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輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
175/422

第166話

「ラルム……」

 前方から、一人で歩いている、ラルムをアレスが捉えていた。

 先ほどと同じように、ボディーガードを下がらせていたので、周囲には誰もいない。

 リーシャと一緒にいると、写真の件で、傷つけてしまう恐れを抱き、ゼインと話し込んでいる隙に、特別席から、抜け出したのである。


 心を落ち着かせるのに、休息が必要だった。

 そのための時間だった。

 その要因でもある、ラルムと、出逢ってしまう。


 だが、胸の苦りきっているものが、表情に表れていない。

 清々しい表情で、出迎えていたのである。


「アレス」

 温和な微笑みで、ラルムが近づいた。

 競技を終え、見学席に、戻る途中だった。

「随分と、大活躍だな」

 穏やかなに、活躍しているラルムを賞賛した。


 出場する競技、すべてにおいて、一位を独占していたのである。

 生徒たちからも、注目を浴びていたのだ。


「たまたまさ」

 謙遜しているラルム。

「特進科や、スポーツ科を、抜いてもか」

 困ったなと、苦笑し、返すだけだ。


 特進科や、スポーツ科の万能な生徒を、かなりの距離をつけ、一位になっていた。

 王太子のいとこでもある、ラルムに、熱い眼差しが、向かない訳がない。

 大活躍しているラルムの光景。

 目にするたび、大きな歓声が、湧き上がっていた。


 そうした経緯があったため、アレスたちに対する、生徒たちの好奇な視線が、減少傾向にあったのだ。

 そうした活躍を、美術科の生徒やリーシャが、大声を上げて喜び、ラルムは返礼とばかりに、美術科の生徒やリーシャに、ありがとうと、微笑みを返していたのだった。

 そうした仕草も、さわやかだと、好感を、急上昇させていた。


 対照的に、アレスは、そうした行為が面白い。

 何を企んでいるのかと、無意識に、声音や態度が尖ってしまう。


「向こうで、訓練をしていたようだな」

「健康維持程度だけどね。設備だって、こことは、違うからね」

 現状の違いを、淡々と、口にしていた。


 機嫌を損ねていると巡らせても、ラルムは意に介さない。

 普段通りの、物腰が柔らかな態度だ。

 他の人だったら、萎縮していたかもしれない。


「そうか……」

 返事とは、裏腹に、丸っきり、信用していなかった。

 如実に、ラルムの身体能力の高さを、目にしたからだ。

 それに、ベストの力を、出していないことも見抜いていた。

 まだまだ、隠された力が、残っていると、踏んでいたのである。


「なぜ、出た?」

「みんなと、楽しもうと思って」

「王族としての品格を、問われるぞ」

 僅かに、目を細めているアレスだった。


「王族から出たと、前にも、言ったはずだよ。僕は、いち貴族さ」

 咎められても、柔和な表情を崩さない。

 誰に対しても、ラルムは、物腰が柔らかった。

 そのせいもあり、このところの、ラルムの評判を耳にしていた。

 だからと言って、王位の継承が、揺るがないことも、承知している。


「継承権は、持っている」

「一応ね」

 何でもないような、口ぶりだ。


 そんなことには、興味ないと言う態度だった。

 でも、それが、本当か、どうか、冷静に、アレスは図っていたのである。

 ラルムの母メリナが、裏で、画策している情報を、掴んでいたのだった。

 否応なく、アレスの耳に、そういった類の話が、舞い込んでしまう。


「だったら、おとなしくしているべきだ」

 いとことしての忠告を送った。

「長年、王宮の外にいたせいかな、みんなと、一緒にやることに、慣れちゃって。でも、アレスのアドバイスも、受け取るよ」

 柔和な笑顔で、さらりと、かわした。

 アレスの眼光が、ラルムを見据えている。


「それよりも、いいのか? 妃殿下を一人にさせて」

 アレスと、話しながらも、リーシャを、気にかけていた。

 こうして、自分と話している間も、一人で、寂しいのではないかと。

 真摯な視線を、アレスに注いでいたのだ。


「……ゼインたちと、話し込んでいる」

 アレスの言葉で、一抹の不安が、ラルムの脳裏に募っていく。

 ゼインたちが、発する心無い言葉で、リーシャが、傷つく恐れがあったからだ。


 アレスの手前、ゼインたちも、そうした態度をしないだろうと、目論んでいた。

 午後から、ゼインたちが、特別席に、たむろっているのを、見かけ、把握はしていたのだった。

 それが、輪をかける原因となっていたのだ。

 だから、一刻も早く、アレスには、戻って貰う必要性があったのである。

 容易に、傍にいけない、自分の代わりに。


「常に、一緒にいるべきだよ」

 自分も、特別席のテントにいき、少しでも、不安がっている気持ちを、和らげてあげたかった。

 でも、目立つ場所で、不用意に近づいて、さらに、傷つける可能性も高く、特別席に近寄れなかったのだ。


 アレスのいとこである自分が、人妻となったリーシャに近づき、リーシャに対する中傷の原因に、なってはならなかった。

 遥かに、遠い距離感に、ジレンマを抱きつつも、リーシャを、傷つけないように、守りたかったのである。


「頼れるのは、アレスだけなんだから」

 悔しいが、今、傍にいられるのは、アレスだけと、痛感していた。

 平常心を装いながら、置かれている立場の違いに、歯がゆさを味わっている。


「……あれは図太い。気にかけるまでもない」

「繊細な子だよ」

 即座に、反論した。

 そんなラルムの態度も、不満の種だった。


(そんなことは、言われなくっても、知っている。笑ったり、怒ったり、泣いたり、コロコロと、表情を変える。図太いようで、ガラスのように脆い。だから、壊れないようにと、あれの傍を離れた……)


 感情のまま、吐露しないで、目の前にいるラルムを、平然と、捉えているだけだ。

 内側では、嵐のように、かき乱されている。

 そして、そんな自分の気持ちに、戸惑ってもいた。


「忠告は、受けとく。だが、甘やかしては、馴染めない」

 口にしたことは、本音でもあった。

 特殊な環境に慣れるのに、厳しさも、必須だと、思っていたのである。

「……」

 互いに、視線を外さない。


「王宮に、魔物がいる。お前だったら、わかっているだろう?」

 眼差しは、言葉にしなくても、理解しているはずだと、同意しないラルムに、促している。

 だが、言われたラルムにも、わかっていたのだ。

 わかっていて、なお、アレスとは、相反していたのだった。


 王宮に住む魔物どもが、どう凄いのか、王宮の外で、育っていても、目で、肌で、痛感していた。

 そんな獰猛な檻の中に、放り込まれたリーシャ。

 危険に晒されていないかと、常に、心配で、様子を窺えっていたのである。


(リーシャ……。今すぐ、駆け出して、守ってあげたいのに……)


 醜い骨肉の争いが、王族、貴族の中で、繰り広げられていた。

 誰もが、覇権を、手中に収めようと、暗躍しているのを、幼心にも、目にしていたのだ。

 そうした王宮の中で、アレスも、ラルムも、育てられていた。


「そうした中で、生きるのだからな」

「……」

 伏せていた双眸を、冷たさ感じるアレスに注ぐ。

 それらの魔の手から、守ろうとしないアレスの行動。


 内心では、ラルムは、苛立っていた。

 まだ、おとなしくしている魔物たちだが、そう遠くない時期に、か弱いリーシャに、牙を剥くはずだと、懸念していたのである。

 表立ってリーシャを、守ることができるのは、歯がゆいが、アレスしかいないと、ラルムは感じていたのだ。


「無知なあれを、誰もが、甘やかすから、未だに、ハーツの操作も、王宮での礼儀も、まともにできない。結婚して、もう、数ヶ月たつと言うのにだ。甘やかす者さえ、いなければ、もう少し、まともになっていただろうに」

 安易に、手助けするなと、釘を刺していた。

 逆に、ラルム自身を、逆なでしていたとは、知らずにだ。


「もっと、お后教育と訓練を、増やすべきだな」

「……」


 リーシャの心痛も、思いやれないアレスに、憤りを感じずにはいられない。

 だが、それを、表情に出すことが、許されなかった。

 悔しさで、ギュッと、手を握り締めている。


「妃殿下は、妃殿下なりに、一生懸命だよ」

「一生懸命でも、成果が現れなければ、意味を持たない」


 ただ、アレスは、リーシャから、手を引かせたかった。

 ラルムが、リーシャに関わることが、許せないのだ。

 それでも、庇おうとする仕草が、さらに、アレスの癇に障っていた。


「長い目で、見るべきだよ。妃殿下は、ずっと、外で、暮らしていたのだから」

「誰もが、そうは思わない」

 反論を口にしつつ、わかっていると、心で噛み付く。

 傍でいるアレスも、理解していた。

 だからこそ、いち早く、王宮での暮らしに、馴染むべきと、判断していたのだ。


「……」

 突き放したような、言い方。

 ラルムが、眉を潜めたくなる。

 けれど、務めてアレスは、平静を装っていた。


「王宮に、優しい人間はいない。現実を、教えるべきだ」

 互いに、見つめ合った眼光。


「いつしか、誰もが、思うはずだ、何もできない、妃殿下だと」

「すぐに、誰もが、憧れる妃殿下には、なれないよ」

 じっと、無表情で、ラルムを窺っている。

 落ち着き払った顔で、あいつを見るなと、アレスが、吐き捨てたかった。


「リーシャは、私の妻だ。どうするかは、私が、決める」

 リーシャを、どうするかを決めるのは、自分であり、ラルムではないと言う表情を、醸し出していた。


 対するラルム。

 所有権を持ち出されることに、虚をつかれ、すぐに返せない。

 結婚したのは、互いの相違じゃないと、叫びたかったのを、押し殺すのが、精いっぱいだった。


(おじい様が、決めたことなんだ……)


 胸の中で、悔しさと後悔に、支配されている。


(もう少し、早く伝えていれば……)


「……息抜きも、必要だと思う」

 すべての感情を閉じ込め、伏せていた顔をあげた。

「自由な時間は、与えている」

 冷ややかさを、前面に出している。

 そんな態度、全部が、ラルムには、勝ち誇っている顔にしか、映っていない。

「……」


「それで、十分のはずだ」

「……」

 何も、リーシャのこと、理解していないアレス。

 怒りを抱くが、それと同時に、自分は、リーシャを、理解していると言う優越感が、心の中で広がっていた。


 心境が滲み出たかのように、ラルムの口角が、僅かに上がっている。

 ラルムの仕草を、無愛想に、アレスが、半眼していた。


「見解の相違だが、リーシャのことは、私が、決める。これは、揺るがない事実だ。だろう、ラルム? 何せ、私が、夫なのだから」

「……そうだね」


「そう言えば、まだ、競技に、出るのか?」

 さらりと、話題を変えた。

 同じように、ラルムも、気持ちを切り替える。

「後は、リレーだけ。妃殿下も、競技を楽しんでいるようだね。さっき、僕たちのところへ、来て話していたよ」


「そのようだな」

「訓練で、身体を動かしているから、これまでよりも、いいって、喜んでいたよ」

「そうか」


 競技に、向かう合間などを縫って、リーシャは、ラルムたちがいるところまで、出向いていたのだった。

 勿論、それらについても、アレスは、把握していたのである。

 グランドの脇で、話し込んでいる光景を、特別席から、観察していたからだ。


「見ているだけだと、疲れないかい?」

「いつものことだから、何も問題はない」

「そうか。そろそろ、戻るよ。戻りが遅いと、みんなが、心配するからね」

「そうか」

 冷めた眼差しで、受け流した。

「じゃ、アレス」

「ああ」


読んでいただき、ありがとうございます。

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