表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻転生  作者: 香月薫
第6章
174/422

第165話

 昼食を挟み、午後の部が始まった。

 アレスとリーシャは揃って、特別席に戻り、競技を観戦している。


 陽射しを遮る場所に、飢えていたゼインたち。

 午後からは、特別席で、のんびりと、寛いでいた。

 ナタリーたちとのことがあり、他の特進科の生徒たちが、ホワイトヴィレッジに逃げ込むのをよそ目に、競技に参加しないものの、グランドに残っていたのだ。


「ねぇ。あの人、速いよ」

 グランドで、行われている中距離を、興奮気味にリーシャが眺めている。

 だが、相手からは、何も返さない。

 ただ、黙り込んで、正面を向いたままだった。


「アレス」

 腕を掴んで、ゆすってみても、反応がない。

 ひたすら、グランドに、視線を傾けていた。

「……」


 段々と、面白くなくなり、唇を尖らせている。

 雲行きが妖しくなっても、表情に、変化が訪れなかった。


 深い思考の渦に、アレスは、囚われていたのだ。

 だから、声をかけても、ゆすっても、気づかない。

 ずっと、《コンドルの翼》のハンクとのやり取りを思い返し、考え込んでいた。


(何を考えているんだ? あの人は)


 シュトラー王が、ストーカー行為に走っているのを、訝しげっている。

 似たような行動をしている認識を、以前から、持っていた。

 まさか、本物のストーカー行為をしているとは、思ってもみなかったのだ。


 つくづく、自分の認識の甘さに、呆れていた。

 なぜ、誰も、止めようとしないのかと、目を細めている。

 どう考えても、異常な行動しか思えない。


(リーシャだけが、ターゲットだけでは、なかったようだが……)


 写真の対象者は、ソフィーズ家全員だった。

 そのことに、なぜか、ホッとしていたのである。


 粛々と、アレスが、観戦している姿を、生徒たちが見つめていた。

 王族として、培った経験を活かし、見ているふりが上手い。

 誰もが、熱心に、競技を眺めていると、思い込んでいたのだ。

 ただし、隣にいるリーシャと、近くにいるゼインたちは、何かに、没頭していることを把握していた。


(……クロス殿が、貴族を捨ててからとは……)


 無表情を装っているが、その内心は、苦りきっている。

 強権を振るうシュトラー王を、そこまでさせる、クロスと言う人物に、更なる興味を巡らせるのだった。


(《コンドルの翼》に、警護とストーカーまがいのことを、させていたのか……。このことを世間が知ったら……)


 不意に、意地の悪い笑みが、微かに零れてしまう。

 嗜虐心が、くすぐられていた。


(王宮の威厳が、失墜だな)


 守るべき立場にいながら、慌てふためくところを、見たいと抱いてしまった。


(大変に、なるだろうな)


 脳裏に、浮かぶのは、必死に、それらのことを、もみ消そうとする、重臣二人の姿である。

 躍起に、シュトラー王の所業を、影で潰していたことが、容易に、連想できるのだった。

 日ごろから、二人が、影日向となり、潰してきた現場を、幾度と、垣間見てきたからだ。

 二人を働かせても、痛くも痒くもない、あの人顔が、頭の中で支配していった。


(……あの人のことだ、バレたとしても、気にしないだろう。そして、決して、文句を言わせないだろう。それが、あの人だから)


 鷹揚に振舞う、シュトラー王の絵姿が、腹立たしい。

 近頃は、おとなしくしていたが、いざ動き出したら、誰にも、止められないことを痛感していたのだった。

 鎮火していたはずの炎が、胸の中で、くすぶり始めようとしている。


(油断できないな……)


 ふと、ハンクが撮っていた写真が、思い起こされた。

「写真か……」

 か細く、漏らした声。

 生徒たちの声に、紛れていた。

 隣にいるリーシャにも、近くにいるゼインたちにも、聞こえない。


 つい先ほど、確かめた写真の数々が、頭を掠めていく。

 撮られた写真には、様々なリーシャの表情が、映し出されていたのである。

 友達と談笑している顔、怒っている顔、懸命に、応援している顔、本当に、様々な顔が、収められていた。


 その中でも、アレスの心の比重を捉えるのは、ラルムと、親しげに話している写真だ。

 枚数としたら、僅かしかなかった。

 それでも、その写真が、とても印象的で、頭から離れない。


(……あんなものまで)


 内心、苦虫を潰したような感覚に、蹂躙されていた。

 あんな写真が、誰かの目に、触れるかと想像しただけで、我慢できなかったのだ。

 だが、データを、消去したい気持ちを押し殺し、カメラを持ち主に、返したのだった。

 たかだか、一回、消去したところで、氷山の一角だと、わかったからだ。


 それに、以前、リーシャから、瑠璃の間には、たくさんの写真が、飾られていたと言う話が蘇ってくる。

 瑠璃の間は、シュトラー王のプライベート空間で、限られた人間しか、出入りできなかった。

 王太子であるアレスさえ、入ったことがない。

 そこに、写真が保存されていると、把握できただけでも、収穫だと思えた。


(いつか、あの人に、泡をふかせる……)


 見ない振りをすると、決めたはずなのに、記憶から、消したくても、消えない写真が、色を濃くしていく。

 写真に映っている二人は仲睦まじく、自然から、出てくる微笑みが溢れていた。

 そして、それは、二人を目撃するたび、見かける光景だった。


(……)


 全身が、面白くない感情に、犯されていく。




 アレスの気分を害していることに気づかぬまま、こちら側に戻ってこさせようと、躍起になっているリーシャが、声をかけようとしている。

「やめとけよ」

 ゼインの制止で、発せようとした声が止まった。


 長年友人としての付き合いで、アレスの背中のオーラだけで、状態をある程度、感じることができたのだった。

 現段階の背中から、醸し出しているものは、よくないと判別を下したため、止めに入ったのだ。

 藪蛇を突っついても、悪化させる必要性がないと、抱いたのである。


「そっとしておけ」

「……」

 逡巡し、肩を落としながら、正面に、身体を傾けていた。

 グランドでは、熱戦が繰り広げられている。


「黙って、見ているんだな」

 珍しく、ゼインが苦言を呈している、傍らで、ティオとフランクが、競技とは関係ない話で、盛り上がっていた。

 だから、二人のことなんて、耳に届いていない。


「何が、楽しいんだ?」

 ボソッと、ゼインが呟いた。

 正面を向いていたリーシャが、ゼインの方へ振り向く。

「前、向いていろよ。目立つだろう」

 言われるがまま、体勢を正す。


「だって、みんなと一緒にできて、楽しいじゃない」

 思ったことを口に出していた。

 見ているよりも、みんなと、参加した方が面白いと、感じていたからだ。

 参加していいアレスも、ゼインたちも、そうじゃないんだろうか?と、頭を傾げていた。

「そうか」

 そっけなく、ゼインが返した。


(何で、参加しないのかな?)


「熱いな」

 この日差しの暑さに、ゼインがぼやいたのだ。

「それよりも、ここにいて、平気なの?」

 敬遠したいような場所にいるゼインたちに、不思議でしょうがない。

 生徒も、近づかなければ、教師も、来賓に訪れた人たちも、近づこうとしなかった。

 それほど、目立つ席だった。


 そんな特別席に、平然と、涼ませてくれと言って、ゼインたちが訪れたのだ。

 好奇な目が溢れてても、全然、気にする素振りがなかった。


「あっちは、まるっきり陽射し浴びるからな。ここで、休憩だ」

 眼差しを、見学席に送る。

 煌々と、太陽が降り注いで、生徒たちの体力を、消耗させていた。

「確かに。暑そうだね」

 素直な感想が、漏れていた。


 グランドでは、競技を行っている人たちの額から、大量の汗で滲んでいる。

 誰も、涼しいところを求めていたが、見学席には、日差しを遮るものがない。

 若干、見学席にいる生徒たちの人数が、少なくなっていた。

 暑さから、隠れるため、木陰や校舎の中へ、移動していたのだ。


「それに比べてここは、これが、あるからな」

 気軽な仕草で、天井を指し示した。

 強い陽射しを遮断するため、テントが、立てられていたのだった。

「でも、結構、恥ずかしいよ」

 みんなに見られ、辛いと、リーシャが吐露した。


 こういった環境に、慣れているアレスとは違い、優遇されている立場に、後ろめたさと申し訳なさが、混雑していたのである。

「確かに。でも、諦めろ、そういう立場に、なったんだからな」

 他人事のように、ゼインが諭していた。

「そういうものなのかな……」


 すべてを飲み込めない。

 王族だからと言う理由だけで、特別扱いされることに、納得できなかった。


(王族だって、みんなと、変わらない人間なのに)


「そういうものだ」

「……ところで。どうして、特進科は少ないの?」

 見学席にいる特進科の生徒の人数が、極端に、少なかった。

 クラスごとに、見学席が、設けられている。

 だが、クラスの人数が、少ない特進科では、三学年まとめて、特進科チームとして、参加していたのだ。


「サボっているんだろう」

 当然のような言い方に、リーシャが眉を潜めている。

「みんな?」

「大体そうだろ。来ているやつらは、無理やりに、競技に組み込まれた、庶民だろうな」


 言われるがまま、特進科の見学席に、眼差しを注ぐ。

 一年生の顔ぶれは、普通家庭出身の生徒ばかりで、貴族出身は一人か、二人しかいない。

 他の学年までは、把握していないので、わからなかったが。


「どこにいるの?」

「ホワイトヴィレッジか、教室だろう?」

 一切、悪びれる様子も、ゼインには見られない。

 至極、当たり前のことだろうと、表情から、溢れ出ていたのだ。

「……強制じゃないけど、一応、見学席で、応援とかしないの?」


 あまりに薄情過ぎないかと、眉を潜めていた。

 それと同時に、クラスメートとして、連帯感がないなと、掠めている。


「こんな暑いのに、応援かよ」

「だって」

「そんなやつらは、いないさ」

 いる方が、おかしいだろうと、小バカにしたように、鼻先で笑っている。


「そんなものなの? 特進科って」

「そんなもんだろう? よく見てみろよ、王太子妃殿下。熱いのは、スポーツ科と、そっちのクラスだけじゃないか」


 熱気が、籠もっているのは、スポーツ科と、リーシャが所属している、クラスだけで、他は、どこか、冷めていたのである。

 だからといって、特進科ほど、極端に、最初から、不参加を決め込むクラスもいなかった。


「誰も、こんなものに、出たいやつなんて、いないさ。だから、サボっているんだろう。特に、特進科は、参加自由だしな」

 特進科の特別な理由を、ゼインが口にした。


 ハーツパイロットの訓練で、忙しくしている特進科は、クラス対抗戦の競技に、参加は自由となっていて、何も問題なかったのだ。

 ただ、他の生徒の目も、あることから、最低人数だけを出すように、教師から、クラス対抗戦を、仕切っている生徒に命じられ、参加している多くが、庶民出身であり、貴族出身でも、階級が下か、興味本位で、出ている生徒しかいなかったのである。

 そのせいもあり、特進科の席は、ガラガラ状態なのだった。


「みんなと、やることに、意義があるのに……」

 結婚前のリーシャだったら、口にしていなかっただろう。

 それが、自然と、口をついた。


 王族、それも、王太子と結婚して、生活ががらりと変貌し、みんなと過ごす機会が、激減していたのである。

 みんなと、ワイワイ楽しく過ごしていた時間が、如何に大切なものだったか、痛切に感じていたのだった。


「くだらない」

 本気で、ゼインが吐き捨てた。

 真摯に、そう抱いている目を、注いでいたのだ。


「みんなで、一緒って、ありえないだろう? 俺たちは、一応、ハーツパイロット候補生なんだぞ。数値が、高ければ残れるが、低ければ、落とされる。つまり、弱肉強食の中にいるんだ。それ、わかっているのか? 妃殿下は?」

「……それは……、そうだけど……」

 どこか、釈然としないリーシャ。

 やれやれと、首を竦ませていた。


「特進科の多くが、数値を上げることに、躍起になっている、連中の方が、多いだろうよ。まぁ、俺は、違うけど」

 顔を上げ、ケロッとした顔を、覗かせているゼインを窺う。

「特に、貴族どもに、鼻を明かしたい、庶民たちは」

「王族とか、貴族とか、庶民とか、おかしくない? だって、目指すところが、同じなんだから」


「甘いね、妃殿下は。そんなこと言っていると、やられるぞ」

「……殺伐としている感じで、やだな」

 ポツリと、本音を零した。

 特進科での授業風景を、思い返していたのだ。


 クラスの大半の人たちが、ライバルをケチ落として、数値が一つでも、上げるように、懸命に努力していたのである。

 そんな重い空気に馴染めず、往生際悪く、自分が、ここにいるような人物じゃないと、思わずにはいられなかった。


「そういうところに、王太子妃殿下が、いるんだけどな」

 チラリと、肩を落としているリーシャの背中を、眺めていた。

「……それは、そうかも、しれないけど」


 特進科の生徒たちより、自分の数値が、上だと言うことを、最近、理解したが、ハーツパイロットになることに、躊躇いも、捨てきれなかったのだ。

 溜息を吐くリーシャ。


「デステニーバトルは、国の名誉が、掛かっていることを、忘れるなよ、妃殿下」

「……わかっているもん」

 真髄をついているゼイン。

 何も言い返すことが、できない。

 ただ、拗ねるしかできなかった。


 五年に、一度行われるデステニーバトルで、国の命運が掛かっていたのだ。

 そして、リーシャは、その素質を発見され、ハーツパイロットの訓練を、していたのだった。


 不意に、隣にいるはずのアレスの方へ、翡翠の瞳を移動させる。

 すると、いつの間にか、座っていた姿が消えていた。

「アレス……」

 二人が、話に夢中になっている間に、席を立っていたのだった。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ