第167話
グランドでは、熱戦が、繰り広げられていた。
あちらこちらでは、様々な声が、飛び交っている。
耳障りな騒音となっていたのだ。
その様子を離れた場所で、ステラが、遠目で静観している。
近くでは、大騒ぎしている生徒たちの群れがいた。
何もしていないのに、ステラは、疲れを生じさせていたのだった。
だが、それが、表情に表れることがない。
完璧に、隠していたのだ。
陽射しを遮るように、無表情で、木陰に佇んでいる。
生暖かい風で、サラサラしている髪が靡いていた。
白熱した競技が行われ、多くの生徒が、声援を送っていたのだ。
次第に、その場にいることに、苦痛を憶えていた。
けれど、僅かに、表情を曇らす程度だ。
誰も、ステラの不快感に、気づかない。
若干名だが、ステラ同様に、競技や声援を送っている生徒たちを、遠目で、見ている生徒もいたのだった。
ステラの周りに、生徒はいない。
先ほどまで、視線を感じていたが、もう、その視線が、なくなっていた。
有名人でもあるステラ。
好奇の眼差しが、注がれていたのだ。
誰一人として、声をかける者がいない。
毅然とした姿勢で、立ち尽くしていたのである。
声をかけられる、雰囲気では、なかったのだ。
そして、いつの間に、そうした目が、行われている競技に、移っていったのだった。
特進科の多くの生徒が、競技に、参加していなかった。
だが、特別席にアレスがいたので、その場に残り、窺っていたのである。
特別席には、アレスと、ステラの居場所を、奪ったリーシャが腰掛けていた。
けれど、アレスは、特別席から、すでに席を立っている。
後を、追うこともできた。
しかし、しなかったのだ。
アレスを守るため、ボディーガードも、控えている状況で、近づくことができなかったのである。
ただ、遠くで、見ているだけだ。
胸の中で、燻っている炎が、燃え上がっていく。
見なければ、そうなることもないと、理解しつつも、見ずには入られない。
前以上に、アレスの姿を、追うことを、やめられないからだ。
必死に、堪えている自身に、自嘲気味な笑みが零れていた。
(バカね……)
広いグランドの別な場所では、特進科の一年生である、民間出身のホドス・ヒーラが、特別席を窺っていたのである。
貴族出身のステラとは違い、競技に、無理やり、参加させられている一人だ。
「いい気なものだ……」
低い声音で、呟いていた。
誰にも、聞こえていない。
彼に、注目しようなんて人間が、いなかった。
これといって、目立つ容姿を、していなかったのである。
行われている競技に、どの生徒も、夢中になっていたからだ。
彼の特進科での成績は、真ん中で、特出すべき点は、特にない。
クラージュアカデミーに、入学する前までは、その地域で、トップについていたが、入学した途端、ホドスよりも、優秀な生徒が多く、真ん中より上に、上がることが困難だった。
ただ、野心が強く、そのためには、手段を問わないところがある。
普段は、そうした面を、ひた隠しにしていた。
時より見せるが、暗い瞳に、気づいている生徒も、若干いたのである。
眼光鋭く、捉えているのは、特別席に、腰掛けているリーシャだ。
「……」
瞳の奥で、どす黒いものが漂っている。
彼も、リーシャの驚異的な高い数字に、プライドを傷つけられた一人だった。
特進科の中では、一人で、行動することが多く、印象も薄い。
影が薄い生徒として、クラスメートから、捉えられていたのだった。
そうした行動には、確たる理由があったのだ。
目立つ行動をとらず、ひたすら、特進科の生徒たちの動向を、それとなく、探っていたのである。
動向を探り当て、いつの日か、今の立場から、引きずり落とそうと、目論んでいたのだった。
無理やり、参加させられている競技をしつつも、同じように、参加している者たちの弱みなどがないか、目を光らせていた。
そうした中、羽を伸ばしている特別席に、嫉妬心を膨張させていたのである。
口の端を上げているホドス。
気づく者がいない。
そうしたホドスの視線に、アレスは、気づいている一人だった。
気づきながらも、放置していたのだ。
そうした目に、慣れていたのである。
大した脅威には、ならないと。
ニヤらしい笑みが、深くなっていった。
「おまえたちを、蹴散らしてやる」
ホドスの手の中には、辛酸を舐めつつも、集めたネタが、いくつか、揃っていたのである。
そうしたネタを、ホドスに、近づく者に渡すか、もう少し、ネタを温め、機が熟したところで放つか、思案していたのだった。
「もう、終わりだ……」
声を出さず笑いを漏らす。
誰一人、彼の様子に、気づく者がいなかった。
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