへ来たのか、得心するゼイン。

 特進科は、一クラスしかなく、所属している生徒数も、他と比べると、少なかった。

 そのために、クラスごとで、一チームとなっていたが、特進科だけは、三学年まとめて、一チームとなっていたのである。


 それに、特進科はクラス対抗戦の参加は、自由と、緩めになっていたのだ。

 そのため、参加している生徒数が、極端に少ない。

 クラス対抗戦を、取り仕切っている生徒が、頭を悩ますほどだった。


「お前たちで、やればいいだろう?」

 出たくないと、ティオが、突き放した。

 疲れるのは、ごめんだと、ありありと、表情に浮かんでいる。

「俺たちは、出られない。規定の四種目やっていて。それに、他の連中も、同じさ」

 自分たちが、出られない旨を伝えた。

 規定さえなかったら、ここには来ていないと、いやそうな顔からも、読めていたのだ。


 自由参加で、種目によっては、特進科の生徒が、出ていない競技もあったが、ラストに行われるリレーだけは違って、特進科も、必ず、代表者を出さないと、いけない決まりとなっていたのである。

 わざわざ、敵対しているところには、足を向けたくなかったが、そういう訳にはいかず、仕方なく、こんなところまで、足を運んできたのだった。


「他に、出ていない者が、いたはずだが?」

 疑問を、ゼインが突きつけた。

 まだ、サボり組の多くの生徒が、残っていたのである。

 その多くが、貴族出身だった。


「捜したけど、いない。君たちしか、いないんだよ」

 仏頂面で、カージュが、答えていた。

 彼らにとって、最後の砦だった。

 他のサボり組は、何かを察知したように、どこかに、潜んでしまったのだ。

「……」

 参加していない、他の貴族出身のメンツの顔を浮かべ、苦々しさを抱く。


(スマホにかけても、出ないだろうな)


 同じ貴族出身でありながら、彼らとは、上手くいっていないのである。

「……断る」

 逡巡した結果、ゼインも、拒否した。

「それでは、俺たちも困る」

 カージュたちも、食い下がる訳にはいかない。

「参加しているやつは、全員、四つ出て、出られない」


 暗礁に乗り上がり、身動きが、できなかったのである。

 上の学年からの、圧力もあった。


「ラルム。お前、出ろよ。一応、特進科にも、所属しているんだから」

 安易な思い付きを、ティオが、口にした。

 いっせいに、気楽に成り行きを窺っていたラルムに、注目が集まっていく。

 カージュたちも、その手があったかと、瞳を輝かせるのだった。

 うっかりラルムが、所属しているのを、忘れていたのだ。


 親しみのこもった視線を、カージュたちが、一心不乱に注ぐ。

 穏やかなラルムの性格もあり、比較的に、誰とでも、付き合いを、それとなくしていたのである。


 申し訳なさそうな顔で、謝る。

「美術科の方で、代表として、出ることになっている。ごめん」

「それじゃ……」

 面倒臭そうに、ティオが、リーシャに視線を止めた。

「私?」

 きょとんとした顔で、自分を指す。


「特進科にも、所属しているだろう?」

「うん」

「エントリーしているのか?」

「していないけど」

「じゃ、出ろよ」

「別に、いいけど……」


 集中する視線。

 出ても、いいけどと言う気持ちが、傾き始めた瞬間。

 不意に、妙案が浮かぶ。

 不敵な笑みを、携えている。


(いいこと、思いついちゃった)


 この際、しょうがないかと、カージュたちが、リーシャで、手を打とうかと、目を合わせていた。

 その顔には、ようやく決まり、安堵の表情が、入り混じっていたのだった。

 王族と言うことで、出る訳がないと、決め付けていたため、アレスとリーシャのことは、最初から省いていたのである。


「アレスが、出ればいいじゃない」

 唐突に、リーシャが、提案を持ち出した。

 指名された、当のアレスは、顰め面だ。


 困惑を、匂わせているラルム。

 交互に、アレスとリーシャの顔を、行き来している。

 とんでもない発言により、カージュを初めとする誰もが、身体を、フリーズさせていた。


 そんなことにも、気づかない。

 さらに、リーシャは、話を進めていく。

 突拍子もない出来事で、誰も、止められなかったのである。

「アレス。出てあげて」


 無言の威圧を注ぐが、いい案だと、はしゃいでリーシャは、空気が読めていない。

「楽しいよ、参加すると」

 当惑のアレスの腕を取って、ゆすっている。

「ねぇ、ねぇったら」

 不穏なオーラを、アレスが、撒き散らす。


 無視する仕草に、バカか、余計、悪化させるなと、心の中で、ゼインたちが突っ込むが、気づく気配もない。

 会話の流れを、知らない人が見ていたなら、イチャイチャしているカップルにしか、見えないだろう光景だが、誰一人として、そんな余裕がなかった。

 頼みに来た二人は、恐ろしい状況に、ただ、ただ、気圧されている。


「王族だからって、こんなところに座ってないで、やってみたら?」

「……」

「聞いているの? アレス」

「……」

「きっと、楽しいはずだから。ねぇ、アレス」

 食い下がるどころか、ひたすら、突き進んでいった。

「……」


「幼い頃は、ラルムより、速かったんでしょ? だったら、走ってみせてよ」

 じーと、目を細め、頼み込んでいるリーシャを、捉えている。

「きっと、私が、走るよりも、面白いよ」

「……」


 場の空気を、考えないリーシャ。

 とんでもないことを、楽々と口にする。

「大丈夫。ラストのリレーは、アレスで、変更しておいて」

 業を煮やし、アレスの代わりに、勝手に、了承してしまったのだ。


 過激な言動に、誰も、ついていけない。

 マジかよと、硬直する面々。


「……妃殿下が、言うのならば……」

 窮地に立たされていたカージュたちだったが、これで、いいのか、悪いのか、不明のままに、脱兎の勢いで、手続きをしに退散していった。

 あっけなく、ラストのリレーに、アレスが立った。


「頑張ってね、アレス」

「……」

 結局、肯定も、否定もしないまま、決まってしまった。

 喜んでいるリーシャから、ラストのリレーに、参加するのが、決まっているラルムに傾けられていた。

 穏やかに、よろしくねと、表情が、読むことができる。


(ラルムも、出るのか)


 その傍らでは、ゼインたちが、心配げな眼差しを、投げかけていた。

 ナタリーたちは、リーシャに、何勝手に決めているのよと、視線を注いでいたが、当の本人は、わかっていない。


 怖いぐらいに、アレスは何も言わず、競技の方へ、視線を巡らせていた。

 それに習うように、リーシャも、陽気に、競技を応援し始めていたのだ。


 ラルム以外の、この場にいる者が、何を考えているんだと、能天気なリーシャの行動に、呆れている。

「こういう子だって、忘れていた……」

 脱力感が、否めないナタリー。

 職務に励む、二人の背中を見つめながら、密かに、ラルムは、闘志を滾らせていた。

 誰一人として、そんなラルムの内なる姿勢に、気づく者がいない。


(本気でいくよ、アレス)



読んでいただき、ありがとうございます。

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